29. 餅つき4
望が大根をおろしていると、うさぎたちがお餅を運んできた。真ん中の一番重たいところを木のしゃもじで支えているのは真鍋だ。
「いいか、お前ら。絶対に投げつけたりするなよ。これすげえ熱いんだからな。っていうか、お前ら体は大丈夫なのかよ?」
「俺らは人間みたいにヤワじゃない。見よ! この鋼の足!」
うさぎが一匹後ろ足を上げて、真鍋に見せつけている。
「わかった、わかった。いいから止まんなって。ほら、そこ、前を向け、それからそっち。しがみついて遊ぶなよ。せっかく綺麗に餅がつけたのに。 引きずったらまずくなるぞ」
とすんとお餅を下ろした真鍋は、ふうと息をついた。近くにいるうさぎの頭を荒く撫でて褒めている。
真鍋くん、本当に保育士さんみたいだな。
「お疲れ真鍋くん。すごかったね」
望は真鍋に声をかけた。
「おう! そうだろう。見たか、俺の勇姿。俺の筋肉。もしかしたら俺、勇者になれるかもしれん」
真鍋がにんまりと笑ってふんぞり返った。
「……勇者」
「勇者だってよ」
「勇者が来たぞ!」
望はただの冗談だと思って聞き流していたけど、うさぎたちはざわざわし始めた。
「おい! 人間。勇者って。お前、本当に勇者なのか?」
若いうさぎが期待を込めた目で真鍋を見上げた。
真鍋は一瞬面食らった顔をしたが、すぐに気を取り直すと、腕を組んで鷹揚に頷いた。
「おう。俺は勇者だ。悪を砕き、正義を貫く。月に降り立った勇者だぜ!」
「おおー!」とうさぎたちは、真鍋の周りを囲んだ。
やれやれ、これだから男の子は。
望は肩をすくめてお母さんうさぎたちを見た。
お母さんうさぎたちは、まあまあまったく、といった顔をして笑っている。
「さ、中二病の方はおいておいて、お餅が冷めないうちに小分けにしてしまいましょう。のんちゃん、つきたてのお餅は熱いですからね。手で触るときは火傷に注意してくださいね。あいにくながらゴム手はなくて。すいません」
ルナが仕切り直すように、お母さんうさぎたちと望に話しかける。
「大丈夫だよ」
望は手で餅を打ち切ろうとして、「熱い!」と手を引っ込めた。
「お清めの水を持ってきてやったぞ」
ぴょんとうさぎが飛んできて、木の桶に入った水を望の横に置いた。
ありがたく使わせてもらうことにする。ひんやりと冷たい水は望の手をキンキンに冷やしてくれた。
「そっか、お水をつけないと手にお餅がくっついちゃうもんね。じゃあ私がお餅をちぎるから、味付けはお母さんたちにお願いしていいですか?」
「もちろんよ」
手に水を浸し、お餅をちぎる。
大きさは手のひらほど。それをくるりと丸めて、具材の上に置く。
きな粉、あんこ、醤油、うぐいす豆に、大根おろし。
お母さんうさぎたちは、前足を使って器用にお餅をくるっと回転させると、お餅の表面にそれらをまぶしていく。
主婦の貫禄なのか、おしゃべりをしながらも手の動きは全く止まることがない。あっという間にたくさんのお餅が出来上がった。
勇者ごっこに飽きたのか、真鍋も望の隣に腰掛けて、お餅をちぎり始めた。
「俺もやるよ」
「でも真鍋くん、餅つきで疲れたでしょう。休んでていいよ」
「あんなの朝飯前だ。俺は勇者だからな」
勇者ごっこはまだ続いているらしい。
「ねえ、勇者ー!」
うさぎが真鍋の腕に勢いよくぶら下がった。
「ちょっ! 今、腕の筋肉はやめてくれ、まじ。明日筋肉痛になるから! 無理無理」
ふるふると腕を震わせる真鍋がおかしかったのか、うさぎはぶら下がったまま楽しそうな笑い声をあげた。
「こーら。やめなさい。このお兄ちゃんは疲れてるのよ。あんたもこっちに来てお手伝いしなさい」
「はあい」
お母さんうさぎに注意されたその子は、お母さんの隣できなこ餅をつつき始めた。
「のんちゃん。おおきいのつくって」
うさぎさんが跳んできて望の前に降りたった。
「大きいの? いいよ」
望はバスケットボールほどの大きさのお餅をちぎって、うさぎさんを見た。
「きなこがいい!」
うさぎさんは元気よく答える。
きなこのバットにお餅を乗せると、うさぎさんはぴょんと跳ねて器用に両面にきなこをまぶした。
そしてそのまま跳び上がると、せっせと作業をしていた真鍋の顔面にきなこ餅をぶつけた。
「ぷはっ! お前、何すんだよ」
ずれ落ちたお餅を両手でキャッチした真鍋の顔面は、きなこまみれになっている。
「がんばったひとに、ごほうび」
うさぎさんは得意げに言った。
周りのみんながどっと笑った。つられて望も笑う。
「のんちゃんも、がんばったから、うさぎ、ごほうびあげる。のんちゃん、なんのあじがいい?」
「あ、私も? うん、そうだね。私は醤油が食べたいんだけど。でも自分で食べれるからね! 手に乗せてくれると嬉しいな」
顔に押し付けられては困る、と望は早口で答えた。
うさぎさんはこくんとうなずくと、醤油餅をぴょんと望の手のひらに乗せた。
「ありがとう。えっと」
望は周りを見た。
まだみんな作業をしているのに、私一人だけいただくというのもな。
真鍋はヤケクソのように、バスケットボール大のきなこ餅を齧っている。
じゃあ私もいただきますかと、望はお餅をぱくっと口に入れた。噛みきれなかったお餅がとろーんと伸びた。
「美味しい!」
つきたて熱々のお餅は、柔らかくてよく伸びる。米粒がところどころ残っているのが、手作りっぽくてさらにいい。
甘いお米の味と砂糖醤油の味が口の中に広がる。噛むごとにおいしさが増してくる気がする。自然と笑顔がこぼれた。
つきたてのお餅ってこんなに美味しかったんだ。やっぱりスーパーで買うやつとは違うよね。なにこれ幸せすぎる。いくらでも食べれる気がする。
「美味しいねえ」
「そうだな。米と水がいいんだろうな。安い餅を買うと、もち米100%じゃなかったりするからな。あれ俺許せないんだよ」
豪快にきなこ餅を噛みちぎりながら、真鍋が同意する。
「うさぎさんたちがみんな頑張ってくれたから余計に美味しいんだね。うさぎさん、みんなも、ありがとうね」
「のんちゃん、うさぎがついたおもち、おいしいね」
望の膝に乗ったうさぎさんが、望を見上げた。
「そうだね。うさぎさん、ほっぺたにお餅がついてるよ」
望はうさぎさんの耳から、お餅をぺりっと剥がした。
蜂蜜のコーティングはまだ健在のようだ。うさぎさんの表面はつやつやしている。
「うさぎ、みんなにあげてくる」
真鍋と望にお餅をあげて満足したのか、うさぎさんはぴょんぴょんと色々なうさぎのところに跳ねていっては、お餅を配っている。
「すいません。先にいただいちゃって」
望は醤油がついてしまった手をお清めの水で洗った。
不思議なことに、この水は何度手をつけても全く濁らないのだ。きっと大魔女様の力が働いているのだろう。
望と真鍋は作業を再開した。しばし無言で作業をする。
手が熱くなるからやめとけ、と真鍋がお餅をちぎる係を代わってくれたので、望は真鍋がちぎったお餅を丸くして、食材の入ったバットに置く係になった。




