終活バンパイア
「ねぇ臣君。あのさぁ……パパって実は吸血鬼なんだ」
「……は?」
車窓外を流れていく景色をぼんやり見ていた俺は、運転席でぶっ飛び発言をかました親父の顔を思わず振り返った。
母さんのお見舞い帰りに……この男は一体、何を言っているんだ? 意味がわからない。
だが、理解の追いつかない俺を置き去りにして、親父が話を続けていく。
「手伝って欲しいんだ、僕の『終活』を……」
「?」
頭上に疑問符を浮かべた俺に、そう言って優男はニコリと微笑んだのだった。
◇◇◇◇
ピッ!
電車を降りた俺は、出口へと向かう人の流れに乗り、ICカードをかざして改札を抜ける。
目的の『店』の最寄りは、JRと私鉄の二路線が交差するこの乗り換え駅。通勤通学の時間帯は相応の利用客で構内が混み合うが、今の時間は部活のない帰宅学生達の姿が目立つ。
エスカレーター横の階段を自分のペースで軽やかに下り、人通りの少ない北側の小道へと進んでいった。
一定数の往来がある駅前通りから一本奥に引っ込んだこの道は、入った途端に陰気臭さが漂ってきた。表通りに並んだビルの影になり、陽があまり差し込まないからだろうか、裏路地という言葉がピタリと当てはまる。
学ランのポケットから取り出したスマホ画面は、15:50を表示していた。
「約束10分前か、ふぅ危ねぇ……」
下校直前、担任に呼び止められたときは少し焦った。まぁ、三日連続で遅刻したからな。怒られるのも仕方ない。
そして、これから会う予定の店主は時間にちょっとだけ厳しい……あと5分ここで潰してから、店内に入ろう。
ドンッ!
「あっ!」
「ちっ、よそ見してんなよ!」
「す、すいません!」
雑居ビルを見上げていた俺は、うっかりぶつかってしまった通行人さんに、さっと頭を下げた。
通行人……あぁ、間違えた……『人』じゃなかったか。
通り過ぎていった男の背中がだいぶ小さくなったのを、頭を下げた格好のままチラッと確認し、溜息を吐き出した。
今、この通りでヤツとすれ違った人間の中で、『それ』に気づいたのは果たして何人いるんだろう?
……まぁ、少し前の俺だったら全く気付かなかっただろうけどな。
「……あ、時間」
トントントンッ……
俺はビルの階段を一段ずつ上りながら、あの日、親父と交わした会話を思い出していた。
◇◇◇◇
「ねぇ臣君。あのさぁ……パパって実は吸血鬼なんだ」
「……は?」
車に揺られながら窓の外をぼんやり眺めていた俺は、運転席の親父をバッと振り返った。
ハンドルを握り、前方を見つめている彼の横顔を睨みつけながら、低い声で噛みつく。
「今、何て言った? こんな時に冗談? ギャグセンス皆無だな。微塵も面白くねえよ」
いつもだったら『ごめんごめん。そんなに怒んないでよぉ、もう! オミ君ったら絶賛反抗期な男の子なんだから〜〜!』と人の神経をペタペタ逆撫でするような返しをしてくる。
だが、親父は俺の言葉をスルーして、そのまま話を続ける。
「でも、ママは普通の人間。だからオミ君は混血吸血鬼なんだよ」
「……は? まだそのふざけた設定続けるつもりかよ⁉︎ 母さんが人間? そんなの当たり前だろっ!」
思わず苛立って、声が大きくなった。
大学病院に入院中の母さんのところへ、今、見舞いに行ってきたばかりじゃないか!
その帰りの車内でこんなくだらない話をするなんて……不謹慎な父親に心底腹が立った。
「ごめん……僕もこんな形でカミングアウトするつもりはなかったんだけどね……」
「……え?」
………………
流石の親父もそこまで空気の読めない男では無い……はず。たぶん。きっと。
真剣さはその声のトーンからひしひしと伝わってきた。
………………
これは……ドッキリか何かなんだよな?
どこかに隠しカメラでも仕掛けてあって、俺がうっかり信じ込んだところでネタばらしする……んだよな? そうだよな? そうだと言ってくれよ。
すると、困惑する俺の心の声を読み取ったのか、親父は前を向いたまま突然、ハンドルを握る左の前腕を思いっきり反対の手で引っ掻いた!
ガリッ!
「なっ⁉︎」
切り裂かれた皮膚表面には、赤い四本線の爪痕がくっきり浮かび上がる……が、すうっと、それは瞬きする間もなく消えた。
「っ⁉︎」
驚きのあまり、声が出なかった。
『抉れた肉が復活するなんて、どんな手品だよ⁉︎』……なぁんてツッコミを入れることすら出来ず、頭ん中は真っ白になった。
俺の反応が、親父の予想通りだったのだろう。
視線をこちらに向けることなく……乾いた声で彼は次の言葉を吐き出した。
「ママ……美雨ちゃんは……もう、そんなに長くはないんだ」
「え……?」
その掠れた一言で、目の前が瞬時に真っ暗になる。
まだ外は陽が傾いている時間帯のはずなのに、茜色は視界から消し飛んだ。
前方の信号機が何色かも俺の両目じゃ認識出来ていない……車が停車したから、たぶん今は赤信号なのだろう。
「う……嘘だ……」
「嘘じゃないよ」
親父が静かに俺の言葉を否定した。
母さん……『手術は無事、成功したよ』って言ってたのに……あれは嘘だったの?
そんなに身体の具合が悪かったなんて……俺、全然母さんに優しくしてなかった。
ちらっと病室で顔を見ただけで、廊下の自販機の元へさっさと移動した数時間前の自分をぶん殴ってやりたい。
「……っ!」
信じられない……信じたくない……親父と母さん、どちらの話も……。
吐き出す言葉が見当たらない俺の口は、魚のようにパクパクとただ単調に開閉を繰り返した。
でも……言われてみると……『親父=吸血鬼』に、心当たりが全く無いわけではない。
時が止まったように歳を取らない童顔、日光嫌いで不審者並みの日焼け対策、餃子はニンニク抜きで、仕事は夜勤……いや、それだけで自分の親が人間じゃないなんて、誰が想像できる?
でも……今、確かにこの目で見た、人ではあり得ない回復力を……。
動揺しまくりな俺とは対照的に、落ち着いた様子の親父はゆっくり言葉を選ぶように告げる。
「彼女と僕の間……残された時間には限りがある。僕はね……ミウちゃんが願うことを、彼女が生きてる間に全部叶えてあげたいんだ。そういえば『元気になったら、旅行に行きたい』って言ってた……ミウちゃんが退院したらすぐ、二人で旅に出ようかな……」
「えっ⁉︎ なんで? 俺は⁉︎ 連れてってくれないの⁇ 反抗期だからって調子に乗って、俺が良い子にしていなかったから? 母さんの話ちゃんと聞いてなかったから? お手伝いサボったから? 俺は……いらないの?」
手だけじゃなく全身がガタガタと震え、鏡を見なくても自分の顔が青ざめていくのがわかった。
家族なのに……俺だけ仲間はずれ?
「そうじゃないよ。ミウちゃんにとっても僕にとっても、オミ君は大事な大事な宝物だよ」
「だ、だったら、なんで⁉︎」
すると俺の頭を親父がそっと撫でてきた。
いつもだったら『うぜぇ!』と言って全力で振り払うのに……それを今は素直に受け入れた。
俺とは比べ物にならないほどボロ泣きな父親……彼のその手を、どうしても拒むことが出来なかった。
「ミ、ミウちゃんを……吸血鬼に変え、不老不死にすることも出来るんだけど……ふふっ、断られちゃった……」
「ははっ……母さんならそう言いそう」
いつも自然体で、ニコニコ笑う柔らかな母さんの顔が、ふっと頭に浮かんだ。
すると、内から溢れ出てきた涙で、俺の視界がぐにゃりと歪む。
「僕はねぇ……ミウちゃんと出逢って、世界が変わったんだ。もしも……もしも、ミウちゃんが死んじゃったら、僕は耐えられない。生きてはいけない。一緒の世界へと旅立ちたい。彼女のいなくなった世界には一秒だって生きていたくはないから……」
「え……?」
親父の告白は……結構ショックだった。
後頭部を鈍器で殴られたような強い衝撃……ぐらつく頭を、手で支えてなんとか平静を保つ。
「な、なんだよ。やっぱり……息子の俺のことなんて……どうでもいいのかよ?」
我ながら情けない声が、口から漏れ出ていた。
「どうでも良くはないよ。でも……ごめん。親である前に、一人の男なんだ。俺の一番はミウちゃんで、二番目がオミ君なんだよ」
……知ってるよ。
親父がこの世で一番大切なのは母さんだ。
『世界一愛してる』
子供の頃からずっと、ずっと、ずうっと毎日毎日聞かされてきた。
しかし、あらためてはっきり言葉にして言われると……心臓にずしんと堪える。
でも……潔い。むしろ清々しささえ感じる。
………………
「ははっ。マジで無責任だな」
「そうだね」
「俺、中3だよ? 受験生なのに……」
「ごめんね」
「正直過ぎるだろ」
「うん」
優男の顔をしているが頑固な親父は、一度決めたらテコでも動かない。
どうやら、最初から心は決まっているようだ。
ボスッ!
脱力した俺は、助手席のヘッドレストに頭を預け、大きく溜息を吐き出した。
前方にちらっと視線を向けると、ちょうど信号がパッと青に変わった。
「パパから、オミ君に一つ……頼みがあるんだけど……手伝って欲しいんだ、僕の『終活』を……」
「???」
そう言って微笑むと、親父はアクセルペダルをゆっくり踏み込み、車を発進させたのだった。
◇◇◇◇
雑居ビルのコンクリート階段を上り終え、何の装飾も看板もないドアの前に立った俺は、斜めがけした学生カバンの表面をポンポンッと軽く叩いた。中身には今日の用件が入っている。
◇
「この手紙を渡してきて欲しいんだ」
「ん? 何これ?」
旅行出発の直前、親父から受け取ったのは、血液の雫を落としたような真紅のシーリングスタンプが押された漆黒の封筒七通、それと名簿が一枚だった。
◇
「全く……『終活』とか言うから何をムチャ振りされるかと思ったけど……俺は伝書鳩か? 渡す相手、全員知り合いじゃん。こんなん楽勝だろ?」
ボソッと一人そう呟いてから、ドア横のボタンを人差し指でグッと押した。
ピンポーン!
「はい、どうぞ〜〜!」
聞き慣れた呼び出し音の後に、店主の声がインターホン越しに響いてきた。
◇◇◇◇
「……で、時雨さんはオミ君を一人残し、奥さんを連れて旅に出た、と。ははっ!」
「あぁ、俺に用事だけ言い付けて……って、笑い事じゃないからね、廉原君。お陰で中3でいきなり一人暮らし。もう家ん中、ぐっちゃぐちゃ。朝は寝坊するし……『15歳で元服したら大人の仲間入りだから、大丈夫!』って言われたけど、一体いつの時代の話⁉︎」
「う〜ん、明治時代より前かな?」
カウンターを挟んで向かいに立つ、顔見知りのお兄さんへ、挨拶もそこそこに一連の話をぶち撒けた。
つい優しくて聞き上手な彼には愚痴でもなんでも喋りたくなっちゃうが、甘えすぎは駄目だな。いかんいかん。
ふと、彼の後ろにずらりと並ぶ白い戸棚が目に入った。いつも思っていたが、これは……冷蔵庫? それとも冷凍庫?
一年くらい前、親父に『オミ君、おつかいお願い! お小遣いあげるから!』と、目先の金に釣られたことがキッカケで、それから毎月、第一水曜日の放課後はこのお店に通っている。
他の知り合い達との出逢いも、だいたい似たような感じだ。
でも、月一で通っていたが、何の店かよく知らなかった。
このビルの中で唯一看板の無い店舗、壁側に並ぶ謎の貯蔵庫とカウンターだけの殺風景な店内、時間厳守のイケメン店主、完全予約制だから出会わない他のお客様、取り扱う詳細不明な品物……etc。
うん。どれをとっても怪しい以外、ナニモノでもない。
けど、質問してもはぐらかされるし、俺が一人悩んだところで答えなんて出ないので、いつからか考えるのを止めてしまった。あぁ……慣れって恐ろしいな。
「それで? 今日は荷物の受け渡し日じゃないでしょ? 何の用事で予約してくれたの?」
「これ、親父が『渡してくれ』ってさ」
パサッ……
カバンから取り出した封筒を見て、彼の眉毛がピクリと動いた。俺の手から受け取るなり、素早く封を開け、中の手紙にざっと目を通す。
そんな彼の整った横顔を眺めながら、俺は溜息を吐き出した。
「はぁ……それにしても、まさか、スバラ君も『そっち側』の存在だったなんて……」
「え〜〜?」
小首を傾げながら、向かいの彼が悪戯っぽく微笑んだ。
「今まで俺、何も知らなかった。でも、親父の一言で知っちゃったじゃん? そしたら……」
「世界の視え方が……ガラリと変わったんだね」
「……うん」
彼の言葉に、俺は静かに頷いた。
特に『何か』があったわけではない。
マンガやアニメの主人公のように、超絶大ピンチで開眼とか、血管ブチ切れるほど激怒して覚醒……したりはしていない。残念ながら。
ただ『認識』した。
それだけ。本当に、ただそれだけ。
でも、それだけなのに……俺の世界は一変した。
清楚なお嬢様風アイドルが、実は三股してる暴食系クソ女だと知ったら?
親身に話を聞いてくれる先生が、実は裏で修学旅行費の横領犯だと知ったら?
大人気vtuberが、実は近所のコンビニでよく見かけるあのおじさんだと知ったら?
今まで見ていた側面とは、全く違う顔が見えてくる……そして、そちら側からしか、もう見えなくなる。知らなかった時の自分には二度と戻れない。
『吸血鬼』を俺の脳が『認識』してしまった瞬間……今まで人間だと信じていた存在が、実はそうではないことに気付いてしまった。
そう……親父がカミングアウトしたあの日を境に、俺は周囲に溢れる人外達が『視える』ようになったのだ。
何で? どんな風に? 見分ける特徴は?
もしも、そう質問をされたら、ちょっと困る……感覚的なモノを説明するのはとても難しいからね。
強いて言えば……纏っているオーラ……かな?
ただ一つ言えるのは、人外は明らかに人間とは違い、そして確かにこの世界に『いる』のだ。
「ふふっ。オミ君は混血吸血鬼だからね。生まれつき、吸血鬼を索敵する能力が備わっているんだ。それが開花したと思ったらいいよ」
目の前にいる『吸血鬼』の彼がフォローするようにそう言って、目を細め笑った。外見は大学生くらいだが……実年齢はこの見た目だけではわからない。
「それにしても……オミ君、俺のこと怖くないの?」
「え? 別に……親父から予備知識として、ちらっと聞いてるよ。最近の吸血鬼は『むやみに人間を襲わない』って。それに、俺も半人半妖なわけだし……」
血液成分に近しい栄養代替食品の発達や防犯カメラの増加、人間の品質劣化等、彼らにとって危険を犯してまで人間を狩る意味が薄れたそうだ。そうして、何食わぬ顔で吸血鬼達は社会へと溶け込んでいるんだと。
それでも血を求める存在は相応にいるらしく、そこに目を付けたスバラ君は『血液ビジネス』を展開する実業家吸血鬼になった、と親父が言っていた。
輸血パックの注文や採取した血液の高額裏取引……随分とアングラな商売だ。知れ渡れば大問題、SNSで拡散されたら一発アウトだな。
つまり……今まで、俺がおつかいで受け取っていたブツって……うん。考えるとアレなので、やめておこう。
一人うんうん頷いている俺に、スバラ君が話を続ける。
「それでも俺らへの偏見とか、普通はあるじゃない? オミ君、変なところで肝座りすぎ」
「え? そう? だって、スバラ君はスバラ君でしょ? それに俺だって、普通とは言えないっぽいし……それより今更なんだけど、親父と一体どういう関係なの?」
カウンターにぐいっと身を乗り出し、今度は俺が尋ねた。
「あれ? そっちは聞いてないの? シグレさん、昔ヤンチャしてた時期に眷属増やしまくっててさ、俺はその時からの縁だよ」
「……え? なにそれ? 親父に実は隠し子いっぱいいました……みたいな衝撃、やめてよね」
俺が間抜けな顔をしていたのか、彼がクスッと笑った。そして、ヒラヒラと手元の手紙を揺らす。
「ちなみに、オミ君。この手紙ってもう他の奴等に渡したの?」
「うん。昨日、商店街を回って渡してきたよ。で、最後の一通がスバラ君」
「そう……皆、何か言っていた?」
「え?」
スバラ君の言葉で、昨日の記憶を振り返り、皆の顔を順に思い浮かべるが……特に誰も変わったことは言って無かったと思う。
「別に……」
「そっかぁ、皆は過保護だなぁ。そして、オミ君。キミは……少し足りないね。とても残念だ」
「?」
チャキッ‼︎
ニッコリと微笑み、そう言うやいなや、スバラ君はいきなり拳銃を取り出すと、こちらに銃口を向けてきた‼︎
「えっ⁉︎」
ドンッ!
「ぐはぁっ!」
スバラ君の放った銃弾は見事に命中した!
もちろん、俺……ではない。
弾丸は俺の顔面横スレスレ、髪の毛をチリッと掠めて飛び去り、店の入り口に音もなく立っていた人……じゃない、吸血鬼の左胸にドンピシャでめり込んだのだ!
「へ?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!」
雑居ビルを揺するくらいの悲鳴が室内に響き渡る!
だが、他の階から誰かが駆け付けてくる気配はない……あれ? この部屋、完全防音設計……って、気にするとこはそこじゃない?
戸惑う俺を尻目に、スバラ君が人差し指で拳銃をくるくる回しながら、いつものトーンで絶叫吸血鬼に話しかける。
「あぁ、すみません。うち、完全予約制でして予約も紹介も無い一見さんはお断りしております……よっ!」
ドンッ!
もう一発が、今度は男の眉間を貫いた!
銃撃の勢いで頭はガクンッと天井向きに持っていかれた……と思ったら、男はその場に膝から崩れ落ち……見る見る間にその全身が砂へと変わった。
ザァーーーーッ……
………………
一瞬の出来事に自分の頭がまるで追いつかない。
へなへなとその場に座り込むと、ぼんやり砂山を見つめた。
死ぬと吸血鬼は砂になる……架空上の話とばかり思っていたのに……。
しかも、吸血鬼が……発砲? 普通、狩人に撃たれる側じゃないの?
ほら、だって……爪がシャキーンって伸びて相手を切り裂いたり、鋭い牙でガブッと噛みつき敵を蹂躙するパブリックイメージ……あれ? 決めつけ過ぎ?
「?」
「あぁ、ごめんね。アレ消しちゃったけど、もしかして知り合いだった?」
「え? いや、全然違うけど……」
既に葬られた砂山を指差し聞かれても返事に困る。
だが、なんか見たことある気も……さっきの臨終直前な男の顔を自分の記憶と照合しようと、俺は額にペチンッと手を当てた。
ウィィーーンッ……ザザザザザザッ……
そんな俺の目の前を横切り、円盤型の自動掃除機がグングン砂を吸い取っていく。
「……」
これ……集中できなくない?
次から次へとツッコミ要素が湧いてくるよ?
っていうか、遺灰お片付けロボ?
このお店が殺風景なのって、もしや掃除をしやすくする為か?
あぁ、血が飛び散ると掃除しにくいから、斬殺じゃなくて銃殺なの?
なんか非現実的な事象の連続で、頭の中はプチパニック。まとまらない考えが浮かんではパチパチ弾けて消える。
その時、さっきの男の顔がパチンッと脳裏に出現した。
「あ! ソイツ……さっき、そこの通りでぶつかったヤツだ!」
数分前にぶつかった、通行人ならぬ通行吸血鬼。俺がビルに入っていったのを確認して、後ろから尾行てきてたのか? え? なんで?
「なるほど。勘づかれたことに気づいたんだね」
「?」
「吸血鬼は社会に紛れ生活しているからね。弱い奴らほど、己の存在に気づかれることを恐れるんだ」
「ふぇぇぇ……」
俺の気の抜けた返事に、スバラ君が呆れたように深々と溜息を吐き出した。
「はぁぁぁっ……ねぇ、オミ君。キミはもう少し色々と考えた方がいいよ?」
「え?」
「行動や発言には、時として明確な『意図』がある。なんでシグレさんが『終活』って言ったか……なんで雑魚がキミを追ってきたか……とか」
「?」
珍しく、スバラ君がお説教とまではいかないが、俺を諭す言葉を掛けてきた。
「いい? まず、混血吸血鬼って実はすごい珍しいからね? 今のオミ君は狙われやすいんだよ」
「えっ? そうなの?」
驚きで思いの外、大きな声が出た。
珍しい、か……脳内に『珍獣』という二文字がポンッと浮かんだ。
「吸血鬼はその気になれば無限に増やせるけど、ダンピールは吸血鬼と人間が愛し合って誕生するんだ。『食糧と交尾しようなんて考えるヤツの思考回路はイかれてる』って嘲る奴もいたが……俺はそうは思わない」
そういえば、スバラ君も気になる子がいるって言っていた。種族違いの恋は色々と障害があるんだろう。
親父と母さんも、それを超えてきたのか?
でも……自分の両親のアレコレは想像したくないや。正直、めっちゃ気まずい。
「ん……あれ? ちょっと待って。さっき、俺のこと『狙われやすい』って……」
「オミ君は自分をダンピールと『認識』してしまったからね。索敵能力に長けた者はハンターに利用されやすい。そして、自分の身を守りたい吸血鬼は、危険の芽を早々に摘みたいでしょ?」
「じゃあ……両者に狙われるってこと? 全部、親父のせいじゃん!」
俺がぶすっと言葉を返すと、スバラ君は苦笑いを浮かべた。
「今まで、キミはずっと守られてきてたからね」
そう言うと、持っていた手紙をピラッと俺に向けてきた。
その文面……息子である俺を頼むという内容が紙の隅々にまで気持ち悪いくらいに、びっちりと書き記されていた。
「親父……」
「オミ君は愛されてるね」
「なっ……そ、そんなこと……」
スバラ君にそう言われて、顔が熱くなるのを感じた。
俺が散々、生意気を言って反抗期を謳歌できていたのは、甘えさせてくれる両親がいて、その手の中でぬくぬく生きてこられたからだ。
たった数日なのに、二人がいない生活でそれを嫌というほど思い知った。
「ねぇ……『終活』って聞いたら何を連想する?」
「え? えっと……断捨離、エンディングノート、やりたいことリスト、遺産相続、訃報の連絡先……」
指折り数えながら、次々と挙げていく。
「そうだね。キチンとさせておいてくれないと、揉めるし、残された者が困ることばかり……オミ君の為に、自分の為に……シグレさんも、アレで色々考えているんだよ」
そう言って、スバラ君が俺の頭を優しく撫でてきた。
「でも、それがなんで、俺に手紙を渡して欲しいになるの?」
「シグレさんからのメッセージを全員が既読スルーするからじゃない?」
「えっ? ……眷属なのに酷えな」
「ははっ、おっと時間だ。今日はここまで。またね……新しい王様」
「え? ちょ、ちょっと!」
「では、次回の来店をお待ちしておりま〜〜す!」
ぐいぐいぐいっ……バタンッ!
「あぁ、もう! ちぇっ、時間切れか」
スバラ君の最後の言葉が妙に引っかかったが、次の予約客がいるんだろう。
店内から強引に追い出された俺は、モヤモヤした気持ちを抱えながら、家路についたのだった。
◇◇◇◇
ガチャンッ!
「……だだいま」
迎え入れてくれる人もいないのに、玄関土間でいつも通り帰宅の挨拶を口にする。
電気の消えた室内が、こんなにも寂しいものなんて知らなかった。
当たり前のように親父と母さんがいて、二人が俺の毎日吐き出すワガママを寛大に受け止めてくれていたんだな。
「俺……全然分かってなかったな……」
ガチャッ!
その時、突如、後方の玄関ドアの開く音が鳴った。
瞬間、スバラ君のお店で遭遇したあの吸血鬼の顔が頭を過ぎる。
ゾワッ……
「「ただいま!」」
………………
「母さん⁉︎ 親父⁉︎」
身構えた俺の前に現れたのは、よく知る二つの顔……ひょこっと帰ってきた両親だった。呑気な顔で、お土産の手提げを両手いっぱいに抱えている。
……え? 北海道行ってたの?
てっきり、世界一周かと思ってた。
元気そうな二人の顔を見て、安堵と共になんとも言えない感情が湧き上がってきて、口調がついトゲトゲしくなる。
「か、母さん、何で俺に嘘をついたんだよ!」
「え? う、嘘?」
「手術……本当は……駄目だったんだろ?」
自分で言ってて辛い。目の縁で涙を堰き止めるのに必死で、口がへの字にひん曲がる。
だが、母さんの口からは意外な言葉が飛び出した。
「医師からは、あと五十年はピンピンしてるってお墨付きなんだけど?」
「は? ご、五十年⁉︎」
ケロッとした顔の彼女の後ろでは、悲痛な顔の父親が今にも泣きそうな表情で拳を握りしめていた。
「ミウちゃんと……あと、たったの五十年しか一緒にいられないなんて……そんなの耐えられない!」
「はいはい、しょうがないわねぇ。じゃあ皆で仲良く笑顔で暮らしましょうね」
………………
幼児をあやすかのような母さんの行動で悟る。
そうか! 吸血鬼の親父は時間の感覚が一般的なのとは違うんだ!
「今、ミウちゃんと一緒に叶えたい願いをノートに書き出してるんだけど、一個叶えるたびにまた思いついちゃうから、どんどん増えて困っちゃう」
いや知らんがな!
怒りを通り越して、なんだか呆れてしまったからか、俺の余分な肩の力がスッと抜けた。
「親父……母さん……」
二人を失ってしまう……そう思った瞬間、両親の大切さを改めて思い知った。一人で暮らし、日頃の感謝を思い出した。
「お……おかえり……」
久々に、素直に発せられた俺の言葉を聞き、顔を見合わせた二人は同時に俺に抱きついたのだった。
「「ただいま、オミ君!」」
おしまい
お読み頂き、ありがとうございました!
『終活』として、自分の王位を息子に継承する為、眷属に手紙を出すお話のはずが……考えの足りない反抗期少年が態度をちょっとだけ改めるお話になってしまいました。
……なぜでしょう? 自分でも本当に不思議です。
引き続き、精進いたします。




