ローゼン騎士団長、27歳、今まで結婚できなかった訳は…(ローゼンサイド)
この国の奇跡とまで言われた美しき男、ローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵、マディニア王国騎士団長は、今年27歳になるのに、いまだに結婚出来ていない。
それには全国民が納得する訳があったのである。
マディニア国王にはたった一人の弟がいた。王弟殿下と呼ばれていたのだが彼には目に入れても痛くない程、可愛がっているカロリーヌとマリアンヌと言う、姉妹が居たのである。
そしてローゼンがいまだ結婚していない理由がその二人が原因だった。
ローゼンシュリハルトは、父アスティリオ・フォバッツア公爵と母シュリアーゼとの間に生まれた一人息子である。父はこの国の王家にも信頼の篤いフォバッツア公爵家の長男で母は隣国アマルゼ王国の王女であった。
そして、母はアマルゼ王国を魔王から救った英雄の一人として、有名人であったのである。だからローゼンは小さい頃から厳格な両親の元、常に優秀であれと厳しく育てられた。
学園に通っていた頃から、武芸勉学全てに抜きんでた才能を見せたローゼンに目をつけたのが、王弟殿下だったのである。
彼は兄である王に頼んで、娘のカロリーヌをローゼンの婚約者にするようにした。
そして、今日、ローゼン騎士団長は雨の音を聞きながら、騎士団の執務室で仕事をしていた。
かつて自分の婚約者だったカロリーヌの事をふと思い出していた。
ローゼンが18歳、カロリーヌが14歳の時に婚約していた事を思い出す。
顔はそれなりに美人で背も高くスタイルも良かったが、ともかく我儘な女の子だった。
ローゼンが騎士団に入団したての頃、婚約したので婚約者として休みのたびに呼び出される。服やアクセサリーの買い物に付き合わされた。
「この服、素敵でしょう?あ、こちらの服も…。」
と、手あたり次第に服を買いあさる。うち一着はプレゼントにねだられた。
さすがに買った物全ては払いきれない。ローゼン自身の給料は騎士団に入りたてで安いのだ。アクセサリーも沢山買いあさり、ローゼンに荷物を持たせる。
食事も高級な店でしか食べなかった。
我儘で高慢ちきなお嬢様カロリーヌにローゼンは振り回されて、また、騎士団では覚えることも沢山あり、その頃の生活は最悪だったなとローゼンは思い出す。
「解放されたのは、隣国の従弟のお陰だな…」
カロリーヌが父について行き、隣国に外遊しに行った時に知り合ったアマルゼ王国の第二王子ジョセフにカロリーヌが惚れ込んだのだ。ジョセフもカロリーヌが気に入って、結局、ローゼンとの婚約は破棄になった。ローゼン22歳の時の事である。
4年も耐え忍んだのだ。ローゼンはほっとしたと同時に従弟に当たる第二王子ジョセフに感謝した。
今はカロリーヌはジョセフと結婚し、第二王子の妻としていや、今は皇太子の妻として、アマルゼ王国にいるはずである。第一王子が王族から抜けたので。
しかし、王弟殿下は諦めなかった。
今度は当時11歳の娘、マリアンヌを婚約者にと押してきたのである。
ローゼンとは歳が11歳も離れているのにだ。
王命となり、ローゼンは断る事も出来ずに決められてしまった。
11歳のマリアンヌは姉と同じ位に我儘に育てられていた。
やはり沢山の服を子供ながらに買い物をする。休みのたびにデートをねだられた。
他にも子供の好きそうな遊園地や、動物園など付き合わされる。あっちこっちの貴族の家に連れて行き、ローゼンを婚約者だと見せびらかす。
うんざりしていたローゼンは、仕事が忙しいという事を口実になるべくマリアンヌに会わないように休みの日さえ、騎士団の事務所に入り浸り仕事をしていた。
そしてそれから5年たった。
あの王弟殿下の娘たちと縁が切れた事を今、心から安堵している。
窓の外の雨を見ながら、ぼんやりと思った。
新たな婚約者フローラも、歳はマリアンヌと同じ16歳。彼女も有名な買い物好きな我儘令嬢である.
ただ、違うのは王弟殿下の娘ならば、自分より上の身分として言う事に逆らえない。しかし公爵令嬢ならば、同等である。いかに魔族の第二魔国の魔王の妹君と言えどもだ。
騎士団としても旨味もあった。フォルダン公爵とは縁を繋げておいて損はなく、利のみであろう。
事務所の扉をノックする音がする。
「入れ。」
「失礼致します。お茶をお持ちしました。」
騎士団見習の青年がティーカップに入れた紅茶を、ローゼンの机の上に置く。
「君は確か…」
「先日、見習い入団したクロード・ラッセルです。」
「クロード・ラッセル。フォルダン公爵の紹介で見習い入団したのだったな。」
「はい。遠縁にあたる者で、騎士団は平民ならば、貴族の紹介がないと入れないとの事なので紹介状を書いてもらいました。」
クロード・ラッセル、なんの変哲もない黒髪の若者である。
しかし、あのフォルダン公爵が紹介したというのが気になった。
「フォルダン公爵令嬢を知っているかね?」
ふと聞いてみる。
「アイリーンですか?それともフローラですか?」
アイリーンは第二魔国の魔王であり、こちらの国でフォルダン公爵家で有名なのはフローラである。
「アイリーン嬢を知っているとは。」
「あっ…」
慌ててクロードは口を押える。
そして慌てたように。
「幼馴染ですから。失礼しますっ。」
ローゼンがいきなり、バンっと机を叩く。
クロードがうわっ。と振り向いて。
ローゼンがにやりと笑って。
「逃がさぬぞ。クロード・ラッセル。さぁ知っていること全て話して貰おうか。」
「騎士団長っ。怖いっ…いやその…幼馴染なんですよ。あの家の令嬢二人とは。それだけの関係ですっ。小さい時に遊んだだけですっ…遠縁ですから。」
「ふふん…嘘だと顔に書いてあるぞ。」
怖がっていたはずのクロードがすっと顔をあげて、ローゼンを見上げ。
「真実は知らないほうがいいと思いますよ…。俺、騎士団の近衛隊を目指しているんです。上位30名しかなれないんでしょう?」
ゆらりとこのなんの変哲もない青年の身体から、圧力を感じる。
幻か頭に魔族の羊の角のような物が見えた気がした。
「お前は人間か?」
「ご想像にお任せしますよ。って事で。よろしくお願いしまーす。騎士団長。俺、一生懸命、精進しますから。」
あっという間に、クロードは部屋を飛び出ていってしまった。
ローゼンは椅子に座って、置いていった紅茶を優雅に飲む。
「魔族か…。フローラに、クロード。退屈せずにすみそうだ。」
窓の外は雨が激しく叩きつける。そんな平日の午前だった。




