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月餅と中秋節 二

「うーん、終わったあ!」

 望は思いっきり背伸びをする。よく分からない関節がポキっと鳴った。首を回すと首も鳴る。やばい、肩凝ってる。


 ちょうど定時間が過ぎた頃合いだ。今日はそんなに残業しなくて帰れるなと思った望は、ふとパソコンの脇に目を移す。ちょこんと置かれているのはサリー。つぶらな瞳で望のことを見上げている。思わず顔が笑みを浮かべる。


 ああ、私の癒し、サリーよ。今日も一緒にお仕事してくれてありがとうね。


 望は心の中で声をかけると、サリーの鼻先をちょんとつついた。


 サリーの隣に置きっぱなしにしてあったのは、真鍋が持ってきて、望が全員に配った香港のお土産だ。

 なんと気前のいいことに、『あのホテルといえばマンゴープリンでしょう』という有名ホテルの看板商品を買ってきてくれたらしい。本物のマンゴーがゴロゴロ入ってるやつだ。結構な値段がするものだった気がするけど。家に持って帰って、冷蔵庫に入れて美味しくいただく予定である。


 そこで、そういえばもう一つの紙袋を引き出しに入れたまんまなんだということを思い出した。周りをさりげなく確認する。こういった、「誰がもらった」「誰がもらわなかった」お土産問題は、わりかし細かく周りにチェクされているのだ。


 そっと中身を確認すると、ポストイットで『お礼 真鍋』と書いてあった。


 お礼? チケットを取ったお礼かな? それだったらもうマンゴープリンをもらったんだけど。

 首を傾げながらも、でもまあこれでこのお土産は私宛てということが確定したわけだねと望は頷いた。

 人気が少なくなってきたオフィスで、望はそうっと紙袋から紙箱を取り出した。男の人の手のひらサイズの箱だ。なんとも高級感溢れる箱ではないか。いかにも『デキるやつ』の風格を漂わせている。望は期待に胸を膨らませながら、そっと箱を開けた。

 中から出てきたのは、月餅だった。大きさはお饅頭と同じくらいだが、ずっしりと重い。四つ入りの月餅は、ツヤツヤと表面が輝いている。あんまり食べたことはないけど、これ絶対に美味しいやつだと望の本能が告げている。


 でも、月餅。なんで?

 確か月餅って、中華圏の人が十五夜の日に食べるんだよね?

 日本なら十五夜はお月見団子。さしずめそれの中華版といったところか。


「なんかこれ、絶対美味しい気がする。ええ、嬉しい」

 日中の仕事で脳のエネルギーが空になった望は、このいかにも甘いものの塊である月餅に今すぐかぶりつきたい気持ちに駆られた。でも違う、これはこんな軽食っぽい扱いをしていいお菓子ではない。望は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

 望はあたりをこっそりと見渡すと、人がいないことを確認してサリーに話しかけた。

「真鍋くんが月餅をくれたよ。まん丸くてお月様みたいだね」

 サリーに見えるように箱から一つ取り出して、サリーの目の前に差し出す。サリーの目が一瞬きらりと光ったような気がした。

「気に入ったのかな? 一つ置いていくね」


 望はサリーの目の前に月餅を置くと、帰り支度をして会社を出た。


 ◆◇◆◇


 遅めの夕食をとって後片付けを済ませた望は、やっと人心地ついてソファーに座った。テーブルの上に置いたのは先ほどもらった月餅だ。マンゴープリンは冷蔵庫の中で冷やしてある。明日の夜の楽しみにするつもりだ。


 月餅ってあんまり食べる機会ないよね。


 スーパーやコンビニでも時々売っているのを見たことがあるけど、わざわざ買おうと思ったことは無い。

 味もなんとなくわかるけど、お饅頭の中華版といったイメージだ。


 望は透明なプラスチックのラッピングを慎重に外して月餅を取り出す。つやつやの表面には、焼き印で高級ホテルの名前が刻まれている。


 ひと口かじって、望は目を見開いた。

 あんこだと思ってた中身は、まさかのカスタードクリームだった。濃厚な卵とクリームが舌にとろけていく。アクセントには、塩漬けの卵黄が真ん中に入っている。薄皮が程よくパリッとしていて、皮だけ食べてもイケるかもしれない。


 斬新! おいしい!

 あっという間にペロリと平らげて、望は目を細めながら月餅の入っている箱を真剣に見つめた。


 箱に入っている残りはあと二つ。

 もう一つは会社のサリーの元にある。

 サリーが食べられるのか分からないけど、最大で残りは三つ。


 今食べるべきか、食べぬべきか。

 それが問題だ。


 いや、これは勢いで食べる類いのお菓子では無い気がする。

 きちんとお茶を用意して、小皿に盛って食べるやつだ。


 明日帰りに中国茶を買って帰ろうかな。紅茶にも合いそうだ。

 それできちんとお茶を淹れて、明日の夜にもう一つの月餅を食べよう。

 それまで我慢だ。


 望は名残惜しそうにしながらも、箱をそっと閉じた。箱の中に入っていた小さい商品説明のカタログを手に取って見てみる。


 へー。いろいろな種類の月餅があるんだね。

 あ、オンラインショップがある。

 日本でも買えるっぽい。


 望は早速ネットで調べてみることにした。

 いかにも老舗ホテルの高級中華料理店といった感じのウェブサイトから、月餅のコーナーを探し出す。


 これだ。真鍋くんがくれたやつ。


 同じパッケージの商品をクリックすると、商品説明とともに出てきたのは値段の表示。


「高い! え、嘘でしょ?」


 目の前に提示されているのは、『高級店ですけど何か?』と言わんばかりの堂々としたお値段だった。四個入りのパッケージで、下手したら焼肉屋さんの食べ放題飲み放題コースが支払えそうな値段だ。


「これはさすがにちょっと、もらいすぎなんじゃ……」


 真鍋の『お礼』が何を察し示すのかわからないけど、完全に望の思うお礼とは違う気がする。


 会社の人に渡すお礼って、ちょっとしたクッキーとか、お茶とか、そんなもんじゃないの?


 これは真鍋くんにお礼をしないと。

 お礼返しってやつか。

 でも真鍋くんの好きなものって何かわからないな。

 とりあえず明日、タイミングを見計らって真鍋くんと話そう。

 捕まるといいな。


 そんなことを思いながら眠りにつく。

 明け方に見た夢で、月へ行って、サリーが月餅に喜んでぴょんぴょん飛び跳ねていた気がする。


 わかるわ。

 ぶっちぎりで一等賞の月餅だよね。


 目覚ましの音で目を開けた望が思ったのは、そんなことだった。

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