10. オモチャ認定
「十五夜といえばやっぱり月見団子だよね」
そろそろお腹が空いてきた。
望はお腹をさすった。
さっきのうさぎの丸焼きで食欲が刺激されたのかもしれない。
そういえば残業してそのままここに来たから夕食を食べ損ねたんだった。
あー月見団子が食べたい。
丸くてぷっくらしたつやつやのお団子。
焦げ目がほんのりと付いていて、甘じょっぱい醤油ダレがたっぷりとかかっているやつ。
噛むとお餅がビヨーンと伸びて、もちもちしてるやつ。
月見団子……
月見団子に思いを馳せているそばから、だんご三兄弟……ならぬうさぎ団子三姉妹がぴょんぴょんぴょんと跳ねてきた。
白い団子にはうさぎの耳と目がちょこんと描いてある。
「あれもありなの?」
「うさぎの心を持っていればすべてありです」
何とも器の深い楽園である。
空を見上げれば、うさぎの形をした風船がふわふわと浮いている。
ほんとになんでもありなんだね。
望はうんと頷いて納得した。
木の間から、バニーガールのセクシーなコスチュームを着たマネキンが、堂々とモデル歩きをしながらこちらに近づいてきた。
水着のようにぴったりとしたコスチュームで、脚は網タイツ。ヒールは十五センチくらいだろうか。おしりにはまん丸いうさぎのしっぽが付いている。
「……あれは?」
「あれは今年のハロウィンの衣装らしいですよ。確か『大人が楽しむ大人のハロウィン』がコンセプトで、お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞって飴と鞭をやるらしいですよ」
「飴と鞭……それは比喩的な何かで?」
「いいえ、物理的な方です。確か小道具も一緒に届いていたはずですけど……どこにいったかな。人間はおかしなことに楽しみを見出しますね。見ます?」
「……いえ、結構です」
バニーガールは望たちの前に来ると、真鍋の前で止まってお尻のしっぽを振りプリッと震わせた。
顔のないのっぺらぼうの顔で真鍋に流し目を送ると、これまた存在しない髪の毛を手で掻き上げてお尻をプリプリさせながら木々の方へ入っていった。
「よかったじゃん真鍋くん。誘われてるんじゃない? 行ってあげたら?」
「誰が行くか! マネキンだろうが!」
「あら。男はセクシーな服装が好きなんでしょう?」
「それは中身が入っていればだろうが。俺はコスプレ好きではない。それにああいう自信満々なタイプは飽きた」
さらっとゲス発言が出てきた。
しかも、見栄でも空想でもなく、実感がこもっているところが本当にモテる男なんだなあと思う。
「じゃあどういう子がタイプなの?」
純粋な好奇心だ。
セクシータイプと飽きるほど付き合った男は、どういうタイプにときめくのだろうか?
「おっ俺は、タイプとかそういうんじゃないけど、どっちかっていうと……」
なんだか急にごにょごにょしだした。動きが挙動不審だ。
急に乙女か。
望たちの周りには、『見て見て!』と言わんばかりにも、いろいろなうさぎが集まってきた。
人間が作った人工物だからだろうか。望たちにも動じないようだ。
「うさぎのグッズってたくさんあるんだね」
「今年は卯年だから特に多いのかもしれないな」
ゴホンと咳払いをした真鍋が尤もらしいことを言った。
「うちのうさぎさんだって、ペーパークラフトだしね。ねー、うさぎさん」
「うさぎ、のんちゃんのともだち」
真鍋が何か言いたそうな顔をして望の方を見ている。
きっと、私とうさぎさんの友情がうらやましいのだろう。
望はふふっと得意げに笑うと真鍋を見返した。
「……あのさ、さっきの」
真鍋が何かを言いかけたところで——
「いて!」
本物のうさぎが真鍋の頭に突進してきた。
「何すんだよ! あ! お前!」
足元では、別のうさぎが真鍋の足を齧っている。
「いてて、何すんだってば!」
いつの間にか、うさぎたちが真鍋と望の間をぐるりと囲んでいる。
「なんだよお前たち……ちょっと……待てって……」
キラリと一匹のうさぎの目が光ったような気がした。
真鍋が一歩後ろに下がったのを合図に、うさぎの群れが真鍋に向かって突進し始めた。
「だあああ! ちょっと! 待ってくれよ。いやあ! やめろって! いてっ!」
真鍋は全速力で森の中を駆け抜けていく。
その後ろから、うさぎたちがおもしろそうに真鍋を追いかける。
後から体当たりしたり、わざと真鍋を通り越して通せんぼしたり、横から突撃したりしている。
真鍋は運動神経が良いのだろう。体当たりされても転ぶことなく走っている。時々息を整える時には、足を噛み付かれているが。
「オモチャ認定されましたね」
ルナが淡々と言った。
「オモチャって……」
「遊びの一環ですね」
「……結構がっつりな感じするけど」
「うさぎは自分が興味があることだったら、全力でやりますからね。『うさぎは寂しいと死んでしまう』なんて言われていますが、実は猫なんかよりもっと自立精神が強くて、独立独歩なんです。むしろ構われすぎると精神が参ってしまうんですよ。一人遊び上手なんです。だから『人間のご主人様に従う』みたいな主従関係の意識はほぼないですね」
「そうなんだ」
フルフル震えるか弱いうさぎというイメージがガラガラと壊れていく。
ペットにする人が少ないというのも、この辺も関係しているのかもしれない。
望はしばらくその様子を見守ることにした。もちろん、助けに入ったりなんてことはしない。
望は運動神経が皆無なのだ。
こういうのは、ほら、若者は若者でって言うでしょう。
それと一緒で、運動神経がいい人は運動神経がいい人同士でってやつだよね。
確か真鍋はスポーツを学生時代にやっていたと聞いたことがある。
今でも運動は続けているのだろうか。動きが非常に軽やかだ。
真鍋はひょいひょいと木の枝をすり抜けて、ポコポコと出た木の根に足を取られることもなく、華麗にうさぎたちの攻撃をかわしている。
「いてっ! お前らやめろよ!」
さらに、声を出す余裕もあるようだ。
いや全くもって素晴らしいですな。
望はうなずいた。
望がもし追いかけられる立場だったら、一歩踏み出したところで、何もないところにつまずいて顔面から地面に衝突していたはずである。