アマルゼ王国にお使いに行きましたわ。(セシリア皇太子妃御一行)
大雪の朝だった。
セシリア皇太子妃はローゼン騎士団長、魔族のミリオン・ハウエルと、スーティリアと共にアマルゼ王宮の門前に転移した。
アマルゼ王宮には、セシリア皇太子妃は、ここの国の王女なので、間違いなく顔パスだと思われるが。
アマルゼ王国の国王はあまり体調が良くなく、政務から遠のいていると聞いている。
だから、会うのはセシリア皇太子妃の兄にあたるジョセフ・アマルゼ皇太子だ。
第一王子で王位を継ぐはずだった、ユージン・アマルゼは、王族を抜けてしまった。
医師を目指したいといって、今、マディニア王立病院で、ツルハ院長の元、医師をしている。現在はマディニア王国聖女、リーゼティリアの夫だ。
シュリアーゼの兄であり、ローゼンにとっては叔父にあたる国王は、30年前の魔王がアマルゼ王国を中心に魔物達と暴れまわった時に、まっさきに国を捨てて逃げたと聞いている。
そして、皇太子妃カロリーヌはローゼンの最初の婚約者で、マリアンヌの姉である。
何とも複雑な人間関係だ。
大雪の中、門番に取次ぎを頼めば、古くからの門番で、セシリア皇太子妃の顔は覚えているようで、
「これは王女様、お懐かしい。こんな大雪の中を。すぐに取り次ぎますのでお待ちください。」
しばらくすると、王宮の門が開いて、庭を通って、王宮の中に案内される。
案内されながら、ミリオンが。
「マディニア王国の王宮に比べると、質素だな。」
スーティリアも周りをキョロキョロして。
「うん。確かにそうだねーー。」
セシリアが廊下を歩きながら。
「30年前の魔王によって、アマルゼ王国は多大なる被害をこうむりました。いまだに傷跡は癒えないのです。王家だけが贅を尽くして生活する訳にはいかないのですわ。」
ふと、一つの肖像画が廊下にかかっている。
金髪碧眼の、美しい女剣士が白銀の鎧を着て立っている肖像画だ。
スーティリアが。
「あれ?この人、ローゼン騎士団長さんに似ているね。」
ローゼンはスーティリアに。
「これは母の肖像画だ。母はこの国の王女だったからな…」
セシリアが説明する。
「シュリアーゼ様は30年前、魔王を勇者ユリシーズと共に、倒した英雄ですわ。」
スーティリアが感心したように。
「ふーん。セシリア様にもなんとなく似ていると思ったんだ。」
案内人に、王宮の広間に通されれば、ジョセフ・アマルゼ皇太子と、カロリーヌ皇太子妃が待っていた。
ジョセフはセシリアに向かって。
「久しぶりだな。セシリア。元気のようで何よりだ。」
近寄ってぎゅっと抱きしめる。
セシリアも兄であるジョセフを抱きしめて。
「お兄様もお元気そうでなによりです。お父様の具合は如何ですの?」
ジョセフはセシリアから離れて、その顔を見つめ。
「大分、最近は具合が良いようだ。今は、南のもっと温暖な場所で、静養している。」
「それは良かったですわ。」
カロリーヌ皇太子妃が扇を手にして、
「あら。ローゼン様、お久しぶりですわ。相変わらず、お美しいですわね。」
ローゼンは、手を胸の前にやり、優雅に頭を下げ。
「お久しぶりです。カロリーヌ皇太子妃。今日はセシリア皇太子妃の護衛で参りました。」
「あらそう。この大雪の中、ご苦労様ですわ。」
質素な城の中で、カロリーヌ皇太子妃の装いだけは豪華だった。
フリルの沢山ついた桃色のドレスや、沢山の宝石を身に着けている。
マリアンヌの姉だけあって、面差しも似ているのだ。
勝気な美人という感じである。
セシリアがジョセフに向かって。
「明日、お約束通り、朝、10時、ディオン皇太子殿下がこちらに伺います。お願いがあるという事で。」
ジョセフは驚いたように。
「この雪の中、お前達も来た。ディオン皇太子も来るというのかね?」
ミリオンが前に進み出て。
「マディニア王国は魔族とつながりがあるって事を知らない訳じゃねぇだろう。」
スーティリアも胸を張って。
「転移魔法は得意なのよー。明日は大勢で押しかけるからそのつもりでね。」
ジョセフは感心したように。
「成程。我が王国は魔族は悪と決めつけている風習があるが…。30年前の魔王襲撃があってから尚更。私は魔族は悪とは思わない…だが、国民は納得しない。だから魔族とは付き合いがないのだが。うらやましい事だ。」
セシリアが。
「私も魔族の方は知り合いが多いって訳ではありませんが…。少なくとも知っている方は良い方ばかりですわ。この二人もとても親切でよい方々ですし。」
ミリオンとスーティリアを見つめ、セシリアは優しく微笑む。
ミリオンが照れたように髪をポリポリ掻いて。
「セシリア様に褒められると照れるぜ。」
スーティリアも頷いて。
「良い人って訳でもないんだけどねーーー。」
嬉しそうだ。
ジョセフはセシリアに。
「ディオン皇太子に伝えてくれ。明日お待ちしているとな。」
セシリアは頷いて。
「有難うございます。それでは私達はこれで失礼しますわ。」
カロリーヌがセシリアに。
「ディオン皇太子殿下も気の毒ね。私は王子が2人もいるというのに、いまだ子が出来ないなんて。我が王国から良い側室候補を紹介しましょうか?」
セシリアはにっこり笑って。
「側室なら、マディニア王国の王妃様が探してくださっていますわ。お気遣いありがとうございます。」
更に畳みかけるようにローゼンにも。
「ローゼン様もいまだ、結婚されていないとは。年は27歳でしたわね。他の方はもう子がいるという歳なのにお気の毒に。」
ローゼンは頭を下げて。
「お気遣いありがとうございます。やっとフォルダン公爵令嬢との婚約が調いました。2年後には結婚する予定です。」
カロリーヌは扇で口元を隠しながら。
「まぁ。妹のマリアンヌから盗った女ね。はしたない女を婚約者に添えた事。呆れて物が言えないわ。それにローゼン様もお気の毒に。貴方程、有名だと、女遊びも出来ないはずよ。国一番の美しき男が、褥を共にする女性に恵まれないだなんて…貴方、女性経験はあるのかしら。」
皆、あっけに取られていた。あまりのカロリーヌの毒舌ぶりに。
ジョセフがやっと止めに入る。
「セシリアとローゼンに失礼だぞ。カロリーヌ。」
カロリーヌはローゼンに向かって。
「お返事を聞いていないわ。ローゼン。どうなの?」
ローゼンは毅然と、
「経験していないと不便はあるのでしょうか?多忙で現在、やっとフォルダン公爵令嬢を気遣うという幸せを得た所です。男ですからいざとなったら、臆する事無く遂行する自信はあります。その時は自分の熱を全て傾けて、妻を愛してやりたいと思います。」
スーティリアがミリオンに。
「言い切ったよ。この人…。」
ミリオンも頷いて。
「痛い所を突かれたと思ってたけど、平然と言い切ったな…」
カロリーヌはキっとローゼンを睨んで、背を向けてその場を出ていってしまった。
セシリアがジョセフに向かって。
「それでは明日。お兄様。」
「ああ、本当にカロリーヌが申し訳ない事をした。ディオン皇太子によろしくな。」
4人は転移して、マディニア王国の王宮へ戻った。
セシリアはディオン皇太子の姿を廊下で見かけて。
「ただいま帰りましたわ。ちゃんと明日伺うと伝えました。お兄様はよろしくと言っていましたわ。」
ディオン皇太子はセシリアの身体を抱きしめて。
「ご苦労だったな。よくやった。」
後ろにいた3人にも。
「ローゼン、ミリオン、スーティリア。よくやってくれた。ありがとう。」
ローゼンは頭を下げ。
「私は仕事に戻ります。失礼します。」
行ってしまった。
ミリオンはニヤリと笑って。
「いやはや、面白い見物だった。明日も行くんだったな。俺は家でちょっと寝てくるわ。明日な。」
転移魔法で姿を消した。
スーティリアが、ディオン皇太子に。
「セシリア皇太子妃様とローゼン様、カロリーヌ様に虐められてたよ。子がいないとか、女性経験はないだろうとか。」
としっかり告げ口した。
ディオン皇太子は呆れたように。
「ライバル意識を持っているんだろう。セシリアに。似たような規模の王国の皇太子妃だからな。ローゼンには、昔の婚約者とあって、複雑な思いがあるんだろうよ。自分から捨ててジョセフ皇太子に行ったって聞いていたが…」
セシリアがディオン皇太子に向かって。
「女心っていうのは確かに複雑なのですわ。ローゼン様が構ってくれなくて寂しかったのだと私は思います。きっといまだにローゼン様が好きなのだと…」
ディオン皇太子は納得してから。
「まぁカロリーヌの事は…セシリア。申し訳なかったな…嫌な思いをさせて。ローゼンは
凹むような男ではないから心配していないが。」
スーティリアがローゼンの言葉を思い出すように。
「経験していないと不便はあるのでしょうか?多忙で現在、やっとフォルダン公爵令嬢を気遣うという幸せを得た所です。男ですからいざとなったら、臆する事無く遂行する自信はあります。その時は自分の熱を全て傾けて、妻を愛してやりたいと思います。
と言ってましたーーー。」
「あいつらしい。」
ディオン皇太子は笑って。
「明日は頼むぞ。セシリア。スーティリア。」
スーティリアは頷いて。
「了解でーす。私も帰るーー。またねーーーー。」
魔法陣を展開して帰っていった。
ディオン皇太子はセシリアを抱き寄せながら。
「明日が本番だ。頼むぞ。セシリア。俺が上手く交渉できるか…、見守っていてくれ。」
セシリアはディオン皇太子の顔を見つめ。
「大丈夫ですわ。貴方は上手く出来ます。だって破天荒の勇者で、マディニア王国の皇太子ですから。」
雪はさらに降り積もり、あたりを銀色に染めていくのであった。
カロリーヌ様ったら痛い所を突いてきますねぇ。本当に(笑)
いやはや、ローゼン様、堂々と童〇宣言しちゃってる…ほんに冷静な方です。




