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5. 月のバリア

「あー、それでじゃな」

 長老がのんびりと話を続けた。

 体をゆらゆらと右に左にゆっくりと動かしている。背中に乗ったうさぎさんが、うとうと船を漕ぎ始めた。


「わしらはバリアのおかげで平和に暮らしておったんじゃけどな、人間が火を使いだしてから地球がチカチカしてたまらなくなってのう」

 望はキョトンとして長老を見た。


 火を使い出してから、チカチカ?


「お前さんたちのいる地球から月を見たら、月はほんのりと明るいくらいにしか見えないじゃろうがな、月から地球を見たら眩しいくらいなんじゃよ。生命力が溢れまくっておるからの。ただでさえそうなのに、火なんか使い始めるもんじゃから」


 そうか。地球から月が見えるのであれば、月からも地球が見えるのか。


「最近では……なんだ、電気ってやつか、あれを使い出してからはまた酷くてのう。地球にある……何じゃったかな……あれ、あれじゃ、くりくりつりーってやつか」

「……くりくりつりー?あっ、クリスマスツリーですか?」

「そう、そうじゃ。そのくりすますつりーみたいにもう四六時中、チカチカと地球が光ってのう。目が痛くなって困るのなんのって。眠れないから寝不足になって目が赤くなってしまうと苦情が次々にうさぎ達から出てのう」


 長老はちらりとニ人の方を見た。

 望ははて?と首を傾げた。真鍋は頬を引きつらせている。

「……冗談じゃ冗談、うさぎの目は赤いものじゃろう」

「そっか、そうですね」

 望はポンと手を打った。

「うさぎが全部、目の赤い種類のやつばっかりじゃねーだろう。そんなのわかるか」

 真鍋はぼそりとつぶやいた。


「人間は全く鈍い奴が多いのう。じょーくってやつが分からんとは。長生きの秘訣はゆーもあじゃぞ、お若いさんたち。

 それでじゃな、今までのバリアじゃちょっと心もとないからの、バリアを厚くしたり、直したりして使っとったんじゃがの。いつの間にか人間が月まで飛んでくるようになっちまった。それはそれはおったまげたもんじゃ。

 わしらはちょうど餅つきをしてたんじゃけどもな。ボンという音がしての、何かと思ったら、月のバリアの上に人間が変な服を着て立っているじゃないか。もうそれは大変だ大変だって大騒ぎになっての」

 懐かしいのう、と長老は目を細めようとして……半目になった。

「いや、懐かしくもないか。あれはついこの間のことだった気がするが、いつじゃったかのう」

「最近ってこともねえだろうが。人類が月に立ったのは五十年くらい前のことだ」

「カカカ。五十年なんてあっという間だ。瞬きする間にも満たないの」

「いくつなんだよばあさん」


 びゅん!

 どこからともなく一匹のうさぎが飛んできて、真鍋の頭を蹴り飛ばした。ふんぞり返っていた真鍋はよろけて頭を押さえた。

「いってえ!何するんだよ!」

 うさぎは真鍋の足元から少し離れたところに着地すると、真鍋を睨んで威嚇する。

「長老様になんて口を利く!若輩者が。頭が高い!」

「ああ?そんなこと言ったってしょうがねえじゃねえか。俺の身長は高いんだよ」

 真鍋はそのうさぎ――ツヤツヤな白と黒の毛並みのうさぎだ――の前に腰に手を当てて仁王立ちした。


 ……真鍋くんって、勝ち気……というより子供っぽいのかな。会社だと大人な雰囲気だったけど。『いつも冷静沈着で仕事ができる切れ者』という噂は、きっと幻だったに違いない。


 そういえば、別れた彼氏も外面は良かったけど、家では少し意地悪いというか……ことあるごとに『望はこんなこともできないの?』って言ってきたっけ。友達に相談しても、『男なんてみんなそんなもん』と言われてそうだと思ってきていたけど。

 彼が頭をポンポンとしてくるのが、望はあまり好きではなかったのだ。手を頭の上に置く瞬間、少し、ほんの少しだけ、頭を押すように圧をかけてくるのが何とも微妙な感じで。

 別に痛いとかそういう感じではなかったんだけど。


 嫌なことを思い出してしまって、望はむっとした。


 いやね、男って。いつでもどこでも上に立ちたがるんだから。



「だったらしゃがめ!バカ者が!」

 全身が黒くてお腹の部分が白いそのうさぎは、真鍋の頭の上に飛び乗ると、ぴょんぴょんぴょんとジャンプした。

「いてて、わかった、わかった、しゃがめばいいんだろ。それでもお前らよりでかいけどな」

 真鍋はこんなところでも、ドヤ顔をしてうさぎと張り合っている。


 ……何かそういうところなんだよね。営業って感じ。

 そんなにいつも人と張り合っていて疲れないのだろうか。

 望はこっそりとため息をついた。


「それでじゃのう。変な服を着た人間たちがバリアの上に旗を立てたり、ぴょんぴょん飛んでみたり、鉄の塊で移動してみたり、きぃんと音の出るまし—んで何かを掘り出したりしだしてのう」


 しまった。真鍋くんと飛び跳ねるうさぎに気を取られて、長老さんの話が頭に入ってこない。


「ドリルかな?大丈夫なんですか?掘っちゃって?」

「あのバリアは相当硬く作ってあるからの。よほどのことがないと貫通できん。人間っていうのは全くもって面白いことをするもんじゃ」

「本当ですね、長老様。どんなに人間が頑張ったところで、あのバリアは絶対に破れませんよね」

 地面に真鍋を沈めた白黒うさぎが長老のもとに駆け寄った。

「でも本当に大丈夫なんですか?なんか、政府とかに言っといた方がいいんじゃないですか、バリアが取れちゃうから あんまり傷つけないでくださいって」


 人間の技術はすごいスピードで発展してるし、いつか貫通しちゃうんじゃ。


「大丈夫じゃ」

「大丈夫ですよ。万が一バリアが破られたとしても、その先にあるのは空洞ですから。そこから落ちたら、さすがに人間も生きていないでしょう」

 白黒うさぎは鼻で笑うようにして言った。

「……そうなんですか」


 なんだろう。この子、人間があんまり好きじゃない?


「お前さんたちが今立っている本物の月は、その空洞からさらに下にいったところにあるんじゃよ」

 さっきうさぎさんと一緒にここに来た時に、何かを通り抜けた感じがしたな。あれがバリアだったのかな。

 あれを抜けてから数秒間のタイムラグがあったから、それがうさぎたちの言う空洞なのだろう。


「でも宇宙船とかできたら、降りれなくもないんじゃないですか?」

「大丈夫です。ここでは生身の人間は生きられません。さらにバリアの最下層に触れることで、いかなる魔術も魔法も技術も無効になる仕組みになっています」

 あぁ、偉大なる大魔女様よ、と白黒うさぎは空を見上げて祈りを捧げている。


「え」


 それ全然大丈夫じゃないし!私たち生身の人間だし!

 望は焦って真鍋を見るが、先程まであんなに威張っていた当人は、まだ地面に顔面を打ち付けたまま、微動だにしない。

 真鍋を起こすかどうか一瞬迷った望だが、自分の身の安全確保と好奇心を満たすこと優先することにあっさりと決めた。


 ……起きたら起きたで面倒そうだし。


「あのぅ、その、私たちは……」

「大変不本意ではありますが、あなたたちは正式なゲストなので死ぬことはありません。大変不本意ですが」

「よかった!」


 ほら、やっぱりうさぎさんがご招待してくれたんじゃん、と望は真鍋を見た。

 真鍋は動かない。


 そろそろ仰向けにしてあげないと窒息するかもしれないなとぼんやりと望は思った。

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