ジュエル帝国の皇女メルディーナ
フローラはフォルダン公爵と共に、王宮へ呼ばれた。そこにはマディニア国王陛下とアイルノーツ公爵、そして、ディオン皇太子殿下、ローゼンが待っていて。
マディニア国王がフォルダン公爵を見るなり、
「困った事になった。早馬でジュエル帝国の皇女、メルディーナ・アルクド・ド・ジュエルがこちらに向かっているとのことだ。手紙が届いていて、何でもローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵と縁談を望まれている。もう一つ第三皇子、ファルナード・ギリオン・ド・ジュエルの引き渡しだ。ジュエル帝国、皇帝からの手紙だ。」
フォルダン公爵は手紙を確認し、皇帝のサインと印がされているのを見れば、眉を寄せて。
「縁談については、3年前にも同様の事がありましたな。その時は、王弟殿下の御令嬢、マリアンヌ様との婚約があると言ってお断りしたはずですが、今回は、馬鹿にされましたかな…。公爵の令嬢と聞いて。」
フローラは不安そうに、父親のフォルダン公爵と、愛しの婚約者ローゼンを見つめる。
どうなるのかしら…。相手はジュエル帝国の皇女…。勝ち目はないわ。
アイルノーツ公爵が、二人に向かって。
「ともかく、もうすぐ皇女がこちらに着くでしょう。その後に向こうの外交官も来ると思われます。接待の用意を…。」
その時にセシリア皇太子妃が入って来て、
「接待の用意は私にお任せ下さい。リーゼティリアと共に指示致します。今日のご夕食は、
国王陛下、王妃様、皇太子殿下、わたくし、ローゼン、フローラ。そして相手方はメルディーナ様、外交官代表1名でよろしいですね。フォルダン公爵とアイルノーツ公爵とテリアス外交官は近くに控えていらっしゃるという事で。明日は本格的な晩餐会の支度を致しますわ。」
マディニア国王は頷いて。
「よろしく頼むぞ。で、相手への対応だが…」
セシリア皇太子妃が出て行くと、相談を続ける。
ディオン皇太子はきっぱりとマディニア国王に。
「ファルナード第三皇子の引き渡しについては、フォルダン公爵家に押し入った第六魔国の魔王ジルギュルトに、ファルナードの存在と聖剣を見られています。しかし、引き渡しに応じる訳にはいきません。ファルナードの亡命を受け入れた形にしては如何でしょう。
しかし、ファルナードの聖剣のジュエル帝国からの奪還については、我が国は協力していないという事にすればよいのです。もし、ファルナードを犯罪者扱いしてきても、犯罪者の引き渡し条約を我が国はジュエル帝国と結んでいません。断固そう言って拒否すればよいのです。もし、ローゼンの剣技で、関与を疑われたとしても、あくまでシラを切りとおしましょう。ローゼンとの手合わせを望まれた時に認めませんが。」
マディニア国王は頷いて。
「ディオンの言う通りだ。ファルナードについてはそれでよいな。フォルダン公爵、アイルノーツ公爵。」
二人は「仰せのままに」
と了承をする。
ディオン皇太子は言葉を続ける。
「で、ローゼンと、メルディーナ皇女の婚姻については、ローゼン。お前はどうしたい?」
ローゼンは手を胸に当て、頭を下げ。
「私に選択権はありません。王命に従うのみです。」
フローラは悲しくなる。
どうして…。どうして嫌だと断ってくれないの?
フォルダン公爵がフローラの肩に手を置き、
「フローラ、それが貴族というものだ。」
涙がぽろぽろ流れる。
マディニア国王はフローラの近くに行き、優しく言葉を紡ぐ。
「安心するがよい。私は帝国のメギツネよりも、フォルダン公爵家と縁を結んだ方が得だと考えている。王命にゆだねると言うならば、皇女メルディーナとの縁談は断り、フローラ・フォルダン公爵令嬢との婚約を続行する。それでよいな?フォバッツア公爵。」
「私に異存はありません。」
いつも敵対しているアイルノーツ公爵も。
「帝国のメギツネに入り込まれたら、王宮の社交界が荒れてしまいます。
賢明な判断だと言えるでしょう。」
珍しく味方をした。
フォルダン公爵はマディニア国王に頭を下げる。
「婚約の続行を認めて頂き、有難うございます。」
「私とお前の仲ではないか。シュリッジ。」
ニンマリと笑うマディニア国王。
なんか、フォルダン公爵に向かってハートが飛んでいそうだ。
そうこうしているうちに、メルディーナ皇女と、護衛騎士10名が到着したとの知らせが入る。テリアス外交官(まだ、若い青年だがやり手の外交官だ)が、城門まで迎えに出る。
「ようこそおいで下さいました。マディニア国王陛下がお待ちしております。どうぞ、ご案内します。」
メルディーナは赤い鎧を着て、白馬から飛び降り、
「汗を流したいわ。走り続けてきたものだから。ドレスにも着替えないと国王陛下にお会いするのに失礼だわ。」
「それでは、そのように手配いたします。どうぞ、こちらへ。」
テリアス外交官はメルディーナを王宮へ案内し、護衛してきた者達も、それぞれ案内して。
メルディーナは夕食時にマディニア国王と会うということで、風呂を借り、その後に持参したドレスに着替え化粧をした。勿論、王宮の使用人を借りて手伝って貰ったのだが。
ジュエル帝国の真紅の薔薇ともいわれた女性である。
歳は22歳。花の盛りであった。それこそ真紅のドレスを着て、化粧を施し、漆黒の髪をアップにした姿は美しかった。
遅れて来たジュエル帝国の外交官のシュッセンは、35歳の筋肉質のそれなりにイイ男なのだが、以前、小麦を買ってくれ外交に来た時に、国一番の美姫、ローゼンに夜の接待をしろとディオン皇太子に強請って、ディオン皇太子に足技で懲らしめられたあの外交官である。
メルディーナとシュッセン外交官は、夕食をマディニア国王、王妃、ディオン皇太子、セシリア皇太子妃、ローゼン、フローラと共にすることになった。近くにフォルダン公爵やアイルノーツ公爵、テリアス外交官が控えている。
マディニア国王がにこやかに。
「よくぞおいで下さった。帝国の美姫、メルディーナ皇女。さらに美しくなった。久しぶりにお会いできて嬉しいぞ。」
メルディーナは、5年前に一度、マディニア王国に来た事があるのだ。
微笑みながら。
「わたくしも、久しぶりに王族の皆様とお会いできて嬉しいですわ。」
前菜が運ばれてくる。
皆、優雅に食べながら。
シュッセン外交官が、マディニア国王に。
「発言、よろしいですか。国王陛下。」
「よいぞ。許す。」
「まずは、我が国の第三皇子、ファルナード殿下がフォルダン公爵家にいるとお聞きしました。引き渡して頂きたい。」
ディオン皇太子が前菜を食べながら。
「お断りする。ファルナード殿下は、我が国へ亡命を求められた。
我が国は受け入れることとした。よって、その請求は無理だ。」
メルディーナが眉を寄せて。
「貴方達がやはり我が王宮から、聖剣を奪っていったのね。」
「何の事だ?」
「とぼけないで。私はそこのローゼンと、やり合ったわ。間違いなくマディニア騎士団の剣技の型よ。聖剣は我が国の宝。返して頂戴。ファルナードと共に。」
ディオン皇太子はナプキンで口を拭いて。
「お断りする。聖剣の所有者は勇者だ。我が神、イルグもそう告げている。したがってどちらも渡せない。」
ギリリリと歯を噛みしめるメルディーナ。
「それなら、私とローゼンとの婚姻は認めてくれるんでしょうね?」
マディニア国王は優雅にワインを飲んでから、
「フォルダン公爵令嬢との婚約を私は認めている。それを覆す事はない。」
メルディーナは立ち上がり。
「私は帝国の皇女よ。もしかして、そこの小娘がそうなの?」
ローゼンが立ち上がり。
「お初にお目にかかります。ローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵です。隣にいるのが、我が婚約者、フローラ・フォルダン公爵令嬢です。」
フローラが立ち上がり、橙のドレスの裾を両手で持って、優雅にお辞儀する。
「フローラ・フォルダンです。」
メルディーナはローゼンに向かって。
「絵姿以上の美しさね…ローゼンシュリハルト。私と婚姻なさい。これは命令です。」
「お断りします。私の主はマディニア国王。王命以外は受けられません。」
険悪な空気が流れる。
メインの肉料理が運ばれてきた。
マディニア王妃が。
「さぁ、料理が覚めてしまいますわ。お食べになって。それで、一つ聞きたいわ。
メルディーナ。フォバッツア公爵家として、メルディーナ皇女との婚姻は何か得があるのかしら。」
「帝国の真紅の薔薇たる、私が婚姻してやるというのです。フォバッツア公爵家のシュリアーゼは、アマルゼ王国の王女。王家を嫁に貰っている名門ならば、私を妻に出来るのはこの上もない名誉なことでしょう。」
メルディーナの言葉に王妃はおほほほを笑って。
「フォバッツア公爵家は、名誉より、実を取る家柄よ。ローゼンシュリハルトはディオンの代になったらこの国の宰相になる事が約束されているのです。現宰相のごとく仕事をしているフォルダン公爵家の令嬢と婚姻する事はフォバッツア公爵にとってこの上ない出世の早道。どちらがフォバッツア公爵にとって得か考えなくても解る事。」
王妃の言葉にぐっと詰まるメルディーナ。
シュッセン外交官が立ち上がり、
「帝国を怒らせたらどうなるか…。我が皇帝が、皇太子殿下が黙ってはおりませんぞ。」
ディオン皇太子はフフンと笑って。
「アマルゼ王国を通って攻めてくるか?アマルゼ王国は自国を帝国の大軍が通過するのをヨシとはしないだろう。
海から攻めてみるか?潮の流れは逆潮だ。それに我が国は上陸出来る海岸は限られている。
待ち伏せて叩いてやろうか。
魔族に頼るか?それならば、こちらも魔族に協力を仰ぐとしよう。幸い、知られている通り、我がマディニア王国は魔国との関係は良好だ。」
メルディーナは悔しそうに。
「良好だというのなら、会わせてほしいものだわ。魔国の魔王に…」
「よかろう。明日の晩餐会、会わせてやろう。魔国の魔王…。第一から第五魔国まである。
いきなり全員呼ぶのは無理だが。一人位は都合をつけて来てくれるだろう。」
「楽しみにしているわ。ディオン。」
険悪の中、夕食は終わったのであった。
フローラは、廊下でローゼンに近づいて、
「王命で婚約破棄をすると言われたら、私を捨てるとおっしゃるの?」
ローゼンはフローラの方を見つめ。
「そもそも、君と婚約したのも最終的に王命があったからだ。勿論、見合いで良い条件を言われたのもあったが。私はマディニア王国の騎士団長だ。王命には逆らえない。」
「悲しすぎますわ。私は貴方の事を愛していますのに。」
泣くフローラ。その背を優しく撫でて、ローゼンは呟いた。
「私は君と婚約を続けることが出来て、内心ではほっとしている。早く婚姻したいものだ。
後2年が待ち遠しい。」
「ローゼン様。」
ふたりは抱きしめあった。 静かに夜はふけていくのであった。
その頃、
夕食後にディオン皇太子は、部屋に戻り通信魔具で、第一~第五魔国の魔王に通信し、明日の晩餐会への出席を頼んだ。
第一魔国魔王サルダーニャ。クロードの姉である。
「了承した。ディオン。何だったら夫婦で出てやってもよいぞ。」
「それは有難い。恩に着る。」
「イイ男の頼みは断れないからのう。楽しみにしておる。」
続いて第二魔国魔王レスティアス。
「解った。頼みとあらば、出席しよう。あいにく、妻は3人目を妊娠中で私一人になるが。」
「ありがとう。恩に着る。産まれたら祝いを送らせて貰おう。知らせてくれ。」
第三魔国魔王シルバ。クロードとロッドの説得で、今はディオン皇太子に好意的である。
「解った。マリアンヌと共に出席しよう。俺のマリアンヌの美しさを帝国の女に見せつけたいのでな。」
「確かに。マリアンヌは美しくなったな。有難う。」
第四魔国魔王ティムゼールアウグストス、通称ティムはまだ10歳くらいの子供である。
晩餐会の出席を頼むと喜んで。
「了解したよ。晩餐会なんて、楽しみだなー。美味しい物食べられるし。よろしくお願いするよ。」
「有難う。お待ちしている。」
第五魔国魔王ロッド。初めからディオン皇太子には好意的だ。妻はゴイル副団長の妹ナターシャで、今、妊娠中である。
「解った。出席させてもらおう。ただ、妻は今、妊娠中でな。一人になるが。」
「それはおめでとう。産まれたら祝いを送らせてもらおう。知らせてくれ。出席有難う。」
全員出席を取り付ける事になった。
明日、帝国のメギツネと、あの外交官をギャフンと言わせてやる。
一気に疲れが出て、風呂に入ってから寝ようとした。
ふと、セシリア皇太子妃が見当たらないのに、使用人に聞いてみる。
「セシリアはどうした?」
「リーゼティリア様と晩餐会の打ち合わせをしております。客間でリーゼティリア様と就寝しますので、お先にお休み下さいとのことです。」
「ああ、セシリアには苦労をかけるな。」
様子を見に行きたかったが、リーゼティリアが一緒の部屋は入るのに憚られる。
とりあえず、風呂に入る事にした。
服を脱いで、素っ裸になる。
鍛え抜かれた筋肉に、背と胸に黒い百合の痣が鮮やかに目立つ。
身体に湯をかけて、広い湯船につかって、ふと思いを馳せる。
雪も少なくなってきた。本格的にアマルゼの鎮魂祭に力を入れないと…
春が近い…
ああ…俺はルディーンに振り回されて何をやっているんだろう…
セシリアの為にも、振り切らないとならないのに、ルディーンを求めてしまう。
これは魔族の精の怖さか…
物思いにふけっていると、ガラッと風呂場の扉が開く音がした。
誰だ?セシリアか?いや、セシリアとは風呂に入った事がない。
それでは何者??
ディオン皇太子は緊張する。手元に聖剣も何もないのだ。
メルディーナが裸で立っていた。
何も隠さず、大きな胸、引き締まった腰、お腹が割れていて見事なプロポーションである。
ディオン皇太子はわざと余裕な表情を作って。
「何しに来た?部屋の使用人はどうした?」
メルディーナは湯船に身体を沈めると、
「ちょっと眠って貰いましたわ。貴方ともう少し、お話したくて。」
「で?俺と話とはなんだ。」
「魔国の魔王達は明日、晩餐会にいらっしゃいますの?」
ディオン皇太子は髪を掻き上げて、
「ああ、全員承諾してくれた。有難い事だ。」
「凄い男ね…。私、本当は貴方に嫁ぎたかったの。だって、こんなにイイ男、他にはいないでしょう。」
身を近づけて、ディオン皇太子に迫るメルディーナ。
ディオン皇太子は立ち上がり、
「生憎、俺にはセシリアという妻がいる。帝国のメギツネに興味がない。」
湯から出て背を見せれば、
メルディーナはディオン皇太子の背の黒い百合の痣を見つめ赤い唇を舐めて。
「本当に凄い痣ね…。湯で濡れてなまめかしい黒百合…」
ディオン皇太子はタオルで身体を拭くと、ガウンを羽織り外へ出る。
倒れている使用人二人に近づいて、当て身を受けているようで、揺り起こす。
「ああ、皇太子殿下…」
「いきなり、女が…」
二人の使用人はそれなりに護身術も身につけている。
なのにやられてしまった。
メルディーナが服を着て、背後に立っていた。
「ファルナードを渡さないというのなら、強引に貰っていくわ。
ローゼンは諦めるわ。その代わり…貴方に婚姻を申し込むわ。
ディオン皇太子…。楽しみにしている事ね。帝国を甘く見ないでほしいわ。」
そう言うと、部屋をメルディーナは出ていった。
きっと今年は厄年なんだろう…。ああ…セシリアの胸枕で休まりたい。
そう思うディオン皇太子であった。




