9. 続々集まるうさぎたち
そのまま歩いていくと、どこからか肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
「うーん、なんかいい匂い。何だろう?」
「あれはうさぎの丸焼きですよ」
「うさぎの丸焼き!?」
望はびっくりしてルナを見た。
「ほら、あそこです」
ルナが鼻先で指し示す方向を見ると、確かに豚の丸焼きならぬ、うさぎの丸焼きがくるくると回っている。
ご丁寧に口からお尻まで、太い鉄製の串で一直線に串刺しにされている。
「……どっ、どうしゃったの、あの子?」
「あの野うさぎは今日の十五夜をとっても楽しみにしてたんですけど、残念ながら昨日人間にハントされて、丸焼きにされてしまったみたいなんですよ」
ルナが淡々と告げた。
「そんな……大丈夫なの?」
「いや、大丈夫ではないですね。もう死んでますから。それでもやっぱり無念だったのでしょうね。だから焼かれた姿でここまで来たのだと思います」
「ええ……うさぎの丸焼きなんて食べる人がいるの? 今どき」
いや、いるか。
高級な洋食屋さんに行くと、うさぎの何とかソース添えみたいなメニューがあるよね。
……そんな高級な料理屋さんに行ったことはないから、もちろん食べたことはないけど。
望は何となく丸焼きの前で手を合わせた。
さっき美味しそうとか思ってごめんなさい。成仏しますように。
「大丈夫ですよ。うさぎはまたうさぎに生まれ変わりますから。地球で生を終えたうさぎは、また月に戻ってきます。そして傷を癒し、また新たな生を受けるのです」
「そうなんですか。よかった」
うさぎたちに戻る場所があってよかった。でも、ということは……
長老さんは、ルナは、ここにいるうさぎたちはみんな……?
考えに沈みそうになった望の目の端に、何か動くものが見えた。
ぴょんぴょんと飛んでいるのは、うさぎのキャラクターが書かれた消しゴムだった。
「消しゴム?それもありなの?」
「ありです。うさぎの形をしていれば、何でもいいんです」
望たちの背後から、細長い紙がヒラヒラと頭上高く漂ってきた。
「なんだこれ?」
背の高い真鍋がその紙をさっと掴んだ。
それはうさぎのデフォルメされた写真が載ったカレンダーだった。
「これもありなのかよ」
「うさぎですからね、ありです」
また別の方向からポテポテと歩いてきたのは、うさぎの形をしたチョコレートだった。
「あれは、イースターバニーのチョコレートの売れ残りですね。そろそろ賞味期限が来ますので、ちょっと元気がないですね」
そうこうしているうちに、A4サイズの画用紙が三十枚ほど、一列になって望たちの前を横切った。
まるで手をつないでいるかのように画用紙同士はくっついている。
時々跳ねたり、押し合ったり、笑い声が聞こえてきそうなほど楽しげだ。
画用紙に描かれているのは、うさぎ……らしき何か。
「幼稚園で描いたようですね」
今日の十五夜のために描かれたのだろう、うさぎの後ろには真っ黄色な月が大きく浮かんでいる。
子供の絵は勢いが良い。
うさぎは飛びかかってきそうなほど迫力満点に描かれている。
そういえば私も小学校のときにうさぎの仮面を作って、十五夜にかぶった覚えがあるな。
家にはススキなんて生えていないから、近所の人のうちにもらいに行ったんだったっけ。
「……ねえ、この子たちも死んじゃったの?」
消しゴムとか塗り絵って死ねるのだろうか?
それとも誰かに廃棄されたということだろうか?
「いいえ、彼らはゲストですよ。あなた方と同じです。もともと十五夜にうさぎは月に集うのです」
「なんでだ?」
真鍋が鋭く問いかけた。
「なんでって……集まりたかったからでしょう? 理由なんている?」
望はびっくりして、真鍋の顔を覗き込んだ。
友達と遊ぼうっていう時に、『なんでだ?』なんて言う人はいるのだろうか。
それとも、これがいわゆる『男は四人集まると麻雀を始める』ってやつだろうか。
男は何か理由がないと集まれないらしい。
だからお酒を飲むときには男たちだけだと飲めないらしい。
だから女の人がいるお店に行くらしい。
……いやね、男って。
望が白い目で真鍋を見ていると、意外に真面目な答えが返ってきた。
「物事には理由があるんだよ。因果関係がわからないと問題解決はできないだろうか」
ほう。頭のいい人はいつもそんなことを考えているのか。
……すごい疲れそう。
「理由ですか。そうですね」
ルナは鼻をひくりとさせ、考えた。
「あなた方の言うところのお盆といったところでしょうかね。八月のお盆になると死者の魂が家に帰ってくるでしょう。それと同じことです。故郷を思い、故郷に帰ってくる。ここはうさぎたちの故郷ですから」
「ルナは、地球のことをよく知ってるのね」
「……ただの一般知識です」
ルナはことさらぶっきらぼうに言った。
「じゃあ俺らは帰れるんだな?」
「もちろんですよ。このままここに留まられても困ります。ここはうさぎの楽園ですから、人間は邪魔なんですよ」
「じゃあなんで俺らを呼んだんだよ?」
「まぁまぁまぁ。そんなにカッカしないで。うさぎさんがご招待してくれたんだもんね」
「ねー?」とうさぎさんに問いかけると、うさぎさんはぴょんと飛び跳ねて望の肩に止まった。
「この子はとても強い力を持っています。確かに卯年の十五夜には、月は特別な力を放っていますが。それにしても、本人だけならまだしも、人間を二人も連れて跳んでこれるなんて、よくがんばりましたね」
ルナは優しくうさぎさんに話しかけた。
「うさぎ、いっぱいれんしゅうした。のんちゃんと、あそびたかった。のんちゃん、うれしい?」
「うれしいよ。ありがとうね。連れてきてくれて。こっちのプリプリしてるおじさんも、心の中ではとっても喜んでるはずだからね。気にしちゃだめよ」
「おい!おじさんはねーだろ。同い年だろうが!」
意外にいいツッコミ役なのかもしれない。この男は。だんだんと扱いを覚えてきた。