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7. 井戸端会議

 今まで歩いていた森の中の開けた地から、うっそうと茂る木々の中に入る手前で、ルナは足を止めた。

 くるりと振り向いて望たちの方を見据えるその目力は、望たちよりはるかに小さいにもかかわらず思わず圧倒されそうになるほど強い。


「これから森の中に入って行きます。私としては大変不本意ですが、長老様のご命令とあればそれに従います。

 ですがその前に。

 いいですか。ここは、この月は、うさぎたちの楽園です。この地を汚すことは決して許されません。うさぎたちに危害を加えたら、その時点であなたたちの体は月のバリアの外に飛ばします。いいですね」

「はい、わかりました。よろしくお願いします、ルナさん」

「ルナで結構です。お隣の方も、わかりましたか」

 ルナは真鍋の方を見て、もう一度念を押した。

「……わかった。こっちからは何もしない。でも攻撃を受けたら反撃はするからな。自己防衛だ」

「ちょっと!」

「これが精一杯の譲歩だ。ここに何があるかわからない状態で安易に約束なんかできるわけないだろ」

「そうなんだけど、もうちょっとフレンドリーに……っていうか真鍋くん営業でしょ」

「営業は関係ねえ、もう業務時間外だ」

「それはそうなんだけどさ。そんなに喧嘩腰にならなくても。月の表面に飛ばされちゃうんだよ!人間って宇宙空間に飛ばされると、体が一瞬にして膨張して、体内の血液が全部蒸発するって聞いたことあるんだけど。それは……本当?」

 ざっと青ざめた望は都市伝説であれと思いながら真鍋を見た。

「そうだな」

 淡々と真鍋がうなずいた。

「ふふ。そんなことにならないように気をつけてくださいね。行きますよ」

 ルナは望と真鍋に背を向けると、再び歩を進めた。



「ちょっと、しっかりしてよ」

 望は声を潜めて真鍋の脇腹を肘で突いた。

「わかったよ。ここのことは汚さないし。うさぎたちにも危害を加えない、それでいいんだろう」

 そう言った真鍋はしかし、目を左右にせわしなく動かし、拳を握りしめた臨戦態勢だ。


 言動が一致していない、コイツ。


 こんな時でも、望の癒しはうさぎさんだ。

 うさぎさんはぴょんぴょんと嬉しそうに望の周りを跳ねている。

「うさぎさん、嬉しそうね。こんなにいっぱい跳ねられて嬉しいね」

「うさぎ、うれしい。ここ、ひろい。のんちゃんの、びる、せまい」

「そうね、オフィスだもんね。しかも昼間はぴょんぴょんできないんもんね、ごめんね」

 さすがに昼間からペーパークラフトのうさぎがぴょんぴょん飛び跳ねていたら大事件になってしまう。

 誰かに没収なんてされてしまったら。

 いや、待てよ。今でもこの可愛さだ。誰かがふらりとうさぎさんの魅力に魅せられて持って帰っちゃったりとか……


「そうだ。私のうちに帰る?でも、うーん、うちは狭いマンションだからな」

「うさぎ、のんちゃんのおしごとのばしょにいる。そしたら、ひるまずっといっしょ」

「うさぎさん、なんていい子なの!」

 望は感動して、うさぎさんに手を差し伸べた。そこにぴょんとうさぎさんが乗った。

「うさぎ、のんちゃんのおしごとおうえんする」

「うさぎさん、心の友よ!」

「……あなたはこの子のことをかわいがっているようですね」

 渋々といったふうにルナが認めた。

「うさぎさんは私の癒しだからね。ねー、うさぎさん」

「ねー、のんちゃん」

 うさぎさんは、望の手のひらから飛び跳ねると、またうれしそうにぴょんぴょんと望の周りを飛び回った。



 望たちが少し歩くと、大きな木の切り株に座っておしゃべりをしている三匹のうさぎを見つけた。

 うさぎたちはみなエプロンをかけて、手には木の籠を持っている。

 楽しそうな笑い声が森の中に響く。


「緑のうさぎさんの所のお嬢さんがね、駆け落ちしちゃったらしいのよ」

「あらー。あそこは、旦那さんがだいぶ厳しい方ですものね」

「そうなのよ。奥さんがとっても気落ちしちゃって」

「だから私言ってあげたのよ。駆け落ちしたと言っても月にはいるんだから。ぴょんぴょん飛んで行ったら、すぐに会えるわよって」

「そうね。さすがに地球にまで行っちゃったら、しばらく会えないものね」

「そういえば、あの洞窟に住んでいたうさぎのおじいさん、覚えてる?」

「もちろんよ。ずっと洞窟で絵を描いていたわね」

「あのおじいさん、ようやく地球に戻ったらしいわよ」

「まあー、やっと!子供たちが怖がって洞窟に入れないって言って困ってたのよ」

「それがね、この間、旦那がその洞窟を見てきたんだけどね――」


 どうやら井戸端会議をしていたらしい。

 話に夢中になっていたうさぎたちは、ようやく歩いてきた望たちに気がついた。

「あら、人間が来たみたいよ」

「まあ、珍しいわね」

 うさぎたちは主婦の貫禄なのか、望たちを見ても全く動じないようだ。


「あら、あら、あら。この二人はつがいじゃないかしら」

 一匹のうさぎが望たちを上から下まで舐めるように見ながら言った。

「そうねえ」

「あなた、子供は何人いらっしゃるの?」

 三匹のうさぎにじっと見つめられた望は、 首をかしげた。


 ……うん?


「私ですか!?」

 望はびっくりして自分を指さした。

「わっ私は独身です!」

 思わずひっくり返った声が出た。

「あらそうなの。でも独身だって子供はできるじゃない」

「ええ!いや、子供はいないです!だって、結婚してないし!」

「まったく、人間っていうのは面白い制度を作るわね。結婚なんて、そんなことをしなくても子供はできるわよ。早くその隣の男と番いなさい。子供はたくさんいた方が楽しいわよ」

「ええ!?」

 こんなに面と向かって子作りを推奨されたのは人生で初めてだ。このご時世、誰もそんな事は言わないから、免疫が全くない。


「いや、あの、その……」

「うさぎは子孫繁栄のシンボルだからな」

 慌てている望の隣で、真鍋がボソリと言った。

「そうなの?」

「ああ。うさぎは多産で、一度に二匹も三匹も産むから、子孫繁栄のシンボルとしていろいろな場所で使われているんだ。神社とかでも祀ってるところがあるだろう」

「 へえ、そうなんだ」

「そうよう。あなた、子供なんて五人だって六人だって産んだらいいじゃない」

「いや!でもそういうのはちゃんとにしっかりとした人とお付き合いをして、結婚してからじゃないと!」

「いやぁねぇ、若いのに頭が固いわ。そんなこと言わずにさっさと子作りすればいいのに。夫なんてどんなのだっていいのよ、別に。うちの旦那だって人間に捕まえられてうさぎパイにされちゃったんだから」

 どんくさくて嫌になっちゃうと、一匹のうさぎがため息をついた。


 うさぎパイにされてしまう、うさぎ。あれ?どっかで聞いたことがあるような。

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