第8棟 プリム編⑤ 〜 冒険者とは
あらすじ
黒い犬が襲いかかってきた。
プリムさんのプリティハンマー!こうかはばつぐんだ!
(あちゃ〜、しくったなあ)
月明かりすら届かぬ洞窟の入り口を前にして、ヤマトは猛烈な後悔を覚えていた。
(ここ異世界だったんだよなあ)
ポケットに入れたスマホの膨らみを手で撫でる。血痕を頼りに咄嗟にブラックドッグを追いかけてはみたものの、途中で連絡する手段が無いことに気付いたのだ。いかに現代日本人が電話とSNSに依存していたか、転生して痛感させられる。
(つっても今更引けないか)
危険だが、相手の情報を調べないと向こうにやられっぱなしだ。意を決してヤマトは洞窟に脚を踏み入れた。
(湿度は高い。けど野生動物の異臭は少ない)
学生時代、友人と悪ふざけで近くの裏山にある小さな洞穴に入ったことがあった。すぐに行き止まりになるような小さな穴であったが、コウモリ等の糞尿でかなり臭かったのを覚えている。この世界に同じような動物がいるのかはしらないが、少なくとも野生であの魔犬がいるのならそういう臭いはもっとするはずなのだ。
(誰かが手を入れてるな)
地面の凹凸が激しい部分に板が掛けられているのをみて更に確信する。そうこうしている内に洞窟の先から犬の鳴き声が聞こえ、微かな明かりが見えてきた。
(っ!……やっぱり!)
ヤマトは音を出さないように、岩壁の隙間に隠れながら慎重に明かりの中心を見ようと顔を覗かせる。そこには開けた空洞が広がっていた。
地下水の雫が滴り落ちる鍾乳石の天井には、火のついたランプが複数かけられており、オレンジ色の淡い光が空間内を薄暗く照らしている。床には石材が敷かれ、木の板と木材で囲いが作られていた。その中に数える気にもならない程の魔犬の群れが蠢いていた。
(ここは奴らの飼育場だ)
息を潜め目を凝らす。明かりがついたおかげで地面に落ちた黒い血痕が再び確認することが出来た。魔物の黒い血は囲いの中に続く。プリムにやられた魔犬もここから来たに違いない。
(で、ここからどうしようかな?)
転生もの小説ならば、ここで最強スキルを使って暴れてヒーローになれるのだろうが、生憎出来損ない勇者の自分にはそんな都合が良いものはない。
(ま、俺に出来ることをやるしかないか)
勝ち気に振る舞う未亡人ドワーフの憂い顔が脳裏をよぎる。腰のベルトに手を伸ばし、ヤマトは行動を開始した。
〜〜〜〜〜〜
― ゴルトー商会事務所 ―
相変わらずカーテンは閉め切っていたが、燭台と魔法の灯りがある夜の方が視認性が高い部屋に男達が集まっていた。上座にある高級なデスクに座り、ボイルが口角を上げる。
「ふん、まあ予想の範囲内だな」
机の上にくしゃくしゃになった数枚の紙を広げる。先程プリム工房に魔犬を襲撃させて奪ってきたものだ。内容はプリムの亡き夫にして前工房長のナールがブラックドッグに襲撃した事件に対して、ゴルトー照会の関与を証明しようとする各種状況証拠の記録だった。
「これで奴らは公判で提出する書類を失った。ま、念のため対抗資料と書き換えはやっとくか。おい!」
部下の一人である女に書類を渡す。奴らが証拠不十分になれば裁判は勝てる。仮にもう一度同じ書類の準備が間に合ったとしても、出勤記録やら何やらの書類を入れ換えておければ反論できる。
と……
「この資料を取ってきた犬はどうした?プリムの奴に傷を負わされたらしいが?」
「傷は酷いですが歩いて小屋には帰れてましたので、明日には獣医に診せます」
仕事を完遂し、部下の男達はご機嫌に答える。だが上司の反応は彼らの予想とは違った。
「獣医だと!?馬鹿を言うな、すぐに処分しろ!」
「えっ?で、ですが……」
狼狽するチンピラ。魔物とはいえ犬型をしているからかなり情を持ってしまっているようだ。
「傷を証拠にまた訴えられたら面倒だろう?『イベンターズ』の二人を呼んでこい。夜間手当ても付けると言えばすぐに来る」
「は、はい!」
雷を落とされては叶わないと別の部下が機敏に動く。ボイルは息を深く吐いた。溜め息と深呼吸を兼ねて怒りと失望を飲み込む。
「この際だから教えてやる。あの飼育場は魔道犬の違法飼育と密輸をしていた業者から借金のカタにぶんどったもんだ。届け出もしてないから誰も存在を知らない……便利な鉄砲玉なんだよ」
お前ら使って口封じにしないだけありがたいと思えと付け加えると、部下はぶるりと震える。
「で、ですが、貴重な戦力をすぐに使い捨てるなんざ……」
「えらく庇うな。よっぽと気に入ったのか」
笑う悪徳商人。
「心配するな。ブラックドッグは繁殖力は高い。それに毛皮や血は高く売れる。利益にはなるんだよ」
犬だろうが人だろうが、命よりも利益。ボイル·ゴルトーの信念は揺るがない。
「分かったらお前も養殖場に行ってあいつらを案内してこい。屠殺で売りさばいた利益の3割はボーナスにしてやるからよ」
「は……はい!」
最後は魔犬への愛情を金で塗り潰させ、ボイルは満足げな笑みを浮かべるのだった。
〜〜〜〜〜〜
― コココココン ―
(ここの板はあくまで足場としてだけ打ち込んでる。多分上の状態は調べてないのか)
暗闇の中、壁を丸い玉がついた棒で撫でながら歩みを進めるヤマト。玉は壁や天井に当たる度に独特な音を奏でる。
― ココココンコンコン ―
ある地点を撫でた瞬間、まるで楽器を奏でるかのように音が深くなる。ヤマトは立ち止まり鍾乳石のつららが伸びた天井を睨み付けると、手元のメモ帳にペンを走らせる。飼育場から僅かに漏れる光が頼りなので非常に書きにくい。
(プリム工房の人たちに協力してもらえたら……いけるんじゃないか?)
メモを終え、漠然とした考えが徐々に具体性を帯びてくる。と、そこで……
― ヴァウ! ―
突如飼育場側の魔犬達が吠え出す。ぎょっとして身を潜めた途端、今度は入り口側から声が響く。
「ったく休みの夜に仕事増やしやがって」
男の声とブーツが岩肌を歩く足音が洞窟内に響いてくる。
(バレた!?)
死を覚悟したヤマトだったが、足音……3人の男達は洞窟内を真っ直ぐ進み、壁面の影に人が張り付いていることなど気が付かないようだった。
「うるせぇな。いつもこんな感じなのか?」
先頭を歩く鎧を着た男が声を上げる。ヤマトからは後ろ姿しか見えないが、それでもかなりのガタイの良さが見て取れた。
「コイツらは血の臭いに敏感なんです。恐らく何が起きるのか勘づいてるのかと」
後ろを歩く男が補足する。こちらは見覚えがある。プリム工房に押し掛けたチンピラの一人だ。
「他の奴らが襲いかかる可能性があるならこちらの身の安全は確保しなければな」
残る一人……ローブを纏う男が杖を取り出す。どうやら魔法使いらしい。
「し、絞めるのは一頭だけですよ!」
チンピラが慌てている。どうやらあの男達はプリムにやられた魔犬を始末に来たらしい。
(証拠隠滅って奴か。もう俺が来たけど)
ヤマトはほくそ笑みながらゆっくり岩影から出る。飼育場前に居る3人が見える。
「範囲麻痺」
魔法使いが杖を構えて唱えると、犬達が急に動きを止めて静かになる。皆痙攣し倒れ伏したのだ。
「麻痺時間は30秒だ。さっさとやれ」
「おう!」
支援を受けて鎧の男は長剣を抜く。犬達の中の一体……黒い血を滴らせた個体に剣を振り上げる。
「恨むなよ、お前の血と毛皮が金になるのが悪いのさ」
男が剣を振り下ろす。敵対したとはいえ犬型の生物の首がはねられる様に拒否反応が出るヤマト。男が亡骸を飼育場から出して間もなく、麻痺魔法が解けた犬達が再び一斉に吠え出す。ヤマトはその騒音に乗じてそそくさとその場を後にするのだった。
〜〜〜〜〜〜
― 翌朝、町の大通り ―
「全く、皆が忙しい中どこに行ってたんですか?」
歩きながら説教をするカレン。工房の空き部屋を借りて寝ていたのだが、朝起きたらいつの間にかヤマトが戻ってきていたのだ。そして何故か目に隈が出来ていた。
「いやあ、ちょっと仕事をね」
さっきからこの調子ではぐらかされるカレン。同じく起きてきたプリムに何やら話はしていたようだが、主人である自分には話せないことなのだろうか?
(まあ、別にプライバシー禁止でもないですし好きにして良いんですが……夫婦じゃあるまいし)
そう、なりゆきの共犯関係ではあるが強い連帯があるわけではない。そして昨日出会った未亡人と彼が仲良くなったからといって自分に不利益はないはずなのだ。
「本当にごめんて、連絡するつもりかこの世界に馴染めなかったんだって」
不機嫌な女に歩きながら手を合わせて謝罪する若い男。これ以上追求すると往来の人々から変な誤解を受けそうなのでカレンは怒らないことにした。
「まあ、朝から付き合って貰ってるからいいですけど……今日はフラフラしないでくださいね」
カレンは足を止める。口にはださないが、正直この類いの店には関わりたくないので、ヤマトが来てくれるのは少し心強いのだった。
「へぇ〜、これが冒険者ギルドかあ」
ヤマトも足を止め見上げる。昔の西部劇のような、木造二回建ての建物。前面部分が本体の居住部分より大きく作られており、店の看板にもなっていた。
「確か……フェールス フロント(False Front)って言ったかな?ははっ、どうやって作ってるんだろ?」
入り口脇からキョロキョロと眺め回すヤマト。カレンは呆れて腕を引いた。
「言った側から何してるんです?言っときますけど、店内ではふざけないでくださいね……怖い人達がいるから」
木製のスイングドアを開けながら、カレン達は入店する。現在は午前9時、普通の店はまだ準備中か、開店しても客はほとんど来ない時間帯だ。だというのにこの店だけは活気に満ち溢れていた。
「ゲハハハハ!朝から飲めるの最高だな!」
「親父!もう一杯おかわり、ツマミに揚げナッツもつけてくれ!他の皆にもだ」
二階建ての一階部分は食堂、二階は宿になっているようで、バーカウンター前の食堂スペースには2〜3名程のグループが3テーブル、10人程の男たちが酒盛りをしていた。その中核にいた二人組に、ヤマトは既視感を覚える。
(あいつら……)
「社長」
クイクイ、と袖を引っ張りながらカレンが小声で呼び掛ける。往来のチンピラ撃退には躊躇しない割に、こうした場に自分から乗り込むのは苦手らしい。ヤマトは店中央のカウンターに引っ張られながら、聞き耳を立てていた。
「おいおい、俺らまで貰っていいのかよ」
「おう!犬一匹狩ったボーナスだからな」
「良いなあ、どこからの依頼よ?」
やいのやいのと騒ぐ面々。どうやら昨夜見た二人組が臨時収入に気を良くして他の知り合いにも奢っているらしい。と……
「えぇ!?何で受けれないんですか!」
カレンの大声にヤマトは振り返る。彼女はカウンター越しにバーテンダーの老人に抗議していた。
「こちらは怪我人が出てるんです!野生であろうが使い魔であろうが立派な冒険者派遣案件じゃないですか!」
昨夜のブラックドッグによる襲撃事件。怪我人が出たことから、冒険者ギルドに依頼を出し捜査をしてもらおうということになったのだ。本来工房長のプリムが出向くのが筋だが、3度目の襲撃が有り得ることから最大戦力のドワーフは残り、依頼を出すのはヤマト達に託された……はずだったが……、
「昨夜町中で暴れた三体のブラックドッグの調査依頼ね。生憎だが既に討伐済みだ」
ワイングラスを見ながら老人はカレンに告げる。身なりこそ普通のバーテンダーだが、右頬には皺とともに切り傷痕が刻まれていたり、シャツの上からでも分かるほど筋骨隆々であるなど、ただ者ではないことが察せられる。
「三匹のブラックドッグの徘徊は他所からも確認依頼があってな、あそこにいる『イベンターズ』の二人が獲ってきたのさ。ほれ」
老人はカウンターに一枚の書類を出す。ヤマトにはこの世界の文字は読めないのだが……
「討伐証明書……」
カレンが呟く。
「住宅街を荒らす3匹の魔犬、うち一匹は胴の右半身にガラスが刺さり負傷していた……」
どうやら討伐した対象や場所について細かく記載されているらしい。事前にプリムから聞いた話では、魔物の調査や討伐、迷子のペット探しから浮気調査まで……様々な依頼をギルドが引き受け、ギルドに登録された冒険者がそれをこなし、依頼料の一部を報酬として受けとるシステムらしい。
「お嬢さん方の依頼書にある魔犬と特徴が一致してる。間違いあるまいよ」
この支店のギルドマスターでもあるバーテンダーは静かに告げる。
「何も意地悪してるんじゃねぇ。アンタらが依頼しても依頼料が無駄になるから断ってやってんのさ、良かったじゃねぇか」
老人の言葉を聞きながら、ヤマトはカレンに書類の記載事項について尋ねる。討伐場所は町の郊外の小川になっていた。
(やられたな)
ヤマトは内心舌打ちする。このギルドマスターはどうかは知らないが、あの冒険者達はボイルの息が掛かっている。既に証拠隠滅済みだ。
「納得出来ません!」
ヤマトのように目視したわけではないカレンは、なおも食い下がる。
「こちらの依頼書を出されたのはどちらですか?」
「おいおい嬢ちゃん。冒険者への依頼は初めてか?」
ため息を付き老人は眉をひそめる。
「守秘義務があるに決まってるだろう。公に出来るのは登録された冒険者の情報だけだ」
何か事情でもあるのかい?と問われ思わず応えようとしたカレンだったが、ヤマトはさりげなく引き留める。
「いやあ、すいません。この子魔法学校を卒業したばっかりで、知り合いからこの依頼を出してそのまま引き受けようかなって」
「はあ?」
取り合えず出任せを言って誤魔化す。ルールに沿っていない出鱈目でバカにされるのは避けられないが、誰がゴルトー商会と繋がっているのか判らない以上プリム工房の話をするのはまずいと判断した。
「アンタ魔法使いか?」
「あっ……えと、……私がそうです。……一応」
しどろもどろに答えるカレン。自己評価が低い彼女にとって、魔法使いであることを答えるのはかなり気後れするようだ。
「冒険者登録したいならいきなり来てもダメだ。この紙に身分証明、あとはここに書かれた実績をこなすんだな」
客というより冒険者希望者だと認識されたようで、数枚の紙と資料をカウンターに広げるマスター。話が逸れたことに安堵し、ヤマトは聞いてみる。
「やっぱり冒険者って稼げるんすか?なんかあのイベンターズの人達羽振りが良いっすけど」
「おうおう若いの、冒険者になりたいのか?」
突如酒臭がしたかと思うと、イベンターズの剣士が絡みに来た。
「言っとくがな、調査依頼料なんてこれっぽっちしか貰えないからな」
右手でcの字を作る男。
「大半がギルドに中抜きされちまうんだよ」
「人聞きの悪いことを言うな。マージンは規定料があるんだ」
迷惑そうにいうマスター。冒険者はかなり出来上がっているようだ。
「依頼料の儲けが少ないならそんなに飲んで大丈夫なんすか?」
ヤマトの問いに答えたのはもう一人の魔法使いの方だった。
「今回の場合、依頼料より素材が高いのさ。ブラックドッグなら毛皮と……体液が至高だな。上手く捌ければ1万ゴールドを超える」
「金貨1万!?」
カレンが仰天する。今の彼女たちの日雇い労働では1年以上働いて稼げるかどうかである。
「魔犬の血は魔力の触媒になる。腕の良い術者なら加工すればそれだけ稼げるが……」
魔法使いはカレンの格好を見てフッと笑う。
「その程度の技量もないなら止めておいた方が良い」
「なっ!」
羞恥心で赤面するカレン。
「わ、私は専門外だっただけです!」
「まあまあ、嬢ちゃん。コイツが空気読めないだけなんだ。許してくれ」
酔った剣士が馴れ馴れしく魔女の肩を抱く。鼻を突く酒臭にカレンの顔がひきつる。
「俺ら見てーに一発逆転!ってのに憧れる気持ちはよ〜く分かる。だがな、冒険者の仕事は命懸けだ。軽い気持ちでやると火傷するぜ?」
文字にすると如何にも含蓄がある言葉のようだが、実際はへべれけになった酔っぱらいの戯れ言である。カレンには微塵も響かない。
「成功するのに必要なのは弛まぬ努力に裏打ちされた実力!長年の研鑽と経験で積み重ねられた知識!そして……」
「太い後ろ楯!……っすよね」
「あん?」
突然水を差された男が振り返る。そこには両手に書類の束を抱えた金髪の男がニコニコと笑っていた。どうやらマスターから何やら色々な書類を貰ったらしい。
「何だ?兄ちゃん?」
酔っぱらいから笑いが消える。空気が変わったのを察し、彼に奢られていた他の冒険者達も静まり返る。
「やだなぁ、尊敬してるんすよ。実力はあっても、評価してくれたり取り立ててくれる人が居ないなら才能の持ち腐れっしょ。先輩方は飛び込みでも依頼をしてくれたり、加工品をきっちり引き取って相場で買い取ってくれる素晴らしい人達を見つけてるんすよねぇ、憧れちゃうなあ」
「……へへ、お前案外判ってるなあ!」
ヘラヘラと笑いながら皮肉をいうヤマトの真意に気付かず、剣士は再び上機嫌になる。
「お前さんのいう通りだ。でかい人のお抱えになりつつもギルドに席を残す。これが一番食いっぱぐれないのよ。その関係を許してくれるあの方に出会えた俺達は運が良かった」
「まだまだひよっこっすけど、俺らもその人にお近づきになれたりしますかねぇ」
「なれるなれる!あの人は居場所がないごろつきだろうがしっかり教育してるんだ。何なら今日俺が口利きして……」
「おい!」
静かだが、圧のある声。魔法使いの一言に、その場の全員が注目する。
「酒の勢いで迂闊なことを言うな……守秘義務違反だ」
その言葉に酔っぱらいの顔に幾分か正気が戻る。
「あ、ああ〜そうだな。すまんすまん、君達」
「いえいえ、俺達こそすみません。馴れ馴れしいこと聞きすぎました」
相手のノリに合わせて謝りながら距離をとるヤマト。そのままカレンのもとに行き……
「ささ、これ以上勝利の美酒を邪魔しちゃ悪いっすよね。俺達も頑張ろうな!」
「ち、ちょっと!」
受理されなかった依頼書と、マスターから貰った書類束を小脇に抱えながら、カレンの背を押して店の出口に向かうヤマト。
「憧れてたら理解にはほど遠い。上を行くためには憧れを捨てて邁進するのみ!……ってわけで失礼しま〜す!」
何やら格言を継ぎ接ぎしたかのような戯れ言を垂れ流しながら、男は魔女とともにスイングドアを押して退出していった。
「あいつ……何を考えていた?」
すぐに飲み会を再開していた仲間や客の中、魔法使いの男だけは鋭い視線で揺れるスイングドアを眺めていた。
〜〜〜〜〜〜
「もう!何なんですかさっきの!」
プリム工房に戻るなり、カレンは憤慨する。
「依頼は門前払いされるし!酔っぱらいには絡まれるし!同業者には上から目線で好き勝手言われるし!」
別に自分は短気ではなかったはずだが、ここ最近の人生はあまりにも理不尽なことが怒りすぎではないか。
「まあまあ、これでも飲んで落ち着きな」
未亡人ドワーフのプリムが紅茶をテーブルに置く。カレンはすみませんと軽く会釈してティーカップに口を付ける。芳ばしさと甘さを纏った香りが鼻をくすぐる。熱い液体が体に染み込む代わりに、自身の怒りの熱が覚めていくのを感じた。
カレンが落ち着いたのを見て安心したのか、プリムもちょこんと向かいに座る。
「嫌な思いさせてすまなかったねぇ、連中の動きか思ったより早かったみたいだ」
裁判資料は奪われた。襲撃犯は始末され証拠は隠蔽。冒険者ギルドは町にいくつかあるが、どこにゴルトー商会の息が掛かったものがいるか分からない状況では頼りにくい。
「アンタの奴隷契約も今日の夕方には完了しちまう。今日中にアンタ達は町を離れた方が良いね」
「そんな!」
カレンは椅子から立ち上がる。
「それじゃプリムさん達がやられっぱなしじゃないですか!」
社会経験が少ない彼女でも、一宿一飯の恩義を無下にするのは気が引けた。
「大丈夫さ。礼なら十分受け取ったよ。アンタからも、ヤマトからもね」
「あの人から?」
カレンの記憶ではあのちゃらんぽらんが役に立ってた記憶はない。だがドワーフは椅子から降りると隣室の扉をノックする。
「ヤマト、開けるよ。アンタが教えてくれた策だけどね……」
がちゃりと鉄製の扉が開けられると、作業机について黙々と書類束や分厚い本と向き合うヤマトの姿があった。隣には何故か工員が一人ついている。
「何してるんです?」
プリムの頭の上から話しかけるカレン。身長差があるので屈まなくとも景色を共有出来るのは便利だと心の片隅で思った。
「勉強中」
書類束に鉛筆で軽く点を打ちながら、自前の小さなメモ帳に何やらメモをびっしりと書いている。キリが良いところなのか、そのメモ帳を付箋のように紙束に挟みヤマトは二人の女に向き直った。
プリムは取り合えず用件を続けた。
「朝アンタが教えてくれた策な、ウチの職人達と話したら行けるってさ」
「それは良かったっすよ」
朗らかに笑うヤマトだが、目の隈をはじめかなり疲労が浮かんでいる。ほとんど寝ずに動きっぱなしなのだ。プリムは彼の身を案じる。
「アンタには感謝してる。いざとなったら連中ととことん戦うさ。だからアンタは仮眠を取ったら夕方にはカレンと一緒に町を出なよ」
「俺は逃げませんよ」
ドワーフ鍛冶の提案を突っぱねるヤマト。
「逃げたところであいつらはいつか握った弱みに付け込んでくる。そういう連中には立ち向かわないと勝てない」
「勝てないって……」
カレンも口を挟む。
「あなた戦う力なんて無いじゃないですか」
転生スキルも魔力もない。元の世界でも戦闘職ではなさそうな彼に何が出来るのか。だがそんな彼女の不安とは真逆の自信に満ちた顔で、ヤマトは不敵に笑う。
「戦い方なんていくらでもあるのさ、あの先達も言ってたろ?」
「何を?」
カレンの疑問には直接答えず、ヤマトは書類の一枚を彼女に示す。
「今勉強中だからまだ途中なんだけどさ、カレンちゃんが奴隷扱いから解放される方法見つけたよ」
「え!?本当に!」
かなり食い気味に身を乗り出す。プリムのことは心配だが、自分の奴隷契約に危機感が無いと言えば嘘になる。
「君の奴隷契約は君がお父さんの被扶養者だから成り立ってる」
「ひふようしゃ?」
聞き慣れない単語に首をかしげる。学問ではなく、社会人の知識なので就労経験がないと理解は難しいだろう。工房長のプリムが助け船を出す。
「働く人に養われてる奴のことさ。ウチの職人にも妻子を扶養に入れてるのはチラホラいるよ」
カレンの場合、成人してなお扶養から外れない彼女を、扶養者である実父ギルバート·コーネリアが正式に「売った」から契約が成立しているのだ。カレンは改めて父親としての正気を疑う。
「つまりカレンが一人立ちして社会から認められる地位を持てば、この子自身の意思で契約を無効に出来るってわけかい?」
プリムの質問にヤマトは頷く。
「はい、けど普通の職だとややこしくて……一番確実に無効化出来るのは魔法使いとしての資格を必要とする職種っす」
この世界の人間は公平平等ではない。王族、貴族、平民……社会が未成熟であるが故の権力構造に加えて、魔法という世の理を歪める力を持つ者が、そうでないものより権利を多く持つのだ。
(多分ギルバートはその為に……)
ヤマトはあることに思い至るが飲み込む。今する話ではない。
「ともかく、カレンちゃんが就職するにしても普通の職じゃダメなんだ。錬金魔法使いとしてプリム工房で雇って貰うにも、工房自体が乗っ取られかけてちゃ意味ないしね」
そこまで状況を話した段階で、腕組みしながら聞いていたプリムがはっと気付く。
「カレンを冒険者としてギルド登録するのかい!?」
「えぇ!?」
仰天する魔女。確かに魔法使いの花形職であり、名声を重ねて英雄となった魔女や魔術師の逸話は多い。だがそれは運と実力を併せ持った天才秀才の話だ。
「無理ですよぉ冒険者なんて。私火球すら撃てないのに」
「まあ、カレンちゃんにあのおっさん達に混じるのは無理だろうね」
「ですよね」
ヤマトの発言にほっと胸を撫で下ろすカレン。だが……
「冒険者になるのは前提の一つでしかない」
「そうそう……ん?」
「プリムさんも助けて、俺の夢を実現するには、カレンちゃんにはもう1個役職をつけてもらう」
「「はぁ!?」」
特大の疑問符を浮かべる女性陣を前に、ヤマトは策を披露する。
二鳥ならぬ三鳥……勇者にして社長を自認する男は、人生最大の賭けを成功させるべく、巨大な一石を投じようとしていた。
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