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アイリーンの心

初雪がチラチラと舞っていた。

王宮の庭の寒い夜、アイリーンは一人、黒のドレス姿で騎士団の寮の前で立っていた。


― ねぇ…嘘だと言って…。クロード。私は貴方を愛しているのよ…

今すぐ。抱き締めて嘘だと言って… ―


涙が溢れて頬を伝う。


しかし、アイリーンはクロードに会う事が出来なかった。


幼馴染で古い付き合いである。


彼が否と言ったら折れない性格なのもよく知っていた。


それでも、優しくて優しくて…。クロードの事が大好きだった。


諦めきれない。


もし、フローラの言った通り、ピンクの髪のふわふわした胸の女が、騎士団寮に忍んできたら、惨殺してやるつもりだった。


クロードは自分を許さないだろう。


憎しみでもいい…。クロードの心に自分の事をしっかりと残すのもまた、いいのではないかとアイリーンはうっとりと思った。


ふと、騎士団寮から出てきた人物に声をかけられる。


「アイリーン?何をしているんだ?こんなところで。」


聖剣を持っているという30年前から目覚めた勇者ユリシーズである。


親しい訳でもなく、この間の馬車の旅でも、一言も話す機会が無かった相手だ。


アイリーンはフンと横を向いて。


「私が何をしていようと、貴方には関係ない事だわ。」


ユリシーズはアイリーンの手を握り締めて、


「風邪を引くよ。雪降っているし、王宮の俺の部屋へ行こう。あったかい物でも飲もう。」


「ちょっと何するのよ。」


「あ、ごめん。」


ユリシーズは慌てて手を離し。


「いきなり男性の部屋なんて行ったらマズイよね。それじゃ、聖女様のお部屋であったまろう?」


アイリーンは首を振って。


「聖女様なんて、嫌いだわ。いい人ぶった嫌な女。」


「それじゃ、俺の部屋だ。やっぱり。ほら、行くよ。」


アイリーンはユリシーズが今、住ませて貰っている王宮の部屋に連れ込まれてしまった。


部屋に入ると、ソファに座らされ、羽織る物を持ってきてくれて、アイリーンの身体に羽織らせてくれる。


ユリシーズはあったかいミルクを貰ってきて、カップをアイリーンに手渡してくれた。


―  ああ…身体があったまるわ。 ―


身体があったまったら、改めて涙が出て来た。


ユリシーズは目の前のソファに腰かけて。


「何て声をかけていいか…。でも、俺、アイリーンが悲しいととても辛い。だって、リリアの娘さんには幸せになって欲しいから。」


アイリーンはユリシーズを涙が流れる瞳で見つめ。


「貴方はお母様と親しかったのよね。」


ユリシーズは懐かしむように。


「俺…5年位…リリアの住む教会で、字を習ったり武器の使い方を教わったりしてたんだ。

まぁ字を書くのはいまだに苦手だけどね。本も読んでくれたなぁ…。あの人は俺の初恋の人だったな。もう。亡くなってしまった事を聞いた時は辛かったけど。」


「まぁ…そんなに親しかったなんて。」


「育てられたもんだよ。リリアは女神様だから、なんでも凄くて…。」


ユリシーズが急に瞼を閉じて、両腕を差し出せば、両手首にキラキラ光り、細かい彫り物が施された銀の腕輪が出現した。


アイリーンはその腕輪をうっとりと見つめ。


「綺麗な腕輪ね。」


「リリアの形見になっちまったな。この腕輪…。色々な物に変化するんだ。剣と盾とか…」


腕輪が金色の剣と盾に形を変え、ユリシーズの手に握られる。


ユリシーズはその剣と盾を見つめながら、


「俺、聖剣なんていらないんだけどね…。ううん…聖剣じゃないとやはり、魔王は斬れないのかな。」


アイリーンも頷いて。


「聖剣は力が違うと思うわ。握ったら、剣が喜んで…私の力を引き出してくれそうな気がするの。」


ユリシーズは腕輪の形に武器を戻して、今度は青の聖剣を持ってきて握り締める。


青の聖剣を鞘から抜けば、キラキラと輝いて、まるで喜んでいるようで。


「ああ、何だか違うな…。俺も力が湧いてくるのを感じるよ。」


しばらく抜いて聖剣を見ていたユリシーズだったが、聖剣を鞘に戻すとアイリーンに向かって。


「あ、雪が酷くなってきた…。魔族だったら、魔法陣とかで移動できるだろう?もう、お帰り。ゆっくりお風呂にでも入って、美味いもん食べて寝たらいいよ。」


アイリーンは首を振って。


「嫌よ。眠れない…。クロードに捨てられてから眠れないの…。瞼を瞑ると思い出されて。

二人で踊ったダンス…。二人で出かけた場所…。何もかも。思い出されて。私をこんな目に合わせた女を殺そうと思ったの。だからあそこに立っていたわ。ズタズタに引き裂いて殺してしまいたい。」


ユリシーズはアイリーンをぎゅううっと抱きしめて。


「駄目だよ。そんな事をしては。君には笑っていて欲しいから。ね?それじゃ今夜は添い寝してあげる。勿論、淫らな事はしないよ。リリアに恩返ししたいんだ。フローラはシュリアーゼの息子さんが幸せにしてくれそうだし、俺がアイリーンの幸せを願ったら喜んでくれるかな。勿論、友達として。」


アイリーンは頷くとユリシーズと、ベットで添い寝した。


ベットの中で、ユリシーズはアイリーンの話を聞きたがった。


「ねぇ…アイリーンは何が好きなの?君の聖剣は紫の宝石のようだって事だけど、宝石が好きなのかな?」


アイリーンはユリシーズの顔を見ながら。


「そうね…綺麗な宝石が好き。第二魔国は彫金が盛んなのよ。だから、私自ら時々、工房に立ち寄って、チェックするの。腕の良い職人さんが居て、素晴らしい作品を作るわ。特に出来が良かった物をマディニア王国の王妃様が買う事もあるし、高位貴族が買う事もあるけど。私が買ったりフローラが買ったり…。サルダーニャ様が買ったり。」


ユリシーズは笑って。

「凄い世界だね。俺なんて田舎育ちだから、今一。解らないけど。でも、一度は魔界に行ってみたいな。知らない世界を見てみたい。あ…でもきっと…魔王が閉じ込められているあそこは魔界なんだろうな。」


アイリーンはユリシーズに近づいて胸に抱き寄せその髪に手をやり、優しく撫でて。

「30年間も氷の中にいて寒かったでしょうね。お母様も貴方を魔王と共に置いていって心残りだったでしょうね…」


ユリシーズは赤くなりながら。

「いや、意識が無かったから、ぜんぜん寒くなかったと思う。その距離はマズイよ。」


アイリーンはユリシーズの耳元で。

「貴方は第二魔国の魔王の王配に興味はないの?フォルダン公爵を継ぐことは?私と結婚すれば、どちらも手に入るわ。」


ユリシーズは慌てて離れて。

「俺、そういうのには興味ない。ディオン皇太子殿下に言われたんだ。色々な人に会って、勇者ユリシーズとして希望を与えてやってくれってね。それじゃ逆に聞くけど、それらを取ったらアイリーンに何が残るの?男に権力をチラつかせちゃ駄目だよ。嫌がるよ。」


アイリーンは不機嫌に。

「だって仕方がないじゃない。私は第二魔国の魔王になる為に、その為だけに生きてきたんですもの。私だって人間の国でフローラみたいに自由に生きたかった。学園に通って、色々なお店で買い物して…。魔界は闇の世界だけど、この世界は光に溢れている。私に光の世界は似合わないのにね。」


「似合わないなんてことはないよ。今度、光の世界で一緒に遊びに行こう。価値観とかまったくあわないと思うけど、俺の価値観で遊んじゃうと思うけど…。友達としてさ。あ、勿論、魔界にも連れて行って欲しいな。君の治める世界も見て見たいし。」


ユリシーズは眠そうに伸びをした。


「そろそろ眠いや。アイリーン。君は眠れそう?」


アイリーンはユリシーズを再び抱きしめて。


「貴方が添い寝してくれたら、眠れるかもしれないわ。」


「うわ、胸が顔に当たるんだけど。逆に眠れないよ。」


慌てて身を起こすと、アイリーンの額にちゅっとキスを落として。


「おやすみなさい。アイリーン。良い夢を。」


アイリーンは微笑んで。


「今日は有難う。貴方に会えなかったら、私…あそこでずっと泣いていたわ。」


「クロードの事を忘れられないと思うけど、気晴らししたいなら遊びに行くの付き合うから、ね?おやすみなさい。アイリーン。」


アイリーンはやっと眠れるような気がした。


ユリシーズの手を握り締めなら、いつの間にか眠りについていたのであった。


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