ローゼン様の部屋から女が飛び出してきましたわ。
フローラは悩んでいた。
ここは、公爵家の自分の部屋である。
ソファに座って頭を抱えていた。
雪が酷いので王立学園は今日はお休みであった。
雪が止んだら国が率先して騎士団だの、治安隊だの、色々人材を総動員して雪掻きをし、
王都の道路を通行出来るようにしてくれるはずだ。
サラが心配して、紅茶をテーブルに置きながら尋ねてくる。
「どうなさいましたか?お嬢様。」
フローラは顔を上げて。
「クロードにね。頼まれたのよ。お姉様がユリシーズを、残虐な方法で支配しているから、どうにかしてやってほしいって。でもね…どのように支配しているか解らないし、お姉様に口出ししたら、それはもう、怒りまくるでしょうし。お父様はお姉様の味方をして頼りにならないでしょうし…。ユリシーズがかわいそうだけど、どうしようもならないわ。」
「それは、大変な事ですね。ユリシーズ様って勇者なんでしょう?魔王復活における戦い大丈夫なんでしょうか。」
フローラはサラの言葉に頭を更に抱えて。
「そうなのよーー。ディオン皇太子殿下に相談しようにも、支配されている証拠もないし、ああ、詰んだわ。」
サラがフローラに。
「そのユリシーズ様って今、どうしていらっしゃるんです?」
「第二魔国の魔界で、お姉様にマナーを教わっているらしいわ。結局、直接、お姉様が教えるって事になって。様子を見に行ったって、会えるかどうか。」
「あの…フローラ様。とりあえず、ローゼン様のお耳に入れておいては如何でしょう。一人より、二人ですよ。ディオン皇太子殿下に説得力があるように、お話して下さるかもしれません。」
フローラは頷いて。
「いいアイディアだわ。有難う。サラ。そうと決まったら、今夜の7時、ローゼン様の屋敷に伺うわ。その事を、サラ、申し訳ないんだけど、ローゼン様の屋敷の転移鏡の置いてある部屋に転移して、屋敷の人に伝えて貰えないかしら。今日はローゼン様は騎士団事務所でお仕事しているみたいだから。」
「承知しましたわ。」
まさか、フローラは、とんだ事に巻き込まれるとはその時に思っていなかった。
夜7時頃になると、フローラはローゼンの屋敷の転移鏡の置いてある、普段、使っていない部屋に現れる。
ローゼンの部屋に向かえば、突如、部屋の中から女性の悲鳴が上がった。
慌てて、部屋に向かって、扉を開ければ、女の子がドンとぶつかってきた。
勢いよく巻き込まれて共に転ぶ。
屋敷の使用人達が何事かと集まってきた。
ぶつかって来た女の子は、黒髪の三つ編みをした少女で、メイド服を着ているが、メイド服は破かれ、スカートも引き裂かれ、見るからに酷い恰好である。
その少女は身を起こすと、フローラに泣きながら訴えた。
「ローゼン様に、私、私、襲われました。襲われたんです…。うっ…うわーーん。」
部屋からローゼンが出てきたが、服装は黒を基調とした、金が入った貴族服をきちんと着こなしていて、不機嫌に。
「この女が部屋にいて、いきなり、叫んで逃げ出した。司法局に連絡しろ。これからこの女を連れて行く。」
少女は泣きながら。
「私が平民だからって、なかったことにしようとしているんだわ。うえ。うええええん。助けて下さいーー。お願いですっ。」
フローラにしがみついて懇願する。
ローゼンはフローラをチラリと見ながら。
「君が私を信じようと信じまいと、我が身の潔白は司法局で晴らす。この女は拷問してでも、魂胆を自白させる。覚悟するがいい。」
少女はさらに泣き出して。
「痛いことされたら、私…私…何もなかって言ってしまう。公爵様に酷いことされたのに。私だけが牢屋に入れられる。助けて下さい。お願い助けて。」
とんだ修羅場に巻き込まれた。
しかし、フローラは、身の内にふつふつと怒りが湧いてきて。
すがりついてきた少女の横っ面を、バシっと平手すれば、その少女は床に吹っ飛んだ。
そして断言する。
「いかに、ローゼン様が、27年間、女性経験が無かったとしても、婚約者の私が来るというのに、猿みたいに、近くにいた女の子に飛び掛かっていくと思っているのなら、貴方はおバカさんですわね。
どういう魂胆か。フォバッツア公爵家とフォルダン公爵家を敵に回したのなら、敵対勢力の仕業かしら。私が取り調べても良くてよ。お話して貰いましょうか。」
「フローラ。」
ローゼンに呼ばれて、ふと振り返ってみれば、これまでに見たことがない爽やかな笑顔で。
「27年間の下りなんだが、誰から聞いたのかね?私はそちらが気になるのだが。」
ま、まずいわ。凄い、地雷を踏んだ気がするわ…
フローラは焦った。
ローゼンは、目くばせをして、使用人に命じ、少女を逃げられないように、縛り上げながら。
「ディオン皇太子殿下か…。セシリア様か…それとも、ミリオンか。大方、あのスーティリアという小娘あたりか。」
どきーーん。
スーティリアが昨日、知り合いでもないのに、いきなり遊びに来て教えてくれたのだ。
婚約者なら知っておいて損はないよーーって。
ここは話を逸らすしかない。
「ディオン皇太子殿下は胸枕に凝っていらっしゃるようですわね…セシリア様の。
私もこの前、オーネット様のお屋敷で、ローゼン様に胸枕を。きゃっ。恥ずかしい。
また、して差し上げますわ。ローゼン様はそれはもう、嬉しそうに甘えて下さったのですから。私も幸せで。」
その場にいた使用人たちは一斉に、ローゼンの顔を見る。
ローゼンはきっぱりと。
「結婚前の男女が、褥を共にするなど、間違っている。いかに婚約中といえども。
胸枕等、二度としなくてけっこうだ。私はフローラ、君と結婚前に褥を共にする事はない。」
「えええええっ。ローゼン様っ。」
「それに、やけにおかしいと思っていた。騎士団事務所に届く手紙が、恋文から、最近、夜のお誘いがやたらと増えた。私に関する噂は、広まっていると思って間違いないだろう。スーティリアめ。今度、見つけたらただではおかぬ。」
雪の中、司法局から騎士が3人、使用人に連れられてすっとんできた。
ローゼンは騎士達に、少女を引き渡し。
「私も立ち会う。自白剤か、それとも鞭打ちか。それ以外の拷問は許可されていない。
自白剤だな…。女、司法局でじっくりと話して貰うぞ。」
少女を引っ立てた騎士達と出て行こうとした、ローゼンに向かってフローラは。
「私も参ります。私の大事な婚約者、ローゼン様に婦女暴行容疑がかかっているのです。
私がこの女の魂胆を吐かせますわ。」
ローゼンはきっぱり言う。
「言っておくが、貴族と平民とでは、貴族が黒を白と言えば、白が通る。特に私は公爵だ。婦女暴行容疑とは失礼な。私の立場になると、平民相手に、容疑がかかる事もない。例え。それが殺人だとしてもだ。」
フローラは両腕を組んで、ローゼンを睨みつけ。
「解っておりますわ。私も公爵令嬢ですもの。でも、貴方が黒を白と言い張るような、お方なら、結婚等、考えられませんわ。」
バチバチと二人は睨み合った。
ローゼンは騎士達と、縛り上げた少女と共に、屋敷を出て行ってしまう。
フローラも追いかけた。
司法局までは歩いて10分だが、雪が深くて、雪掻きもまだしていないものだから、大変だ。
騎士の一人が少女を肩に担ぎあげて、ローゼンを先頭に歩き出す。
フローラも意地で、その後を追いかけるが、膝まで潜る雪は冷たくて。
涙がこぼれる。
ふと見上げてみれば、ローゼンが目の前に立っていて。
「私の背におぶさるがいい。この雪で、行き倒れになったら、フォルダン公爵に会わせる顔がない。」
「ローゼン様なんて、ローゼン様なんて…」
ローゼンは強引に、フローラを背負い歩き出す。
歩きながらポツリとローゼンは。
「胸枕…本当は嬉しかった。使用人達の手前、それを言う事が出来ない。私は公爵だ。
使用人の前では毅然とした態度を見せねばならん。勿論、部下に対しても、周りの人間全てにだ。すまなかった。君を傷つけて…こんな騒ぎに巻き込んで。申し訳ない。」
黙り込んでいるフローラに、ローゼンは言葉を続ける。
「私はディオン皇太子殿下に、このマディニア王国に、顔向けできないような犯罪は、決して犯さない。それは当たり前の事だ。黒を白と言い張る事は決してない。信じて欲しい。」
ああ…この人は本当に、まっすぐで真面目な方なんだわ。そして、優しい方。
フローラはそっと呟く。
「ごめんなさい。貴方の事、全て信じていますわ。愛しています。ローゼン様。とても愛しい方。」
「私も愛している。フローラ。」
ローゼンの背中はとても温かくて。
そうこうしているうちに、騎士団事務所の隣にある司法局へたどり着いた。
中では夜勤の騎士達が待ち構えていて。
ローゼンはフローラを背中から降ろすと。
先にたどり着いた、騎士が担いできた少女を見やり、騎士達に向かって
「これから、拷問を行う。その女が、たくらみを持って私を陥れようとした。背後にいる人間を吐かせる。」
少女はブルブルと震え。
「私は無実ですっ。公爵様に犯されたんですっ。助けて下さいっーーー。」
フローラが近づいて。
「私が魅了を使いますわ。さぁお部屋に行きましょう。洗いざらいお話して貰います。」
拷問部屋はあるのだが、フローラが一緒ということで、客間に通され、少女を縛ったまま、椅子に座らせる。
フローラは少女の隣に座り、ローゼンと、騎士2人が立ち会う事となった。
フローラは少女の顔を間近で見つめながら。
「人間には使ってはいけない魅了。でも、今回は仕方ないわね。さぁ…可愛い貴方。お名前を教えてくれるかしら。」
少女は青い顔をして黙っている。
フローラが自分の一本に縛っていた三つ編みをほどく。
長い金髪がほどけてキラキラ輝き、頭から魔族の角が生え、耳が尖り、美しき魔族の姿になって。
「お願い。お話してほしいの。」
ふわりと、橙の花びらフローラから舞いあがった。
少女の身体の中へ…舞いながら吸い込まれるように消えていく。
少女はうっとりした顔をして。
「愛しのフローラ様。私は、ナツミ。ササクラナツミです。転生者です。」
「まぁ。ナツミっていうのね。ではナツミ。教えて頂戴。貴方を転生させたのは誰?」
「私を呼んだのは、魔導士ディルフィムです。彼は魔族と人間の間に生まれた珍しい例だって言っていました。私の前に、転生者が1人いて、彼女は、王子様を落とすんだって王宮に行ったんですけど、殺されちゃったみたいです。」
ローゼンが口を挟む。
「10年前の転生者はディルフィムの仕業ではないのか?」
少女は首を傾げ。
「さぁ…彼が召喚に成功したのは、私で2人目だって聞きました。」
フローラがにっこり笑いながら。
「可愛いナツミ。教えて頂戴。今回のローゼン様が貴方を襲ったって騒動は、何の目的があったのかしら。」
「アイルノーツ公爵からお金をディルフィム様が貰って、フォバッツア公爵様の信用を落とし、婚約破棄に持ち込んで、フォルダン公爵様との接近を防ぐ目的です。」
ローゼンが納得して。
「やはりそうか。しかし、アイルノーツ公爵を罰する事は出来ない。証拠を掴めない。この女の証言だけではな。」
フローラが再び質問する。
「ディルフィム様ってどこにいるのかしら?」
「普段は魔界にいるって言っていました。確か、第三魔国の西の魔の森。」
騎士達が呟く。
「魔国じゃ手が出ないぞ。」
「どうしましょうか?騎士団長。」
フローラがローゼンに。
「ディルフィムを捕まえても、逃げられてしまいますわ。相手は魔導士ですから。ただし、警告は出来ます。確か、前の転生者の死体。首、残っているかしら?」
ローゼンは頷いて。
「腐らないように加工して残してあるが。」
「その首を返してあげましょう。ディルフィムへ。それとも、ナツミの首を送りましょうか?」
騎士達は青い顔をしてこちらを見ている。
ローゼンは平然と。
「ナツミは北の牢獄へ、春になったら送ろう。それまでは、王都の地下牢で監禁する。
前の転生者の首を返して、ディルフィムがおとなしくなるなら、ディオン皇太子殿下の許可を取って実行してみよう。」
「よろしくお願いしますわ。」
何故、他の人は青い顔をしてみているのかしら。
目には目を。歯には歯を。当り前の事だと思いますわ。私は。
首を相手の家の前に投げ込んでおけば、少しはおとなしくなるでしょう。
第二魔国を相手に、その魔導士も、正体がバレて、敵にしたくはないでしょうし。
魅了を解くと、ナツミは茫然とした顔をして金切り声を上げた。
「この悪魔っーーーーー。私に何をしたの??」
フローラはにこやかに笑って。
「ただ、お話しやすくして差し上げただけですわよ。あ、ご自分の身を心配した方がいいですわね。転生者は北の牢獄送りですから。楽しみですわね。実質死刑判決ですから。」
「ちょっと。私は狂言をしただけじゃない?何で死刑なのよ。」
ローゼンはナツミを睨みつけて。
「我が公爵家の信用を落とそうとした罰だ。フォバッツア公爵家とフォルダン公爵家の仲を引き裂こうとは、転生者は国を乱す。その通りだな。苦しみ抜いて死ぬがいい。」
騎士達がナツミを引っ立てる。
「いやーーーーーー。死にたくない。助けてーーーーー。」
ナツミが叫びながら、連れて行かれる。
フローラは立ち上がって。
「まぁ、もう。夜中ですわね。帰りますわ。でも、帰れるかしら。」
ローゼンも困ったように。
「転移鏡とか、無いのか?」
「置いてきてしまいましたわ。」
「仕方がない。騎士団事務所の客間で今夜は仮寝しよう。」
ローゼンは再びフローラを背負って、隣の騎士団事務所へ移動する。
雪が更に深く積もり、歩くのも大変だ。
騎士団事務所は王宮の中庭と、外と繋がっている、普段、ローゼンが仕事をしている事務所である。
客間のソファで、フローラが腰かければ、
ローゼンが自分で温かい飲み物をカップに入れて持ってきてくれた。
フローラが受け取ってカップの中身を見つめ。
「有難うございます。あら、ミルクなんですね。」
「疲れを取る時に、丁度いい。」
一口飲んでみれば、甘い。
フローラはポツリと。
「今日は大変でしたわ。でも、解決してよかったですわ。首の件は、ディオン皇太子殿下の許可が下りたら、お父様に頼んで、森の彼の家の前に置いておきます。」
ローゼンもミルクを飲みながら。
「よろしく頼む。」
静かな時間、そして何だか眠くなってきた。
フローラはローゼンに寄りかかり。
「とても眠いですわ。」
「ちょっと待っていてくれ。」
毛布を持ってきてくれて、フローラの身体にかける。
「私の膝で眠ってくれてかまわない。」
「いいのですか?」
「おやすみ。フローラ。」
ローゼンの膝の上に頭を乗せて眠ってしまった。
そして、すっかり今日来た用件を忘れてしまっていた。
でも、とても幸せを感じて眠るフローラであった。
ローゼン様のプライドの高さが書けて面白かったです。黒騎士グリザスさんとはまた、違った魅力があって好きですね。でもどちらも基本、真面目君です。




