貴方は誰?ねぇ…誰なの?
フローラは張り切っていた。
今日は王宮の庭で行われる演武会。マディニア国王や王妃様はじめ、高位貴族が招待されている中、騎士団が演武を見せるのだ。
演武とは華麗な馬術で槍を交わしたり、剣を交わして素晴らしい剣技を見せるイベントである。
ローゼン騎士団長も演武を見せる事になっているのだ。
フローラは思いっきりお洒落をして綺麗な桃色のワンピースを着て、上にふわふわした襟の着いた白いコートを羽織る。
サラがうっとりしたように。
「お嬢様、今日もお綺麗です。サラは誇りに思いますわ。」
ルシアも部屋の前に出迎えに来ていて。
「お嬢様、さぁ参りましょう。旦那様は先に会場にいらっしゃいます。」
「有難う。ローゼン様の演武楽しみだわ。貴方達の席も用意してあるから、一緒に楽しみましょう。」
サラが喜んで。
「えええ?いいんですか。」
ルシアも嬉しそうに、
「有難うございます。騎士団の演武、見てみたかったんですよ。」
フローラは二人が喜んでくれてとても嬉しくて。
「当然よ。貴方達は私の家族同然ですもの。さぁ参りましょう。」
馬車で会場である王宮の広場の前に乗り付けると、王宮の外なのに人が沢山いた。
女性達も沢山いて、ローゼン目当てのようで、キャーキャー騒いでいる。
フローラは思う。
なんて私は恵まれているのかしら。あの美しきローゼン様の婚約者で、演武会もいい席で見られるなんて。
馬車から降り、サラとルシアを従えて、堂々と中に入る。
門の入り口を警備している騎士は、貴族の顔は確実に覚えている騎士で、フローラがにこりと微笑めば。
「フローラ・フォルダン公爵令嬢様ですね。さぁどうぞ。フォルダン公爵は中にいらっしゃいます。」
「有難う。」
優雅に礼をいい、会場の中に入る。
入れない人々からは羨望の眼差しを受けて、更に優越感に浸る。
まだ、演武会は始まってはいない。
客席に行こうとすると、ローゼンに声をかけられた。
「フローラ、良く来てくれた。」
「まぁ、ローゼン様。待っていて下さったのですか?」
「演武の控えの席にいたんだが、君の姿が見えたんでね。」
二人は見つめ合う。
白銀の鎧、紋章の入った白いマント、手に持った兜。
流れる金髪、青い瞳。
いつ見ても美しいその顔立ち。
青空の下、微笑んでくれたローゼンは特に美しかった。
フローラは、ぽっと赤くなる。
「本当にお美しいですわ。特に今日は。」
「君が応援に来てくれたお陰だろう。」
「まぁ、ローゼン様ったら。」
ふと周りの目を見て見れば、何だか、皆、面食らっているようで。
騎士団の一人がぼそっと。
「騎士団長でも笑う事があるんだ…」
ローゼンはチラリとその騎士に向かって。
「失礼な。私だって笑う事位あるぞ。」
「だって…なぁ。騎士団長。いつも不機嫌な顔していらっしゃるから。」
他の騎士も同意する。
「確かに…不機嫌な顔が多いです。」
「それはだな。そもそもお前たちが。。。」
騎士団員達は慌てて。
「失礼しまーす。」
「俺も失礼します。」
蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
ローゼンはフローラに向かって優しく。
「ゆっくりと見ていってくれ。それじゃ後で。」
ぎゅっと抱き寄せて額にキスを落としてくれて。
「人が見てます。」
真っ赤になって言えば、ローゼンは。
「皆、逃げて行った。今は二人だけだ。」
いやその…背後にサラとルシアが控えていて、二人とも困ったような顔をしていた。
ローゼンが行ってしまうと、サラが。
「私達は人の数には入っていないんでしょうかね??」
フローラがオホホと笑って。
「いつも一緒だからかしら。さぁ参りましょう。」
客席に上がろうとすると、ふいに背後から声をかけられた。
「リリア…。リリアじゃないか?」
「え?」
振り向くと、黒髪の薄汚れた服を着ている若い見知らぬ青年に声をかけられた。
「いえ、違いますわ。私はフローラ・フォルダン公爵令嬢です。」
「いや、ごめん。知り合いに似ていたものだから。」
「知り合い?」
「ああ。たぶん、知り合い…。俺、自分の名前さえ思い出せないんだ。だけど、リリアって人の顔だけは覚えている…きっとリリアは大事な人なんだ。」
そういうと、その青年は膝をついて気分悪そうに。
「頭が痛い…」
「大丈夫??病院に連れていきましょうか?」
「大丈夫…仕事に行かないと…。こんな俺でも雇ってくれている親方に申し訳ないから。」
そういうとその青年はフラフラと立ち上がり、歩き去ってしまった。
サラがポツリと。
「お嬢様のお母様、お名前、リリア様じゃなかったでしたっけ?」
フローラが頷いて。
「ええ…確か、リリアだったわ。幼い時に亡くなったって聞いたけど。」
フローラは走り出す。
「待って?」
青年の背に向かって叫んだ。
「貴方は誰?ねぇ…誰なの?」
青年は振り向いて。
「だから、思い出せないんだって。気が付いたらこの町に居た…一月ぐらい前かな。
俺、どこから来たんだろう。今までどこで何をしていたんだろう…リリア…会いたい。」
客席から、シュリッジ・フォルダン公爵が降りてきた。
「フローラ、何をしているんだね。」
「お父様、この人が…」
明らかにフォルダン公爵の顔色が変わった。
「君は…なんてことだ。災厄が…」
フローラがフォルダン公爵に説明を求める。
「災厄って何ですか?この人は記憶喪失らしいの。一月前にこの王都に来て。リリアって人を探しているんですって。」
「ともかく、家に帰ろう。君も来るんだ。」
フォルダン公爵は青年の手を取る。
青年は首を振って。
「嫌だ。貴方は誰なんだ?」
「私はシュリッジ・フォルダン公爵だ。リリアの事について話がある。私はリリアを知っている。」
そう言うと青年は頷いて。
「それなら行きます。話を聞かせてくれませんか?」
演武会どころでは無くなった。
騎士の一人に急用が出来たとローゼンに伝言を頼んで。フォルダン公爵と共にフローラとサラとルシアは、青年を連れて帰宅した。
屋敷に青年を招き入れようとするも、青年は困ったように。
「俺、汚れているから申し訳なくて。お金もそれ程、貰えなくて…土掘る仕事しているし。」
フォルダン公爵がサラに向かって。
「この人を風呂に入れて差し上げなさい。サラ。」
「かしこまりました。」
青年は風呂に連れていかれ、綺麗に身体を洗うように言って、フォルダン公爵とフローラは居間に座って、紅茶を飲みながら青年が風呂から出るのを待った。
フォルダン公爵が着替えを貸して、こざっぱりした服装に着替え、青年もソファに腰かけ、紅茶をもらう。
焼き菓子も出してあげれば、喜んで食べた。
「美味いなぁ。これ…。とても美味しいよ。」
フローラは微笑んで。
「それは良かったわ。このお店の焼き菓子は美味しいのよ。」
フォルダン公爵がふと思い出したように。
「そういえば、サルダーニャ様が言っていたな。第一魔国の封印の森で異常があったから、結界を強めておいたと。」
フローラが不思議そうに。
「なんですの?お父様。あの結界の森って。」
フォルダン公爵は紅茶を啜ってから。
「昔、魔王が封印された場所だ。昔といっても30年前に。」
「なんですって?」
フローラが驚く、紅茶のお代わりを注いでいたサラも驚いて。
「異常が認められたって、どのような異常ですの?旦那様。」
「それはだな。封印が弱まったのを感知したとの事で、魔導士を総動員して結界を強めたということだ。異常の原因は…」
チラリと青年を見つめる。
「俺なんだ…きっと。」
青年はポツリと。
「何だか思い出してきた…俺…ルシェル・フォルダンとかいう男に生贄にされたんだ。巨大な滝の傍で黒龍である魔王を封印するために、30年前、魔王と共に氷漬けになったんだっけ。リリアも一緒にいたはずだけど…彼女はどうなったんだ?」
フローラが目を見開いて。
「ルシェル・フォルダンっておじい様じゃなかったかしら。」
フォルダン公爵が頷いて。
「そうだ。私の父上だ。そして私は父上から封印の森に魔王が封印されているという事を知っていた。父上から聞いて。そこで、美しき女神を手にいれたんだ。」
フローラも青年も驚く。
「それがお母様なのね。」
「それが女神リリア。」
二人同時に叫べば、フォルダン公爵は頷き。
「私はリリアの封印を解いて、連れ帰った。そして妻となって貰ってアイリーンとフローラ、二人の娘を授かる事が出来た。だがリリアは病にかかってあっけなく…」
青年はショックを受けたように顔を覆う。
「リリア…リリア…もう君はいないんだね。」
フローラはフォルダン公爵に。
「お母様はお父様を愛していたのかしら?」
「リリアは使命に生きる女神だった…私と婚姻することで、二人の娘を得る事で再び復活するであろう魔王を今度こそ倒す聖剣を手にする事の出来るお前達に先の使命を託したのだ。最後まで遠くを見つめていた。私の事もお前達の事も愛してくれていたがね。きっと、君の事が心残りだったのだろう。君は…勇者 ユリシーズ なのだから。」
フローラがユリシーズを見つめて。
「そうなのね。ユリシーズって、魔王を倒した後、行方不明になった勇者って、伝説になっていたけれど、貴方だったのね。」
サラもユリシーズをしげしげと眺めて。
「お逢い出来て光栄です。ユリシーズ様。ユリシーズ記念日なんてある位、貴方は英雄なんですよ。」
ユリシーズは悲しそうに。
「ああ…リリアが死んでしまって…そういえば、両親やじいちゃん、ばあちゃんはどうしているんだろう…生きているかな…。シュリアーゼは元気でいるんだろうか…」
涙をぽろぽろと流して、フローラにフォルダン公爵に問いかけてくれば、フローラが。
「シュリアーゼ様ならお元気ですわ。私、シュリアーゼ様のご子息であるローゼンシュリハルト様と婚約しておりますの。お会いしたければいつでもお連れ致します。ご両親の事も探して差し上げますわ。」
フォルダン公爵がフローラに向かって。
「お前は婚約者の居る身だ。シュリアーゼ様に会わせる仲介をするのは、かまわぬが、両親の事は私が調査機関を使って探してあげよう。それから、ユリシーズ様。貴方は王宮で保護して貰う事になる。それでよろしいですかな。大事な身体ですから。」
ユリシーズは頷いて。
「お任せします。フォルダン公爵。色々とありがとう。フローラ、それからサラにも礼を。ありがとう。」
フローラは転移鏡を使えば、シュリアーゼにはすぐに会わせる事が出来るので、すぐにユリシーズを会わせてあげる事にした。
転移鏡を居間に置き、ユリシーズを連れてフォバッツア公爵家の領地にあるシュリアーゼの家に転移する。
シュリアーゼは居間で夫のアスティリオと共にお茶を飲んでいる所であった。
フォバッツア公爵家の使っていない部屋に転移鏡の一つが置いてあるので、そこに出る事が出来る。
そこから、居間をノックすれば、どうぞと声がして。
フローラが顔を出す。
「こんにちは。アスティリオ様、シュリアーゼ様。」
アスティリオが嬉しそうに。
「おおっ。フローラ。今日は演武会ではなかったのか?」
シュリアーゼも手招きして。
「さぁいらっしゃい。丁度、美味しい焼き菓子を食べていた所なのよ。一緒にどうかしら。」
フローラは微笑んで。
「お客様をお連れしました。30年ぶりの。」
フローラの後ろからユリシーズが顔を出す。
「シュリアーゼ?」
シュリアーゼはユリシーズを見て信じられないという顔をして、立ち上がり。
「ユリシーズ??」
近づくと、顔をまじまじと見つめ、そしてぎゅうううっとユリシーズに抱き着いた。
「お前は馬鹿か?今までどこに行っていたのだ。私はどんなに心配したか?解っているのか?」
言葉が30年前の男言葉に戻ってしまう。あの頃のシュリアーゼは女剣士で男言葉でユリシーズと話をしていたのだ。
涙がこぼれる。死んだと思っていた友人に会えたのだ。
ユリシーズも泣きながら。
「ごめん。結婚式に行くって約束していたのに…俺。行けなかった。ほんとにいなくなってごめん…」
「いいんだ。いいんだ。こうして会えたんだから。私は嬉しいよ。」
二人はしばらく抱きしめ合って泣いていた。
やっと落ち着いて。4人で紅茶と焼き菓子を食べながら。
ユリシーズはアスティリオとシュリアーゼに今までどうしていたか説明する。
「って訳で魔王を封印するための生贄になって氷漬けになっていたんだ。30年間。
リリアには死なれてしまうし、俺、生贄の役目、ほっぽって出てきてしまったみたいだし…戻った方がいいのかな。」
フローラが首を振って。
「魔導士が結界を張っているから、しばらく持つと思うわ。マディニア王国のディオン皇太子殿下が、今の勇者なの。ユリシーズ様はこれから王宮に保護されることですし、彼に会ってみたら如何でしょう。
聖剣が7つもあるのよ。1つだけ持ち主が見つからなかったんだけど、きっと貴方が持ち主なのね。」
ユリシーズは安堵したように。
「本当はもう、氷漬けになんてなりたくなかったんだ。いい加減に、俺、結婚したいよ。相手いないけど。」
シュリアーゼが微笑んで。
「お前は昔から、結婚したい結婚したいって言っていたからな。」
フローラに向かって決意したようにユリシーズは。
「有難う。フローラ。ディオン皇太子殿下に会ってみるよ。そして今度こそ、魔王と決着をつけられるような気がする。」
アスティリオがユリシーズに。
「君なら苦難を乗り越えられると信じている。どうか、この国の平和の為に、魔王を倒してくれ。」
ユリシーズは頷いて。
「頑張ってみます。」
フローラは思った。
あ…演武会。見ないで帰ってきてしまったから、ローゼン様が心配しているだろうな。
「私、帰らないと。演武会が終っていますから、ローゼン様が心配していますわ。」
立ち上がり、慌ててお辞儀をし。
シュリアーゼがユリシーズに。
「今宵はここに泊まっていけ。積もる話でもしようじゃないか。」
アスティリオも。
「私も君とじっくりと話がしたいと思っていたのだ。」
フローラが二人に向かって。
「明日。迎えに来ます。ユリシーズ様をよろしくお願いします。」
ユリシーズを置いて、屋敷に戻ると、案の定。ローゼンが訪ねてきていた。
居間に通されると心配そうにフローラとフォルダン公爵に向かって訪ねる。
「国王陛下も、フォルダン公爵が会場を後にしたと聞いて心配なさっていた。何かあったのですか?フォルダン公爵。」
フォルダン公爵は。
「ユリシーズ様が見つかった。」
「あの、伝説の勇者がですか?」
フローラも頷いて。
「ええ…詳しい事を説明します。」
フローラはユリシーズが30年間、魔界の封印の森で、巨悪の魔王を封印して氷漬けになっていたこと、新たに魔導士達が結界を張って魔王を封じ込めていること。これからはユリシーズを王宮に保護を頼む事、今は領地のフォバッツア公爵家に泊まっていることを説明した。
ローゼンは納得し、
「母とユリシーズは友だったと聞いている。積もる話でもあるのであろう。それにしても、魔導士の結界は永遠に持たぬものなのだろう。北の魔女に会わねばならぬな。」
「北の魔女って?」
「我が騎士団に、黒龍の幻を時々出現させて、鍛えてくれていた魔女だ。30年前に暴れていた魔王について詳しいらしい。」
フローラがこぶしを握り締め。
「それでは会いにいきましょう。その北の魔女とやらに。それとは別に魔王について色々と調べたほうがよさそうね。なんだか燃えてきたわ。」
フォルダン公爵は慌てて。
「フローラ。全てディオン皇太子殿下の指図を仰ごう。あの方が今の勇者だ。それからマディニア国王の指示もな。それでよろしいですかな?フォバッツア公爵。」
「私に異存はありません。明日にでも国王陛下とディオン皇太子殿下にお会いして相談致しましょう。貴方もご一緒に。」
「承知しました。フローラ。お前も来なさい。」
「了解しましたわ。その時にユリシーズ様もお連れいたしましょう。」
とんでもない事になりつつあると思った。
これからどうなるか、不安なフローラであった。
やっとユリシーズが出てきました。(ユリシーズ外伝にした甲斐があった)




