勇者ユリシーズの日常(ユリシーズ)
ユリシーズは、忙しかった。
鎮魂祭で、聖女リーゼティリアが乗る木製の台の制作に他の大工達と関わる事になったのだ。木の台と言っても、それなりに広さは必要で、簡単な聖女様の紋章の彫りもしなくてはならない。
元々、ユリシーズの父親は大工だった。ユリシーズも父の手伝いをして大工仕事をよくしていたのである。
だから、手伝いたいとディオン皇太子に頼んだ。
ただ、身体を鍛える事も今は大切で、午前中に騎士団見習い達と、グリザスの指導の元、鍛錬をし、午後からミリオンの転移魔法で国境へ向かい、他の大工達に交じって、台の作成を手伝うスケジュールにしたのである。
ちょっと早起きをしたので、時間前に王宮の庭へ行ってみれば、
指導官の黒騎士の死霊グリザスが、ジュエル帝国から、匿われている勇者ファルギリオンであり、第三皇子のファルナードと模造剣で手合わせをしていた。
凄い勢いでぶつかる二人。
すさまじい速さで、打ち合っている。
ミリオンが両腕を組んでそれを見ていて、ユリシーズに気が付くと。
「よぉ。ユリシーズ。グリザスが特別訓練をファルナードに頼んだんだ。
ほら、グリザスは指導官だから、騎士団見習い達を見なければならないだろう?
だから、早朝だってさ。あれで、ファルナードは手加減しているらしい。信じられるか?
あのグリザスだぞ。俺とディオン二人を相手に剣舞をした男だ。凄いな…」
ユリシーズも二人の凄まじい打ち合いに、見とれてしまって。
「俺もやりたいけど、そうだ。ミリオン。俺とやろうよ。」
「ええ?まぁいいけどさ。模造剣って俺にとって小さいんだよな。」
箱に差してある模造剣の一つを手に取って、ミリオンはぼやく。
ユリシーズも模造剣の一つを取り、
二人は互いの剣を構える。
お互いに激しく打ち合う。
ミリオンがユリシーズに向かって。
「ほほう…いい腕だ。俺と互角とは…」
「うん。これでも勇者だからね…」
さんざん打ち合っていると、クロード達、見習いが、集まって来た。
剣技の授業の時間である。
グリザスはファルナードとの打ち合いをやめて、
騎士団見習い達に紹介した。
「ジュエル帝国、勇者ファルギリオンであり、第三皇子ファルナード殿下だ。
今日から参加する事になった。ただ、お前達の技量ではまだ、お相手するのは、象がアリを相手してしまう事になる。俺でも手加減して貰っている位の腕だ。したがって、ファルナード殿下にお相手して貰うのは、ユリシーズ、クロード、ジャックの3名にする。」
ジャック・アイルノーツが嬉しそうに、ファルナードに向かって頭を下げる。
「勇者ファルギリオンにお相手して頂けるとは光栄です。よろしくお願いします。」
クロードも同じく頭を下げて。
「俺も、とても光栄に思っています。よろしくお願いします。」
ユリシーズもファルナードに向かってぺこっと頭を下げる。
「鍛えて下さい。よろしくお願いします。」
ファルナードは嬉しそうに頷いて。
「俺の方こそよろしく頼む。」
まずはユリシーズが相手をしてもらった。
思いっきり踏み込んで、模造剣で攻撃する。
軽くはじき返される。
再び、隙を見て突いたつもりが、あっさりと交わされた。
「うわっ。さすがっ。ファルギリオン。叶わないよ。」
「今度は受けてやる。しっかりと攻撃してこい。」
ファルナードと打ち合う。なんて楽しいんだ。
心がワクワクするっ…。
さんざん打ち合った後、ファルナードに剣を弾かれて、宙を舞って地面に突き刺さる。
ユリシーズは頭を下げて、
「有難うございます。楽しかったです。」
「楽しいでは困るな。もっと真剣に取り組んで貰わないと。」
ファルナードに苦言を言われた。
身体を動かす事は本当に楽しく、剣技の授業は大好きだ。
いつもなら、午後からアイリーンに一般常識や色々と教わるのだが、
その時間も幸せで。ふと、昨日の勉強時間を思い出す。
アイリーンは優しく微笑みながら、
「ユリシーズ、大分字が上手くなったわね…とても綺麗に書けているわ。
そう、手紙がしっかりと書けることは貴族の交流に大事だから。」
「そうなんだ。字は練習したからね。」
チラっとアイリーンを見れば、午後の日差しに照らされてとても綺麗で。
「ねぇ…アイリーン。キスしていい?」
「あら…キスしたいの?」
「うん…俺、キスしたい。」
何だか初々しいカップルみたいで、ドキドキする。
チュっとその赤く綺麗な唇にキスを落とせば、アイリーンが恥ずかしそうに頬を染めて。
「昼間から、もう…。ユリシーズったら。」
剣技の授業中なのに、ついつい、昨日のキスを思い出してしまった。
「ユリシーズっ。次は俺と相手を…」
クロードに話しかけられて我に返る。
そういえば、クロードとは変な縁だな…。アイリーンの婚約破棄をこの男がしなければ、
自分はアイリーンと婚約できなかったんだから。
クロードに言われる。
「今、他の事を考えていたでしょ。」
「え?解るの?」
「解る解る。なんだかすごくニマニマしてたよ。」
「昨日の午後の、アイリーンとキスした事、思い出しちゃって…幸せな時間だったなと…」
「それは良かった。ユリシーズの事、心配してたんだ。でも、仲良くやっているようだし…安心だね。」
「う、うん…。夜はその…慣れないけどね。」
クロードはユリシーズが言った言葉に、困ったように。
「何て返事を返せばいいんだろう。ううううん。困っちゃうよね。」
ミリオンが近くに居て、聞いていたらしく。
「何だ?夜の相談か?人間は大変だよな…。魔族が相手だと苦労すると思う。
ディオンも、ローゼンも、グリザスも、被害者なんじゃないのか?」
ユリシーズはため息をついて。
「覚悟の上で、傍にいるんだけど…アイリーンの事、大好きだし、子供も産まれるし…」
クロードがミリオンに。
「グリザスさんの事、被害者だなんて…。そりゃ、色々としたけどさ。魂の分割しちゃったし…俺と命が繋がってしまっているし…。グリザスさん、迷惑だったのかな。」
ユリシーズは慌てて。
「そんな事ないと思うよ。だって、幸せそうだもん。俺から見たって、グリザスさん。
俺も、アイリーンと一緒に暮らせて、婚約者になれて幸せだから。ディオン皇太子殿下も、
ローゼン騎士団長も幸せだと思う。」
ミリオンが空を見上げながら。
「いつか、魔族は人間界から、いなくなるような気がしてならねぇんだよな。
マディニア王国みたいな国はマレだと思うぜ。
人間だって欲があるし、支配したいって思うだろう?
だから戦争がある。
だが、今は、人間との共存を楽しむとしようか。」
ミリオンの言葉を聞いて、ユリシーズは悲しく思った。
「俺、アイリーンと出会った事、後悔していないし、クロードとミリオンの事、いい友達だと思ってる。それだけは信じてくれ。もし、皆、失ってしまったら…。」
ジャックの相手をしていた、ファルナードが3人に向かって。
「おい、無駄口叩く暇があったら、鍛錬しろ。時間がもったいないと思わないのか?」
確かにそうである。
ユリシーズはクロードと手合わせをするのであった。
午後からはミリオンに国境へ魔法陣で転移して貰う。
ユリシーズは大工仲間と共に、聖女様が乗る台を作成していた。
小さな台では無く、ちょっと広めだ。細かい彫り物では無いが、聖女様の紋章の装飾も施さないとならない。
リリアの腕輪に念じると、金色のカンナに変化して、
魔法陣で運んできた、木にカンナをかける。
他の大工達も、木を切ったり削ったりしていた。
ふと、国境の向こう側を見れば、アマルゼ王国の騎士団なのだろうか、20人位が、木に聖女様の花を飾っている。
雨にも強い素材で出来た聖女様の紋章が入った花。
木に飾った無数の花が、アマルゼの死霊を始め、昔の戦場である国境の地にいるマディニアの戦士達の魂も、聖女様の祈りにより、空へ舞う花に乗せて成仏させてくれるはずである。
ユリシーズは誇らしかった。
こういう準備に参加出来て。
俺は勇者らしく生きているのだろうか?
リリアはあの世で喜んでくれているかな…
30年前から蘇って本当に良かった。
早春の日の光が眩しい。
カンナを持つ手を止め、空を見上げ、幸せそうに風を感じるユリシーズであった。
夜になって、フォルダン公爵家の屋敷に戻れば、アイリーンが嬉しそうに出迎えてくれた。
「おかえりなさい。ユリシーズ。」
「ただいま。アイリーン。今日は気分はどう?赤ちゃんいるんだから無理しちゃ駄目だよ。」
「ちょっと、つわりが酷くて。そうそう、今日はアスティリオ様とシュリアーゼ様とご夕食の約束があったのよね。一人で行って頂戴。フローラは、ローゼン様とディオン皇太子殿下夫妻と晩餐ですって。」
「そうなんだ。それじゃ寂しい思いをさせるけど…ちょっと夕食だけ頂いてくるよ。」
転移鏡でアイリーンにフォバッツア夫妻の公爵領にある屋敷に送って貰う。
屋敷に着けば、フォバッツア夫妻が待っていた。
シュリアーゼは嬉しそうに、
「久しぶりだな。ユリシーズ。」
「シュリアーゼ。ごめんごめん。なかなか忙しくて。」
そして、アスティリオ・フォバッツア、シュリアーゼの夫であるこの男は、
それなりの美男である。若い時はさぞかしモテただろう。
ユリシーズを出迎えて。
「久しぶりに会えて、私も嬉しい。さぁ…一緒に夕食を食べよう。」
豪華な夕食が用意されて。
ユリシーズは一生懸命、貴族のマナーを駆使して食事をする。
シュリアーゼが微笑んで。
「無理しなくても、失敗があったからって笑わないぞ。」
「そうはいかないよ。将来、フォルダン公爵になる予定だから…。」
「ユリシーズは変わったな。昔はマナーなんて気にしなかったのに。」
アスティリオは、優雅に食事をしながら。
「もうすぐ春だが、黒竜魔王討伐はまだなのかね?」
「アマルゼの鎮魂祭というイベントがあるので、それが終わってからになると思います。
俺達が討伐をした時はわずか3人でしたが、今は魔界の魔王達の協力もあり、総勢70名位になるかと。今度こそ、決着をつけたいと思います。」
「君なら出来る。楽しみにしているよ。」
シュリアーゼがユリシーズに向かって。
「魔王討伐の前に、リリアの墓にお参りにいかないか?」
「リリアのお墓?それってどこにあるんだろう。考えた事なかった。」
アスティリオが。
「フォルダン公爵なら当然知っているだろう。下手をしたら魔界にあるかもしれないな。」
「だったら俺、聞いておくよ。リリアに報告してから行かないと。後、リリアの孫が出来たよって…。ああ、そうだ。アイリーンやフローラも連れていきたいな。」
シュリアーゼが思いついたように。
「だったら、一族皆で行かないか?」
「それ、いいかもしれない。それじゃ約束だよ。シュリアーゼ。それからアスティリオ。
一緒に行こう。」
リリアの墓参りの約束をした。
ユリシーズはフォルダン公爵家に帰ると、フォルダン公爵を捕まえて聞いてみた。
居間で紅茶を飲んでいたフォルダン公爵は。
「リリアの墓か…。この王都にある。魔界だとリリアも安心して眠れないだろうからね。
今度の休み、アイリーンやフローラと共に連れていってあげよう。あちらはフォバッツア夫妻と、公爵も来るのかね?」
「ローゼン騎士団長はどうだろう?聞いてみます。」
アイリーンが扉を開けて入ってきた。
「おかえりなさい。ユリシーズ。」
「ただいま。今、リリアのお墓参りの話をしていたんだ。君の身体がよければ一緒にどうかな?」
「そうね。私もお母様に久しぶりに会いたいわ。一緒に行くようにしたい。」
フォルダン公爵はアイリーンに向かって。
「くれぐれも無理をしないよう。」
「解ったわ。お父様。」
その夜、アイリーンと共にベットに潜り込むユリシーズ。
アイリーンの隣でぼんやりと呟く。
「俺、リリアのお墓なんて考えた事なかったんだ。だって、いまだに死んだって信じられないし…今もアマルゼ王国で、貧しい人達の為に慈善活動をしているんだって。。。そんな気がしてさ。目覚めた時に30年も経ってたって実感わかなかったし。
もう、リリアには二度と、会えないんだね…」
涙がこぼれる。
アイリーンが優しく抱き寄せてくれた。
「お母様は貴方や、愛する家族、そしてお友達、皆を今も見守って下さっているわ。きっと…。だから、ユリシーズ。一緒に幸せになりましょう。」
「うん…ありがとう。アイリーン。」
アイリーンが耳元で熱く囁く。
「それから、身体が辛くはないの?私は大丈夫だから…ね?ユリシーズ。」
ユリシーズは真っ赤になる。
「つ、辛くはないよ…」
「我慢しちゃって可愛いわ。恥ずかしがることはないのに…ローゼン様だって似たような事をしているんだから。」
「別の部屋で寝るっ…」
ベットから降りて、立ち上がって歩き出した足に何かが絡みつく。
触手だ。
そのまま、床に倒れて、うつ伏せでずるずるとベットの方に引きずられた。
逃げられないって解っているんだけど…俺って学習能力ない…
でも恥ずかしい物は恥ずかしいんだ。
手首と、腰にも触手が絡みつく。
アイリーンが妖艶に笑って。
「さぁ…ベットに戻って…ね?ユリシーズ。」
ユリシーズは覚悟した。
今宵も長い夜が始まる…
早春の夜は更けていくのであった。




