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十五夜の夜、うさぎは月に還る  作者: 上条ソフィ
十五夜の夜、うさぎは月に還る
32/38

32. おともだち

 お腹がこなれてきた頃、望はふうと息をついて空を見上げた。なんとなしに、上空でキラキラと光っているものを目で追った。何かを形取っているかのように密集している光は、銀河だろうか。いや、昼に星が見えるはずないしな。

 急に血糖値が上がったからか、ぽやっとする頭でつらつらと考える。


「のんちゃん、あれは地球じゃよ」

 望の目線を追って空を見上げた長老さんが笑いながら言う。

「えっ!」

 望はぱちくりと瞬きをすると、光の粒をまじまじと見た。眠気は一瞬にして吹き飛んだ。

「あー、確かによく見ると大陸の形をしているような気がする……かも?」

 どう思う? と望は真鍋を見た。真鍋は目を細めて光を凝視している。うそだろう? と顔に書いてある。胡散臭いものを見たかのようなその表情は、マジックのトリックを明かそうとする評論家のようだ。


「今、月の方角を向いている地球の面が夜だから、光が見えるのか? 地球の光はそれほど大きな光というわけでもないだろう。大気があるこの地で、なぜ光が見える? 新月の時はどうなっている? そもそもバリアが張ってあるんだろう、ここ。なぜ宇宙が、地球が見えるんだ?」

「真鍋くん、またそんな質問攻めにして。ごめんなさい、長老さん」

 ちょっと不躾すぎやしないか、と望は真鍋を諌める。


「ふぉっふぉっふぉっ。好奇心があるのは良いことじゃよ。地球から月が見えるんじゃ、月からも当然地球が見えるじゃろうが。バリアはしーするーなんじゃよ。新月の時はたいそうきれいな青い地球が見えるぞ。お前さんたちは新月には月には来れぬからの。残念じゃが」


「新月の時は月は光っていないから、私たちはここに来れないですよね。残念です。青い地球かあ。見てみたいな」

『地球は青かった』という名台詞をぜひ言ってみたいものだ。超難関といわれる宇宙飛行士のテストを受けなくても宇宙に来れるなんて、実は凄いことなんじゃ。


「それにしたって、ちょっとデカ過ぎじゃねえか? 距離を考えれば、ここまでデカく地球が見えるはずはないんだが」

 理屈屋の真鍋は冷静に突っ込む。


 さっきは勇者ごっこをしていたのに。夢があるんだか、ないんだか、よく分からない人だ。


 でも真鍋の言うことも一理あるかもしれない。望が光の粒を地球の光だと認識できなかったのも、空に大きく光が散りばめられていたからだ。一つの大きなまとまりだとは思っていなかった。

 でも一度意識すると、世界地図の一部のような形になっている気がする。


「月と地球は双子の姉妹じゃからの。地球を身近に感じられるように、大魔女様が計らってくださったのじゃ」

「また魔女かよ」

 うんざりしたように真鍋は肩をすくめて頭をくるっと回した。手が『オーマイガッド』の形になっているのが外国かぶれしている、と望は思った。

 でも、いつか使う日がくるかもしれない、と望はこっそり真似してみた。

 手のひらを上にして、頭をぐるっと回しながら、目も一緒に回す。あれ、なんかちょっと違う? 

 手の位置を微調整していると、望を見上げていたルナとばっちり目が合った。望は気まずくなって、手を下げると無言で目を逸した。


 ここに来てからいろいろな人、じゃなかったうさぎ、に見られている気がする。普段は地味に暮らしている望には慣れない体験だ。

 真鍋は特に気にしていなさそうだ。注目を集めることに慣れているのだろう。

 ……これか? これが、陽キャの性質?

 自分には無理ですなあ、と望は早々に諦めた。


 サリーの寝息が聞こえてくるのが平和だ。

 お腹いっぱい。望はあくびを噛み殺した。

 そういえば今何時なんだろう?

 忘れ物を取りに会社に戻ったのが、夜九時を回った頃じゃなかっただろうか。

 月に跳んできて、結構な時間が経った気もするし、あっという間だった気もする。


 濃い時間だったなあ。


 お餅を食べて満足した子うさぎたちは遊び始めている。

 お母さんうさぎたちはおしゃべりをしながらも、せっせと皿を片付けている。

 女の子たちだろうか。数匹が固まってキャッキャと笑いながら、望と真鍋の方を見ている。何やら大変盛り上がっているようだけど。


 お嬢さん方、私たちはただの会社の同僚ですよー。

 念を送ってみたが、通じただろうか。


 その内の一匹が何か言ったらしい。きゃぁー! と叫びながら、こっちをキラキラした目で見てくる。


 女子はどの世界でも恋愛話に飢えているのだなあ。

 いや、ほんと。ご期待に添えられるネタは何もないです。


 女子たちの声に釣られたのか、サリーが跳ね起きてルナの頭の上に乗った。

「サリー、かえる」

「サリー。起きたんだね。お餅食べる?」

「のんちゃんのかいしゃ、かえる」

「いいの? でも」

 望は迷った。ここにいた方が、サリーは自由に暮らせるんじゃないかと思ったのだ。いつでも動けるし、いつでも飛び跳ねられる。

 それに、サリーは紙のペーパークラフトなのだ。そんなに頑丈な作りはしていない。望だって、オフィスのデスクにポンと無造作に置いていただけだ。いつまで保つか分からない。地球と月の移動だって、小さい体には負担だろう。


「サリー、のんちゃんといっしょにいる。またこんど、月かえる。サリー、のんちゃんとかえる」

 サリーの決意は固いようだ。

 それじゃあ帰ろうかねと望は立ち上がろうとしたが、真鍋がそれを制した。


「おい、俺のこと忘れないでくれよ」

「あ」

 そうだ、いたんだった。


「お前今、俺のこと忘れてただろう」

「そんなことないよ」

 望はまさかそんな、ととぼけた顔をして言い切った。


「そういえば俺、さっき餅つきしてて思ったんだけど」

 真鍋はルナの方を向いた。

「お前、俺のことをだましてただろう。月のバリアの外に蹴り出されたら、体中の血液が蒸発して死ぬってやつ。どういう原理かわからないが、俺らは現にこうして、地球から月に向かって跳んできている。五体満足のまま。俺らは無事だということだ。つまり、宇宙空間に蹴り飛ばされても、俺らは死なないってことだろう」


「私はただ、月のバリアの外へ蹴り出すと言ったまでです。死ぬ、死なないについては言及していませんよ」

 ルナが器用に肩をすくめたような動作をした。

「それはそうだけど。そもそもお前に蹴り出されたところで、人間の体はそんなに吹き飛ばねよ」

 真鍋は、ははんと鼻で笑った。


「何度も申し上げていますが、ここは大魔女様がお作りになったうさぎたちの楽園です。 うさぎたちに危害を加えるものは、全て排除できる仕組みが備わっているのですよ。嘘だと思うなら、試してみますか?」

 ルナが望の膝の上でそろそろと臨戦態勢を取り始める。

 望はルナの体を抱き止めると、どうどうと背中をさすった。


「えっと、私たちはうさぎさん、じゃなかった、サリーがご招待してくれたから無事だったっていうことでいいんだよね?」

 二人の間を取り持つように望は会話を繋げる。


「そうです。この子があなたたちを招いたから、あなたたちはこの土地に受け入れられた。つまり、この子がいないと帰ることもできないんですよ。特にそちらの方、あなたはサリーと特に親しくもないようですし、うっかり置いていかれるかもしれませんね。そしたら本当に蹴り出しますよ」

 お返しとばかりに、ルナは望の腕の中で鼻で笑った。


「ぐっ」

 強気だった真鍋が固まった。何度か素早く瞬きを繰り返すと、サリーの方に目をやった。

「おい、そこのうさぎ、俺のことも連れて帰るんだぞ」

 真鍋に見下ろされたサリーは微動だにしない。


「いいか? 俺も連れて帰るんだ、こいつと、」

 真鍋は望を指さしてから、自分を指差す。

「俺は一緒に来たんだから、一緒に帰るの。わかったか?」

 サリーは身じろぎもしない。こうしていると、本当にただのペーパークラフトにしか見えない。今まで元気よく動いていたサリーが急に動かなくなったことに焦ったらしい真鍋は、屈んでサリーと目を合わせた。


「いいか? 俺の名前は真鍋たくみだ。こいつの、及川望の同僚だ」

「どーりょ」

 サリーが小さい声でつぶやいた。

「そうだ、同僚。同僚、わかんないか? なんだ、その、一緒に働く仲間だ」

 サリーの反応はない。


「あー、ざっくり言えば、知り合いっていうか、大雑把な分類で言えば、友達だ」

 頭を掻きながら真鍋はちらりと望を見た。目元が赤く染まっている。


「おともだち?」

 サリーは小さい声で聞き返した。

 反応が返ってきたことに気をよくした真鍋は続ける。

「そうだ。及川望のお友達。のっ、のんちゃんのお友達だ。真鍋! 真鍋巧をどうぞよろしくお願いします!」

『のんちゃん』で言い淀んだ真鍋は、照れ隠しのように自分の名前を叫んだ。


「選挙活動か」

 望は突っ込む。


「まにゃにゃ、っみ!」

 サリーが元気よく言う。

「まにゃにゃじゃねえ、真鍋巧だ。ま・な・べ・た・く・み!」

「ま、にゃ、え、く、くみ!」

「ちがーう!」


「「ちがーう!」」

 他のうさぎたちが面白がって繰り返す。サリーは怒られたと思ったのか、へにょりと耳を下げた。


「サリーにはちょっと言いにくいんじゃないかな? ほら、私だって『のんちゃん』だし」

 望はサリーの頭を撫でる。うるっとした目でサリーが見上げた。


「わかった、巧でいい」

 渋々と真鍋は言った。

「たみみでいー」

 サリーは繰り返した。

「そうじゃねえ。巧だ。た・く・み」

「たみみ」

「違っ! はー、わかった。しょうがねえ。たっ、たっくんだ」

 ああ、くそ、なんで俺が幼稚園児みたいなあだ名を、と真鍋はぶつぶつ言っている。

 耳が真っ赤に染まっているのを望は見逃さなかった。こっそりと笑いを噛み殺す。


「たったっくん」

「たっくん!」

「たっくん?」

「そうだ」

 ふう、と真鍋が息をついた。顎に手を置いて口元を覆っている。


「たっくん、だれ?」

 サリーがキョトンとした顔で聞いた。真鍋がずっこける。


「たっくんはな、」

 真鍋は自分を指差す。

「のんちゃんのお友達だ」

 その指を望に向ける。

 真鍋は耳どころか首筋まで赤みが伝染している。

 望と目が合うと、両手で顔を覆って俯いてしまった。つむじが見える。


 かわいい〜と声に出したら怒りそうだから言わないけど。


「たっくん、のんちゃん、おともだち?」

「そうだ。お友達。いいか、お友達は一緒に行動するんだ。だから、たっくんも一緒に帰るんだ。わかったな?」

「こーどー?」

「そうだな、一緒に遊ぶことだ。たっくんはのんちゃんのお友達だから、一緒に遊ぶ。だから一緒に帰る。そういうことだ」


 サリーがまた動かなくなってしまった。

「おい、うさぎ、じゃなかった、サリー、大丈夫か?」

 真鍋が人差し指でちょこんとサリーを突いた。すると、サリーはぴょんと跳び上がって、真鍋の頭の上に着地した。

「のんちゃん、たっくん、おともだち。サリー、のんちゃん、おともだち。サリー、たっくん、おともだち?」

「そうだよ。たっくんはサリーのお友達だよ。仲良くしてあげてね」

 望は真鍋の頭にいるサリーを撫でた。


「サリー、のんちゃん、すき。サリー、たっくん、すき!」

「私もサリーが大好きだよ」

 望は目で真鍋を促す。

「その、俺も、好きだよ」

 真鍋は照れながら言った。


「うむ、しょうがない。では、サリーにキスする権利をあなたに与えましょう」

「なんだよそれ」

 真鍋は顔を顰めた。

「サリーのチュウは特別なのよ。ねー、サリー?」

「ねー、のんちゃん」

 望とサリーは顔を合わせて頷き合った。


「わかったよ」

 真鍋は照れながら、サリーの鼻先にちゅっと口づけた。


 この人、やっぱり憎めないんだよなあ。

 いい人、なんだろうな。きっと。多分。なんだかんだで全部に付き合ってくれたし。


 今まで見れなかった表情がたくさん見れて嬉しいかも。

 思わず笑みがこぼれる。


 ルナがじっと望を見ていることに気づいて、望は慌てて声をかけた。

「ルナも真鍋くんにチュウする?」

「いいえ! 私はそんな! ただ、その……」

 ルナはチラリと真鍋を見て、また望を見た。何かを言いたげな表情だ。


「なー、のんちゃん、こいつ、たっくんになったの?」

 さっき真鍋と一緒に追いかけっこしていた子うさぎが、望の太ももに身を乗り出して聞いてきた。


「そうだよ。仲良くしてあげてね。ちょっと性格悪いけど、極悪人っていうわけじゃないから」

「その言い方」

 真鍋が突っ込む。

「わかった。たっくん。俺、トラビスだ。よろしくな!」

 子うさぎは前足を出して真鍋と握手をする。


「たっくん、たっくん」

 ルナは小さい声でつぶやきながら、呼ぶ練習をしているようだ。望はルナを抱きかかえると、真鍋の目の前にずいっと差し出した。

「ルナも呼んであげてくれるかな? さっきからね、真鍋くん、ルナに名前呼ばれたがってたんだよ」

「俺は別にそんなんじゃ!」


「仕方がないから呼んであげます。……たっくん」


 二人でもじもじと照れている様子は大変初々しい。

 こういうのを、『初々しい』って言うんだと思うんだよね、お母さんうさぎたち。

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