ローゼン様を手に入れる勝負の時。
馬車で家に戻り、マギーと明日ねと言って門の所で別れる。マギーは近所に住んでいるのだ。
サラとルシアと共に屋敷に戻れば、あまりにも寒かったのでフローラは風呂に入る。
風呂場なら誰に見られる事もないので、羊のような角を持つ、魔族姿になって湯船で足を延ばした。
「本当に寒かったわー。さてと、身体と髪を洗わないとね。サラっ。」
風呂場の外に控えていたサラが浴室に入ってくる。サラも魔族なので別に見られても構わない。
風呂椅子に座れば優しくサラが身体を洗ってくれる。
泡を湯で流し、今度はフローラの長い髪を特別な石鹸で泡立てて洗ってくれた。角も念入りに洗ってくれる。
一通り洗い終わると、フローラは立ち上がって。
「有難う。サラ、お風呂から出るわ。」
「かしこまりました。」
タオルで身体を拭いてもらい、ガウンに着替えると自分の部屋に行き、ソファに座る。
良い香りの紅茶をサラに用意してもらい、紅茶を飲みながら流行りの書物に目を通す。
長い金色の髪をその間にサラにタオルで拭いて乾かして貰っていると、この家の主人、シュリッジ・フォルダン公爵がノックをして入ってくる。
「フローラ、話があると聞いたんだが。」
「お父様。ローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵と結婚したいの。どうにかならないかしら。」
フォルダン公爵は飽きれて。
「この間、フィリップ殿下から婚約破棄されたばかりだろう。可愛いフローラ。もう、次かね。」
フローラは紅茶を一口啜ってから。
「お父様だって私を政略に使うおつもりなのでしょう。だったら、こちらから次を提案したまでですわ。」
「そりゃ、フォバッツア公爵とお近づきになれれば、こちらとしては万々歳だが。王弟殿下の娘と婚約していたんじゃなかったか?確か。」
フローラは父に向かって。
「だから何なんです。お父様なら何とでもなるでしょう。」
フォルダン公爵は両腕を組んで考え込んで。
「援軍が必要だな。アイリーンとサルダーニャに協力を頼むか。」
フローラが目を輝かせて。
「サルダーニャ様とお姉様なら強力な援軍ね。」
その時である。
テーブルの上に置いてある丸い鏡から声がした。
「嫌よ。フローラの我儘になんで私が付き合わないといけないの?」
声をかけて来たのはフローラの双子の姉、アイリーンである。
フローラが鏡を覗き込めば顔は似ているが、フローラが長い金髪の髪なのに比べ、背中までの癖のある真っ黒な髪のアイリーンが映っていた。色が白く、唇が赤い。
「お姉様。お願い。手伝ってくれなければ、クロードを盗ってしまいますわよ。」
「クロードを盗るですって?そんな事したら許さないから。」
アイリーンは魔界の第二魔国の魔王である。そして第一魔国の魔王がサルダーニャ、その弟のクロードとアイリーンは恋人同士だった。
フローラはにっこり笑って。
「だったら、お願い。協力して。愛する妹の為よ。」
アイリーンは不機嫌に。
「あんたのそういうとこ嫌いよ。仕方がないわね。サルダーニャ様には私から話をつけておくわ。」
「有難う。お姉様。」
フォルダン公爵はアイリーンに。
「すまないねぇ。今度、皆でフォバッツア公爵にお会いしようと思っている。フローラとの婚約を成立させる為に、脅しという政略を…だね。」
アイリーンはにんまり笑って。
「面白そうね。楽しみになってきたわ。日が決まったら連絡頂戴。」
「ああ、決まったら連絡しよう。楽しみにしていてくれ。」
鏡の中のアイリーンの姿が消える。
フローラがわくわくしながら。
「当日は思いっきりお洒落していくわ。ローゼン様に婚約して頂けるように。」
フォルダン公爵は愛しい娘の髪を撫でて。
「可愛いフローラ。必ず願いを叶えてやろう。この父に任せておきなさい。」
翌日、フォルダン公爵はまずは国王陛下に会いに部屋を訪れた。
「陛下、お願いがあるのですが。」
立派な髭を蓄えた国王陛下は窓際で書類を見ていたが、フォルダン公爵の方を向いて。
「何だ。シュリッジ。お前の願いとは何やら肌寒い気がするな。」
「陛下、実はですな。うちの婚約破棄をされた、フローラが、ローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵と婚姻したいと駄々を捏ねているのですよ。勿論、我儘娘の言う事を一喝しておけばよいのですがね。しかし、私もフォバッツア公爵と縁続きになるのは悪くないと思いましてな。」
国王陛下は困ったように。
「しかし。フォバッツア公爵はマリアンヌと5年前に婚約をしておるぞ。マリアンヌが学園を卒業したら婚姻という手はずになっているはずだが。」
フォルダン公爵はニヤリと笑って。
「無理を押し通してお願いしている訳です。国王陛下。この国だってまだまだ魔族の恩恵を受けたいでしょう?」
陛下は思い出すように。
「魔族と結んでいたからこそ、30年前の魔王の被害から逃れたのだからな。それだけではない。今、現在とて秘密の商品取引で互いに助け合っている間柄だ。魔国の作るアクセサリーや織物は高値で売る事が出来る。」
フォルダン公爵も。
「こちらとて助かっているのです。人間の作り出す物は、色々と魔国では人気があるのですから。持ちつ持たれつの関係を崩したくはないのですよ。陛下。」
「仕方がない。マリアンヌには気の毒だが、王命としてローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵とマリアンヌ・マディニアの婚約を破棄し、フローラ・フォルダンと婚約を結ぶようにフォバッツア公爵家に命令を。」
「有難うございます。陛下。」
屋敷に帰ってフローラに報告すると、凄く喜んでくれた。
「さすがお父様。国王陛下を説得するなんて。」
フォルダン公爵は。
「喜ぶのは早い。フォバッツア公爵がどう出てくるかなんて待つ必要はない。攻撃あるのみだ。サラ。これから招待状を書く。フォバッツア公爵家に届けてくれぬか。」
「かしこまりました。御主人様。」
フローラが尋ねる。
「お呼びするのね。」
「そうだ。今度のにちの日。我が家でちょっとした茶会を。その時に承諾してもらおう。お前との婚約を。」
「嬉しいわ。お父様。」
フローラの我儘から果たして絶世の美男、ローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵と婚約できるのであろうか?
茶会の当日、ローゼンは金の刺繍を施した袖のゆったりした洒落た服で馬車でやってきた。
サラが出迎える。
「皆様、庭でお待ちです。」
庭に案内すれば、初秋と言うのに花が咲き誇る美しき庭に、白い丸いテーブルが用意されて、そこに4人の人物が座っていた。
フォルダン公爵が立ち上がり、ローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵を出迎える。
「ようこそ。我が茶会へ。フローラ、ご挨拶を。」
フローラは角を生やし、そこに透き通った薄桃色のベールをひっかけて、ドレスは薄桃色のふわりとした、宝石をあしらわれたドレスを着て、ドレスの裾を両手でつまみ上げ、挨拶をする。
「この間はお世話になりました。フローラ・フォルダンです。」
ローゼンは驚いたように。
「フォルダン家が魔族だという事は陛下から聞いていたが、このように美しく変貌するとは。この間のお嬢さんが。」
「美しさなんて貴方様に比べたら、かないませんわ。お美しいローゼン様。」
優雅に紅茶を飲んでいた二人の女性も立ち上がる。
そのうちの一人が微笑みながら。
「わたくし、第一魔国の魔王、サルダーニャと申します。お会い出来て光栄ですわ。ローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵様。」
「サルダーニャ殿。こちらこそ、魔族と言うのはお美しいものなんですな。」
ローゼンはサルダーニャの手の甲に口づける。
サルダーニャはやはり角を生やして、漆黒のドレスを纏っていた。長い黒髪とそのドレスがキラキラ光っている。
もう一人の女性、アイリーンが黒のふわりとしたドレスの裾をつまんで挨拶をし。
「フローラの姉で第二魔国の魔王アイリーンと申します。この度は妹と婚約して下さるとは、嬉しい限りですわ。」
「いや、まだ承諾した訳では…。」
フォルダン公爵が。
「お茶でも飲みながら、ゆっくりと話をしましょう。フォバッツア公爵。」
どこからか花びらが舞っている。
幻想的で美しい景色。
ローゼンが頂いた紅茶にも薄紅色の花びらがヒラリと舞い込んで。
フォルダン公爵も紅茶を啜って、
「私としてはフォバッツア家と良い縁を結びたいと思っているのですよ。貴方は騎士団長だ。そして重要な政略会議に出席権があり、人望も篤い。是非、フローラを娶って頂き縁を繋ぎたいのです。」
フローラは赤くなってうつ向いている。
サルダーニャが微笑みながら。
「この縁を結んでくれたら、優先的に第一魔国は騎士団と魔道具の取引をしてもよろしくてよ。」
魔道具があれば、使っている武器の性能が、強さが格段とUpするのだ。
「魔道具??」
「そう…欲しいでしょ。」
「それは欲しい。今、ある魔道具は古い物で限界を感じていたのだ…」
「なら、ちょうどいいじゃない。」
アイリーンも赤い唇を扇で隠しながら。
「それなら第二魔国は何をして差し上げようかしら…体力を増強するレブリの実…それを騎士団に売ってあげましょうか?
「レブリの実?聞いた事がないが。」
「疲れが取れて、元気の出る魔族の間では人気の実なのよ…。悪くないお話でしょ。」
フォルダン公爵はローゼンに向かって。
「どっちにしろ王命には逆らえぬでしょう?フォバッツア公爵。ここは是非、婚約を。」
ローゼンは即答した。
「いいですよ。婚姻相手が魔族の方が、面白そうだ。我儘令嬢がマリアンヌ嬢であろうが、フローラ嬢であろうが、どちらにしても変わらないのなら、面白そうな方を取った方が良いでしょう。利もありますし。」
サルダーニャが自らの指先を頬にあてながら、足を組んで。
「いい選択よ。坊や…。」
アイリーンもクスクス笑って。
「素敵な義弟が出来て嬉しいわ。」
その時である。
「愛はないのね…。」
フローラがポツリと言う。
フォルダン公爵が慌てて。
「婚姻とはそういうものだよ。フローラ。」
サルダーニャも。
「そうよ。まぁわたくしは、惚れた男を縄で縛って、連れ帰って強引に夫にしたけれど。」
アイリーンが。
「そうでしたの?サルダーニャ様。あんな逞しい男らしい方を、あれほど、魔族らしいお方はいらっしゃらないのに。」
フローラはぽろぽろと涙を流し、泣き始めた。
「悲しすぎるっーー。ローゼン様に愛されないなんて。」
ローゼンは優しくフローラを覗き込んで。
「それは解らないだろう?私は君を娶ると決めた。マリアンヌには申し訳ないが。
せっかく夫婦になるのだ。歩み寄るように努力してみないか?」
フローラは涙を拭いてローゼンを見つめた。
近くで見ると更にいい男である。
「解ったわ。愛されるように努力してみる。」
ついにローゼンと婚約する事になった我儘公爵令嬢フローラ。
しかし願いが叶って嬉しさ半分、不安が半分って感じで。
風が強く吹いて花びらが舞った。この庭だけ暖かな初秋の午後であった。