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十五夜にうさぎは月に還る  作者: 上条ソフィ
十五夜の夜にうさぎは月に還る
28/42

28. 餅つき3

「どけ、どけぇい。人間様のお通りだ。このしゃもじが目に入らぬか! 怪我したくないやつはどいてろ!」

 真鍋は声を張りながら餅に向かって行く。ガニ股で肩で風を切って歩く姿は悪いお代官様のようだ。


「やってやろうじゃねーか、人間!」

「勝負だ!」

「スリルがあって楽しいわねえ」

 うさぎたちもノリノリだ。


「じゃあ行くぞ。おりゃ!」

 真鍋がしゃもじを振り回した。上に上がったお餅を折り曲げるように下に落とす。


 べちょっと音がして、端っこ部分だけが折り曲がったお餅が地面に落ちた。


「ヘタクソ!」

 すかさずうさぎたちからツッコミが入る。


「まだまだこれからだあ!」

 真鍋はしゃもじを大きく振る。お餅は横に吹っ飛んでいった。


「何やってんだよ。真ん中に落とせってば!」

 身軽なうさぎが何匹か飛び出して、反対側からお餅を蹴る。なんとか中央付近に落下したお餅は、真鍋の足元ぎりぎりにきたらしい。真鍋は「熱っ!」と飛び退いた。


「ナイスフォロー! 百本ノック行くぞー!」

 運動部のように声を上げた真鍋に、うさぎたちは「おー!」と返す。


 うさぎが跳ねる。

 お餅も跳ねる。

 真鍋が折り曲げる。

 うさぎが着地してまた跳ねる。

 真鍋はその間にお餅の周りを回ってスタンバる。


「本当にできるんだ。すごいね」

「今年は縁起がいいのう。人間が一緒に餅つきに参加するなんて、久しぶりのことじゃからの」


「 真鍋くん、さすが」

 45度ぴったりというわけではないけど、餅が上に上がるタイミングで駆け出してひっくり返すということを繰り返している。

 何度かやっているうちに慣れたのか、それとも運動神経がいいからか、どんどん様になってきている。


 初めは平べったいお米の塊だったものがどんどんお餅らしく、もったりとした感じになってきた。表面もツヤツヤで、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


 雲ひとつない青空に太陽は燦々と輝き、

 もくもく山の頂上ではうさぎが跳ねて餅をつき、

 人間が木のしゃもじでそれをひっくり返す。


 絵になる光景だ。


 スマホがあれば写真が撮れたのに、と望は残念に思った。

 でも壊れちゃったら困るからね。

 目に焼き付けようと望がよく見ていると、隣から歌声が聞こえてきた。長老さんの声だ。



『まんまるお月が上がるころ

 月ではうさぎが餅をつく


 もくもく山のてっぺんは

 お雪みたいに真っ白だ


 米を蒸して さあ餅つきだ

 うさぎが跳べば 餅も跳ぶ』


 ここでうさぎたちが合いの手を打つ。

『ヨー、ぺったんこ、ぺったんこ』


 長老さんはさらに続けて歌う。

『うさぎが跳べば 餅も跳ぶ』


『ヨー、ぺったんこ、ぺったんこ』

 また合いの手が入る。


『十五夜 いいだ お月見だ

 ねえさま 餅つき 見えますか

 わたしは 月で 餅つきます

 ねえさま わたしは お月から

 あなたを ずっと 照らしましょう』


 長老さんの小さい体から出されているとは思えないほどよく伸びる声は、山全体に響き渡る。歌い慣れた曲なのだろう。ところどころ掠れたテノールの声は、余裕を残して終わりを迎えた。


 きゅっと胸が締め付けられるような思いが望の中にこみ上げてきた。懐かしい、故郷に帰ってきたような、そんな感覚。望は胸元を抑えた。目頭が熱くなってくる。


「これでラストだ!」

 真鍋が叫んだ。

「おう!」という掛け声とともに、うさぎたちはさらに高くジャンプした。餅も高く飛び上がり、真鍋はそれをしゃもじで器用に折り曲げた。

 餅はとすんと音を立てて着地し、うさぎたちはその傍に次々と降り立った。


 望は力いっぱい拍手をした。

「すごい! すごかった!」


「今年の餅はいい出来じゃの」

 長老さんも前足で握手をする。


 ホカホカでツヤツヤの美しいお餅のでき上がりだ。

 ふっくら丸々したお餅は、もくもく山の中心に鎮座している。


「のんちゃん!」

 うさぎさんがお餅の上から望のとこへ飛んできた。


「のんちゃん、うさぎ、おもちつくった。のんちゃん、みた?」

 うさぎさんが目をキラキラとさせて望に引っ付いた。

「見たよ。うさぎさんすごかったね。大きくて美味しそうなお餅ができたね」


「うさぎ、おもちのまんなかにいた。のんちゃん、みた?」

「えっとね、早くて目では追えなかったけど、うさぎさんが頑張っているのは感じたよ」


「うさぎ、はやかった。うさぎ、がんばった」

 うさぎさんは今度は長老さんの背中にぴったりとくっついて、長老さんに褒めてもらっている。


「のんちゃん、こっちに来てもらってもいいですか? お手伝いをお願いします」

 ルナが息を弾ませながら望のところに来た。ほっぺたについた米粒を取ってあげると、ルナはくすぐったそうに笑った。



 望がルナについていくと、お餅の向こう側では数匹のうさぎたちが集まっていた。


 みんな楽しそうにおしゃべりしながら、何かの作業をしている。

 あのエプロンのうさぎさんは、多分。


「あ、ピーターくんのお母さん」

 望は声をかけた。

 森の中で井戸端会議をしていたお母さんうさぎたちだ。


「あら、来たのね。よかったわ。手伝ってちょうだい」


 お母さんうさぎたちの前には様々な食材が用意されていた。


 ゴザが敷かれた上には、きなこ、あんこ、ずんだ、お砂糖、海苔、お醤油が並んでいる。バターとチーズもあるのは意外なチョイスだと望は思った。

 また、大小様々な器や、匙や菜箸。十五夜のお団子を飾る漆器の三宝もある。


「この醤油の瓶を開けてほしいのよ。この上のプルタブがね、どうしても私たちには取れにくくて。まあ取れないこともないんだけど」

「私たちが歯で齧ったら瓶が割れちゃうわよ」

 隣にいたお母さんうさぎが豪快に笑った。


「はい、もちろんです。もしかしてお母さんたち、この準備しててくれたんですか? ごめんなさい。私も手伝えばよかった。餅つきに見とれていて、全然気づかなかったです」

 望は申し訳なくなって頭を下げた。


「いいのよお。誰でも初めて見た時はびっくりしちゃうわ。それよりうちのピーター、見た? やっぱりどの子よりうちのピーターが一番でしょう?」


「へえ。ピーターくん、いたんですか?」

 望はあたりをきょろきょろと見渡した。

「残念、もう地球に帰っちゃったわ。あの子は引っ張りだこですもの。でも、こうして十五夜の夜は時間を見つけて帰ってきてくれるいい息子なのよ」

 ピーターのお母さんは鼻をひくひくさせて自慢げな顔をしている。


「親孝行の息子さんねえ」

「分刻みのスケジュールだって聞いたわよ」

 お母さんうさぎたちが合いの手を打つ。


 望は醤油の瓶を手に取った。一リットルのガラスの瓶はそこそこ重い。


  プラスチックのプルトップを開けると、途端にお醤油の匂いが辺り一面に広がった。


「むむ! これは」

 望は目を見開いた。思わずラベルを見る。そこに書いてあるのは『天然醸造醤油蔵元』の『たまり醤油』で『丸大豆仕込み』との情報。


「あら。お嬢さん若いのに違いがわかるのねえ。ちょっと舐めてみなさいな。美味しいわよ」


 望は匙にほんの少し醤油を垂らして舐めてみた。

「おお!」と思わず声が溢れる。


「開けた途端にふわっと薫る芳醇な香ばしさ。濃い豊かな赤味。塩分はきりっと効いているのに、しょっぱさを感じさせないまろやかな風味。醤油界のプリンスや!」


 望は目を輝かせて食レポをする。


「あっぱれです、のんちゃん。見事な味覚をお持ちで。これは、数年間じっくりと発酵熟成させた醤油なんですよ。ここの蔵元さんは、昔ながらの手法にこだわっているんです」

 隣でルナが深く頷いた。


「そうなのよー。このお醤油美味しいけど、結構なお値段がするらしくて、なかなか貢ぎ物としては上がってこないのよ。今日は特別な餅つきだからルナが出せって言うから。とっておきのやつを出してきたのよ」


 ピーターくんのお母さんがウィンクした。


「そそそ、それはその。人間がいる時じゃないと開けにくいですからね。別に来年使っても良かったんですよ」

 ルナがそっぽを向きながらぶっきらぼうに言った。


 望は口元に笑みを浮かべながらお醤油を平らなバットに注いだ。


「お砂糖も入れるよね。どれくらい入れる? 甘めがいいかな? それともしょっぱめがいいかな?」

 全員甘党派ということで、望はたっぷりとお砂糖を溶いた。


「のんちゃん、」

 ルナが小声で内緒話のように耳元で話しかけた。

「きな粉は最高級の大豆をじっくり芯まで炒って、臼で引いたものです。あんこは職人さんが手作りしてくださったもので、毎年地球の神社に奉納されるものです。あと、この胡麻も、バターもチーズも、みんな最高級のものをお出ししました。気に入ってくださるといいのですが……」


「ルナ……」

 望は心からのもてなしに心を打たれた。


「もう、ルナが一番いいやつを出せって言うから、私たち慌てて蔵から出してきたのよ。ルナが『人間に見くびられたくない』なんて言うから何事かと思ったけど、お客さんにいいものを出してあげたかっただけじゃない。ねえ、もう本当にびっくりしちゃったわ」


 そうよねえとお母さんうさぎたちは笑い合った。


「ルナ。そんなにいろいろ気配りしてくれてたんだ。ごめんね。気がつかなくて。ありがとう。すごく嬉しい」


「そんな! いいんですよ。ちょっとその辺にいたうさぎたちに伝言を頼んだだけですから。のんちゃんがこの楽園を気に入ってくださったら、私はそれだけで……」


 望はルナを抱きしめた。

「ルナ、ありがとう」

 頭にちゅっとキスをする。


 ルナはフルフルと震えて、話の続きをした。

「手伝っていただきたかったのは、この大根をおろすことと、お餅を小分けにすることですね」

 ルナの声は少し湿っている気がする。

 望も目元が潤んできた。いろいろ感動しすぎて涙腺が脆くなっている。


「うん。なんでもするよ、任せて」


 望はルナをそっと地面に下ろすと、大根を手に取った。色艶共に申し分ない立派な大根だ。きっとこれは辛くないだろう。

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