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AIに導かれる朝

 6時45分。


 壁に埋め込まれた時計が薄い青光を放つと、事前に時間設定されたカーテンが自動で開く。

 同時に脳波を解析して最適な起床タイミングを判断した照明が意識より先にじんわりと灯る。


 だが差し込む光に温かみはない。


 かすみはゆっくり上体を起こしてベッドから降りる。

 最低限の家具だけが置かれたワンルームの床はひやりと冷えていた。


 まっすぐ冷蔵庫に向かい、中から銀色のパックを1つ取り出した。

 朝食代わりとなる栄養ゼリーのキャップをひねり、喉に流し込む。


 栄養吸収の効率のみを追求しているが味は悪くない。

 国から支給される生活が苦しい人のための食料、いや餌だった。


 毎日の習慣をものの10秒で終わらせて、空になったパックを一旦机の端に置く。


 隣に置かれたリモコンでチャンネルの固定されたテレビの電源を入れると、番組のジングルが軽やかに響いた。


 『企業ランキング 最新動向』とコーナー名が映されている。

 画面が切り替わり、先日の記録を元にした数値で埋め尽くされる。


『本日の企業ランキングが更新されました。まず、上位企業の動きからお伝えします』


準備の整ったアナウンサーは歯切れ良く朗らかな声で読み上げていく。


『まずは第3位。最近注目の“バイオプレート”です』


 画面には真っ白な研究施設と笑顔で薬を受け取る高齢者の映像が映されている。


『個人適合型医療AIの精度向上が評価され、新型の“生活支援薬シリーズ”が利用者満足度を押し上げた模様です』


 画面右下には投資による資本金増加や今後の市場予想が事細かに記されている。


『続いて第2位の“ハイライン工学”──』


 上位はいつも変わらないな、と霞は聞き流して壁のフックから制服を取る。


『そして第1位は“フロンティア・キャピタルグループ”。今月も安定の据え置きで、投資効率の向上によってランキング上位を盤石に保っています』


 霞が淡々と着替えているうちに、ニュースはそのまま下降の知らせへと移る。


『データの不正改ざんが検出された“ロジクイック物流”は36位の急落。社員の給与・地域評価に影響が出る見込みです』


 謝罪会見の様子を横目に、別の企業評価へと切り替えていく。


 着替え終わった霞は数値と評価の羅列をぼんやり眺める。


 画面の右下隅に『ランキングは“Frontier Ring”による企業データベースを元に作成』と書かれた表示を見つめる。


(⋯⋯Frontier Ringか)


 15年前に完成した大型のAIシステムで、あらゆる情報を一括管理することに成功した。


 導入当初は難色を示す人が多かったが、犯罪率は激減していった。

 不正を許さない『公平な評価社会』が実現した。

 現在でも個人情報の更新、精査で医療や教育の効率化が進んでいる。


 こうしてAIは結果を積み重ねて、人間社会に必要なものとして馴染んだ。


『企業ランキングは個人評価との連動が進み、国民の生活により密接に関わるようになっています』


 画面の隅には『上位企業の社員優遇措置』と書かれた表示が出ていた。


 その待遇差を霞は誰よりも知っている。


『皆さんの生活がFrontier Ringによってより安全に、より⋯⋯』


 アナウンサーがいつもの言葉で番組終了を告げようとした瞬間────


 ピッ。


 テレビ画面が暗転した。


 1日15分の利用制限。

 時間になったようで、自動的に電源が切られる。


 黒いモニターには無表情な自分が淡く映っていた。


 霞は空のゼリー容器を台所にあるゴミ箱に投げ入れた。


 台所には皿も食器もなく、調味料すら置かれていなかった。

 新品と変わらない有様は『AIが定めた幸福の最低値』と呼べるものだった。


 淡々と支度を済ませている霞の部屋に鐘が鳴り響く。


 時計を見ると、7時30分。

 鐘は響き続けて通学を促していた。


 家を出ようとする霞の視界に海のような右目が映る。


(オッドアイで余計に目立つのは面倒だ)


 いつもの黒いコンタクトで覆うと、いつも通りの平凡な人間が出来上がる。


 靴に足をねじ込み、厚みのない鞄を持つ。


 玄関のロックが指先の指紋を認証して解除される。

 重く閉ざされていた扉をくぐると、冷えた空気が全身に突き刺さる。



−−−−−−



 駅はすでに通勤と通学の波で埋め尽くされていた。

 だが、その光景は人の多さとは裏腹に雑然さは皆無だった。


 全員が同じリズムで歩き、等間隔で乗り場に並ぶ。

 整列した位置までも気味が悪いほど揃っている。


 寝坊して走る学生も、仕事に追われるサラリーマンもいない。

 ましてや、駆け込み乗車なんてルール違反は存在そのものが忌避されている。


 こみ上げる吐き気を堪えて最後尾に並ぶ。


 改札上の電光掲示板が、突然ざざっとノイズを走らせて映像を切り替える。


「今朝のランキング更新に伴い、以下の地域で配給量が変動します──」


(ランキング)


 日常のあらゆる場面で、耳にタコができるほど聞かされる。

 能力値、成長率、企業評価、交友関係といったあらゆるデータが集約、点数化される。


 そして合計値が『その人間の価値』になる。


 霞はAIが生み出したこの価値観を心の底から嫌悪している。


 誰も疑わない。数字が人を正確に測るものだと、当たり前のように信じ切っている。


「気持ち悪い」


 自分に意思があると思い込んでいるだけで、実際は“最適解”へ導かれている。

 

 霞は声にもならないほど小さな独白をする。


 電車が停まり、同じ制服を着た生徒が続々と降りる。

 

 吐いた息が朝の冷気に溶けて、視界に広がる巨大な門が影を落としている。


 隅にある碑石には『篝月かがりづき学園』と彫られている。


 全国でもトップクラスの就職や進学実績を誇る名門校である。


 霞はその門には向かわず、横道に逸れる。


 正門は『価値がある』と判断された者だけが通ることができる。

 それ以外は手入れの行き届いていない裏門からしか出入りが許されない。


 生徒たちは何も言わずに二つの通路へ自然に分かれていく。


 乾いたため息をひとつ落とし、校舎へ足を踏み入れる。

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