第5魔王の婚姻式(クロードサイド)
今日も騎士見習い達は早朝からじっくりとしごかれる。
見習い達の面倒を見てくれているのが、副団長のゴイル・シャルマンだ。
見かけは髭を蓄えた中年の大男だが、どうも歳は30歳ぐらいらしい。
老けて見られるのを本人は気にしているようだ。
「おら、気合入れて走れ走れ。今日は体力作りだ。しっかりやれ。」
宮廷の庭を皆、走らされる。
太めの男、カイル・セバスティーノがふうふう言いながら。
「結構、この身体にゃきついよなぁ。」
そばかすの目立つ、金髪の優男、ギルバート・コンソルがカイルの背を押してやりながら。
「頑張れ頑張れ。副団長にどやされるぞ。」
クロードも、カイルの手を引っ張ってやり。
「ここで挫けたら、正騎士になれないぞ。」
その時、ゴイル副団長が3人に向かって。
「ごらーーっ。そこ何ふざけてるっ。遊びじゃないぞ。」
慌てて、3人は真面目に走り出す。
さんざん走った後、寮に戻り、食堂でがつがつと今日も朝食を食べる。
パンはお代わりし放題、スープに朝から骨付き肉だ。
クロードがパンをほおばって珈琲で流し込み。
「しっかり食べておかないと。」
カイルが両手でパンを持ち、モグモグしながら。
「もたないよなぁ。」
ギルバートも骨付き肉にかぶりつき。
「騎士ってこんなにきついとは思わなかった。」
朝食を食べ終わった後も、腹筋や腕立て伏せなど、たっぷりしごかれて。
騎士見習い20人達はフラフラだった。
午後からは今日は一般常識の授業を徹底的に仕込まれた。
疲れが出て居眠りをしようものなら、ゴイル副団長の怒声が飛んでくる。
「そこ、寝るんじゃねーーーーー。」
うつらうつらしていたギルバートがはっと目を覚ます。
クロードとカイルは必死に眠気をこらえていたが、ギルバートが怒られているのに目が覚めたのであった。
やっと夕食の時間になったと思ったら、今日は外に出て、食事処で皆の騎士見習い歓迎会をゴイル副団長がやってくれるという。
小さな食堂で4人ずつ席につく事になり、自然とクロードはカイルとギルバートと共に席についた。
そこへ黒髪の背の高い男が。
「俺はジャック・アイルノーツ。同席していいか?」
クロードが。
「どうぞどうぞ。」
ジャックと名乗った男が隣に座る。
副団長が一人別席に座り。
「俺は後で各席に回るからな。皆、好きなだけ食え。20歳を過ぎている奴は飲め。
金は俺のおごりと言いたいところだが、経費で出る。遠慮するな。」
「いただきまーす。」
「ありがとうございまーす。」
騎士見習い達が各々、礼を言う。
山盛りの芋のふかしたものに、山盛りの肉の唐揚げ、腹を減らした男たちががつがつと食べる。クロードやギルバート、カイルは18歳なので、冷えた茶を飲みながら食事をしていた。
ジャックが、3人に。
「君達、身分はなんなんだ。俺はアイルノーツ公爵の息子だ。」
「俺はギルバート・コンソル、コンソル伯爵の三男だ。」
「俺はカイル・セバスティーノ。セバスティーノ男爵の次男だ。」
皆が紹介する中。
クロードは。
「俺はクロード・ラッセル。公爵とかの貴族の息子じゃない。」
ジャックが馬鹿にしたように。
「何だ。平民か。平民でも紹介があれば入れるんだったなぁ。」
カイルが怒って。
「クロードは俺達の友達だ。」
ギルバートも不機嫌に。
「そうだそうだ。クロードは俺達の大事な友達だ。平民で悪いか。」
クロードは涙が出る程嬉しかった。魔界では第一魔国の魔王の弟という立場だが、
人間の国では爵位とかない。
「お前らいい奴らだなぁ。」
カイルもギルバートもニコニコして。
カイルが。
「一緒に、近衛騎士目指すんだもんな。」
ギルバートも頷いて。
「近衛騎士になって、金持ちになるんだ。」
ジャックがフンっと鼻で更に馬鹿にしたように。
「お前らガキだな。」
酒をぐいっと煽る。そこへゴイル副団長が酒のグラスを片手にやってきて。
「お前ら、食っているかっ。」
4人ともにこやかに。
「はいっーー。食べてまーす。」
「ごちそう様でーす。」
ゴイル副団長はにこやかに。
「若いうちは食え食え。そして、学べ。お前らが全員、正式に騎士団入隊になるよう俺はしごくからな。」
クロードがひときわ高い声で。
「よろしくお願いしまーす。」
他の3人も続けて。
「よろしくお願いしまーす。」
と叫ぶ。
ゴイル副団長が他の席に行ってしまうと、ジャックが。
「それはそうと、ゴイル副団長の妹って、魔族と駆け落ちしたんだってな。そして行方不明。魔族が憎いだろうに、ローゼン騎士団長は魔族の娘と婚約だとさ。」
クロードは飲んでいた茶を噴き出して。
「魔族の娘??」
「知らんのか?フローラ・フォルダン公爵令嬢。マリアンヌ・マディニア様から奪い取ったらしいぞ。」
クロードは内心思った。
フローラっていい子だけど、我儘なんだよなぁ…よりによってローゼン騎士団長と婚約とは。
ギルバートがモグモグ肉を食べながら。
「それじゃ団長と副団長は険悪って訳か?」
カイルもジャガイモをふうふういって食べながら。
「貴族の世界もいろいろと、都合があるよな。芋、美味い。」
クロードがふと、ジャックに。
「その駆け落ちした副団長の娘って名前は?」
その時、背後からゴイル副団長が。
「ナターシャだ。幼い時からオムツ替えを俺がして、可愛がってきた妹なのに、婚約者だって、家柄の釣り合いの取れた婚約者を決めてあったんだ。1年前に魔族が好きになったからってそれっきり。うおおおおおおっーー。ナターシャっーーーー。」
これって今度の日曜日に結婚式をあげる第5魔国の魔王の嫁が確か、ナターシャじゃなかったか??
クロードは、すくっと立ち上がると、ゴイル副団長に。
「話があります。ちょっと外まで。副団長。」
外に出ると、ゴイル副団長にクロードは。
「妹さんに会いたいですか?」
「ああっーー。ナターシャ。会いたいっ。今、どうしているのだっ。」
「だったら、今度の日曜日に会わせてあげてもよいですが…」
「なんだとぉっ。奴は魔族と駆け落ちしたんだぞ。」
クロードはゴイル副団長を見上げて。
「条件があります。お連れするのは魔族の婚姻式。ゴイル副団長は魔族に変装してもらいます。人間に偏見を持つ魔族も多いので。」
驚いて言葉を失うゴイル副団長にクロードは言葉を続ける。
「俺の傍を離れない事。そして、式場で暴れない事。妹さんの幸せを思うのなら。
それを守って下さるのなら婚姻式にお連れしましょう。
「ううううむ。解った。妹をたぶらかした魔族は憎いが…ナターシャに会えるのなら、約束を守ろう。」
クロードは思った。
自分が魔族と副団長に知られたくなかったが、ローゼン騎士団長にも魔族と疑われていることだし、妹さんに会わせてやりたい。この選択に後悔はないと。
それから日曜日が来て、第5魔王の婚姻式の日が来た。
第1~第4魔国は第5魔国の近隣の魔国だが、第6~遠方の魔国からも王族が参列した。
他にも高位魔族があちこちの国から招待されて、200人ほどの参列者が集まった。
その中に、頭に角を生やし黒衣を来て、胸に勲章をいくつかぶら下げてマントを羽織ったクロードと、魔族に変装をし、同じく黒衣を着たゴイル副団長がやってきた。
黒のドレス姿の第2魔国の魔王アイリーンと、第1魔国の魔王サルダーニャとその夫の逞しき大男ゾイドリンゲン将軍がやってくる。
アイリーンがちらりとゴイル副団長を見やり。
「何よ、このいかにもムサイ男…」
サルダーニャも扇で口元を隠してクロードに小声で。
「何故、人間を連れ込んだ?」
クロードが二人に向かって。
「ちょっと訳が。妹さんの婚姻式を見せてやりたくて、ね…。二人とも協力してくれよ。」
アイリーンが肩を竦めて。
「仕方ないわね。」
サルダーニャも。
「ばれないようにしなさいよ。協力はするけども。弟よ。」
ゾイドリンゲンがもっそりと。
「俺に任せておけ。そこのムサイの。くれぐれも迷惑をかけるでないぞ。」
ゴイル副団長は魔族に囲まれて緊張しているようだった。
いつもの威勢はどこにいったのか。
「お、おう…よろしく頼む…」
魔法で変装はしてあって、王族位、魔力が高くないとばれないとは思うのだが。
他の国の王族も、このめでたい婚姻式で余計な騒ぎは起こさないだろうと思うし。
その時である。
曲が高らかに鳴って、花婿と花嫁が入場してきた。
長い黒髪の美しき第5魔国の魔王に連れられて出てきたのは、薄い茶色い髪の目のくりっとした背の低い女性。ナターシャが宝石を沢山あしらった黒のベールと長いドレスの裾をひきずってゆっくりと歩いて来る。
ゴイル副団長が思わず、一歩そちらへ踏み出そうとしていた。
クロードはその肩を掴んで振り向いたゴイル副団長に首を振る。
ナターシャはゴイル副団長に気が付いたようだ。
大きな目を更に見開いて、信じられないというように…そしてその後に涙をぽろぽろと流して座り込んでしまった。
ゴイル副団長が駆け出してナターシャに近寄る。
ナターシャが泣きながらゴイル副団長にしがみつき。
「お兄様っ。お兄様っ…お会いしたかった。」
「ナターシャ。俺もだ。」
ぎゅっとナターシャをゴイル副団長は抱きしめる。
周りの魔族達の視線を感じる。
「人間がいるのか?人間の花嫁は珍しいとは思っていたが、客にも紛れていたのか?」
「人間だっ。人間がいるぞ。」
魔族達が騒ぎだす。
クロードはマズイと思った。
その時である。第5魔族の魔王、名はロッドが。
「この者は私が招待した。花嫁の身内を招待しないのは無礼であろう。」
そしてゴイル副団長に向かって。
「駆け落ちと言う形をとったのは申し訳なく思っている。私は…どうしよもなく、ナターシャに惹かれていた。だがナターシャには婚約者がいた。だから駆け落ちするしかなかった。許して欲しい。」
ゴイル副団長はナターシャに向かって。
「お前は幸せか?」
ナターシャは頷いて。
「好きなロッド様と結ばれて、そしてお兄様にもこうしてお会いできてナターシャは幸せ者です。」
「それならいい。幸せになれよ。」
そしてロッドに向かい。
「ナターシャをよろしくお願いします。」
頭を下げて、ナターシャの手をロッドの手に握らせる。
ロッドは頷いて。そして婚姻式は続行された。
魔族の婚姻式は皆でダンスを踊って祝う風習がある。
クロードもアイリーンと練習をしたダンスを披露した。同じフロアには花嫁と花婿、そして、ゾイドリンゲン将軍とサルダーニャ他、王族達がダンスを披露している。
皆、軽やかにステップを踏み、高位魔族達をうならせた。
「さすが、魔王様達、なんというダンス。」
「素敵ですわ。見習いたいですわね。」
数組の王族達のダンスが終われば、次は高位魔族達のダンスである。
大勢の高位魔族達が躍っている。皆、黒の正装やドレスであるが、身につけた宝石がキラキラ輝いて綺麗だった。
クロードがアイリーンとくつろいでいると、ゴイル副団長がクロードに。
「お前には借りが出来ちまったな。有難う。クロード。」
「いえ、いつも鍛えて貰っている礼です。これからもよろしくお願いします。」
「って、お前、王族なんだろう。魔王の弟だって。何故、騎士団に??」
ゴイル副団長の問いに
「人と言うものを見極める為だったんだけど。魔族と変わらないかな…。いい奴はいい奴だし。俺は騎士団でゴイル副団長やギルバート、カイルに出会った事、凄く良かったと思っています。」
クロードの答えにゴイル副団長はしみじみ頷いて。
「これからも鍛えまくるからな。」
「はいっ。よろしくお願いします。」
アイリーンが呆れたように。
「当分、私と結婚してくれなさそうね…クロード。」
クロードは慌てて。
「ごめん。アイリーンっ。」
「いいのよ。愛しのクロード。」
アイリーンが口づけをしてきた。それを間近で見ているゴイル副団長の視線がなんかこう恥ずかしかった。
こうして第5魔王の婚姻式は無事、終わったのであった。