光の檻。
「ん、…?」
布間から刺す光に目を細める。
仕切りが完全に閉じられ、ベッドが部屋から完全に孤立していた。
(今、何時だろ…)
時計が無いから時間が分からず、太陽の位置を確認しようと仕切りに手を伸ばす。
(あれ、この部屋って、窓あったっけ…?)
二度みた部屋には、少し明るいライトはあっても、外の光が入る窓は無かったのだ。
仕切りに手を掛け、勢いよく引く。
ガチャガチャと音をたて、仕切りがめくれ、目に映るのはやはり何もない壁だった。
しかも、よく見ると防音性だ。
「おはよう、さくら」
横から、雪都が挨拶してきた。
「お、はよう」
仕切りを開けたところに椅子があり、そこに雪都は座っていた。
「そんなに慌てて、どうかしたのか?」
「い、や 何も…」
こちらを気にかける素振りをしつつも、本を読む手は止まらない。
ふと、なにか思い出したのか「そうそう、」と言って1枚の紙を渡してきた。
すおうと書かれた欄の下に解離性健忘と書かれていた。
「なに、、これ」
「なにって、さくらのカルテだよ。ずっと起きないから、寝てるうちに診てもらったんだ。」
柔らかな笑みを浮かべる雪都の声はどこか冷たく、感情が乗っていない様に思える。
彼の声が怖いのは、こーゆーところから来ていたりするんだろうか。
何となく、雪都の方に行った方がいいのかと思って、ベッドから足を出そうとして、自分の右足が鉛の様に重くて、動かない事に気が付いた。
後ろを見れば、自分の足に絡みつく黒鉄の鎖が見えるばかりで、
「!??なっっにこれ!?」
鎖を引っ張っても、ガチャガチャと音を出すだけで、取れる訳でもなくて。
「あー…びっくりした。真逆さくらからあんな大きい声が出るなんて、俺知らなかったよ。」
わざとらしい感想を述べながら落とした本を拾いあげ、雪都がベッドに向かってくる。
それに無意識に、僕は後退りする。
「ごめん、なさい」
「謝らないで、」
別に怒ってないから、という雪都が、ふわりと鎖に触れる。
「鎖ね、念には念をって事で、ベッドから下りられないくらいの長さにしたんだ。」
「え、、」
「だから、トイレ行く時は俺に教えて。まあそれ以外の時はベッドだけど…いいよね」
どうせ、どこにも行けやしないんだし。そうにこやかに言う彼は、何処か化け物じみた目をしていた。
本を端に置いて、ベッドに上がりこむと、
「あとね、仕切りは俺以外開けちゃダメだから。さくらもダメだよ。」
それだけいうと、雪都は仕切りを閉め、つい先程起きたばかりの僕を布団の中へ連れ、2人で眠りに入った。
「〜〜 ──!!?」
「───……?」
だれかが、言い争っている声がする。
「__っっ降ろせよ!!」
深い黒髪の青年が、淡い茶髪の男に小脇に抱えられていた。
「あんまり暴れないで___。うっかり手を離して落ちても知らないよ。」
「っ……」
明らかに大きいサイズのシャツと、真っ白な肌によく映える黒のチョーカー以外に何も身に付けていないように見受けられる青年は、自分を抱えている男の腹に勢いよく拳を入れる。
けれど、男はまるで最初から殴られていないかの如く涼しい顔で、遮蔽物や花も何も無い、殺風景な芝生の庭を歩き続ける。
たまに抵抗する青年を尻目に、男は大きな屋敷に着いた。
全体が黒塗りされた、家にしてはあまりにも大きすぎて、閉鎖的で。けれどもどこかのオフィスとも違う、その建物の大きな扉を開け、中へ入ってゆく。
静かに重く閉じる扉は、誰も外に出さぬ、確かな意思が宿っている様だった。
正面の階段を上がり、奥へ奥へと進んでゆく男に、真っ青な顔をした青年は縋り付くように服を掴んでいた。
2度目の階段を上がる頃には、青年は全身で抵抗していた。まだ年齢が2桁に達していない幼児の様に泣き、男の止まらぬ足をどうにか止めようとしていた。
ふと、男が長い長い廊下の、その突き当りで止まる。
ガラス張りで、目を瞑りたくなるほど眩しい太陽の光が射し込む回廊とは裏腹に、どこか既視感のある扉は、暗く重い雰囲気を醸し出していた。
青年が、扉を前にして、1度止まったかと思うと、呼吸を荒らげ目に大粒の涙を浮かべていた。
「イヤだ!!はなっっして、、あれヤダ!!!」
明確な何かを嫌がりながら暴れる姿に、男は相変わらずビクともせず扉を開ける。
男は、青年をベッドへ降ろすと、自身の後ろを歩いていた下女に「後で───、──と水と〜に─をもってこい」と色々持ってこさせていた。
夢だからなのかあまり声が鮮明には聞こえなくて、何を頼んでいたのかは分からなかったけど、結構沢山頼んでいた気がする。
部屋の中は、自分が知る今とは違った調度をしていて、何よりベッドに仕切りが付いていなかった。
この部屋は、僕が知る部屋であるのと同時に、僕が知る部屋では無いのだ。
ベッドに降ろされた青年は、まだ閉じられていない扉に一直線に走り出す。
それを、男は猫を掴む如くシャツを掴んで後ろに引っ張ると、
「あれ___、俺の許可無くこの部屋から出ていいんだっけ」
どこかで見た事のある、口は弧を描いていても、目が全く笑っていないあの笑顔。
「あっ…」
開きかけた口を閉じ、青年から、反抗の色が消える。
赤く泣き腫らした目からは、再度涙が零れる事もなく、
男が部屋の扉を閉じるその動きを、ひたすらに追っていた。




