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十五夜の夜、うさぎは月に還る  作者: 上条ソフィ
十五夜の夜、うさぎは月に還る
23/38

23. 山を目指す

 ◆◇◆◇


 望は地面に両手足を付けて、四つん這いになって息を整えた。


「ゼェハァ、ゼェハァ」


「もう、お二人ともだらしがないですね。これくらいの距離でへばるなんて。もう少し上まで飛びたかったのに」


 ルナは鼻息をふんと出して呆れている。もし人間のように腕を組むことができたら、そうしていただろう。


 そ、そんなこと言われたって……


 望は言葉を返そうとするが、心臓どころか頭の血管までドクドクと激しく脈打っていて、言葉を出すことができない。


 真鍋は魂が抜けたように呆けた顔をして横になっている。


 首が不自然なくらいに曲がってるけど、あれ、大丈夫なのかな?


 ルナが二人の体を道連れに穴の中心に飛び込んだ直後、二人の体は落下した。

 どれくらい落ちたかはわからないけど、少なくとも望の心臓が縮み上がるくらいには下に落ちた。

 真っ暗な穴の底に吸い込まれていくような感覚は、恐怖以外の何物でもない。頭上の光がどんどん小さくなっていって、それと一緒に魂が体から抜けるかと思った。


 突然ぶわっと足元から強い風が吹き上げてきて、望たちの体は今度は急上昇した。そこから何がどうなったのか、いろいろな方向に吹き荒れる風にぶつかり、ぐらぐらと揺れて、望は鈴木の顎に二、三度ほど額を打ち付けた。


「さあ、跳びますよ!」

 ルナはそう言うと、風の上でぴょんと飛んだ。


 でもルナは大切なことを忘れている。いつもだったらルナの足で着地しているであろう風だけど、今、ルナの体は望と真鍋の間に挟まれている。

 そうなるとどうなるか。

 代わりに、望の体か真鍋の体が風に着地して、跳び上がることになる。

 望も何度か風に当たって飛び跳ねはしたが、いかんせん真鍋の方が体が大きい。そうなると、ほとんどの負担は真鍋の方に行くわけで。


「グエ」

 真鍋が潰れたカエルのような声を出した。

「ちゃんとに足で着地してください! 思いっきり足で飛び跳ねるんですよ!」

 ルナが指示を飛ばす。

「そんなこと言ったって、どこにぶち当たるかわかんないんっ! グエ」


 今度は腰で風を受け止めたらしい。真鍋はまた潰れた声を出した。

「真鍋くん、大丈夫!? いった!」

 望は思い切り自分の舌を噛んでしまった。

「いいからお前は黙ってろ! わっ!」

 次は右肩にぶつかったらしい。体が横に逸れた。


 それでもまだ上に上がっていた時は良かったのだ。方々にぶつかりつつも、順調(とは言えないけど)移動して行った。


 恐ろしいのはその後のこと。

 星に重力がある限り、全てのものは地面に引っ張られる。

 それを身をもって体感したのは、だんだん風の力が弱くなってきた頃だった。

 体が徐々に落下し始める。勢いよく体が風にぶつからないかわりに、ルナが跳ぶために着地する箇所も少なくなるわけで。


 そして、無情にも風は途切れる。


 あ、フリーフォールだわ。


 望の頭に浮かんだのは、遊園地のアトラクション。


 ふわっと一瞬体が浮いた感覚がして、望たちの体は急降下した。


「ぎゃゃー!」


「もう少しこらえてください!」

 ルナが慌てたように叫んだ。


「無理、無理、無理、絶対無理! もう落ちるっ! 落ちるからぁ!」


 ……ということがあった上での、ルナの『お二人ともだらしかないですね』発言なのだ。


 確かにルナは優秀なのだろう。おかげで傷一つなく望たちは地面に降り立った。


 頑張った。私たち頑張ったよねえ。真鍋くん。


 望はピクリともしなくなった真鍋の顔を、ボサボサになった髪の毛をかき分けて見つめた。


 あ。髪の毛乾いてる。

『乾燥機』ねえーー! 確かにそうだねーー!!

 命懸けすぎやしないか。


「お二人とも、地球から月まで跳んできたじゃないですか? 何がそんなに怖かったんですか?」

 いまさら、とルナは純粋な眼差しで聞いてきた。

「な、何が? ……何がだろうね?」

 望が言えたのはそこまでだった。働かない頭を動かして考える。


 地球から月へ飛んだ時は、びっくりしすぎて驚く暇もなかったっていうのもあるけど、月の光に引っ張られて、導かれている感覚があった。これがお月様の加護なのかもしれない。


 でも、この風はただの風。凧じゃないんだからさ、空を悠々と舞うっていうわけにはいかないんだよ。


「ふふふふふ、俺は風になった。風になったんだ」

 虚な目のまま、唇もろくに動かさず、真鍋が弱々しく言葉を発した。

「ふふふふふ、俺は風だ。空を舞う風だ。ふふふふふ」


 どうしよう?

 真鍋くんがより一層おかしい方向にいっちゃった。

 社会復帰できるのかな? この人。っていうか、私もか。


 ええ、いやだ。もう会社行きたくない。

 突発的に出社拒否が出た。


 って、そんな現実逃避をしている場合じゃなくて。


 なんとか乱れていた息を整えた望は、あたりを見渡した。

 相変わらずの鬱蒼うっそうと茂る森の中だ。木々をすり抜けて着地したルナはやっぱり優秀だ。


 お目当ての『もくもくのお山』は――


「ね、お山、結構遠くない? あの山だよね?」

「だから言ったじゃないですか。もう少し先まで進みましょうって」

「うんそうなんだけど」


 人間の体には限界ってもんがね……


「さあ、時間を食ってしまいました。さっさと行きますよ。山の上までお休みはできないですからね。覚悟して歩いてくださいね」

 ルナはビシッとお山を指し示す。


 ルナが指し示した先(もちろん指では示せないのだが)には、山々が連なっている。その真ん中にある小さめの山のてっぺんからは、もくもくと煙が出ている。


「何の煙?」

 望は気を取り直して聞いた。


「あれは火山です」

「へえ。月に火山なんてあるんだね」

「火山って活火山か? さっきから気になってたんだよ。白い煙がずっと出てるから」

 真鍋はいつの間にか起き上がって、さりげなく会話に加わると、腕を組んで眉を顰めている。


 あ。再起動した。


「そうですよ」

 ルナは何てことない風に答えた。

「へえそうなんだ、すごくもくもくしてるね」

 真鍋は呆れた顔で望を見た。

「お前、話聞いてたか? 活火山だぞ? 今現在煙が出てるんだぞ? いつ噴火するか分からないんだぞ」

「ええ! 大変じゃん!」

「どうりで温泉なんてあるわけだ。するっていうとこのあたりの地質は……」

 真鍋はぶつぶつと考え込むように独り言を始めた。


「のんちゃん、大丈夫ですよ。あそこのエネルギーは我々うさぎたちが有効に活用してますから。とりあえず行ってみましょう。十五夜のメインイベントはもう始まっていますよ」



 ◆◇◆◇


 山登り。


 ひーひー息を荒げながら、望は山を登っていった。

 日頃の運動不足がこたえているらしい。

 学生時代は運動部だったから、体力はある方だと思っていたのに。

 社会人恐ろしい。こうしてオフィスワークの人間は体力が減っていくんだろうな。

 よし。これからは、駅の階段を使うようにしよう。エレベーターなんて使ってる生活をしているからいけないんだ。そう思いつつ結局使っちゃうんだけどね、エレベーターって便利だよね。


 隣を歩く真鍋は、息を乱すこともなく、ゆっくりと望のペースに合わせて進んでいる。八つ当たり百パーセントだけど、時々望の方を『大丈夫かこいつ?』と言う目で見てくるのが憎たらしい。


 私に体力があったら、うさぎみたいにぴょんと一跳びして、『やだ、真鍋くん、大丈夫?』と山の上から心配してやるのに。


 急な上り坂になると、真鍋は先に歩き始めた。望は見よう見まねで真鍋の足跡を追っていく。ほんとうはもう少し歩幅が広いはずなのに、小さく刻んで歩いてくれるのが望のためだと気づいたのは、少し周りを見る余裕ができてからだ。顔の高さの枝を避けてくれたり、滑りやすいところは先に注意してくれたり。


「ね、真鍋くんさ、回復早くない? ってゆうか山登り慣れてない? もしかして山登りが趣味なの?」

「別に趣味ってほどじゃないけど、時々登ってる。人生何があるかわからないからな。山でサバイバルすることもあるかもしれないし」


 ……この人はどういう人生を想定して生きてるんだろう? 山でサバイバルすることなんて、ある?


 でもまあ私も、無人島に飛行機がクラッシュするサバイバルな海外ドラマを見て、自分だったらどうするかなと想像したことはあるし。男の子ってこういう遊びが好きなのかもしれない。


 望は気を紛らわすためのおしゃべりはやめて、山登りに集中することにした。

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