11. うさぎといると、のんちゃんたのしいね
そういえば、小学校の頃に山でうさぎを追いかけるっていう感じの童謡を歌ったことがあるな。
あのときは何も考えないで歌っていたけど、歌の主人公はうさぎを追いかけてどうしたのだろうか。まさか、ただ楽しむためにうさぎを追いかけたのではあるまい。きっと食用にしたり、標本にしたりしたのだろう。
親戚の家の玄関にうさぎの標本が飾ってあったことがあったっけ。子供心にちょっと怖いと思った。目がギラリとしていて、微動だにしない動物と言うのは不自然で怖いものだ。
『山でうさぎに追いかけられる』
うん、これもまたちょっと童謡っぽくていいのかもしれない。
真鍋くんがんばって。
「やめろって! このスーツ、この前新調したばっかりなんだからな! セミオーダーメイドだぞ。いくらかかったと思ってんだ! この靴だって買ったばっかりなんだ。いいか、営業は靴が命なんだぞ。靴が変だとなめられるからな。いい靴を履けって先輩に言われて、この前すげえ高い靴買ったんだからな、やめろって」
真鍋くん、うさぎたちを説き伏せようとしている……実はお茶目な人なのかもしれない。うん、きっとそうだ。
もちろんうさぎたちは聞いちゃいない。真鍋が雄弁を振る間にも突撃は止まらない。このまま追い詰められて袋叩きに……あわや真鍋……となりそうになったところで、突然、真鍋は足を止めて振り向くと、ニヒルに笑った。
「ふっ。お前ら、俺は怒った。怒ったからな。覚悟しろよ」
びしっと目の前に指を立てて宣言すると、真鍋はうさぎの方に向かって突進し始めた。
今度はうさぎたちが逃げる番だ。
『いやあ、やめてぇ!』という楽しそうな声が聞こえそうなほど、うさぎたちはぴょんぴょんと楽しそうに跳ねては、真鍋から逃げ回っている。
真鍋が手で捕まえようとすると、ぴょんと跳ねてするりと腕をくぐりぬけては、お返しだとばかりに、手にパンチをしてまた逃げていく。
「お前ら、見てろよ、学生時代にフットボールで鍛えた俺のこの俊敏さ!」
真鍋くん、フットボールやってたんだ。
この短期間に真鍋くんのいろいろな情報が増えていくな。……特に使い道もないのが残念だ。
『やめて』『待てよ』その言葉だけを聞けば、何かちょっとロマンチックな感じもしないでもない。
が、うさぎたちはたくさんいて、真鍋の顔は、必死そのもの。しかも先ほどから一匹も捕まっていない。
確か、『二兎を追うもの一兎を得ず』っていうことわざがあったよね。
「うさぎはさすがに俊敏だね」
「遊んでいる人たちはほっておいて、私達は先に進みますか」
「そうだね」
さっさと真鍋を見捨てることにした望は、ルナの後をついていった。
真鍋の様子をしばらく見ていて大丈夫だと安心したから、というのもある。
先ほどから真鍋は、うさぎを捕まえようとはしているが、飛びかかってきたうさぎに殴りかかるでもなく、立ち止まった瞬間に靴を囓りだしたうさぎを蹴りつけるわけでもない。
ご丁寧に足をそーっと上げて、これから動き出しますよ、と合図してから走り出すくらいだ。
「うさぎを傷つけない」という約束をきちんと守っているのだろう。
頑張ってね。真鍋くん。
心の中で、おざなりに応援はしておこう。
どうせ営業なんてすごい稼いでるし、ボーナスも多いんだろうから、スーツの一着や二着、ちっちゃいこと言うなよと小さくつぶやいたのをルナが耳ざとく聞きつけた。
「仲が悪いんですか?」
「いいえ、そんなことはないですわ。ほほほ。ちょっと心の声がにじみ出てしまいましたわ」
「なんのキャラなんですか?」
「そんな、キャラなんて。私はいっつもこんなですわ」
望は優雅に笑った。
ざまあってこういうことを言うのかもしれない。うん、すっきり。
「うさぎさんは真鍋くん狩りに参加しなくていいの? もしかしたら楽しいかもしれないよ」
「うさぎ、のんちゃんといっしょにいる。うさぎといると、のんちゃんたのしいね」
「うさぎさん、なんていい子なのかしら」
「うさぎ、のんちゃんすき。のんちゃん、うさぎ、だいすきだね」
「大好きだよ」
「おい! お前ら俺を置いていくつもりだろう!」
遠くで真鍋が叫んでいるが、それは聞かなかったことにする。
うさぎさん、ルナ、望は森の中を歩いていく。ついつい望が口ずさんでしまったのは、小学校の頃に歌ったうさぎの童謡だった。
「あ、ごめん」
あれはうさぎが捕まっちゃう歌だった。それをうさぎがいるところで歌うのは不謹慎だろう。
「いいえ、構いませんよ。うさぎはもともと害獣として処分される対象だったのですから。木の根を齧ったり、農作物をかじったり、人間にとっては厄介な存在だったのでしょう」
人ごとのように話すルナが悲しい。もしかしてルナが人間を嫌いなのって……
望はもう一度ごめんと謝った。
人間の都合で駆逐されて、人間の都合でペットとして愛でられることに、思うところがないわけではない。
それにヨーロッパの貴族様は、遊びの一環として野うさぎを追いかけるなんてことをしていたはずだ。
自分たちは優雅に馬に乗って、自分の飼っている犬を放って、うさぎをどんどん追い詰めて、最後は拳銃で殺すっていうスポーツじゃなかったっけ。
今のご時世にやったら、動物愛護団体が黙っていないだろうけど……
せめてここにいるうさぎたちは幸せでありますように。
そう祈ることしか望にはできない。
「そんな顔をしないでください。あなたが悲しむとこの子も悲しみます。私はうさぎたちに幸せになってもらいたいのです。それでその……もしよかったらなんですが……お願いというか……」
「何? 何でも言って」
「私も……その……のんちゃんて呼んでもいいですか?」
うつむきながらそう言ったルナの声は消えそうなほどに小さかった。
望はルナの前にしゃがみ込むと、「もちろんだよ!」と笑顔で答えた。
「のんちゃん、おともだちふえたね。のんちゃん、うれしいね」
うさぎさんがうれしそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。




