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6. せっかくだから遊びに行ってきなさい

「月は昔から人々の憧れっていうか、ご招待いただきありがとうございます。来れてうれしいです」

 望は長老さんに向かって頭を下げた。


 まさか月に来ることができるなんて。宇宙旅行だって夢じゃない時代ではあるけど、庶民には到底、手の届くものではない。よっぽどお金持ちか、何かの懸賞に当たるかでもしないと、旅行の選択肢にすら入らないからな。

 最近じゃ、インフレで物価も高いし。海外旅行ですら気軽に行くこともできないし。


 あれ?もしかしてこれって旅行に入るのかな?

 週末トラベラーな弾丸旅行?

 久しぶりの旅行!

 温泉!温泉あるかな!?


 望のテンションは爆上がりだ。


「特例ですよ、特例。人間にとって月が憧れだろうがなんだろうが、手に届かない存在として、惚けた顔をして月を見上げていればいいんです。月に来ようと思うなんて図々しい」

 白黒うさぎが釘を刺した。


「まあまあお前さん。せっかく人間が見てくれるからってことでの、バリアを……なんじゃ?何つう言葉じゃったかな、最近はアレとコレだけで会話をしてるのからの、すっかり言葉を忘れてしまうのう……」

 長老さんが目をつぶって微動だにしなくなった。


「……………………」


「長老様、長老様、お休みになられますか?」

 白黒うさぎが長老さんの頬をちょんと鼻で突いた。


「はっ…今日は日差しがポカポカじゃのう。はて?なんじゃったか?」

「バリアの話です。長老様」

「そうじゃ、そうじゃ。月のバリアをの、デコってみたらどうかっていう話が出ての」

「デコって?」

「ただの岩の塊だと面白みがないじゃろ。お前さんたちだって携帯をデコったりしとるじゃろうが。それと同じじゃ」

「携帯をデコるのが流行ったのは一昔前だぞ。ばあさん、情報遅ぇな」

何食わぬ顔をして真鍋が話に入ってきた。


 あれ?いつのまにか起き上がってる。

 おでこにしっかりと跡が付いてるのは見なかったことにしてあげよう。


 白黒うさぎが『ずっと前から話聞いてましたけど』風に腕を前に組んでいる真鍋のほうにじりっと一歩近づいた。

 真鍋は望を盾にして前に押しやった。


 おい。


「うさぎの中からあーちすとを募集しての、こんぺてぃしょんをしたんじゃ。それで大傑作が出来上がったんじゃよ。ますたーぴーすじゃ」

「傑作ってあのうさぎが餅つきしてる絵ですか?私たちが地球から見ている、月のあの大きなうさぎ?」

「そうじゃ。全くもってよくできているじゃろう。我々のこんせぷとをそのまま生かした大傑作じゃ。躍動感を出すためにの、体全体を使って塗ったり、掘ったり、盛ったりしてのう」

「長老様も参加されたんですよね。伝説のうさぎとして語り継がれています。さすがです」

「ワシはまだ子うさぎじゃったから大したことはしておらんよ」

「とんでもない!子うさぎながら目の部分を担当されたと伝え聞いております。絵に生命を吹き込むあの目!ああ、素晴らしい!」


「目なんて地球からじゃ見えねーぞ、どうせ」

「まあまあ、真鍋くん。そんなこと言わないで」

 白黒うさぎの目付きが険しくなったことを察した望は間に入った。


 というか、すでに挟まれているから、とばっちりで蹴られたらたまったものではない。


「確かに、どこから見てもうさぎが餅つきしているように見えますもんね。大傑作ですね」

「そうじゃ。お前さんは見る目があるの」

「でもあれ、海外だといろんな解釈があるらしいぞ。うさぎが餅つきしてるなんて思ってるのは日本人くらいだろう」

 真鍋が冷静に突っ込んだ。

「何おう!」


 ちょっと真鍋くん!白黒うさぎさんがお怒りだから!


「あれはどう見たって、うさぎが餅つきしてるじゃない」

 望はとりなすように言った。

「だからそれはその国の文化を表すんだって。俺らにとっては、というか俺らのご先祖さまたちにとっては、餅つきっていうのは、日常的にあるものだったんだろう。まあ今となっては身近っていうほどでもないけれどもな。でも海外じゃ餅つきなんてしないだろう。そもそも餅なんて食わないし」


 それも一理あるか。

 海外の人、お餅食べないのね。おいしいのに。


「いろんな風に解釈できる。それが芸術の深みじゃの」

 長老さんはおおらかにうなずいた。


「で、月の裏側にも絵を描いたのか?」

「月の裏側?」

「学校で習っただろう。月は常に同じ面を地球に向けている。地球にいたら月の裏側を見る事は一生ないんだよ」

「へーそうなんだ。だからいつもうさぎが餅つきしている絵が見えるわけね」

「バリアの裏側には、絵は描いておらんぞ」

「なんでだ?」

「表側に絵を書いたら満足したんじゃよ。どうせ裏側に描いても見る者がいないからの。おーでぃえんすがいなければやる気も失せるじゃろう」

「中途半端な」

「そんなことないよ。外で小奇麗にしている人だって家の中は汚かったりするじゃん。そういうもんだよ」

「俺の家はきれいだ」

「はいはい。わかったから」



「ひゃっほーい!」

「いてっ!」


 胸を張った真鍋の頭に、子うさぎがぴょんと飛び乗って跳ねた。

 大きな木に吊るされたブランコで子うさぎたちが遊んでいるらしい。

 ブランコに乗って勢いついた子うさぎたちは、次々に真鍋の頭を蹴っていく。


「ヤッホー!」

「ジャンプ!」

「空中回転!」


「いいてて、何すんだ!ガキども!」

「まあまあ、そんなにカッカしないで。子供だよ?」

「子供だろうが爪が食い込んで痛えんだよ!」

「ちょうどいい高さだったんでしょうね、がっちりしてますし。ぼけっと突っ立ってるのが木みたいですからね」

 白黒うさぎが冷静に分析する。

「そう……かもね。ははは」


 毒舌だわ、この子。

 望は辺りを見渡した。

 周りにはいたるところにうさぎがいた。


 白いうさぎ

 黒いうさぎ

 茶色いうさぎ

 耳の長いうさぎ

 短いうさぎ


 望たちのことをじっと見つめる好奇心旺盛なうさぎもいれば、望と目が合って慌てて逃げ出すうさぎもいる。


 望のうさぎさんみたいにぴょんぴょんと飛び跳ねているうさぎもいるし、小さく丸くなって、木の影でおしくら饅頭状態で固まってフルフルと震えているうさぎたちもいる。

 尻尾だけ見えて、可愛いけど……もしかして人間がいるから怖がってるんじゃないだろうか?だとしたら申し訳なさすぎる。


「すごいですね」

「ここはうさぎの楽園ですから」


「お前さんたち、せっかくだから遊びに行ってきなさい。ルナ、このニ人の道案内を頼んだぞ」

「ですが、長老様」

「この子の初めての里帰りに友達を連れてきたんじゃ、よっぽど大事な人なんじゃろう。それに、人間だけで歩いとったら、うさぎたちが怖がる。ついていってあげなさい」

「…………分りました」

 ルナと呼ばれた白黒うさぎは、不機嫌ながらも、長老様がおっしゃるなら、と望と真鍋に付き添ってくれることにしたらしい。

 ルナはこちらにどうぞ、と先をぴょんぴょんと進み始めた。うさぎさんがルナの後を楽しそうに追いかけていく。望と真鍋もそれに続いた。

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