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十五夜の夜、うさぎは月に還る  作者: 上条ソフィ
十五夜の夜、うさぎは月に還る
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12. うさぎとカメ

 のんびりと歩いていくうちに開けた道に出た。


 へえ、ずっと森なわけじゃなくて、道も出来てるんだ。


 大人二人が肩を並べて歩けるほどの幅の道は、コンクリートで舗装された道路のように均一ではないが、歩くのに不自由しない程度には整っている。


 この道、どこに繋がっているんだろう?


 どこからか、ゆっくりとした声が聞こえてきた。


 うん?


 望が下を見ると、足元に置かれていたのはカメの石像だった。


 あれ?このカメ、うちの近所にあるやつと似てる。


 望のご近所のお宅の庭に置いてあるそのカメの石像は、躍動感があるというか、リアルというか。初めて見た時は本物かと思ってじっと見つめてしまったほどだ。


 その道を通るたびに、本物かな? それとも置物かな? と気にはなっていたのだ。

 でも、いくらたっても動かないから、ああ、これは石でできてるんだってやっと気がついた。

 上を向いて口を半開きにしている感じが、日向ぼっこしているカメそのものなのだ。


 このカメは本物かな?

 望がじっとその石像を見つめると、ほんのわずかながら動いてるように見えた。

 のんびりした声も、どうやらこのカメから出ているようだ。


「ね、ルナ。この子、動いてる」

「はい、動いてます」

 ルナはちらっと道路の先を見た。

 そこには、一匹のうさぎが道路のど真ん中でスヤスヤと眠っていた。

「おーいーつーいーたー」

 カメはそう言って、うさぎの横を通り抜けていった。


「これって……」

 小さい頃に読んだうさぎとカメのどっちが速いかレース?


「こうやって彼らは満月の夜に追いかけっこをしているんですよ」

「そうなんだ」


 熟睡していたうさぎが、ぱちりと目を開けた。

「ああ! この俺様を抜かすなんて、カメのやつ! これでもくらえ!」

 うさぎはぴょんと一跳ねすると、一メートルくらい先に降り立って、ゴロンと横になった。

「これで当分追いつけねえな」そう言ってあくびをすると、うさぎはまたスヤスヤと寝むり始めた。


「ええ……」

 望は思わず声を漏らした。


 カメはゆっくりと進むと、またうさぎの横を通り抜けていった。


「……もしかしてこれをずっとやってるの?満月の夜に」

「そうなんです。うさぎは基本的に自分の興味のあるものごとにしか行動を起こさないのですが、このカメとの競争は面白いらしくてですね、ここ何百年の間、ずっとやってるんですよ」


 それはまた気の長い話だわ。


「普段は地球でカメとうさぎの石像として、それぞれ別の場所に配置されています」

「もしかして、うちの近所のカメさんかな」

「そうかもしれませんね。結構いろんなところに出没するようですよ。自分がどこから来たか忘れちゃうみたいなんで」

「そうなんだ」


 だからうちの近所のカメの石像は、時々消えてるのかも。



 望たちが進むその横を、一匹のうさぎがせわしなく、鼻をヒクヒクさせながら小走りに通り過ぎて行った。

「早くしないと、早くしないと、遅れてしまう」

 うさぎは手に大きな時計を持っている。それをずっと見つめながらブツブツと独り言を言っている。


 大きな木の根元で歩みを止めたうさぎは、すぐ横にある穴の中にぴょんと入っていった。


「あれって! もしかしてこのまま一緒に中に入っていけば、不思議の国に連れてってもらえるってやつ?」

 望は目を輝かせながらルナに聞いた。


「確かに不思議の国はありますけど、やめといた方がいいですよ」

「なんで?お茶会とかしてみたい」

「あのうさぎが持っている時計を見ましたか?あれはですね、時間を無限にループさせる作用を持っているので、一旦あのうさぎと行動を共にしてしまったら、時間無限ループから一生抜けられなくなってしまうんですよ。ほら」


 ルナは道路の方に体を向けた。

 しばらくすると、少し前に消えたはずの時計を持ったうさぎがまたポンと現れて、「早くしないと、早くしないと、遅れてしまう」と言いながら望たちの脇を通り抜けていった。木の元にたどり着くと、ぴょんと穴の中に入っていく。


「……あの子はずっとあれを繰り返しているの?」

「そうなんですよ。本人としては楽しんでるみたいなんで、それはそれでよしとするということで」

「そうか……」


 個人主義が半端ないな、うさぎたち。


 望は名残り惜しそうに木の根元を見ると、ルナに誘導されて歩いていった。


「のんちゃん、うさぎちょっとつかれた。お休みする」

 先ほどから静かだったうさぎさんが望に話しかけた。


「そうか、うさぎさん、今日はずっとぴょんぴょん跳ねてるから、疲れちゃったかもしれないね。ごめんね気づいてあげられなくて。いいよ、私の手の中でお休みして」

 望はうさぎさんを手で掬い上げた。


「うさぎ、ねる」

 そう言うと、うさぎさんはパタリと望の手のひらに転がると、動かなくなった。


「……息してる?」

 望は恐る恐るうさぎさんの体を覗き込んだ。

 よく見ると、ペーパークラフトの体がわずかに上下に揺れている。スヤスヤと眠るその姿にほっとする。

「かわいいね」

 望は目を細めて、うさぎさんを見つめた。

 耳の部分にそっと触れてみる。


 うん。相変わらずの紙の質感なのになんでこんなにかわいいんだろう。


「あなたは本当にうさぎたちに好かれていますね」

「そうかな?」

 望は首をかしげた。

 確かにうさぎさんに好かれているというのはわかるけど(ここまで連れてきてくれたわけだし)、望もうさぎさんのことは好きだ。

 でも他のうさぎからは特に声をかけられることもないし、真鍋のように『体で語ろうぜ』と全力で突進されるわけでもない。


「好かれています。あなたも、そしてあの男の子も」

「男の子って。ははっ」

 望は笑った。

 ルナにとっては真鍋も男の子扱いなのか。


「生身の人間がここに降り立つのは何百年ぶりですかね。昔は時々いたんですけどね。不思議なことを不思議なまま、ありのままに捉えることができる人間が。大魔女様が作り上げて、その弟子が守ってきたこの楽園も、人間との距離はどんどん遠くなっていっています」

「それって――」

 どういうこと?と望みが先を促そうとすると、「おい」と言う低い声とともに、がしりと肩を掴まれた。


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