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魔物、ルシアの恋

とある日の休日の昼間、フローラはメイドのサラと一緒に、服の整理をしていた。小部屋に200着はあるという服やドレス。おしゃれな帽子やストール。アクセサリー。

フローラは物持ちなのだ。


ソフィアにバザー用に服を寄付すると約束したので、その服を箱に詰める為の整理である。

フローラは服を手に取って。


「このワンピースはあまり着ていないし、白に赤い花柄がついていて、とても喜ばれると思うの。寄付しちゃおうかしら。それとも、ううん。可愛いし、寄付はもったいないかしら。」


サラが呆れて。

「お嬢様。あまり吟味していると日が暮れてしまいますよ。買ったけれど、気に入らなくてあまり着なかったなぁっていうのを選ばれると良いですわ。どうせ、また、着ることなんてないんですから。」


「そ、そうよね。」

それでも、吟味してしまう。まだ着る機会があるんじゃないかって…一着一着考え込んでしまう。

5着位、箱に入れた後に、フローラはサラに向かって。

「お茶にしましょう。甘いものを食べてから改めて選ぶわ。」

サラも頷いて。

「かしこまりました。それではお茶の支度をしますので、お部屋でお待ち下さい。」


部屋で待っていると、サラが香りのよい紅茶と、チョコレートのケーキを持ってきてくれた。

ソファに座ってのんびりと紅茶を飲み、ケーキを楽しむ。

フローラは一息ついたので、立ち上がり、小部屋に向かえば、そこで驚くべき光景を目にした。



ルシアが、あの花柄のワンピースを着て、小部屋の中にある大鏡の前に立っていたからである。

ルシアとは、フローラの護衛で、歳はフローラと同じくらいの16歳、いつもはズボンを履き男の格好をし、黒髪のくせ毛を短くしている、おしゃれっけの無い少女である。護衛だから動きやすい恰好をする必要もあるわけだが。


フローラがなんて声をかけていいか困っていると、後から来たサラが、ルシアに向かって。

「ルシアっ。何て事を。フローラ様、申し訳ございませんっ。どうかどうかルシアをお許しを。」

サラが慌てて頭を下げる。


ルシアも青くなって。

「も、申し訳ございませんっ。お嬢様の物を勝手に…」

地に手をついて土下座をする。

サラはフローラと同じ、魔族である。しかし、ルシアは魔物と人間の混血であった。

魔物は魔族に取って奴隷のような存在である。

だから、ルシアの立場は非常に弱い物があった。


サラなら多少、フローラに強い物言いもすることが出来るが、ルシアが逆らえば、殺されても文句は言えないのである。

フローラはルシアに向かって優しく。

「ルシアも年頃の女の子ですもの…。貴方は他の使用人と違い、お給金も貰えないし、お休みも無いのに良く尽くしてくれて。私は感謝しているのよ。だから、このワンピースは貴方にあげるわ。」

「お嬢様…。あ、有難うございます。」


ルシアは泣いて礼を言う。

サラもほっと胸を撫でおろして。

「他の魔族がご主人様だったら、殺されても文句言えない所よ。ルシア。お嬢様の優しさに感謝しなさい。」

フローラはふと。

「でも、貴方がお洒落がしたいなんて…もしかして恋でもしたのかしら。ルシア。」

からかい気味にいうと、ルシアは真っ赤になる。


サラが心配そうに。

「ルシアは純情ですから…ちょっと心配ですわ。」

フローラがにっこり笑って。

「二人とも私の部屋へいらっしゃい。じっくりとルシアの恋の話を聞こうじゃないの。

ルシア、命令です。貴方の恋のお話、聞かせなさい。」


フローラの命令には逆らう事は許されない。ルシアはとまどいながらも。

「解りました。お嬢様。」

改めて、サラが紅茶を淹れてフローラの前に置く。

フローラは紅茶を啜ってから、ルシアに話をするように促した。


ルシアは俯きながらぽつりぽつりと話始めた。

「私は、毎朝、身体を鍛える為に、公園に行って走っています。少し前の事ですが、一人の青年に会いました。その方は品が良く自分は貴族だと言っておりました。

一緒に走ったり、時には剣の練習をしたり、いつの間にか仲良く交流することになって。

その人、言うんです。

ルシア、君がドレスを着たら素敵だろうな…。一緒に、ダンスを踊りたい。って。

キスもしてくださいました。私…彼と会いたい。一緒にダンスを踊りたい。

解っています…。望んじゃいけないことだって。解っています。解っているんです。」


ルシアはぽろぽろと涙を流して泣きだした。

サラが優しく。

「で?その貴族のお兄さんは名前を教えてくれたの?」

ルシアは首を振る。

サラはため息をついて。

「遊ばれておりますよね。これは…」

フローラも深く頷いて。

「そうよね。誰よっーー。ルシアをからかった男はっ。捕まえてギチョンギチョンにしてやるわ。」


サラが慌てて。

「公爵令嬢がギチョンギチョンだなんておっしゃってはいけません。お嬢様。」

「おほほほほ。そうよね…。そうだわ。そいつが若い男なら明日のフィリップ殿下主催のパーティに来るかもしれない。」

フローラはルシアに向かって。

「貴方も私と一緒に出なさい。そのパーティに。」

「え?私なんかが一緒に出てよろしいのですか?」

「勿論よ。その貴族の男に会って、貴方の望みをかなえなさい。どうしよもない男だったとしても、貴方の恋心に決着がつくわ。」

「あの方は優しい方です。とても優しかった…。」

泣くルシアにサラが。

「優しい誠意のある男が名前を教えない訳ないでしょ。ルシア。目を覚ましなさい。」

フローラがこぶしを握り締めて。

「さぁ、燃えてきたわ。明日、その男を成敗しましょう。」


そしてパーティ当日。

王宮で開かれるパーティはフィリップ殿下主催で、学園に通う学生は強制参加。その他に若い貴族達の出会いの場として催される華やかな物だった。

薄桃色のふわりとしたドレスに金髪の髪をアップにしたフローラが、友達の真紅のドレスを着たマギーと共に現れる。その後ろから紺の大人っぽいドレスを着て、巻いた着け毛を付けてルシアが入って来た。

マギーに声をかけて来た男性が居た。


「マギー・エスタル嬢、俺はギルバート・コンソル、コンソル伯爵の子息です。ダンスのお相手をお願いしたいのですが。」

マギーは頬を赤く染めて頷いて。

「わたくしでよければ…。」

二人はフロアに出て、華麗にダンスを踊り始めた。


クロード・ラッセルとカイル・セバスティーノが正装をしてやってきて。

クロードがフローラに挨拶をする。

「よお。フローラ。ごきげんよう。」

「あら、クロード。こんばんは。」

クロードとフローラ、カイルは同じテーブル席に着き、御馳走を食べ始めた。

フローラが焼き菓子を優雅に指先で持って、口に運びながら。

「クロードと一緒に踊って欲しいだけど…お姉様に殺されるのは嫌ですし…」


クロードも茶を飲みながら。

「俺も、アイリーンに首を絞められたくないし…」

カイルはごちそうをバクバクと口に運んでいる。

ルシアは貴族の男を探しに行ったようだ。

ふと視線をやれば、王弟殿下の娘の、マリアンヌ・マディニアが数人の令嬢達と共に広間に入ってきた。そこへ貴族の子息達が我先にとマリアンヌに群がる。


「マリアンヌ様、ごきげんよう。私はミンヌ伯爵子息、ジュールと申します。」

「ぜひとも。私と一曲如何。カロランヌ公爵子息、ジョパンニ、お見知りおきを。」

マリアンヌは真っ白なフリルと煌めく宝石の沢山ついた豪華なドレスをまとい、扇で口元を隠し微笑みながら。

「皆様…お誘いとても嬉しく存じます。」


フローラは悔しそうに。

「きいいいいっーー。マリアンヌ様はなんてモテるんでしょう。」

クロードが宥めるように。

「まぁまぁ。フリーになったマリアンヌ様なら、皆、チャンスとばかり群がるだろうよ。」

カイルがバクバクと芋を食べながら。

「悪名高いですから。フローラ様は。」

「悪名高いですってっ。まぁ否定しないけど。あーー。もう誰か一人位、誘ってよ。」

むくれるフローラ。

クロードは笑って。

「騎士団長の婚約者なんて誰も怖くて手が出せないよな。」

「いまだにデートもした事ないのよーー。どうなっているのかしら。私もお芋食べるわ。」

カイルと共に芋を食べるフローラ。

「ほっておかれているのかい?騎士団長忙しいからなぁ。」

クロードも芋にかぶりつく。


その時である。

叫び声がした。

「お前なんぞ知らん。」

「お前がドレス姿が見たいというから、私はドレスを着てきた。私の事を好きだと言ったではないか。」

何やら男女が揉めている。


フローラが男の方を見やり。

「あいつね。ルシアをからかった男は。」

クロードが男の顔を確認し。

「ジャック・アイルノーツ、公爵子息だ。俺と一緒の騎士団見習の男だ。」

カイルがふと思い出したように。

「アイルノーツ公爵ってさ。王妃様のお兄さんだよな。揉め事はマズイんじゃないの?」

フローラが聞いていないと言うように、つかつかとジャックに近寄ると思いっきりその頬を平手打ちした。


パーンと小気味よい音が会場に響く。

ジャックがフローラを睨みつけて。

「何をする。」

フローラは怒りで震えながら。

「そちらこそ、ルシアを弄んで。ルシアは私の大切な護衛よ。許さない。」

二人は睨み合う。


ルシアはジャックに。

「本当に私の事は知らないのか。」

「知らん。俺が興味があるのは、出世だけだ。お前みたいな平民の女なぞ知らん。」

男の言葉にルシアは身をひるがえして走り出した。

「ルシアっ。」

フローラが慌てて追う。


控室にルシアが飛び込む。

中で待っていたサラが驚いた。

「どうしたの?ルシア。」

「私の事を知らないって…あの男は知らないって…」


ルシアの身体が膨らんでいく。

肌の色が緑色に代わり、美しいドレスも破れてどんどんと巨大化していく。

顔がトカゲのように尖り、上を向いてルシアは吠えた。


「グオオオオオオっーー。」


部屋に飛び込んできたフローラが叫ぶ。

「サラっ。結界をっ。ルシアっ。落ち着いて。」

ルシアに飛びつくも、その太い腕で振り払われる。


「フローラ様っ。」

サラが叫ぶ。そこへクロードが部屋に飛び込んできた。

二人は魔族の姿になり、共に結界を張る。


巨大なトカゲのような化け物に変化したルシアが吠える。

部屋の物を破壊し始めた。口から炎を吐き始める。

結界がミシミシと音を立てる。外へこの破壊の力を及ばせてはいけない。


この部屋で納めなくては。

下手をすれば宮殿が吹っ飛んでしまう。多数の死傷者が出るだろう。

クロードが結界を強めながら。

「くそっ。なんて力だ。」

サラも結界を強めて。

「フローラ様っ。大丈夫ですか。」

フローラは燃え盛る炎の中、立ち上がり、魔族である角の生えた姿に変化する。


「私は大丈夫。ルシア。第二魔王が妹、フローラ・フォルダンが命じる。

その怒りを収めなさい。私が全て受け止める。」


両手を広げ、ルシアにフローラは近づく。

ふわりと春風のような暖かい風が、ルシアを包み込む。

花びらが空から降ってきて、ルシアはおとなしくなり、涙を流しながら人の姿になってそのまま倒れこんだ。

フローラは裸のルシアを優しく抱きしめる。


クロードが両手を組んで。

「精霊たちよ。この部屋の破壊された物を、元ある状態に戻したまえ。」

キラキラと輝いて、部屋は何事もなかったかのように元の状態に戻った。


ルシアの着ていた破れたドレスもそのままルシアの身にまといつき元に戻る。

サラが人の姿に戻ると、ぺたりと座り込んで。

「外に漏れなかったでしょうか…」


クロードも人の姿に戻り、扉を開けて廊下を確認し。

「大丈夫なようだ。異常があれば、騎士団がすっとんでくるからな。」

フローラはルシアをそっと寝かせて。


「もう一度、あの男に話をしてくるわ。サラ、ルシアをお願い。」

「かしこまりました。」

フローラとクロードが広間に戻ると、ジャックはマリアンヌとダンスを踊っていた。

ダンスが終わるのを待って、マリアンヌをエスコートして戻ってくるジャックに声をかける。


「話は終わっていませんわ。」

「俺の方は終わっている。」


マリアンヌがチラリとフローラを見やり。

「揉め事?いやねぇ…これだから泥棒猫は…」

「泥棒猫とは何よ。」

「泥棒猫だから泥棒猫って言ったまでよ。」

また二人で取っ組み合いが始まったらたまらない。


フィリップ殿下と居たらしいソフィアが近寄ってきて。

「フローラ様。ここで騒ぎはマズイですわ。」

フィリップ殿下も両腕を組んでフローラを睨みながら。

「私が主催のパーティで騒ぎはやめてもらおうか。フォルダン公爵令嬢。」


フローラはドレスの裾を両手で摘み、あでやかに頭を下げて。

「申し訳ございません。フィリップ殿下。」

マリアンヌも同じくあでやかに礼を取り。

「失礼しましたわ。フィリップ殿下。」

二人はフンと顔を背けて、その場を離れた。


それからしばらくしてパーティはお開きになり、帰り支度をしていると、廊下でジャックをフローラは見かけた。

「ジャック様。ルシアにした仕打ち、どうしてくれるんです?」

しつこく問い詰めれば。

ジャックは肩を竦めて。

「謝れば気がすむのか?」

「ルシアに謝って下さい。」

「俺が平民に頭を下げろと。」

公爵の子息だ。プライドもあるはずだ。


フローラの後ろにルシアが立っていた。

ジャックは頭を下げて。

「お前に対する気持ちは本物だ。だが、俺は貴族だ。平民として生きるすべを知らない。

許してくれ。俺の生きるすべは貴族として出世することだ。」

「ずるい…。初めての恋だったのに…。その言い方はずるい。でも、私のような立場の者でも夢を見ることが出来た。有難う。ジャック。ああ、やっとお前の名前が呼べた。」


そう言うとルシアは背を向けて走り去った。

クロードがポツリと。

「切ないな…」

フローラも頷いて。

「疲れたわ。帰りましょう。」

なんとも言えない切ない気持ちを抱え、フローラはサラとルシアと共に馬車で屋敷に向かった。

そして思った。


父、フォルダン公爵は反対すると思うけれども、ルシアに他の使用人と同じように休みをあげるようにしよう。お給金を出してあげようって。

人間と仲良くすることも大事だけど、その前にやる事があるのではないかと…。

馬車の外は真っ暗…いつの間にか疲れからフローラは眠ってしまったのであった。


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