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十五夜の夜、うさぎは月に還る  作者: 上条ソフィ
十五夜の夜、うさぎは月に還る
33/38

33. サリー、跳ぶ

「ねえ、明日の夜も来る? えっとね、地球の明日の夜。地球がくるっと一周したら、地球は明日なんだよね?」

 茶色の子うさぎが望の靴にちょこんと乗る。そのまま、しがみつくように立って、望の脛をちょんちょんと突いた。

「明日の夜? 明日は……どうだろう? そんなに頻繁に来れるのかな?」

 望はルナと長老さんにお伺いを立てるように二匹を見た。

「生身の体では無理ですね。明日は十五夜ではありませんから」

 ルナは頭を横に振った。

「えぇー、来れないの? 明日は最中もなかなのに」

 子うさぎは頬をぷくっと膨らませた。


 望は目をぱちくりとさせた。

「最中って、あの、最中? 薄い皮の中にあんこが入ってるやつ?」

 こくんと子うさぎが頷いた。


 もなか……最中かぁ。久しく食べてないな。

 皮のパリッとしたやつが望は好きだ。

 白あんも美味しいけど、やっぱり王道の粒あんがいいと思う。それから、中にお餅が入ってるとちょっと得した気分になる。


「そうです。ご覧の通り、今ならあんこもお餅もありますし。皮はもち米から作れますからね。明日は最中デーなのですよ」

 ルナは不貞腐れた子うさぎを撫でて宥めている。

「え! 最中の皮ってもち米なの? 小麦粉だと思ってた! ここで作るの? ってことは作りたて?」

 パリッとした皮にその場であんこを詰めて食べることができるなんて、贅沢過ぎやしないか。


「専用の焼き台があるのですよ。もち米で作った種を入れて数十秒間焼くと、パリパリの皮が作れます。手先が器用なうさぎたちが担当します。のんちゃんたちにやっていただければ、はかどるのですが」


 焼きたての、パリパリの、皮……


「はいはいはい! 私、残ります! 明日の夜帰る!」

「ダメに決まってるだろう。俺は仕事だ!」

「でも週末じゃん! 今日は金曜日の夜! 明日は休み!」

「俺は出勤するの。それに明日の夜って言うけどな、ここにいたら夜なんか来ないぞ。月では日の出から次の日出までは約29.5日だったはずだ、地球の時間換算で。つまり満月の今は、地球が自転して24時間が経過する間も、今俺たちがいる場所は日中なんだ。一日中ずっと陽の光に当たってみろ、体内時計がぶっ壊れるぞ」


「そんなにいきなり理科の授業みたいなこと言われても……えーと、ずっとお昼なの? ここ」

「絶賛お昼ふぇあ開催中じゃ」

 長老さんは笑って言った。


「眠くならないんですか?」

「眠くなったらもちろん寝るぞ。ぽかぽかの日差しの中のお昼寝は気持ちがいいからの」


 ぽかぽかの日差しの中でお昼寝……


 望は期待を込めて真鍋を見た。

 真鍋は口を固く結んで無言で首を振った。


 頭でっかちめ!


 望は子うさぎのように頬をぷくっと膨らませて、鼻に皺を寄せた。

 真鍋が鼻で笑ってきたことにムッとして、望はあっかんべーをした。


「のんちゃん、かえる」

 サリーが空を見上げながら言った。

「あ、そうだ。サリーはオフィスに戻ってくれるんだよね。ありがとうね。サリーは優しいね。自分の都合を優先しようとする誰かさんとは大違いだね」

 望はサリーを撫でながら大袈裟に褒めた。


「最中に目が眩んでるのは誰だよ」

「美味しいものは優先されるべきなんだよ」

「わかった。帰ったら最中買ってやるから。行くぞ」


 望は渋々帰ることを承諾した。


「長老さん、ルナ、うさぎたち、みんなありがとうございました。楽しかったです」

 望は頭を下げた。

 うさぎたちが続々と集まって、お見送りに来てくれた。

「いつでも遊びに来るがいい。ここはお前さんたちの故郷でもあるのだからの」

 長老は穏やかな顔で微笑んでいる。

 隣に立っているルナは、目元をうるわせている。

「いつでもいらしてくださいね。私たちはみな、お二人のことを歓迎します。もちろんあなたもですよ。サリー」

 サリーがルナのところに跳んでいって、鼻にチュッとキスをした。そのまま長老さんにしがみついてギュッとハグをする。


 望は近くに寄ってきてくれたうさぎたちを撫でて、抱っこして、お別れの挨拶をした。

 真鍋も優しい手つきで、うさぎたちを撫でている。

「たっくん。また遊ぼうぜ!」

 トラビスが真鍋にハイタッチした。他のうさぎも真鍋に跳び乗ったり、体当たりしたりして別れを惜しんでいる。


「そうだ。今度は鬼ごっこしよう!」

「わかった。受けて立つ。まあ、俺が一番だけどな」

 こんなところでも自慢をしている真鍋に、望はぷっと噴き出してしまった。


「じゃあサリー、帰ろうか。おいで」

 望はサリーに向かって手を差し出した。両手のひらの上にサリーがちょこんと乗る。離れていたところにいたはずの真鍋が駆け寄ってきて、後ろから望のお腹をギュッと抱きしめた。


「お前ら今、俺のことを置いていこうとしただろう」

「そんなことないよ。ちゃんと真鍋くんのことを呼ぶつもりだったよ」

「嘘だ、絶対置いていこうとした。お前はそうじゃないかもしれないけど、サリーは跳ぶ準備万端だったぞ」

 真鍋はジト目でサリーを見た。サリーは、きょとんとした顔をしている。


「まあまあ、いいじゃない。そんなの。じゃあ、そろそろ行こうか。……うんと、あのね、真鍋くん、もうちょっときつく抱きしめてもいいよ」

「……どうしたんだ?」

 警戒したような声で真鍋が言った。地球から月に跳んでくる時、お腹をきつく抱きしめられて、望が怒ったことをまだ覚えているのだろう。


「あのね、行きはさ、ほら、なんだかよくわかんないうちに跳んできちゃったでしょ? で、よくわかんないうちにここまで到着したじゃない。あれをさ、もう一回やると思うと、ちょっと怖くない? 何か起こるかわかってるだけに。なんか私たち、実はすごいことしたんだなと思って」

「……今さらそれを言うか? まあそうだな」

 真鍋はリクエスト通り、両腕で望のお腹をきつく抱きしめた。


「やっぱりちょっと怖いよね?」

 望の問いかけに、真鍋は押し黙った。

「え、怖いよね? 怖いの私だけじゃないよね? 嘘、真鍋くんもう慣れちゃったの?」

 望は身をよじって真鍋の顔を見上げた。

 苦虫を噛み潰したような顔をした真鍋は、しぶしぶといったように言った。


  「……まあ怖いって言っちゃ怖い」

「なんで今そんなにしぶったの?」

「怖いと言えなくもないけど。怖いか怖くないかという二択だったら、怖いの方に計りは傾くけど。すっげえ怖いかって言われたら、そんなことはない」


 なんのこっちゃ。

 言っていることがよくわからなかった望は、首を傾けた。


「サリー、ちきゅうまで跳べる。サリー、できる子。のんちゃん、サリーできる子で、うれしいね」

 サリーは自信満々に言い切った。


「サリーもこう言ってることだし、じゃあ大丈夫か」

 望は肩の力を抜いた。

「ちょっと待ってお前、怖かったんじゃないのか? そんなにあっさり鞍替えするなよ。女なら自分の言っていることに責任を持て」

 焦ったように真鍋が言う。


 何それ、意味がわからないと、望は救いを求めるようにルナを見た。

 ルナはやれやれと首を横に振りながら、ため息をついている。

「のんちゃん、聞かなくて大丈夫ですよ。それはただの男のちっぽけなプライドです。好きな女の子の前で弱いところを見せたくないんですよ」

「おいルナ! でたらめ言うな!」


 望が何か言おうと口を開いた瞬間、サリーは「サリー、跳ぶ」と言ってあっさりと跳んでしまった。

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