知識と紳士
吾輩はGである。名前はまだない。
どこで生れたか頓と見当がつかぬ。が、地面を這って移動し、食べられそうなモノがあれば触覚で確認し、問題なければ無心で食す。そんな生き物である。
大きな生き物はニンゲンというらしい。明るすぎる場所には大概このニンゲンが居る。故に明るすぎる場所には基本的に出て行かない。
何故ならば、気付かれてしまえば『G!Gが出た!!』と叫ばれ、何もしていなくても叩かれて痛いからである。しかし、そのおかげで吾輩がGという生き物であることは理解した。
Gという生き物は、仲間と生活をしていると思われているらしい。実際、吾輩も何度か同胞に出くわしたことがある。が、だからといってニンゲンのように仲が良いなどということはない。
ただ、ベテランの同胞が教えてくれたのだが、食べられそうなモノの中でも特段に美味しくて量が多い時のみ、自然とフェロモンが強めに出てしまうらしい。そのフェロモンで集った後は、何となく一緒に居ることが多いのだとか。
その話しを知った吾輩も、たった一度だけ、そんなフェロモンに釣られて行ったことがある。しかし、着いたら死屍累々。同胞が死んだ同胞を食していたが、その虚ろな目を見て薄ら恐怖を感じた吾輩はその場から逃走した。以来、同胞を食すことは吾輩の心の中で禁じ手としている。
そんな危機管理能力が高い吾輩だったが、先日、とうとうニンゲンに捕らわれてしまったらしい。
吾輩を捕えたニンゲンは、ニンゲンにしては小さい顔、小さい胴体をしている。吾輩と同じような体躯の生き物を捕まえては檻の中に放り込んでいるようで、腕を動かそうものなら隣人から睨みつけられる始末。なお、檻は離れた場所に据え置かれている様子。
故に逃げるならば今しかないのだが、このニンゲン、どうやら捕らえるのが上手い様子。次から次に捕らえては駆け寄ってきて奥に突っ込むものだから、どれだけ苦労して出入口まで向かっても押し込まれてしまうのだ。
次第に出入口を目指していた吾輩も、他の生き物同様、疲れて脱出を諦めることとなった。
疲れてぐったりしている間に檻を移動させられたらしい。良い匂いがして目覚めると、目の前に半透明の何かが置かれていた。が、他の生き物は既にそれを口にしているし、かなり食べ進められている様子。それに、嫌な感じがしない。
だからそっと一口、
――――
———
——
― はっ?!
どうやら、無我夢中で食していたらしい。
我に返った吾輩は、食べるのを止めて周囲を見回した。他の生き物たちは、既に思い思いの場所で食休めしている様子。あっ、あの岩の穴なんてちょうど良い隠れ家 —— マァ、言わずもがな、大人気スポットである。流石にギュウギュウになってでもあの穴に入ろうとは思わない。
先ほどまでの檻の中とは異なる大きな箱のようで、先ほど腕が触れてしまった他の生き物たちもいた。空間としてはかなり広く、それでいてどことなく安心感がある。暗すぎず、明るすぎず。ニンゲンの気配は感じるが、障害物が多いのか距離感までは解らない。
「なぁなぁ、さっきのって、ニンゲンだよなぁ?」
「う、うん。だけど、食べ物、くれたよね。なんでかな?」
「あの人間は、我々を飼うつもりなのでしょう」
1人、物知りそうな生き物が答えた。が、その生き物は疲れたように深く溜息をつく。
「人間は、自分よりも弱い生き物を檻の中で育てて殺すのです。それが『飼う』という言葉の意味です。食べ物を探しに行く必要はありませんが、食べ物は選べません」
「へー。まぁ、それならオレ、べつにかまわないかなぁ。オンナもたくさんいるし」
「うん。わたしも、いいかな。食べ物、さがすのタイヘンだったから」
大半は飼われることに肯定的だった。が、物知りそうな生き物は吾輩を一瞥する。少し長考する様子をした後、無言で吾輩とは反対側、岩の向こう側へと歩んで行ってしまった。
ニンゲン曰く、太陽が上がって沈み、次の太陽が上がるまでを1日とカウントするらしい。その感覚だと、恐らく5日が経過したと思われる。
それで解ったことは、1日に1回、明るい時にニンゲンは食べ物をくれる。なんと、古くて味が落ち始めた食べ物と交換して美味しい食べ物を入れてくれるのだ。そして、暗くなる前に排泄物を取り除いて新しい土を入れてくれる。つまりは、同じ場所に居ても臭くならないのだ。
しかも、ここは真っ黒の地面ほど熱くはなく、むしろちょうどいい温度。風は全くないが、強い風で飛ばされることもない。何より、ここには同じ体躯の者しかいないので食べられる心配もない。
確かに食べ物の味は選べないが、物知りそうな生き物が言うよりも悪くない場所だと思う。
どのくらい、経過したのだろうか。
「やはり、貴方だけが生き残るのですね」
物知りそうな生き物が、わざわざ吾輩に声を掛けに来た。
今まで誰とも口をきいてこなかったがだけに答えるつもりも無かったが、思うところが全く無い訳でもなかったので答えてやることにした。
「寂しくなったか?」
「いいえ。むしろ、貴方にお願いがあってこちらに来ました」
あんなに沢山いた生き物たちは、次々と子孫を残して力尽きてしまった。長いこと同じ空間にいたせいか、話しせずとも吾輩にも仲間意識とかいうモノが芽生えたのだろう。生き物たちの亡骸は栄養価が高いことを知っていたが食す気にはなれなかった。
この物知りそうな生き物も、子孫はしっかりと残していた。むしろ、他の生き物たちよりも多く残したことだろう。だが、この生き物たちの子孫はまだ1人も生まれてきていない。あれだけの数があって全てが無精卵ということは無いだろう。恐らくは、生まれてくる条件が整っていないのだろう。
「なんだ? 子供の面倒なら見ないぞ?」
「いいえ、いいえ! むしろ子供は放っておいて下さい!!」
急に焦った様子で相手は答える。
「私たちは土の中で大半を過ごします。土の上に出てくるのは子孫を残すためだけなのです。食べ物は子孫のために摂取する……それが私たちの生き方です。ですので、子供のことは御気にせず」
「それなら、願いとは?」
「私が死んだら、この身を食べてもらえませんか?」
吾輩は愕然とした。
物知りそうな生き物は表情を変えないまま言葉を紡ぐ。
「私たちが死んだ後、あの人間がどのように破棄するかは私も存じておりません。それに、死んだら私自身の意識も、痛覚もきっと無くなるのでしょう。仲間が皆、その様でしたので。ですが、例えそうなったとしても、この身を火にくべられることだけは、どうしても避けたいのです」
「その、『ひ』とは、なんだ? 『くべられる』とは?」
「ゆらゆらしていて、かなり熱いモノのことです。恐らくは人間だけが火を作れます。人間は火を見ると安心するようです。そして、火の中に入れることをくべると言います。人間はその火に食べ物をくべることで、更に美味しい味へと加工するようです」
火は美味しいモノ、そう覚えた。
が、物知りそうな生き物は深い溜息をつく。
「しかし、その中に入ったが最後、私たちでは一瞬で消し炭になります。以前の彼女はそれで死にました」
訂正する。火は危険なモノ、と。
「おおう。それは、真っ黒の地面よりも熱いのか?」
「それは太陽が直接、黒い地面に当たっているから反射して熱いのですが。あれとは比べ物にならないほど熱いですよ」
「それはイヤだな」
「だから、貴方に食べていただきたいのです」
本来なら忌避することでもない、有難い話しのはずだが。今回ばかりは、吾輩がGという生き物であることが悔やまれた。
「この願いを叶えていただけるのであれば、私の持ちうる全てを差し上げます」
吾輩はGである。
また、仲間から知識を受け継いだ紳士でもある。
最後の仲間を完食した後、しばらくは仲間の子供の行く末を見守るために飼われ続けてみた。だが、人間という生き物は飽きやすくもあったのだろう。子供が誰も土から出てこなかったせいか、1人になったらゼリーという美味しい食べ物を入れてくれなくなり、やがてお腹が空くようになった。しかも、1日中明るくて、時折冷たい風も入り込んでくるようになったので土の中に潜った。
しかし、それでも子供には手を付けなかった。ここは安全なのだから、空腹など寝てしまえば耐えられる。
ある日、人間は箱ごと吾輩たちを外に出したらしい。急激に寒い強風が吹きつけ、土に半分埋もれていた程度の吾輩を箱の外へと放り出す。ビックリした吾輩は、仲間の子供たちが心配になって箱の元へと駆け寄った。だが、箱は垂直で腹ペコでは登れそうにもなく、こんな場所で力尽きようならば吾輩も仲間の元へと旅立つことになるだろう。
何せ、今まで真っ白くて冷たい地面など知らなかったが、これはこれで冷たすぎて死の危険を感じる。更には冷たい水が、何故か背中に張り付いて離れないのだ。空から降ってくる水は、通常ならばつるっと地面に流れ落ちる。しかし、この水は今もどんどんと重さを増していく。かといって、箱の周囲には水を凌げそうな隙間も潜れる土もなかった。
考える暇もない。箱から離れるという選択肢しかなかった。水はどんどん重さを増しているが、真っ白の地面は凹凸が多すぎて非常に歩きにくい。また目視できる範囲には土も隙間らしき暗がりも見当たらなかった。
だが、幸か不幸か、こうしてあっさりと人間から解放されたのである。




