討伐訓練の後の交流会
翌日は良く晴れて、黒竜の魔王討伐訓練が行われる為、皆、王宮の庭に集まりつつあった。
フローラは、ローゼン、ユリシーズと共に、集合場所へ向かえば、既に見知った顔ぶれが待っていた。
ミリオンをとっ捕まえて、小声で。
「ねぇ…ミリオン。貴方、聞いてない?ディオン皇太子が、ちょっと元気がないって事。」
「元気がないってどう元気がないんだ?」
「魔王討伐に自信を失っているみたいなのよ。」
ミリオンはニンマリ笑って。
「俺達が盛り立ててやりゃ問題ねぇよ。」
「そ、そうよね。ここは私達がガンガン盛り立ててあげましょう。」
「何を盛り立ててくれるんだ?」
背後にディオン皇太子が立っていた。
フローラは驚いて。
「おはようございます。昨日はどうもですわ。」
「とんだ恥ずかしい所を見せてしまったな…」
近くに立っていたルディーンが、両腕を組んで。
「セシリア様を泣かせちゃいけませんよ。俺はもう。王家に関わりたくないんですがね…商売以外は…」
ディオン皇太子はルディーンに近づいて、
「俺はお前を必要としている。セシリアにも了承を得ている。逃がしはしない。しっかりと働いてもらうぞ。」
ルディーンはディオン皇太子の耳元で囁く。
「ご褒美はあるんでしょうね…?」
「働き次第だ。」
ミリオンが呆れたように。
「公認の愛人って訳かよ…。」
ディオン皇太子はルディーンの肩に手を置いて。
「この男の情報網は必要だ。望む情報はなんでも手に入る。そうだな?」
「まぁ…何でもって訳じゃないですが…。ある程度は解りますよ。」
建物に寄りかかって、寡黙に立っている黒騎士をルディーンは見ながら。
「例えば、あそこにいる男、グリザス・サーロッドと言うんですがね。見かけは寡黙で強い剣士ですが、冷静に見えて意外と動揺しやすく可愛い性格をしているとか…」
フローラが笑い出して。
「よく知っているわね。あの人はとても可愛らしいわ。クロードが夢中になるのも解る気がするわ。」
ディオン皇太子がグリザスを見て。
「いざという時に冷静ならば、問題はない。奴は俺とミリオンとの二人を相手に剣舞を出来る程の実力者だ。そんな情報より、もっと面白い話はないのか?」
ルディーンは、ローゼンとユリシーズを見て。
「この間、シルバが会議で発言した件は、本当だという事位ですかね…詳細を報告できますよ。」
ローゼンはルディーンをギロリと睨むとディオン皇太子に。
「そろそろ、時間です。皆、集まったようです。」
「よし、行くぞ。」
魔女オーネット、神イルグ、そしてディオン皇太子、ローゼン騎士団長、フローラ、ユリシーズ、クロードの聖剣の持ち主、グリザス、ザビト総監、ゴイル副団長、近衛騎士30名と、治安隊10名。神官長と聖女リーゼティリア、ツルハ医院長、神官10名。
スーティリアとルディーン。
魔王側はサルダーニャ、ティム、レスティアス、シルバ、ロッドの各魔国の魔王が集まった。
計70名による、魔王討伐訓練。
いやはや、30年前は魔王討伐は勇者ユリシーズ、剣士シュリアーゼ、女神リリアの3人だけだったのに、時が経つとこれだけ、人数が増えるとは、凄いものである。
魔女オーネットが王宮の庭で、魔王に見立てた巨大な黒竜を出現させる。
ディオン皇太子が、ローゼンとティムに向かって叫ぶ。
「拘束するぞ。」
ディオン皇太子が緑の聖剣に念を込めれば、地面から巨大なツルが数本飛び出て魔王に絡みつく。
ローゼンも念を込めて、金色に輝く巨大な網が魔王に絡みつき、その動きを止める。
ティムが魔法陣を展開する。
「強化魔法作動っーーーー。えいっ。」
巨大なツルと金色の網が、輝いて力を増す。
ディオン皇太子とローゼンが驚く。
この間は体力を使いしんどかったが、今回は楽なのだ。
ティムの魔法のお陰で、力をそれ程使わなくてすむ。
フローラも、聖剣に力を籠めて魔法を使って、ディオン皇太子達3人の力を2倍増しにした。
黒竜の魔王は身動き取れず、動こうとすれども動けない。
ディオン皇太子が叫ぶ。
「なかなかいいぞ。攻撃陣、攻撃してくれ。」
ロッドが前へ出て。
「探査魔法を使わせてくれ。弱点探査っーーーー。」
魔法陣が展開し、黒竜の身体の一か所が緑に光る。
首の辺りだ。
サルダーニャが、炎に包まれた槍を手に持ち。
「あそこが弱点じゃ。皆、攻撃開始じゃ。」
槍を投げる。
シルバも氷で出来た鋭いやりを手に持ち、その一点に向かって投げつけた。
ユリシーズも、ミリオンも、聖剣で、その一点に向かって斬り付ける。
グリザスも、ザビト総監も、それぞれの武器で、その一点を攻撃した。
クロードは聖剣に力を籠めて、レスティアスと共に強化魔法を使い、皆の攻撃力を2倍増しにする。
黒竜ががぁっと口を開き、炎を吐きだしてくる。
ゴイル副団長率いる16名が、ディオン皇太子達3人を盾を使って結界を張り守る。
シリウス・レイモンドが率いる15名の近衛騎士達が、フローラとクロード、レスティアスを守って結界を張った。
治安隊10名は、神官長達医療部隊を、背後に下がらせて、守っている。
スーティリアとルディーンが、発光体を投げつけて、魔王の注意を逸らす。
その間に、攻撃陣はバンバンと弱点に向かって攻撃を仕掛けていた。
ミリオンが斬り付けた時に、黒竜魔王の首がひび割れる。
そして、粉々に砕け散った。
皆、喜ぶ。
「やったぞーーー。」
「黒竜魔王を倒した。」
オーネットは満足そうに。
「大分、形になってきたのう。この訓練を何度か繰り返せば、魔王を倒せるかもしれん。」
神イルグも頷いて。
「やっと念願が叶うのかのう。長かった。」
皆、集まって喜ぶ。
ディオン皇太子は皆に向かって。
「この調子で、本番も力を合わせて黒竜の魔王を倒そうではないか。皆の者、よろしく頼むぞ。」
皆、オーーーーーっと拳を振り上げ、勢いよく返事をする。
訓練が終わった後は、交流の食事会になった。
立食パーティ式で、魔国の魔王達とディオン皇太子は交流をする。
他にも国王陛下や王妃等の王族や、フォルダン公爵、アイルノーツ公爵が加わった。
ディオン皇太子は第三魔国魔王、シルバの所へ行き、
「我が国の酒は如何かな?シルバ殿。」
マリアンヌと共に、酒を楽しんでいたシルバに声をかける。
近くにアイルノーツ公爵や王弟殿下もいた。
シルバはディオン皇太子を見ると、にやりと笑って。
「これは皇太子殿下。マディニア王国の酒はなかなか美味いな。何本か買って持ち帰りたいくらいだ。」
「土産に持たせよう。王家御用達の特別な酒だ。ところで…シルバ殿は俺の所に、客をよこさなかったか?夢にまで入り込んできたんだが…」
夢魔の事を言っているのだ。
ルディーンに調べさせた所、夢魔はシルバが放ったものだとの事。
「さぁ…覚えがないな。何の事やら。」
マリアンヌが聞いてくる。
「何かございましたの?ディオン様。」
「ああ、マリアンヌ。俺の夢に夢魔が入り込んできて、襲われたんだ。」
マリアンヌはシルバの方をちらりと見やり。
「本当に覚えがありませんの?シルバ様。」
「勿論。愛しいマリアンヌ。俺がそんな事をするような男に見えるか。」
そこへクロードが割り込んできて。
「夢魔使いはお前の得意魔法だよな。シルバ。まさか、マリアンヌ様も夢魔を使って、夢の中で襲わせて虜にしたんじゃないだろうな。」
シルバは慌てて。
「俺が愛しのマリアンヌにそういう事をすると思うか?」
第五魔国の魔王ロッドがワインを片手に、
「お前は野心家だからな。ディオン皇太子殿下を支配しようとしたのではないか?」
アイルノーツ公爵がクロードとロッドに向かって。
「まさか、シルバ様がそのような手を使うはずがなかろう。ディオン皇太子殿下、今は皆が一丸となって黒竜の魔王を倒すのに全力を傾ける時でございますぞ。余計な波風はたてぬ方がよいのではないですかな。」
ディオン皇太子は頷いて。
「アイルノーツ公爵の言う通りだな。変な疑いをかけて申し訳ない。シルバ殿。」
「いや、俺が無実だと解ってくれればいい。」
ディオン皇太子は首から下げた小さな赤い宝石のついているペンダントを見せて、
「これがあればもう夢魔は俺の魂に触れる事は出来ん。もし、俺や王族に攻撃し、その犯人が解ったら容赦はしないつもりだ。例え、それが魔国の者であろうとも…。その犯人探しにシルバ殿も協力してほしい。頼んだぞ。」
ディオン皇太子はシルバを睨みつける。
シルバはマリアンヌの背に手を当てて、エスコートをし。
「解った。協力しよう…では、失礼。」
その場から離れた。
その様子をフローラはローゼンと共に眺めて、ひそひそ声でローゼンに。
「逃げるのが上手いわね。シルバ…。シルバの仕業に決まっていますわ。」
ローゼンはワインを片手に持ちながら。
「皇太子殿下はシルバに釘を刺したようだが、これで諦めてくれるといいが…」
クロードとロッドがこちら側に来て、クロードが二人を互いに紹介する。
「俺の友達の第五魔国魔王ロッド。こちらはローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵で、騎士団長。俺の上司だ。」
ロッドはローゼンに右手を差し出して。
「第五魔国魔王、ロッドだ。そちらのゴイル副団長の身内に当たる。よろしく頼む。」
「ローゼンシュリハルト・フォバッツアだ。ゴイルの身内に当たるのか?」
クロードが説明する。
「ゴイル副団長の妹の旦那さんですよ。」
ローゼンは握手をロッドと交わしながら、驚いたように。
「凄い義弟を持っているな。ゴイルは…」
フローラが、グリザスを手招きして。
「グリザス様、こちらにいらっしゃいよ。クロード、グリザス様を一人にしちゃ駄目じゃない。きっと内心ではオロオロしているわよ。」
クロードは慌てて。
「ごめんごめん。グリザスさん。傍にいるから大丈夫ですから…」
クロードはグリザスと手を繋ぐ。
ロッドが死霊で顔を兜で隠している黒騎士のグリザスをしみじみと見ながら、
「これが噂のクロードの恋人か…。俺は第五魔国魔王ロッドだ。グリザス。クロードが恋人では心労が絶えないだろう?」
グリザスは首を振り。
「そんな事はない。クロードは俺に良くしてくれる。」
第一魔国の魔王サルダーニャが近づいてきて。
「わらわの義弟に当たるのじゃ…良い男であろう?」
ロッドは頷いて。
「そうだな…寡黙で、魔王に斬り付ける剣技も素晴らしかった。男はこうありたいものだ。」
グリザスは自分が褒められて返事に困っているようだ。
第四魔国魔王ティムは、ディオン皇太子の傍に言って。
「ねえ。勇者様だよねーー。俺、見たいな。有名な痣あるんでしょ?」
ディオン皇太子は困ったように。
「何故、皆、俺の痣を見たがるんだ?おいっ。イルグっ。お前のせいだ。」
イルグは美味い酒を飲みながら。
「見せてやればよかろう。」
「こんな所で脱ぐのは、恥ずかしいんでな。申し訳ないが…。」
ティムはしゅんとしていたら、ユリシーズが。
「聖剣を見せてあげるから。それで勘弁してって皇太子殿下が言ってるよ。」
「ええ?聖剣、じっくりと見たいーー。」
ディオン皇太子は、腰の聖剣を、ティムの目の前で鞘から抜いて見せた。
ティムはキラキラ目を輝かせ。
「さすが、凄い綺麗な…緑の聖剣だねーー。」
ユリシーズがティムに。
「俺のも見せてあげる。」
「ゆ、勇者ユリシーズっ。二人の勇者の聖剣が見れるなんて。俺。幸せーー。」
ユリシーズも自分の聖剣をティムの目の前で鞘から抜いて見せる。
こちらは美しい青に輝いている。
ティムは幸せそうに。
「ありがとう。どちらの聖剣もとても綺麗だったよ。」
ミリオンが近くに来て。
「俺のも見せようか?」
「ミリオンのは見なくていいーー。勇者の聖剣が見たかったの。俺。」
「生意気なガキだなーー。」
ミリオンはティムの頭をポンと優しく触ってからくしゃくしゃと撫でる。
ティムはえへへ。と笑っていた。
第二魔国魔王レスティアス。
彼はディオン皇太子や、フォルダン公爵達に反抗的な態度を取っていたが、
フォルダン公爵に第二魔国の魔王の座なぞ、いくらでもお前を引きずり下ろす事は出来るのだぞと脅されて以来、おとなしくなった男である。
以前の魔王アイリーンには宰相として顎で使われ、凄い苦労人であった。
一人でカクテルを飲んでいると、ティムの相手をユリシーズとミリオンに任せてきたディオン皇太子が近づいてきて。
「今、握手を求めたら、してもらえるんだろうな?レスティアス。」
レスティアスは面白くなさそうに。
「フォルダン公爵に逆らえない。自分の実力不足を嫌と言う程、実感した。
私の想定以上に、フォルダン公爵の息がかかった者達が魔王城にいた。
私の機嫌取りをするより、フォルダン公爵の機嫌取りをした方がいいのではないのか?
いつ、追い出されてもおかしくはない、力のない魔王だ。私は…」
ディオン皇太子はニヤリと笑って。
「しかし、今の第二魔国魔王はレスティアス殿だ。政治的手腕は優秀だと聞いている。改めて、よろしく頼む。これからも、貴国とは良い関係を築いていきたい。」
右手を差し出す。レスティアスはその手を握り締めて握手を交わし。
「私も良い関係を継続させたい。これからもよろしく頼む。」
第三魔国シルバとは、溝があるが、後の魔国の魔王達はマディニア王国に好意的だという事が、ディオン皇太子にとって良く解った交流会であった。
こうして次回開催日を約束し、賑やかに一日は終わったのであった。
そして、パーティが終わった会場で、静かに酒を飲み交わす二人の姿があった。
ディオン皇太子殿下と第一魔国魔王サルダーニャである。
サルダーニャは色っぽくディオン皇太子の顔を見つめ。
「ほんに、イイ男じゃのう…。うちの旦那には負けるがの…。」
サルダーニャの空になったグラスにディオン皇太子はワインを注ぎ。
「お褒めに預かり光栄…。で、話とは?」
「お前さん…ルディーンにとろかされたじゃろう?」
「何だ。そちらに情報が洩れているのか?会談では否定したはずだが。」
ディオン皇太子は手酌で自分のグラスにワインを注ぎ…
その赤い色を見つめながら。
「愛する妃がいるのに、何故だか、あの男に興味を持った…。」
サルダーニャは赤い唇でニヤリと笑い。
「魔族は魂に干渉し、人間の心を溶かす…。特に魔国の王族はその力は強い。
ルディーンは我の従兄じゃ。囚われてしまったのう…。奴は魂に干渉せずとも、
人の心も身体も溶かす危険な男じゃ。
もうそなたの心も身体も奴を求め続けて渇き続けるじゃろう。
そなたはマディニア王国の最強の王になる男じゃ…道を踏み外さぬ事を願うばかりだのう…」
「どうしたらいい?奴を殺せばいいのか?」
「殺すことは出来ぬじゃろう?わらわに聞かれても困る…自分で考えたらどうじゃ?
まぁそなたが渇けば渇くほど、あの男は逃げに入るじゃろう。面倒な事が嫌いな男じゃ。」
サルダーニャはそう言うと立ち上がり。
「今日は楽しい一日じゃった…。また、訓練を楽しみにしておるぞ。」
そう言うとサルダーニャは魔法陣を展開し、姿を消した。
ディオン皇太子はぼんやりとワインを飲みながら…振り向きもせず背後に向かって。
「お前は逃げるのか?傍にいて手足となってくれる約束をしただろう?」
夕闇に照らされる、他に誰もいない会場で、ルディーンは窓際に立って答える。
「さぁ…今は逃げませんよ。魔王討伐が終わったら、どうしましょうかね…。
俺にもやりたい事や行きたい所があるんで…。
それこそ、面倒ごとは嫌なんですよ…。皇太子殿下になんて手を出すべきじゃなかったですかね…」
「今度、褒美を与える…。よい情報を持って来い。」
ディオン皇太子はそう言うと、ルディーンの傍に行き、耳元で囁いた。
「褒美は俺の身体だ…。魔王討伐が終わったら、どこへなりとも消えるがいい。
契約はそれまで、文句はないだろう。」
「そんな褒美なんていりませんよ。手足となる約束なんで、魔王討伐までは情報を提供しますよ。それでいいでしょう?」
そう言うと、ルディーンは不機嫌に背を向けた。
「アンタなんて大嫌いだ…。ま…でもマディニアの王族はよいお客様ですから…。
情報も金で払って下さいよ。それからお母上に新しい髪飾りをそろそろ如何ですかって、言付けをお願いします。では、失礼。」
魔法陣を展開してルディーンは姿を消した。
ディオン皇太子は前髪を掻き上げながら。
「素直じゃない奴だな…。嫌いの反対は惚れているだろう?
だが、俺の進むべき道は決まっている…。セシリアと共にマディニア王国の国王になる。
しかし、相手が逃げるとなると、捕らえたくなる…どうしてくれようか。」
諦めないとならない…自分の未来の為に。しかし、諦めきれないその心…。
ルディーンの手足をもいで動けなくしたい…
ディオン皇太子は再び、グラスにワインを注ぎ、飲み続けるのであった。
静かに、夕闇が迫りつつあった。




