のんちゃんとたっくん 三
◆◇◆◇
「思い切りかわいい花束にしようね」
「花たば、花たばー」
望は綺麗に咲いているお花を集めながら、そういえばと、思い出した。
「真鍋くん、やっぱり来ないね。もうあれでこりちゃったのかな」
一緒に月に飛んだ会社の同期の真鍋は、あれから姿を見かけていない。
結構楽しんでいたんじゃないかと思ったけど、そうでもなかったのかな。会社では接点もないし、優良株で、イケメンで、営業のエースである真鍋の周りには常に人がいるから、わざわざ声をかけるのもはばかられる。
最後に話したのはお土産をもらった時だ。結構いい経験になったみたいなこと言ってたけど、リッピサービスだったのかな。
寂しく思いながらも、望にできることはない。まさか家まで押しかけて一緒に月まで飛ぶわけにはいかないし、一緒に寝るわけにもいかない。
「巧は来とるぞ」
「長老さん」
いつの間にか長老の白兎が望の足元に、ちょこんと座っていた。
「ちょうろう、サリー、のんちゃんといっしょ、花たばつくる」
サリーは、長老にピタリとくっついた。長老は耳を器用に動かして、背中に張り付いたサリーの頭を撫でた。
「へえ。真鍋くん、来てるんですか?」
人間の姿は望以外は誰も見ていない。
「ああ、ニンゲンの姿ではないがな」
長老はのんびりと言う。
ここはうさぎのための月の楽園ではあるけれど、他の動物も全くいないわけではない。動物園で見るような動物もいるし、今まで見たことがない謎の生物もいる。空に鳥が飛んいるかと思えば、イルカが空中を泳いることもあるし、カバのぬいぐるみがとろんとした顔で仰向けになって空を浮いていることもある。
十五夜の夜に、ルナに面白い話を聞いた。
眠る時に人の魂が月に還るのであれば、人間の姿を見てもいいはず。でも人間は望と真鍋だけだった。
「今日はお月見だから特別なのかな」
望は辺りを見渡した。
「ニンゲンはここに来るときは、違うものの形でいることが多いんですよ。ニンゲンには見栄とか自尊心とか、プライドとか、そういった私たちには理解できない、くだらないものを溜め込んでいますから。『人間である自分がこんなところにいるはずがない』、『非科学的だ』『夢見るような歳じゃない』などとブレーキをかけてしまうので、ニンゲンの姿形はとれないのです。だから、ここでは鳥の姿になったり、虫の姿になったり、木の形になったり、様々ですね。自分が心地よいと思える姿を形取っているんじゃないですかね」
ルナはやれやれと呆れたように首を振った。
「そうなんだ。じゃあさっき飛んでいった虫も、誰かの魂が入ってるかもしれないんだね」
「はい、そうです。子供の魂はよくわかりますよ。ぴょんぴょんと元気よく飛び跳ねていて、普通の大人では想像がつかないような動物や植物の形をしていますから。子どもはむしろ面白がって積極的に変身している感じですね」
「子供は発想が豊かだものね。真鍋くんは、なれるんだったら何になりたい?」
「俺? 俺は、百獣の王ライオンだな、断然」
ドヤとした顔をして、真鍋は胸を張った。
「わあー。男の子っぽい発想だねー」
望は平坦な声で言った。
「なんだよ、夢じゃねか。百獣の王だぞ。動物界のトップだぞ」
「はいはい。男の子って、トップとか、大きいとか、一番とか、本当に好きだよね」
「なんだよ。悪いかよ。じゃあお前は何になりたいんだよ?」
「私? 私は妖精かなあ」
「女子だなー」
「ええ、女子ですけど」
「その割には色気がない」
「おい」
「仕事はきっちりやってるんだけどな。隙がないっていうか」
「褒めてるんだか貶してるんだか分からないコメント、どうも?」
望の声はどんどんと低くなる。
「うーん、私はそちらの方はアルパカだと思いますね」
ルナが真鍋を値踏みするように見た。
「なっ、アルパカだと!」
真鍋は両手を腰に当ててルナの前に立った。だがルナは動じない。
「ええ。かわいらしいじゃないですか。のほほんとしてて。ゆるキャラっていうんですか。子どもにもみくちゃにされるマスコットみたいな位置付けで」
ルナは真顔で言い切った。
それを聞いて、望は声を出して笑った。
「アルパカだって! あはは、百獣の王とは大違いだね」
「ルナ! こいつはどうなんだ!」
真鍋は悔しそうに望を指差した。
「そうですね、うーん、難しいな。どうしても望さんは望さんのままでここにいる姿しか想像できないんですよね」
それを聞いて、望はにっこりと微笑んだ。
「やっぱり日頃の行いかしらね。善良な市民である私は、人間の姿形のままここにいられるのね。品格の違いかしらね。おほほ」
「何だと!」
「お二人は本当に仲がいいですね」
ルナは感心したように二人を見た。
「「良くない!」」
二人の声が揃った。
「まあまあ、お二人とも、落ち着いて。お二人の声を聞いて、山も川も、もちろんうさぎ達も、驚いています。ここで邪悪な言葉を放つと、草木がどんどんと枯れていきますからね」
「そうなの? 気をつけなきゃ」
……なんてことがあったんだよな。
なんだかんだ言って、真鍋とのやりとりは楽しかった。意外に怒りの導線が短いところとか、ちょっかい出すとすぐに噛み付いてくるところとかが、柴犬みたいで。
そんなことを考える望のすぐ目の前を、カバのぬいぐるみがへそ天になって宙を横切っていった。




