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風見鶏邸のハリー  作者: 日南田 ウヲ
恋人の仇討ち
1/32

その1 『恋人の仇討ち』

(1)はじまり


 ――(…ハリー)


 黙する闇の中で名を呼ぶ誰かの声が聞こえる。それは懐かしさを含んだ湿りを帯びているが、しかし何処か真なる内に侮蔑を滲んで響いているようだと意識は感じ取った。


 ――(君は今人類の新世界においてそう呼ばれているらしいね)


 声が侮蔑を吐き捨てはっきりとした懐かしみを込めて言う。


 ――(かつて古き世界において君は輝ける名を冠した者だというのに、今では「夜魔」とも「夜風」という意味の人間の言葉で無口(ハリー)と隠語で呼ばれているようだ)


 言ってから響く声は含み笑いを漏らす。やがて笑い声の後に懐かしさは消え、冷徹な感情を含んだ黙した闇が押し寄せて来た。


 ――(銀河に輝く数多のどの星よりも光輪輝いた君は今、人類が「ガリレア」と呼んでいる地球へ魂が落ちただけでなく、その卑しくも侮蔑されるべき魂を受肉した一人の人間として、かつての同朋である僕等からも裏切り者と蔑まされながら生きている。


 はっきりとした口調に対して自分の意識の内で何かが感づいたのか肉体が反応した。それは黄金色の意識を持たせて喉を動かし、肉声となって、黙する闇へ放たれた。


「…黙れ」


 深い海底を震わすように発せられた言葉が闇を振動させた。その振動は激情を含み、闇の声主の心の内を震わしたのか、僅かな感動を含んで声が響いた。


 ――(おお、確かに聞いたぞ。その声音、黄金色に輝く声。全てを破壊して止まない傲岸さと不遜さを含む魔声…そう、それこそ君なのだ)


 感動が尾を引いて声を紡ぎ出す。まるで何かを誘い出すように、誘惑的に、いや蠱惑的に。


 ――(友よ、いや長年愛して止まない君よ、どうだ、こちらに戻ってこないか。君は我々の裏切り者ではないと僕は理解している。それは嘗ての君の副官として戦いを差配した、僕には分かるのだ。なぁ友よ。君が座るべき玉座は未だ誰も座らぬまま、君の帰りを待っている。見たまえ、あの黙したまま語らぬ闇の玉座を…


 そこで声主の大きな手が黙した闇の世界で自分に向かって伸びて来るように動いた。


 ――僕達は愛すだろう、再びこの手で君の美しい肉体を艶めいた黒髪や唇を…いや、あらゆる君の持つ全てを再び愛すのだ。何故なら君は僕等の愛して止まない不遜なる銀河の王なのだから。

 なぁ…そうだろう?

 ハリー

 いや…僕はあえて言おう、かつて君がこの銀河で呼ばれていた、あの輝かしい尊名で、

 そう…君の名は…


「黙れ…!!」


 力強く放たれた言葉は黄金色の刃となって迫りくる黒い手を切り裂き、そして同時に自分の睡魔を切り裂いた。

 切り裂かれた睡魔と共に自分は半身を起こした。起こせば滴り落ちる汗で肌が濡れているのが分かった。

 汗に濡れた肌と肉体に窓から降り注ぐ朝陽が当たっている。その肌の上を滴り落ちてゆく汗の珠に陽が映えるのが見えた。だが見えた網膜がそれを捉えたと同時に自分を呼ぶ少女の声が鼓膜に響き、慌てて窓を振り返った。


「ハリー!!いつまで寝てるのさ。ほら都の遺跡調査団がやってくるよ」


 自分を呼ぶ声、それは宿屋の娘マリーの声だった。



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