数字の振られた教室
教室に入った瞬間、空気の温度がわずかに下がる。
空調の設定が変わったわけではない。
ただ、そこにいる人間が霞の存在を否定している。
霞が入室すると、数名がちらりと視線を動かすがそれだけだった。
嘲笑する価値すらないからだろう。
(いつものことだ)
霞は窓側一番奥の空席に向かって歩き、静かに腰を下ろした。
その動作に気づく者はいても、気にする者はいなかった。
机の右端には『遠野 霞』と紙が貼られている。
表面に触れた指先が少し冷える。
霞は自分の体温が吸い取られていくような気がした。
霞は窓の外に視線を逃がす。
空はよく晴れていたが、教室の閉塞感は消えない。
改めて教室を見渡すと、階層によって割れ目のように分断されている。
中央の前方にはHigh Class──ランキングでの謂わば“選ばれた人間”が陣取っている。
脚光を当たり前に浴びてきた態度は自信に満ちている。
High Classの男女が笑い声を上げる。
投資の成果や親の企業が今朝どれだけランキングを上げたか、と話題がコロコロ変わる。
その周囲を包むようにMiddle Classが席を奪い合う。
Middle Classは、その会話に適度な距離で相槌を打つ。
踏み込みすぎれば反感を買い、距離を空ければ存在が薄れる。
少しでも上位の目に留まろうと虎視眈々と機会を伺っている。
壁沿いの後方にはLow Class。
Low Classはただ静かに席に座り、教室の影のように端に追いやられている。
「何か“Null”がこっち見てるぞ」
「ええっ、何⋯⋯?」
前列にいるMiddle Classの男子が霞に聞こえるように囁いた。
評価に響くのでは、と周囲は焦りを滲ませる。
「ホントによく通学できるよな。俺なら無理だわ」
「存在してる意味あるのか?」
ランキングの評価不能、数値なし、価値ゼロ。
そう判定された“Null”は、分類外の存在になった。
得体の知れない外れ値として警戒されていた。
ただ霞自身が危険行動をしなかったこともあって、関わらなければ問題ないと判断された。
始業時間が近づくと、生徒たちは一斉に音もなく席へ戻っていく。
AIの送る時間通知が全員の脳内にほぼ同時に響いているのだ。
霞は静かに深く息をついて、窓の外で風が揺らす木々の音にだけ耳を傾けた。




