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十五夜の夜、うさぎは月に還る  作者: 上条ソフィ
十五夜の夜、うさぎは月に還る
15/38

15. 水遊び

「よし」

 望はそう言って立ち上がると、真鍋の腕を取って引っ張り上げた。

「せっかくだから私たちも水遊びをしよう。うさぎさんもあんなに楽しそうだし」


 川遊びに戻っていったうさぎさんは、岩をぴょんぴょんと飛び跳ねて、水しぶきを上げている。

「遊ぶって言ったって蜂蜜の川なんだ。べたべたになったら困るだろう」

「いいじゃん。せっかくなんだから」


 口では嫌だと言いながら、真鍋は望におとなしく腕を引っ張られている。


「うーん、靴は脱いだほうがいいかな?」

「いや、靴は履いておいたほうがいい。川の中にどんな鋭利なものがあるかわからないから」

「でも、真鍋くんのお気に入りの靴が汚れちゃうよ? お高いんでしょう?」

 さっき、うさぎたちに靴がどれだけ高いか力説していたし、とからうように望が言うと「もうあきらめた」と真鍋は遠い目をした。


「それでは参りましょうか?」

 川水に足をつけた望は、一瞬冷たさに身振るいをしてから、ほっと息をついた。ちょっと冷たいかと思ったけど、慣れるとそうでもないみたい。


 真鍋も川に入ってきた。ルナもその後に続く。


「意外と深いんだね、この川」

「そうですね。ここは大魔女様が作ってくださった緑豊かな森ですから。水資源は豊富にあります」


 腰の高さほどまで水に浸かったところで、望は真鍋の顔にえいっと水をかけた。


「おい、何するんだよ」

「何って川遊びの定番でしょうが」


 望はもう一度手のひらで水を掬うと、真鍋にかけた。すかさず真鍋も水をかけてくる。

「ちょっと! 私そんなにかけてないのに」

「俺のほうが手がでかいからな。こればっかりはしょうがないな」

 真鍋がどやっとした顔をしている。


「わかった。そっちがその気なら、とことんやってやろうじゃないの」


 水をかけ、かけられ、岩の後ろに隠れて攻撃をかわす。

 相手が水を掬おうとしゃがんだ時には、すかさず水をかける。もちろん、頭の上にだ。


「のんちゃん。おあそびしてるの?」

 うさぎさんがぴょんぴょんと跳ねながら望の方へ来た。


「そうよ。真鍋くんにたくさん水をかけた人が勝ちっていうゲームよ。うさぎさんも遊ぶ?」

「うさぎ、あそぶ!」

「ふふ。じゃあのんちゃんと勝負よ。さあ、やっておしまいなさい」

 望はうさぎさんに見本を見せるように、手で水を掬って真鍋の腕にかけた。


 チッ。肩を狙っていたのに。


「のんちゃん、おみずいっぱいかけられるね」

 うさぎさんが「のんちゃん、すごい、すごい」と言って望の周りをぴょんぴょんと飛んだ。


「でしょう?」と望は胸を張った。


「うさぎも、おみず」

 うさぎさんはぴょんと飛ぶと水の中にぱしゃんと入っていった。それからしばらくして、風船ほどの大きさの水を抱えて、真鍋の頭の上に飛んでいくと、水をごっそりと上からかけた。


「おい、お前! それは卑怯だろう!」

 真鍋が抗議の声を上げる。全身びしょ濡れだ。


「うさぎさんすごいね。そんなこともできるんだね」

 望は思わず拍手をした。うちの子天才かもしれない。


「ここの水は普通の水より粘度がありますから、お二人も慣れれば水の玉を作れるようになりますよ」

 ルナはそう言ってぴょんと飛ぶと、ヨーヨーほどの大きさの水の玉を真鍋の顔面に投げつけた。


「ルナ、お前っ!」という真鍋の声は、盛り上がる望チームには届かない。


 望は水をすくって考えてみた。

 玉にする、ねえ。

 試しにおにぎりを握るように両手をぎゅっと合わせてみた。ぽろぽろと指の隙間から水がこぼれる。でも――

「見て!塊になった!」

 きれいなまん丸の塊にはならないが、スライムのようなどろりとしたものが望の手に残った。


「さすがのんちゃん、お上手ですね。これをもっとぎゅっと水を絞るような感じで固めていくと玉になりますよ」

「そうなの?ぎゅっと……こうかな?」


 望はさらに両手でその塊を握ってみた。すると、先ほどよりは小さくなってしまったが、ころんとした塊のようなものができた。


『おおー!』と、うさぎさん、ルナ、望は顔を見合わせた。望みはニンマリと笑った。


「真鍋くん! 私の初めて、あげる!」

「お前! 誤解を招くような発言はやめろ!」


 ふいうちの発言が効いたのか、望の初めての玉は真鍋の顔面にクリーンヒットした。

 さらっとかわされると思っていた望は、「真鍋くん、運動神経いいって実は嘘じゃないの?」と心理的ダメージを与えることにも成功した。

「のんちゃん、すごいね。たま、あたったね」

「よし、もっと頑張っちゃうぞ!」


 両手でなるべくいっぱい水をすくって絞っていく。初めから思いっきり握ってしまうと、水が手のひらからこぼれてしまうから注意だ。

 最初は優しく、寄せ合わせるように。ちょうどおにぎりを握るような感覚だ。

 手で形を整えつつ、やんわりと水が塊になる方向に寄せていく。それを繰り返すと、濃度が高くなったゼリー状になる。ここからはリズミカルにきゅきゅっと握っていく。


 完成した玉はもれなく真鍋に進呈する。もちろん投げて、だ。


 私、球技とは縁のない人生を送ってきたけど、実は才能があるんじゃ……?


 なんだかよくわからないけど、すべて真鍋の体のどこかに当たるのだ。

 当たる度に、ぱしゃりといい音がする。


「真鍋くん大丈夫? 痛い? もう少し加減する?」

「痛くない! 全然痛くない! こんなの蚊に刺されたくらいのダメージしかない! いや、むしろそよ風だ。見てろよ、今に雪だるまくらいでっけえ玉をお見舞いしてやる!」


 真鍋は必死に水をかき集めようとしているが、全く集まっていない。

 望は近くに行って、真鍋の後ろからひょいと手元を覗きこんだ。


「真鍋くんって不器用なんだね」

「そんなことはない。俺は世界で一番器用な人間だ」

「それはないでしょう。ほら、こうやってご飯粒を集めるみたいにやるんだよ。『集まれ集まれ』って幼稚園の頃、先生がやってくれなかった?」


 望は真鍋に向かい合って真鍋の両手を取ると、水をゆっくりかき集めていった。


 これはいけそうな予感。

 手が大きいから、大きな玉ができるかもしれない。


  少しずつ塊になったゼリー状の水を真鍋の両手のひらに乗せると、その上から自分の手で覆ってきゅうきゅうと握っていく。


「ほら、ここから少しずつ水が滴り落ちているのがわかるでしょう? これはね、全部落としちゃっていい水だから。残ったやつがもっと濃いお水になるんだよ。あっ、ていうか、凝縮したやつを食べたらもっと甘いのかな? ねえ真鍋くんどう思う?」

 望は真鍋の顔を見上げた。

 真鍋は何とも言えない微妙な顔をしていた。


「真鍋くん、どうしたの?」

「なんでもない。全然なんでもない。何の問題もない」

 真鍋は早口に言い切った。


 そう、と望は玉作りに集中することにした。


 きゅきゅっとリズミカルに握り込んでいくこと一分ほど。ピンポン玉くらいの水の玉ができた。


「できたね! 見て、うさぎさん、ルナ! 真鍋くんの初めての玉だよ」

「初めての、玉……?」

 真鍋は自分の手のひらの小さい玉を見つめている。


「これはもうお二人の共同作業ということでいいんじゃないでしょうかね。記念すべき初イベントですね」

「それもそうだね。手間暇かけて作りましたって感じだね。ね、真鍋くん」


「手、離せよ」

「え?」

「だから、手、離せって」


 心なしか赤い顔をしている気がするのは……まあ気のせいだよね。真鍋くんだし、これくらいで照れる要素があるとは思えない。


「うん、はいはい、ごめんごめん。はい、どうぞ」

 望は水の玉をちょんと突くと手を離した。


「それは地球には持って帰れませんよ」

「俺はそんなこと、思ってねえ。ちょっとだけポケットに入れておこうかと思っただけだ」

「真鍋くん、これお水なんだからポケットに入れておいたら濡れちゃうよ」

「そんなことくらいわかってるって」


「のんちゃーん」

 遠くからうさぎさんの声がした。

 えっと望が声がした方を見ると、下流の方にうさぎさんがどんどんと流されている。


「うさぎさん!」

「俺に任せろ!」


 真鍋は川にダイブすると、そのまま中央の深いところから下流に泳いでいってしまった。


「ええ! 真鍋くん!大丈夫なの!?」

「大丈夫だ!俺は泳ぎも得意だ!」


 あっという間にうさぎさんも真鍋も見えなくなってしまった。


「えっと……ルナ大丈夫なの?」

「どうでしょうね。地球の川とは勝手が違うと思いますよ」

「そうだよね。水だって真水じゃなくて蜂蜜の水だし……どうしよう? 岸に上がって駆けて行く? 走ったら追いつくかな?」


 オロオロする望を落ち着かせるように、ルナは冷静な声で言った。


「大丈夫ですよ。のんちゃん、あそこにある木からなるべく大きい葉っぱを一枚持ってきてください」

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