第3棟 新たなる門出
あらすじ
お父さん!娘さんを俺にください!
「カレンちゃん!3番の看板こっち!」
「さ、3番ってこれですか?」
東の空が暗闇から青みがかって来た夜明け前、雨はほぼ止み、屋根や木の枝から滴る雫が水溜まりに落ちる音が至るところから聞こえてくる。
「やべぇ!何か灯り見えた!あれ行列じゃね?」
そんな中をわちゃわちゃしながらヤマトとカレンは走り回る。元々泥塗れだったヤマトはともかく、カレンはせっかく着替えたジーンズの裾にまた泥跳ねが付いていた。
(ザクバの使者が小川を渡り始めたな……)
家の軒先からカレンの父ギルバートが遠見の魔法で状況を把握する。歩兵20人、戦闘でも想定しているのか、全員が鎧で武装している。後方で一騎だけ馬に乗っているのはザクバ本人か、彼に近い立場の監督役だろう。
(馬ではここまでは登れないからな)
この集落は山側から迂回するか、河原沿いの高い土手を上る細い坂道を通るしかない。地元民なら慣れたものだが、馬ではこちらには来れない。
「先頭の使者が坂を登り始めるまであと20分といったところか……さて、間に合うかな?」
「随分楽しそうですね、あなた……」
玄関を明け、妻が……カレンの母が顔を出す。顔色が優れないのは寝不足か、はたまた娘を案じてのことか。
「本当にザクバさんが非合法な奴隷商と繋がっていたらどうするのです?カレンが……」
「アイツが非魔法使いから逃げられないならそこまでの才だ。どこかの小作人として仕える方が本人のためだな」
冷酷に言い放つ父。血の繋がった娘でも……否、身内だからこそ己の社会的役職に則った信念を貫かなければならない。
「魔法使いとなったからには社会に貢献する義務が生じる。魔法使いがフラフラと遊ぶ等庶民が許されないからな。ただ……」
ギルバートは軒下の地面を顎と視線で指し示す。妻は目を見開いた。
「もしこれでこの局面を切り抜いて見せるなら、評価は変わるだろうな」
父として、そして立場ある魔法使いとして……男は面白そうに笑った。
〜〜〜〜〜〜
「早く進まないか!」
徒歩で進む部下達を馬上から急かしながら、ザクバは眉間にシワを寄せる。
「先頭が坂を登り始めました。視界も足元の状態も悪いので安全性確保のため進軍速度はこれが限界です」
部下からの報告に舌打ちする。既に雨が上がっている。まさかとは思うが、カレンが危険を承知で崖を下り夜の川を渡る可能性もゼロではないのだ。
そして万が一、万が一にもカレンを取り逃せばあのゴルトー照会のボイルの策略で自分は殺されてしまう。
「行ける奴二、三名で良い!とにかく女の所在を確認して……」
その時だ。
「ザクバ様ぁ!」
列の先から部下の一人が声を張り上げる。
「先頭の者から緊急の伝令!坂道が石壁で封鎖されています!」
「何だと!?」
慌てたザクバ。馬の鞍に吊り下げたカンテラを持って下馬し、列を掻き分け坂を駆け登る。
「馬鹿な……」
数分もしないうちに先の光景が目に入る。2m程の高さの切り立った石壁が坂道と横の崖を塞いでいる。
「何だこの壁は……こんなもの無かったはずだ」
村の名士の肩書きに誓って言える。この村はここを通らなければ街道には出られない。仮にこれが屋敷から逃げるときに使ったカレンの魔法だとして、まさか村を人質に籠城でもしたというのか。
「ええい、よじ登ってしまえば良いだろう!」
「無理です!この石壁、全く凹凸が無く登れません」
そんなわけがないだろうとカンテラをかざし観察するが、確かに白い石壁には火の影が出来ない程平坦だ。あの女の魔法としてもこんな芸当が出来るのだろうか。
「待て……何か上の方に書いてある……」
カンテラを持ち上げ、石壁の上方を照らす。滑らかな石の崖側の隅に、そこだけ文字が彫られていた。
― ルミナ村階段及び石橋施工工事中……村にお越しの方はお手数ですが下記の通り迂回願います。 ヤマト建設―
下には簡易的に描かれた現在地と、アリューナ川とルミナ村、そして王都に向かう街道を一直線に繋げる矢印が作られていた。
(この方角は土手の斜面で歩けないはず……まさか!?)
おぞましい程の寒気を感じ、ザクバは再び坂を転がり落ちるように下る。
「どけ!」
狭い坂道に並ぶ部下を手でどけながら走る。もしかしたら一人くらい崖から転落したかもしれないが、今の彼には関係なかった。
河原に降りてびしゃびしゃと泥でズボンを汚しながら崖沿いに走る。すると……
「あ……」
彼の前に再び立て看板が現れた。河原の土に切り落とした枝と蔓で組んだ木枠が作られ、そこに石板が嵌め込まれている。石板の重量はかなりのものだろうが、刺さった地面の泥が石化しており相当強固に打ち付けられている。
― ルミナ村石橋及び階段 従来よりも早く街道に出られますのでご利用ください ヤマト建設 ―
そこに刻まれたのは今日の日付。そう、昨夜娘が逃げ出して日付が変わり、今まさに夜明けを向かえつつある今までの間に、この看板は作られたことになる。
否、それどころではない。
「ま、まさか……一晩で……」
震えるザクバの背後で夜が明け始める。山の稜線沿いに光が差し込み周囲を照らす。そこにあったのは……
「石の……階段が……」
ザクバから見て右手、河原からルミナ村の集落に繋がる数十mの斜面。そこに100段近い石の階段が作られている。更に階段を降りた先には石畳が敷かれ、その先……ザクバの左手方向には、雨が止んだことで水量が減ったアリューナ川が流れており、そこに跨がる形で小さな石橋が作られていた。
「な、何てことだ……」
呆然として河原の泥の上にカンテラを取り落とす。今さらながら部下が追い付いてきた。
「ザクバ様!我等が来た道の途中にも妙な看板が……っ!」
報告に来た部下が止まり息を飲む。妙な看板。それは自分達が来た時に既にあり暗闇の見落としていたのか、それとも自分達が来た後に打ち付けられたのか……
いずれにせよそれは絶望的な事実を突きつけている。
「お早ようございます、ザクバ殿」
右上方から声がかかる。振り向くとカツ、カツと革靴が石段を踏みしめる音と共に、一人の男が立っていた。
「ギルバート・コーネリア……魔法局支部長」
オールバックのブロンドヘア。黒スーツに黒の革靴の上から黒ローブをマントのように羽織っている。外部からは何者にも染められないという彼の職責に由来した黒の衣装は見る者にかなりの威圧感を与える。
「こんな時間にお越しとは仕事熱心ですな。貴方も、あの男も」
男は石段を降り、石畳に降り立つ。石が体重をかけてもずれないことを確認しふむ、と頷く。
「良い出来だな。これなら朝の出勤は15分は遅らせても大丈夫そうだ」
世間話をするかのように独り言を呟きながら石畳を進み、その端……泥にまみれたザクバの近くで立ち止まる。苦々しい顔でザクバは口を開く。
「カレンは……あんたの娘はどこだ?」
「おかしなことを言うものだ。あの娘は貴方の元に嫁いだはずだ」
フッと笑うギルバート。
「実をいうと昨夜我が家に駆け込んできたのでな。嫁に行った者がすぐに帰るもんじゃないと追い出してやりましたよ」
疑うならどうぞ?と魔法使いはジェスチャーする。
「街道まで出た後は見ておりませんな。貴方と行き違いになったか、はたまた王都に向かったか。まあ手放した以上あいつは他人ですので、私に詳しいことを聞かれても困ります」
「ならば、王都か!良し、誰か早馬を使え!一人王都方向に行け!奴を見つけたら連れ帰れ!」
焦りすぎて父親の前であるまじき発言をしてしまうザクバ。だがギルバートはその発言に怒りはしない。娘を外道に差し出そうとしたことにも後ろめたさは見られない。ただ杖をおもむろに取り出し、面白そうに告げた。
「ああ、娘の行き先は判りませんが、一つご忠告するよ。貴方は今すぐお屋敷に戻った方がいい」
「何だと?それはどういう意味で……」
言い終わる前にザクバの目の前で魔法陣を描く。奴隷商ボイルの契約魔法同様、公文書を魔法化したものだ。
「娘が妙なことを言っておりましてな。貴方が奴隷商と繋がっているだのと」
「っ!」
ザクバが目を見開く。
「無論社会を知らぬ娘に説教はしてやりましたよ。この国は公式な奴隷制度自体はあるし、顔の広い商人には知り合いに居てもおかしくはないとね」
口調は丁寧なまま、だが魔法使いの雰囲気に剣呑なものが宿る。
「ただ娘とはいえ一応情報提供者ですので、一応局に相談案件として報告しました。近々……早ければ本日中にも簡易監査を実施しますので準備をしていていただけますかな?」
何かを言おうとするザクバだったが、言葉は出てこない。金銭のやりとりがあろうが、名目上ギルバートは側室名義で娘を嫁がせたことになっており下手なことは言えないのだ。
そしてこのまま魔法局の者達が監査に来てボイルとの繋がりが見つかれば自分は失脚……
(いや、それ以前にボイルの契約で私が死ぬ)
奴の商売の邪魔をしたと見なされた時点で自動的に死に、財産はボイルの元に転移される。下手をすればわざとそう仕向ける可能性すらある。
(魔法局より先に、ボイルの元に行かねば……)
「そうですか。わざわざ此方まで来ていただけるとは……」
歯軋りしたい欲を堪え営業スマイルを浮かべる。
「おいお前達、カレン嬢がこちらに来ていないかの再確認を行え。その後は屋敷に帰るぞ!」
部下に指示を出し踵を返す。どうせ何処まで行っているか判らない王都方向で捜索してカレンの捕縛や殺害をしたとしても、監査でバレるリスクが増えるだけである。手切れ金を早く支払い、ボイルとの契約の方を終わらせることを急ぐことが得策……
ザクバの商人としての才覚はそう結論付けたのだった。
〜〜〜〜〜〜
― 十数分後 ―
「では、治療後既に旅立たれたことは確認出来ました。協力に感謝します」
ザクバの部下はコーネリア宅を捜索し、カレンの両親からの簡単な事情聴取を聞くと礼をして去っていった。
「やれやれ……」
ギルバートは見送りながら溜め息を付く。兵士達は村に新しく出来た石段に快適だの凄いだの子どものように純粋でお気楽や感想を言いながら降りていく。
おそらく彼らは何も裏の事情を知らない。そんな状態で指示だけを出しても士気も成果も上がらないのは想像に難くない。
「非魔法使いの役人にあれを見付けられなくて良かったよ」
石段の上から見送り終えると、魔法使いは踵を返す。我が家の玄関には彼の妻が待っていた。
「あれとは……ここに描かれた魔法陣ですか?」
魔女が視線で指し示したのは家の軒下、玄関から死角となる場所の地面に彫られた何かだった。異様に正確な直線、滑らかな曲線、見たこともない細かい文字のような紋様や記号がびっしりと規則的に描かれていた。
「ほう?君はこれが陣に見えるのか?」
至極愉快そうに微笑むギルバート。厳格な父、老獪な魔法局職員としてではない、愛する女に知識を披露したがりな趣味人としての顔だった。
「判りません、こんな陣は見たことが……でもそれ以外には説明が……」
夫の意地悪な質問に混乱する妻。済まなかったとギルバートは笑い種明かしをする。
「これを『魔法陣』と認識するのは……我々の世界ではこうした緻密な技術は魔法が真っ先に思い至るからだ」
ギルバートは泥で上質なスーツやローブを汚さないよう注意しながら跪き、それに近づく。
「これはおそらくあの石段や橋の図面、又は設計図だ」
文字らしい物の角度を合わせて見ると、確かに横、或いは真上から見た石段や石壁、石橋の形に見えなくもない。
「彼の世界には魔力がない、即ち魔法もないんだ。だが魔力がないなりに別の技術や学問体系が極めて発達しているのだろう。私が予想するに、この図は角度や位置関係を一切の誤差無く完璧に計算し、表現してある」
彼の世界の技術や知識を持った者がこの図面を見れば、どんな材料でどんな建築物を作るのかが一瞬で把握できる……そういった類いの物だろうとギルバートは言う。
「ヤマトとかいったか。あの男は僅かな時間にこの図を思い付いてここに描き、ザクバが来るまでの間にこの場にある材料とカレンの魔法を駆使して、橋や階段を設置して見せたのさ」
おそらくは……とギルバートは透視の魔法を発動して階段を分析する。枝を整形し蔓で巻き付け組み上げた型を作り、そこを中心に泥を塗りカレンの魔法で板状に固める。今度はその板に木枠を嵌めながら立体的かつ平坦に泥を詰めていき、魔法で固めてあの巨大かつ精巧な石材を大量に作っていたのだろう。
「待ってください、それはカレンが居ないと成立しないのでは?」
「そうだ、それこそがあの男のもっとも驚嘆すべきところだ」
まるで舞台役者のように上機嫌に立ち上がり両手を広げるギルバート。
「娘は殆ど言われるがままだった。この工事を企画立案し作戦遂行したのはヤマトの方だ。おそらく近い技術が元の世界にあり、カレンの魔法を見て代替するやり方を思い付いたんだ」
魔法が存在しないなら全く同じではあるまい。互いの技術の特性を理解し、組み合わせ、最大限の効果を発揮して見せたのだ。
「学術的な定義は満たしてはいないが……あの男は間違いなく優れた勇者となりうる」
興奮する夫を見て、妻は溜め息をついた。
「そこまで評価なさるなら、何故あの子達に直接言って上げなかったんですか?」
彼女が見ていた限り、ギルバートはヤマトの仕事を側で威圧しながら眺めていたようにしか見えない。
「カレンはまだ何もしていないに等しいからさ。今後アイツが自分の才能の使い方を自覚していけば、親の助けなど不要になる。それに餞別は渡しておいたんだろう?」
「えぇ、カレンの荷物袋の中に」
正直母親としてはもっと金銭的にも支援してやりたかったのだが、夫に止められたのだから仕方がない。
「なら問題ないさ。娘を貰うと啖呵をきったんだ。あの男ならそれで十分さ」
本当は嫉妬心もあるのではないか?そう感じながらも、妻は何も言い出すことはなかった。
〜〜〜〜〜〜
「や、ヤマトさん。今隣町に入りました」
昨夜から降り続いた雨のことが信じられない程晴れ上がった青空。リュックを背負ったカレンはおずおずと隣を歩く男に報告する。
もう領を越えてしまったから、ザクバの兵は無理して追いかけてはこないだろう。
「そっか……じゃあカレンちゃん、約束通り……始めようか」
「えぇ!?」
神妙な顔をして話を切り出すヤマトにカレンの顔が驚き、赤面する。
「こんな往来の真っ只中で!?皆から見られてるのに!?」
「見られてるから意味があるんだろう?」
やさしく微笑むように諭す勇者。しかし魔女に拒絶の選択肢は与えてこない、一種の鬼畜さも秘めていた眼差しだった。
「だって約束しただろ。力を合わせて逃げ切れたら、一緒にやろうって」
「それは……そうですけど……」
モジモジと指をつつき俯くカレン。余程恥ずかしいのか、ヤマトと目を合わせられないでいた。
「いきなりはちょっと……心の準備がまだ……」
「大丈夫だって!皆緊張しまくりな初めてを乗り越えて大人になっていったんだから」
早口で説得するヤマト。異世界に来てしまった、否、来てしまったからには何がなんでも叶えたいと願って止まない夢がすぐそこにあるのだ。男として引くわけにはいかない。
「恥ずかしいなら、思いっきり声に出してみるといいよ」
「声って……余計に恥ずかしいじゃないですか!」
ゆでダコのように恥ずかしがりながら抗議するカレン。
「まあまあ、俺がリードしてやるからさ。俺の教えたとおりに声を出してね。さぁ、リラックスリラックス」
泣きそうになりながら必死に両手を握りしめるカレン。彼は命の恩人だし確かに約束はした。自分も覚悟を決めるべきか。
「判りました!します!すればいいんでしょ!」
半ばやけくそになりながら同意するカレン。その言葉にヤマトは応えるべく……
「お住まいのみなさぁぁぁん!お家やお庭のことでお困りは御座いませんかぁぁ!」
ヤマト建設と刻まれた石板の看板を掲げたヤマト。その隣ではカレンも両手を口に当て精一杯に叫ぶ。
「リフォーム立て替えお庭の手入れ、なんでもやりまあああす!」
(は、恥ずかしい)
羞恥心に発火しそうになりながらヤマトと連れだって歩きながら宣伝する様は、恋人同士よりもある意味勇気がいる。
「ヤマトさん、これ!意味あるんですか!?」
「当然でしょ!会社立ち上げたならまずは宣伝!お金がないなら足で稼ぐんだよ」
長年追い求めた独立して会社を立ち上げること。その夢がついに実現しようとしているのだ。妥協なんてする気は更々無い。
「よ〜し!このまま信頼得て会社をどんどんでっかくするか。待ってろよ、異世界〜」
「まず会社って何なんですかぁ!?ヤマトさん!」
「あっ、俺のことは今日からヤマト社長ってよんでね」
勇者として、はたまた建設会社社長になるべく夢に向かい邁進するヤマト。彼の物語はここから始まるのだった。……一人を巻き込みながら。
「だから社長とは何なんですかぁああ!」
自業自得で巻き込みながら巻き込まれたカレンの慟哭が、爽やかな青空の下に響いていた。
御読了ありがとう御座いました。
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