魂の支配(クロードサイド)
クロードは最近、入団した死霊の黒騎士、グリザス・サーロッドの朝晩の鎧の清掃を任されるようになった。死霊なので鎧を取ると成仏してしまう。だから着たまま清掃するしかないのだ。そしてそれはディオン皇太子殿下の命令である。
今日も騎士団の午後の講習が終わり、夕食を食べた後、グリザスの鎧の清掃をしながら、雑談してから自分の部屋に戻る。
グリザス・サーロッドは200年前にアマルゼ王国との戦で殺された黒騎士だ。
黒の鎧姿で、顔は兜に覆われていて異常な空気を醸し出している死霊だ。
そんな死霊を騎士団に入団させたディオン皇太子殿下は変わっているなぁと思うが、
グリザス・サーロッドは悪い人ではない。
騎士団の剣技の指導者として入団したので、剣技の指導は熱心にやってくれるし、学が無いというので、午後のゴイル副団長の講習を一緒に受け、共に勉学に励む姿は真面目そのものだ。
そんな彼の勉学の面倒を他の見習い達も共に見てくれるようになった。騎士団見習いの他の19人との絆が、この間の闇竜退治や、グリザス入団のお陰で強まったと思える。
だから、そんな彼を仲間と思い、面倒を見てあげるのは苦ではなく、楽しかった。
ベットで寝転がっていると、通信鏡が光り、その中から婚約者のアイリーンがふわりと部屋に現れた。
「クロード。貴方、忙しそうね。最近、貴方に会えなくて寂しいわ。」
仰向けのクロードに抱き着いて来た、魔族の角を持ち、黒の豪華なドレスを着たアイリーンの髪を優しく撫でて。
「新しく入団した騎士の面倒を見るように言われたんだ。ディオン皇太子殿下に。
それに小試験もあったりしたから。忙しくて。」
アイリーンは間近でクロードの顔を見つめながら。
「ねぇ。いい加減に私の王配になって第二魔国にいらっしゃい。貴方は私の婚約者なのよ。
いつまで待たせる気。貴方と婚姻して一緒に第二魔国を治めましょう。」
クロードは首を振って。
「何度も言うようだけど、俺は近衛騎士を目指しているんだ。今が最高に楽しくて楽しくて。退団する気なんてない。絶対に試験に合格して、まずは正騎士になる。見習いのみんなと一緒になれるといいなぁ。」
「許さないわ。貴方は私を愛していないの?」
「愛しているよ。アイリーン。だけど俺の生き方は変えられない。」
アイリーンの目が光って、身体が闇色に光りだした。
「アイリーン?」
「クロード。貴方を支配してでも私と婚姻して貰うわ。貴方の魂ってとても綺麗で…欲しくて欲しくて仕方がなかったの…」
クロードは身を起こす。
アイリーンは強引にクロードに口づけをしてきた。
クロードの頭の中に言葉が響く。
― ああ…なんて綺麗な魂…。青く光っているわ… その魂を私色に染めてあげる… ―
― いやだ…っ。皆と一緒に…俺は近衛騎士に… ―
クロードの青く輝く魂に、闇色が絡みつく。
それはゆっくりとクロードの魂をむしばんでいく。
クロードは仰向けに倒れこんだ。
霞む意識の中、魔族の力を発揮し、その闇色を弾き飛ばそうとする。
アイリーンの涙か?熱い物がクロードの顔にぽたりと落ちる。
「愛しているわ。クロード。いい子ね。お願いだから抵抗しないで。」
クロードのうつろな瞳からも涙が一筋こぼれる。
闇色がその青く輝く魂をじわじわとむしばんでいく。
その時である。
部屋の扉が、ドカーーーンと音を立てて破壊された。
ギルバートとカイルが転がるように部屋に飛び込んで来る。
ベットの上のアイリーンを突き飛ばして、ギルバートがクロードを揺さぶり起こした。
「しっかりしろ。クロードっーーー。」
ベットの下の床に落とされたアイリーンはギルバートを睨みつける。
「人間風情が良くも…邪魔したわね…殺してやる。」
「その前に首をはねてやるが…クロードの為なら容赦はしない。」
ひやりとした剣の先がアイリーンの首筋に押し当てられていた。
見上げてみれば、異様な空気を纏った背の高い黒騎士グリザスが、剣の先をアイリーンの首筋に突き付けている。
アイリーンはグリザスを睨みつけて。
「死霊のくせに…魔族に逆らう気?」
「残念ながら俺の時代に魔族はいなかった。怖さが解らない。」
首に押し当てた剣に力を籠めれば、血がアイリーンの首筋からすうううっと流れる。
勢いあまって床に転がっていた太目の体形のカイルが慌てて。
「まぁまぁまぁ。アイリーンさん。首っ…手当しますから。グリザスさん、ここは剣を引いて。」
ギルバートは「しっかりしろ」と叫びながら、ぺちぺちとクロードの頬を叩いているが、ぼんやりしているようだ。
グリザスが剣を引いて鞘に納めると、カイルがクロードの部屋にある救急箱でアイリーンの首筋の傷を手当する。
そして、カイルはアイリーンに向かって。
「俺、無理強いはいけないと思う。」
ギルバートもアイリーンに向かって。
「クロードをもとに戻してくれ。大事な仲間なんだ。」
グリザスも身を屈めて。
「俺からも頼みたい。クロードには色々と面倒を見てもらった。大事な騎士団の仲間だ。」
アイリーンは叫んだ。
「私だってクロードが必要なのよ。大事な大事な愛する人なの。どうして私が我慢しなければならないの。なんでいつもいつも我慢しなければならないの。フローラは我慢しなくていいのに、なんで同じ双子に生まれてやりたい事も出来ずに生きていかなければならないの。許せない。クロードだけは我慢できないわ。」
クロードがぼんやりした瞳で、それでもベットの上からアイリーンに手を伸ばして。
「ごめんな…アイリーン。傍にいてあげられなくてごめん。俺…それでも騎士団にいたいんだ。」
「クロード。」
アイリーンは差し出されたクロードの手を握り締める。
魂の呪縛からクロードを開放する。
「ごめんなさい。あまりにも寂しかったものだから。」
クロードは身をゆっくりと起こすとアイリーンを抱きしめた。
「俺の方こそごめん。もっと君との時間を取らないとね。」
ギルバートがそそくさと。
「お邪魔虫のようだから、良かった。クロード。それじゃおやすみ。」
カイルも壊れた扉に向かって歩いて行き手をひらひらと振って。
「おやすみなさーい。」
グリザスも扉に向かい。
「それでは失礼する。」
3人が部屋を出て行くと、クロードは優しい眼差しでアイリーンに向かって。
「知っているかい?魂と魂の触れ合いは一方的な物だと、苦しみしか生まれないけど。両方が同意だと、とても幸せな物になるんだよ。」
「本当?」
「ああ…試してみようか。」
二人は共に抱きしめ合い、瞼を瞑る。互いの魂を探し当て、互いの魂を感じ合う。
青く美しく輝く魂と、紫色に輝く高貴な魂は、共に混ざり合って更なる輝きを放ち。
アイリーンがうっとりと。
「クロードの魂を感じるわ。もっと近く…近くに。何て美しくて…何て澄み切っているのでしょう。」
クロードも優しくアイリーンの黒髪を撫でながら。
「俺も感じるよ。高貴で美しいアイリーンの魂が…。まるで宝石のようで…輝いていて。
何て素敵なんだ。アイリーン。」
二人はゆっくりと口づけを交わす。
廊下でギルバートとカイルは聞き耳を立てていた。
っていうか、のぞき見していた。扉は破壊されていたのだから。
ギルバートはカイルに向かって。
「魔族同士の愛情表現って良くわからんな。」
カイルはニコニコして。
「まぁいいじゃない。クロードがともかく無事でよかったんだからさ。」
二人はともかく安心した。大事な大事な仲間だから。クロードは。
一緒に正騎士になりたい。
グリザスはそんな二人の様子を離れた所から見て、友とはいいものだと思うのであった。




