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十五夜の夜、うさぎは月に還る  作者: 上条ソフィ
十五夜の夜、うさぎは月に還る
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16. 川下り

「できれば虫食いがない葉っぱで、ぴんと張っているものがいいですね」

「わかった。持ってくる!」


 望は水を掻き分けて岸まで進むと、ダッシュでルナが指し示した方に向かった。

 一本の木がニョキっと生えている。周りの背の高い木とは異なり、目の前の木はそれほど高くはない。せいぜい二メートルほどだろうか。が、幹は太く、生えている葉っぱが異様にでかい。どれくらい大きいかというと、望が両手を広げても端から端まで掴めないくらいの大きさだ。それが何枚も重なるように、幹の上から下へと生えている。ツヤツヤの緑の葉は一センチほどの厚さで、チューリップの花弁のような形だ。


「なんか、傘みたい」

 望はクスッと笑った。


 このまま幹から引っこ抜いて傘にしたら……いや、重そうだわ。


「のんちゃーん! なるべく上のほうのやつを取ったほうがいいですよ。新しい葉っぱですから」

 川の方からルナの声がした。

「わかった! 上の方ね!」

 望は返事をすると、ぐんぐんと葉っぱを茂らせている中から良さげなものを選んだ。

「一枚いただきますね」


 望は木に声をかけると、なるべく大きい葉の茎を両手で持った。

「えい!」

 勢いをつけて力一杯引っ張ると、葉はブチっと抜けた。

「わわ」

 反動で後ろに倒れてしまう。

 無事抜けた緑の葉を見てみると、望の胸の高さまである。


 おおー!

 って感動している場合じゃなくて。


 望は急いでルナの元へ戻った。

「これでいい?」

「完璧です。では、これに乗って追いかけましょうか」


「え……これに乗るの?」

 聞いてはみたものの、まあこの流れだとそうなるよね、と望は思った。


「はい。私が先頭に乗りますから、のんちゃんは後ろに乗ってください。葉っぱの前後を掴んでしまうとバランスが崩れるので、手は両脇に添えてください。あまり強い力で掴むと葉っぱがちぎれてしまうので、気をつけてくださいね。では行きますよ」

 ルナがぴょんと緑の葉の上にジャンプした。


  望も慌てて緑の葉の上に飛び乗った。

 すぐに沈んでしまうかと思われた葉は、頑丈なのか、望の体を乗せてもゆらゆらと揺れ動くだけで沈む気配はない。


「なんかボディーボートみたいだね」

 緑の葉は川の流れに沿ってゆっくりと動き出した。


「のんちゃん、バランスが大切ですからね。前に行き過ぎても後ろに行き過ぎてもいけません。曲がる時は体重を左右に移動させますから、私が『右』『左』と言ったら、そちらに体を傾けてくださいね。ちょっと練習してみましょうか。はい、右!」


 望は恐る恐る右側に体重をかけた。緑の葉はゆっくりと右側に舵をとっていく。


「おお! すごい」

「ばっちりですね。では、バランスを元に戻して。ここからしばらく先は穏やかな川の流れですから、今のうちに慣れておきましょうね」


 ルナと望はゆっくりと川を下っていった。

 時々、ゴツゴツと出ている岩を避けながら進んでいく。最初のうちはおっかなびっくりで、自分の目の前しか見る余裕がなかった望だが、だんだんと周りの景色を楽しむことができるようになってきた。


 そよ風がなびいて望の髪の毛を撫でていく。うっすらと黄金色の水面は、光を反射してキラキラと輝いている。水中はどこまでも澄んでいる。

 よく見ると、魚が泳いでいるようだ。

「ルナ、見て、魚がいる」

「はい。ここのお魚は栄養たっぷりの蜂蜜の川で育っていますから、甘くて美味しいですよ」

「そうなの? 捕まえられるかな?」

 望が水中に手を伸ばすと、ぐらりとバランスが崩れた。


「のんちゃん! 曲がるとき以外は体を傾けてはいけません。ひっくり返りますよ!」

「ごめん! まっすぐ。まっすぐね」

 望は体勢を立て直すと、しっかり前を見つめた。

 でも緊張感も長くは続かない。この、なんともゆったりと流れる時間に、つい気が緩んでしまう。


 風がふわりと吹いて、川沿いの木から飛んできた花弁が一つ川に落ちた。


「風流ね」


 遠くから真鍋くんのものと思われる男の人の絶叫が聞こえるが、それさえなければ非常に穏やかで癒しの空間である。


 もちろん、うさぎさんのことも、真鍋くんのことも心配だ。でもルナがいれば大丈夫。そう素直に思える。

 大丈夫。だってここはうさぎの楽園だし。


 遠くから、絶叫がこだまする。

 なんだか、ゴーゴーという音も聞こえる。


 ……いや、大丈夫かな?


「真鍋くん、どうしちゃったのかな?」

「この先、川が曲がっているのが見えますか? あの先は流れが急なんですよ。だからじゃないですかね。でも大丈夫ですよ。声が聞こえるということは、水に沈んではいないということですから」


「……うん、そうだね。……え。そうか?」


 ゆっくりと体重移動をしながら大きな曲がり角を下ると、望は真鍋の絶叫の意味を実感した。急にぐいっと葉が前に引っ張られたのだ。


「え……? ひっ! ひぃぃぃぃ!」

 本当にいきなり、流れの激しいところに到達した。水しぶきがばっしゃん、ばっしゃんと頭から掛かる。ゴーっと遠くから鳴っていたのは、水の音だったらしい。急カーブの上に、急斜面。今までの倍以上のスピードを出しながら、緑の葉は川を下っていく。


 望は思わず緑の葉を握り締めた。ブチっと破れて切れてしまった。慌てて他の部分を握り直す。でも水で滑ってうまく掴めない。水しぶきで濁って、よく見えない。葉っぱに集中していると、目の前に大きな岩が迫ってきた。


「のんちゃん! 行きますよ。右! 左! 左! 右! もう少し右です! はい、ジャンプ!」


 ちょっと待って、ちょっと待って!


 目まぐるしく変わる指示に、望は頭が回りそうだ。でも考える時間はない。望はひたすらルナの指示に従って、右に左に体を動かしていく。

 ジャンプってどうするの? ていうかこの大きな岩はさすがに避けられないでしょ! ってだからジャンプなのか! ちょっと待って!


 つるりとした大きな岩に乗り上げて、望たちはぴょーんとジャンプをした。


 ばしゃん!


 そのまま水面に着地して、緑の葉はさらにスピードを上げて川を下ってゆく。

 大雨のように水しぶきが上から下から舞って、望の視界は悪い。必死で目を開けて前を見ると、ルナが後ろ足で立って前足を上に掲げている。


「こいこいこいこいこい! のんちゃん! さあ、行きますよ!」


 もう一度、岩に乗り上げて、ジャンプ!


「わはははは! あいきゃんふらーい!」

 ルナが空中で叫んだ。

 望は無言の悲鳴を上げた。


 ばっしゃん!


  大きな水しぶきを上げて、ルナと望の乗った葉は、濁流の上に降り立った。


 こっ怖かった。心臓が飛び出るんじゃないかと思った。


「のんちゃん、大丈夫ですか?」

「だ、だ、だい、大丈っぶ」

 望は何とか返事をした。


「うん、ばっちりですね」

 ……どこが?

「移動もスムーズですし」

 ……あれでスムーズなの?

「ジャンプ力も申し分ないです。このまま突き進みましょう。さすがのんちゃんですね」

 ……お褒めいただき光栄ですが……


 もうちょっとゆっくりの方が、と言いかけた望だが、まだ心臓がバクバクして言葉が出てこない。

 それに、ルナのこのキラキラとした楽しそうな雰囲気。


 望はこわばった笑いを貼り付けて、無言で頷いた。


 遠くからはまだ真鍋の叫び声がする。


  ……正確には『していた』だろうか?

 途中でぷつりと真鍋の声が聞こえなくなってしまった。


 でも、望自身、目まぐるしく変わる風景と、矢継ぎ早に飛ばされるルナからの指示に従うことに精一杯で、他に頭を回す余裕がない。


「のんちゃん」

 ルナが振り向いて真剣な声を出した。

「これから先、面舵いっぱい右に進みますからね。いいですか? 絶対にスピードを殺してはいけませんよ。勢いよく正面からぶつかっていくんです」


 ルナの真剣さに引っ張られるように、望も真剣に答えた。

「分かった。え、ちょっと待って。ぶつかって行くって何――」

 幸か不幸か、その答えはすぐに出た。


 川の先は二手に分かれていた。言われた通りに思いっきり右に体を傾けて曲がって行くと、少し先に大きな壁のような岩が見えた。ルナはそこに突き進めと言う。


「ちょっと待って、それ死んじゃうやつだから」

「大丈夫です。ここはうさぎの楽園ですから」


 そうか、それなら大丈夫……って、ちょっと待って、それって人間の安全は入っていないんじゃ?

 今更ながら望は気づいた。

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