魔王退治の訓練での波乱ですわ。
肝心な事をローゼンにすっかり相談し忘れていたフローラ。
それを思い出したのは、翌日、ローゼンに屋敷まで送ってきて貰って、ひと眠りした後だった。
あああああっーー。私ったら。ユリシーズの事、相談するの忘れていたわ。
しかし、明日、聖剣持ち7人を集めて、魔王を倒す練習をしようと、ディオン皇太子から先日、連絡があったことを思い出した。屋敷に送ってもらう途中、ローゼンに念押しされるまで忘れていたのだ。
何だ。そこにユリシーズも来るじゃない。
関係者も全員集まる。
そこで、アイリーンに問い詰めたらどうだろうか?
ディオン皇太子も、自分にやっかい事を頼んだクロードも、相談しようとしたローゼンも皆、揃っているのだ。
フローラの性格上、苦しんでいるユリシーズをほっとけなかった。
だって、自分が屋敷に連れて来て、彼は王宮に保護されることになったのだ。
責任を取らないと。
何だか凄く恐ろしい事になりそうだけれども…。
そして翌日の朝、すっかり天気は晴れ渡り、雪掻きを終えた王宮の広い庭で、魔王を倒す訓練をすることとなった。
北の魔女、オーネットも立ち会ってくれて、黒龍の魔王の幻を出現させてくれるという。
それを相手に戦うのだ。
7人が揃うと、ディオン皇太子は皆に向かって。
「俺と、ローゼンは魔王を拘束する。アイリーンとフローラは、俺達5人に力を送ってくれ。ミリオン、クロード、ユリシーズは魔王への攻撃だ。頼んだぞ。」
皆、解りました。と声を揃える。
オーネットが呪文を唱えると、以前戦ったユリシーズ以外は、今まで見たことがない巨大な黒龍が出現した。
皆、驚く。
ディオン皇太子が、ローゼンに。
「拘束する。行くぞ。ローゼン。」
「承知しました。」
ディオン皇太子が自らの緑の剣に力を込める。
「はぁあああああああああっーーー。」
地面から大きなツタが数本伸びて、黒龍に絡みつく。
ローゼンも金の剣に力を込めた。
「やっーーーーーーーーーーー。」
金色の巨大な網が出現し、これも黒龍に絡みつき、その動きを拘束する。
ディオン皇太子が皆に叫ぶ。
「攻撃しろっ。」
黒龍は拘束を解こうと暴れる。ミシミシと音を立てて、網をツタを振り切ろうとする。
ミリオンが黒い稲妻を纏った剣で、黒龍にまず斬り付けた。
バチっ。
跳ね返されてびくともしない。
クロードも、ユリシーズも飛び上がり、次々と斬り付けるも、傷一つ与えられず、
跳ね返される。
ミリオンが叫ぶ。
「アイリーンっ。フローラっ。ちゃんと仕事してるんだろうな。」
アイリーンが怒りまくりながら。
「パワーを送っているわよ。貴方達に。」
フローラも。
「もう。辛いわっーーーー。これ以上、送れない。」
バチバチバチっ。
黒龍が拘束を振り切って、アイリーンとフローラに向かって大きな口を開け、炎を吐く。
「きゃあああああああっーーー。」
二人に炎が届く寸前で、フっと炎も黒龍も姿を消した。
全員唖然となる。
ディオン皇太子とローゼンは汗がびっしょりで息が荒い。
ディオン皇太子は呟いた。
「これが魔王か…」
ローゼンも。
「抑えきれない…」
オーネットが7人に近づいて。
「まだまだじゃのう。戦略を立てたほうがよいのではないか。」
ディオン皇太子がオーネットに。
「ちょっと、休ませてくれ。皆、王宮の客間に行こう。」
オーネットは背を向けノンビリとした足取りで歩きながら。
「今日はこれで終わりじゃ。二回目はまだ無理じゃろう。また、来週じゃな。」
あっけなく魔法陣を展開し、姿を消してしまった。
王宮の客間のソファで、一番ダメ―ジが大きかったディオン皇太子殿下と、ローゼンはぐったりとソファの背に身を預ける。
あったかい紅茶と焼き菓子が使用人から運ばれてきた。
ミリオンがディオン皇太子に向かって。
「おいっ。大丈夫か?ディオン、ローゼン。」
ディオン皇太子は苦笑いしながら。
「戦略を考えないとな。俺はローゼンと戦略を練る。お前達攻撃陣はどう攻撃するか相談してくれ。アイリーン、フローラも力をどう配分するか相談を。」
皆、了解し、それぞれ、どうするか相談する。
フローラはアイリーンに向かって。
「戦略の前にお姉様、問い詰めたい事があります。お姉様は残虐な方法で、ユリシーズの魂を支配しているというお話を聞きました。それは本当かしら?」
アイリーンがフローラを睨んで。
「誰から聞いたの?そんなはずはないでしょ。証拠はあるというの?」
ユリシーズも断固とした口調で。
「俺は支配なんてされてない。フローラ。君の勘違いだよ。アイリーンと一緒に過ごせてとても幸せを感じているんだ。」
フローラは言葉に詰まる。
「証拠は…ねぇ。クロード。証拠はどうしたらいいかしら。」
クロードは困ったように。
「証拠ないんだよね…」
アイリーンはクロードに詰め寄って。
「貴方なの?そんな根も葉も無い事を言ったのは。許せないわ。」
ディオン皇太子が二人の間に割って入る。
「ユリシーズは我が国の国民になった。アマルゼ王国で探していたユリシーズのご両親は亡くなっていた。
そして、アマルゼ王国との鎮魂祭の交渉も終わった。
だから、勇者ユリシーズの存在を全世界に発表しようと思う。
ユリシーズは我が国で、兼ねて言っていた、王家の名においての慈善活動をやって貰う。
第二魔国の王配でもだ。それは約束だったはずだ。」
ユリシーズはディオン皇太子殿下に向かって。
「勿論。約束は守ります。第二魔国の王配、そして、マディニア王国の勇者としての慈善活動、それは俺のこれからの役目ですから。」
ディオン皇太子はユリシーズに。
「残虐な方法でという所が引っかかる。本当に大丈夫なんだろうな?ユリシーズ。
勇者の名にかけて俺に誓えるか?」
クロードがフローラとミリオンを手招きする。小声で。
「ユリシーズの魂を観察して…揺らぎを感じたら、教えて欲しい。」
フローラが頷いて。
「解ったわ。」
ミリオンもユリシーズの魂をじっくりと見つめる。
「任せておけ。」
アイリーンが3人を睨みつけて。
「貴方達、私を敵に回したいようね。」
ローゼンがユリシーズにきっぱりと。
「これから行う、正義の戦に曇りがあって、戦えるとは思えない。
魔王を倒す。それは勇者ユリシーズの悲願ではなかったのか?残虐な方法で支配されている勇者が成し遂げる事が出来るとは思えない。」
ユリシーズはローゼンの顔を見た後、ディオン皇太子の顔を見つめ、きっぱりと。
「貴方達の杞憂です。俺は支配なんてされていない。勇者ユリシーズの名において誓えます。」
その時である。
ユリシーズの腰に下げていた、青い聖剣から、血がぽとぽとと流れ落ちた。
皆、驚いて聖剣を見る。
フローラが慌てて。
「どこか怪我をしたの?ユリシーズ。聖剣から血が出ているわ。」
ミリオンも驚いたように。
「聖剣から血が出るなんて…お前…」
ユリシーズは叫んだ。
「大丈夫です。俺…なんでもない。なんでもないんだから。」
ディオン皇太子はユリシーズに近寄ると、その顔を覗き込んで。
「無理するな。聖剣は嘘をつかないぞ。アイリーンに何をされた?」
クロードが呟く。
「ユリシーズの魂が…青い魂が…ああ、ヒビが入っている…。こんなに傷がついていたなんて。」
アイリーンがクロードの胸倉を掴んで。
「私の幸せを邪魔する権利なんて貴方にないわ。私を捨てた癖に。邪魔するんじゃないわよ。」
フローラがアイリーンを引き離しにかかる。
「駄目よ。お姉様。クロードに当たっちゃいけないわ。」
ミリオンがアイリーンをクロードから引き離してくれた。
ユリシーズは涙をポロポロ流しながら。
「酷い事された。内容は言いたくない。魂もズタズタにされた。でも、俺が我慢しないと。全てが壊れてしまう。国同士の関係も…魔王を倒す事も…。俺は泣いている女の子を助けたかったのに。なんでこうなっちゃったんだろう。もう、痛いの嫌だ…。痛いの嫌だよう。」
ユリシーズは泣き崩れた。
ディオン皇太子はその背を優しく叩いてやりながら。
「良く耐えたな。さすが勇者だ。だが、もう耐えるな。」
そう言うと、立ち上がり、アイリーンに向かって。
「ユリシーズはマディニア王国の国民であり、勇者だ。身柄は俺が預かる。お前には渡さない。」
アイリーンはディオン皇太子を睨みつけて。
「私に逆らっていいの?第二魔国の魔王よ。私を怒らせたら、戦になるわ。」
ディオン皇太子も、アイリーンを睨みつけ。
「暴虐の魔王に従う程、第二魔国は愚かではあるまい。少なくともフォルダン公爵は、
いかに娘が可愛いとはいえ、そこで戦を起こすとは思えぬ。もし、親バカぶりを発揮するのなら、上等だ。マディニア王国騎士団を率いて、俺が自ら第二魔国に宣戦布告する。」
大変な事となった。
ユリシーズは慌ててディオン皇太子に。
「俺がアイリーンの元へ帰ればいいんですから。皇太子殿下っ。戦だけはやめて下さい。」
ローゼンも諫めるように。
「貴方の命ならば、騎士団を動かす事に迷いはありませんが、魔国を相手に勝てるとは思えません。宣戦布告だけは止めて頂きたい。貴方は皇太子殿下です。戦の宣戦布告の権限はマディニア国王にあります。」
フローラは慌てて、通信魔具を使って父のフォルダン公爵を呼び出す。
王宮に今日はいるはずだ。
フォルダン公爵が慌てて、転移魔法で転移してきた。隣にはマディニア国王も共にいる。
フローラが説明する。
「戦が起きます。お父様、マディニア国王陛下、どうか止めて下さいませ。」
マディニア国王はディオン皇太子に。
「何があったか説明せよ。ディオン。」
「アイリーンが、勇者ユリシーズを残虐な方法で支配していました。だから、ユリシーズをこちらで保護すると言ったら、第二魔国魔王が戦をしかけると言ったのです。ですから、戦を仕掛けるのなら、こちらも宣戦布告すると。」
ローゼンが補足する。
「フォルダン公爵が、第二魔国魔王の肩を持つというのなら、という条件付きです。」
フォルダン公爵はアイリーンに向かって。
「本当かね?アイリーン。残虐な方法で支配。どのような事をしたのか…どれ、ユリシーズに私の魔法で聞いてみよう。」
フォルダン公爵はユリシーズのひび割れた魂にそっと触れて…
された事の全てを読み取った。
凌辱されて、魂まで引き裂かれ、酷い痛みを与えられて。
アイリーンは叫ぶ。
「ユリシーズと私は身体を繋げたのよ。夫婦なの。だからもう逃がさない。」
フォルダン公爵はマディニア国王に向かい、
「娘が大変失礼な事を致しました。勇者に対してその仕打ち。私はリリアの為にも、ユリシーズを守らなくてはいけないのに。ユリシーズ、申し訳なかった。もう、娘の為に苦しむ事はない。そして我が第二魔国は、いかに娘が戦だとわめこうが、私の許可なくして我が魔国の軍は動く事が出来ぬ。今まで通り、第二魔国とマディニア王国は友好国だ。国王陛下、ディオン皇太子殿下、それでよろしいですな。」
マディニア国王は頷いて。
「勿論だ。愛しのシュリッジ。私はお前と争う気は全くない。」
ディオン皇太子も。
「頭に血が上ってしまった。俺もまだまだだな。父上、国を危険に陥れた責任は取りましょう。廃嫡でもなんでもしてください。」
マディニア国王は慌てて。
「お前の斬新な思い付きが、どれ程、この国を豊かにしたか。今回の事は、10日間の謹慎のみとする。破天荒の勇者の国を私も楽しみにしているからな。」
フォルダン公爵はディオン皇太子殿下に右手を差し出して。
「私も貴方の世を楽しみにしている一人ですぞ。ディオン皇太子殿下。」
ディオン皇太子はその手を握り締めて。
「有難う。フォルダン公爵。」
フォルダン公爵は娘のアイリーンに向かって。
「甘やかしすぎたな。アイリーン。お前もしばらく謹慎を命じる。魔国の牢で、今までユリシーズにした事を反省するがいい。」
フォルダン公爵はアイリーンの腕を掴み、転移しようとする。
アイリーンはディオン皇太子、そしてクロードを睨みつけて。
「覚えてらっしゃい。この仕打ち。忘れないわ。」
フローラにも凄い勢いで睨みつけ。
「貴方なんて妹でも何でもない。呪ってやるわ。」
そういい捨て、フォルダン公爵に連れられて姿を消した。
非常にマズイ事になった。
皆、そう思った。
ミリオンがポツリと。
「どうするよ。聖剣持ちが一人減ったぞ。」
アイリーンが持っていた、紫の聖剣がむなしく床に転がっている。
ディオン皇太子なら触れるので、その剣を拾い上げ。
「まったく、困った事になったな。」
フローラが頭を下げて。
「ごめんなさい。私がいけないんですよね。」
ディオン皇太子ははっきりと。
「いや、ユリシーズをそのままにしておいた方が罪だと思う。」
ユリシーズは皆に頭を下げて。
「助けてくれて有難うございます。俺…。出来る事、なんでもやりますから。」
ディオン皇太子はユリシーズに向かって。
「無理はするな。ユリシーズ。さてと、一人減った分、クロード。お前、フローラと共に、皆に力を与える方に回れ。お前の聖剣のみ、それが可能だ。攻撃はミリオンとユリシーズの二人になるが。」
ミリオンがハァと息を吐き。
「正直、きついな。なぁ。聖剣持ちじゃなきゃ、駄目なのかよ。ほら、腕の立つ男が後、二人いるじゃねぇ?そいつら巻き込んだらどうよ。」
ディオン皇太子は成程と頷いて。
「グリザス・サーロッドと、ザビト総監か。あの二人なら攻撃を補足出来るな。」
ザビト総監とは治安隊の総監であり、以前、闇竜退治の時に現地を案内した大男である。
ローゼンが、ディオン皇太子に。
「ディオン皇太子殿下、フローラ、クロード、そして私は、力を使っている間、無防備になります。私達を守る為に、ゴイル副団長と近衛騎士に守らせたら如何でしょう。
防御の訓練を以前、北の魔女の黒龍の攻撃の時に、やっていました。私は力のある者は、聖剣持ちでなくても、使ったらよいかと思います。それが皇太子殿下の今までの人材登用のやり方でしょう?」
ディオン皇太子は納得したように。
「お前らよい事を言う。他にも役に立ちそうな人材が居たら教えて欲しい。次の訓練は来週だ。それまで考えておいてくれ。ローゼン。グリザスとザビト総監に連絡を。後、ゴイル副団長と近衛騎士にもだ。彼らも来週参加させる。」
「承知しました。」
フローラはここの所、凄く疲れた。
トラブル続きだわ。と思った。
ユリシーズが解放されたのは良かったけど、このままで済むのかしら。
お姉様はしつこい方だし、恨みも買ってしまったわ。
それに聖剣持ちが一人欠けて、魔王に勝てるのかしら。
心配ごとばかりだけど、ともかくまた、頑張らないとと思ったフローラであった。
ユリシーズが助かったのはいいけど、波乱だらけですね( ;∀;)どうなるんだろう。




