さくら
私は一体いつからここにいるのだろう。
気がつくとここにいた。
巡る季節を超えて。また目覚める。
寒い日だった。
お腹を膨らませた女の人が長い階段を上がって『神社』にきた。
私はまだ小さくてよく分からなかったけど。
どうやら戦争というものが流行っているらしい。
女の人は赤く染まる手を必死に擦り合わせて時には涙もこぼして拝んでいた。
「なんで泣いているの?」そう問いかけたことがあったが、
女の人は何も答えてくれなかった。
どうやら私の姿が見えないらしい。
何もなく退屈をしていた私は、来る日もくる日も女の人を見守った。
女の人は、毎日長い階段を登ってくる。
おっきいお腹大変そうだな。
私はそんなことを考えながら女の人を見送った。
ふと目を開けるといつもと光景が違った、
見慣れぬ花が目の前に咲いている。
いつの間に咲いたのだろう。
そう思い頭を捻っていると、また女の人がきた
「おはよう」
届かないと分かっていてもつい話しかけてしまう。
返事は期待していなかったがやっぱり独り言は寂しいものだ。
(あれ?そういえば女の人お腹小さくなってる)
女の人は風船が萎んだように大きなお腹が小さくなっていた。
「オンギャァ、オンギャァ」
どこからか大きな鳴き声が聞こえる。
よく見ると女の人の腕の中には小さな赤子がいた。
女の人はよしよしと子を揺する。
その光景がなんだか不思議に思えた。
風が吹き気が揺れる。
子は動く木が面白かったのか、笑顔を見せた
それは私に向けられたようで少し嬉しくなった。
それからはその親子を見ることが多くなった。
眠って起きるたびその子はだんだんと成長していった。
そしてこの街も変化していった。
警報の音が鳴る。
目の前が赤く染まる。
赤い赤い赤い
煙で前が見えない。
神社の前には大きな川があったため、私のところまで火が登ってくることはなかったが、私の心は穏やかでなかった。
「女の人大丈夫かな」
そうボソリと呟いた時、火を乗り越えて、こちらに向かって来る人の姿が見えた。
(女の人だ、、、よね?)
女の人の顔は酷くただれ、見分けがつかなくなった。
しかし私は女の人だと確信した。
女の人は見覚えのある男の子の手を引いていたからだ。
女の人は、膝をつき必死に祈っていた。
「神様私のことは良い、ですからどうかこの子だけは・・・・」
最後の方は声が掠れてよく聞こえなかった。
女の人は動かなくなった。
子供はまだおぼつかない足取りのまま。母親を揺らす。
女の人は、密かに揺れるだけで、動こうとはしなかった。
子供は泣きもせず母親の腹にしがみついた。
私は、何も声をかけることができなかった。
しばらくすると、村の人が数人、長い階段を登ってきた。
村人は悲痛な表情を浮かべると。
母親のそばで寝る子を抱いた。
男の子はやはり泣かなかった。
それからは、男の子も女の人もみることはなかった。
あの日から私は18回の眠りについた。
相変わらず男の子の姿を見つことはなかった。
(今日もまた一人か、寂しいな)
そんなことを思いながら肩を寄せうずくまる。
日が落ちて、辺りはだんだんと暗くなる。
砂利の擦れる音が聞こえる。
私は、ぼーっとその影を目で追った。
その人は、屈んで花を置くと、
「ただいま母さん」と一言呟いた。
その日から男の人は、毎日神社に来た。
長い階段を上がり、神に手を合わせる。
それを繰り返し行うと、すぐにどこかへと消えていった。
男の人が来るようになってから一ヶ月が過ぎようとしていた。
(今日は、来ないのかな?)
初日を除くと毎日昼過ぎに来ていた男の人だが、今日は昼を過ぎても姿が見えない。
何かあったのではないかと思い心配していたが、杞憂だったようで青年は夕方に姿を現した。
いつも通り長い階段を上がり、祠に手を合わせる。
そして、向きを変え「行ってきます」と言った。
私に時話しかけたように見えたのは気のせいだろうか。
青年はいつものように階段を降りていった。
いつもと同じ光景だったが、
この日は青年の背中があの日の女の人の後ろ姿に重なって見えた。
少年が去ってからまた眠りについた。
その頃には村が騒がしくなり、万歳という声が聞こえる。
しかし、待てど待てど青年の姿をみることはなかった。
一体どれほどの時が経ったのか、もう数えるのもやめてしまった。
あの母親も青年の顔ももう思い出すことができない。
神社は廃れ、人も近寄らなくなった。
私一人が取り残されたようだ。
“寂しい”そんな感情がなくなるほど一人でいる時間は長かった。
今回もまた1人、静かに眠ろう。
暖かい日だった。
目を覚ますと1人の少年の姿が目に映った。
神社も心なしか綺麗になった気がする。
少年は手を合わせるとどこかへ駆け出していった。
それからは来る日も来る日も、少年は来た。
やはり私の姿は見えないらしく私の声が届くことはなかった。
しかし、その少年を見るとどこか懐かしい、ひだまりのような暖かさを感じた。
少年が来る日が楽しみになった。
寝ても起きても少年は来てくれた。
相変わらず話しかけても返してはくれないが、いてくれるだけでそれだけで十分だった。
少年が来てから7回眠りについた。
少年はいつしか青年になっていた。
青年は相変わらずここへ来てくれる。
神社が綺麗になったのは気のせいではなくこの青年のおかげだと言うことに気づいた。
嵐の日だった。
鳴り響く轟音と叩き付ける雨。空には龍が翔けるが如く光る雷。
こんな天気だし、青年はきっと来ないだろう。そう思っていた。
だから、手に何やら色々持って現れた時は驚いた。
青年は老朽化で今にも崩れそうだった鳥居を支え始めた。
なぜ危険を冒してまで守るのか私にはわからなかった。
雨はあっという間に青年の全身を濡らした。
髪から滴る水の量が増していって、雷の音も近くなってきた。
「もういいよ、危険だよ」
その声も虚しく青年に届くことはなかった。
雷がすぐそばで落ちて赤くなる。
それはあの日見た光景を思い出させた。
また青年と会えなくなるのではないかと怖くなった。
空が光る。
鳥居目掛けて龍が落ちる。
青年が危ない。
そう思うと同時に手を伸ばした。
身体中にわっと広がる痛みに気を失いそうになる。
青年は無事だろうか。
目の前の赤い何かが邪魔をして私は最後まで青年を見ることができなかった。
いつからだろう。この街に懐かしさを感じるようになったのは。
夏に父の転勤で引っ越してきて、冒険をしようと街へ繰り出した。
川を超え、長い階段を登ると木々に守られるようにひっそりとした神社があった。
この街に来たばかりだから当然ここの神社なんて来たはずはない
なのになぜ懐かしいだなんて思うのだろう。
鳥居は老朽化で今にでも崩れてしまいそうだった。
祠の周りには木の根や苔が蔓延って酷く汚れていた。
(なんか、見てしまったからには放って置けないな)
子供ながらにそんなことを思ったのを覚えている。
月日が経ち春を迎えた。
僕は、いつもの様に神社へ向かった。
春になってから祠の隣にある大きな木が桜だと言うことを知った。
そして、君を見つけた。
春にだけ見る君はとても寂しそうな顔をしていた。
君は春にだけ姿を現す。
桜の様に散ってしまうのではないかと当時はとても冷や冷やした。
僕は、嬉しい日、悲しいことがあった日いつもこの神社で報告するようになった。
そして神社に行くことは僕の日常となった。
ずっと春が続けばいいのに夏がくる度にそう思ってしまう自分がいた。
嵐の日、僕はいてもたってもいられず家を飛び出した。
嵐で神社がなくなってしまうと思うと酷く恐ろしかった。
僕は着くなり今に崩れそうな鳥居を支えた。
君は心配そうにこっちを見つめた。
雷がだんだんと近づいてくる。
しかし、僕には祈ることしかできなかった。
鳥居を支えて嵐が過ぎるのを待つ。
近くで轟音と共に火が上がるのが見えた。
ああもう、すぐそこまできてる。
空が光った。そして僕めがけて光が落ちてくる。
鳥居を握りしめて、目を閉じる。
僕をめがけて落ちてきたはずの雷は桜の木に落ちた。
ひびが入りみしみしと裂ける様な音が聞こえる。
パチパチと弾ける音が聞こえ、激しく燃える炎が視界を覆った。
火が消えたのは嵐が止む頃だった。
山火事だと騒ぎを聞きつけ住民が神社に来た。
「こりゃひどいな、根元までいってらぁ」
1人の男性が桜の木下でつぶやく。
僕は返す言葉もなく一人立ち去った。
一時期は雷に打たれた木ということで興味を持った人たちが集まっていたが、
それも長くは続かなかった。
僕は来る日も来る日も桜の木の世話をした
何もできなかった自分に自責の念が押し寄せてくる。
そして時が過ぎ春がきた。
やはり君の姿は見えなかった。
この桜の木も来年、切り落とされると聞いた。
もう帰ろう。そう思って踵を返す。
すると、目の前を満開の桜が覆った。
春の陽だまりが僕を包んでくれた気がした。
そして一枚の花びらが宙を舞う、目で追うと花びらはあの桜の木の下で止まった。
その花びらを取ろうと僕は手を伸ばす。
そこには、小さいが確かに木が芽吹いていた。
次の春は会えるだろうか、巡る季節を超えてまた君に会いたい。