手鏡と彼女の記憶
小さな両手が私の体から離れた。視界がクルクルと回る。体をフローリングに強く叩きつけて、キラキラと舞うガラス片が周囲に降り注ぐ。天井にある照明の光がやけに眩しい、背中に衝撃が走り全身に広がる。そうか、自分は落下したのだ。全身に亀裂が広がるのを感じた。
己の役目が終わったと理解したとき、思い浮かべるのは幼い頃から一緒だった彼女のことだった。
初めて出会ったとき、彼女は小さな両手で私を握りしめ、好奇心を抑えられない表情で私を覗き込んだ。彼女との出会いで私は生まれた時から閉じ込められていた暗闇から解き放たれた。この子と共に歩むことが己の役割と理解した。
目線が高くなった彼女と私は顔を合わせる頻度が益々増えた。長時間私と睨めっこして、何度も納得いかない表情や落ち込む仕草をしたかと思えば、どこかから持ってきたアクセサリーを嬉しそうにつけて私に見せてくれた。コロコロと表情が変わる彼女は見ていて飽きなかった。
学校の制服を着るようになった彼女は毎日私と顔を合わせるようになった。時々、私と一緒に危なっかしい手つきでメイクの練習をしましたね。
少女から大人の女性という雰囲気が出てきた彼女は手際よくメイクを終わらせるようになりました。
今から5年前、彼女は顔を合わせる度に少しずつ全身がふっくらとしてきた。今後の希望と悩みを口にすることが増えた彼女を、ただ見守るしかできないことがもどかしかった。
それから数年間、彼女と私が顔を合わせる回数も以前と比べれば寂しいくらいになりました。顔を合わせた彼女はメイクも手短にすませ髪に櫛をいれるだけに留まり、いつも忙しそうです。
そして今日、彼女とよく似た小さな存在が、初めて彼女と出会ったときのように、私を小さな両手で握りしめ不思議そうな表情で私を覗き込みました。私という存在が理解できないのか、その表情は好奇心から不安へそして恐怖に変わったように思いました。その瞬間、私の体は小さな両手から滑り落ち、フローリングに体を打ち付ける。泣き声が響く中、慌てた表情の彼女が私を覗き込んだ。砕けた視界だけど最後にあなたと会えて良かった。今まで丁寧に使ってくれてありがとう。あなたの成長を見守れて良かった。私の役目はこれで終わり。
最後にわがままを言わせてもらえば、どうか、泣いている小さな女の子にも私と同じような相棒を与えてほしい。
手鏡の私を使ってくれた彼女へ最後に願いを託し暗闇に戻った。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
一人の女性の成長を見守った手鏡の物語です。
毎回書いていて様々な課題に直面するのですが、今回感じたことはタイトル決めが難しい!一目見てストンとするタイトルを考えてみたいものです。
感想をいただけると嬉しいです。