婚約の絆を深める為に、フローラ・フォルダン公爵令嬢を領地へ招待したのだが。(ローゼンサイド)下編
やっと領地に着いた頃には昼近かった。
古い洋館は、背後はうっそうとした森に囲まれ、前面には広大な葡萄畑が広がる。
馬車から降りたフローラがあたりを見渡して。
「まぁ。お伽話に出てきそうな場所ね。素敵だわ。」
ローゼンはフローラに。
「我が領地は、良いワインが出来ると評判でね。」
「だから葡萄畑があるんですね。」
ご機嫌の良いフローラ、そしてフローラのメイドのサラを連れて、
屋敷の門をくぐり、扉を開ければ、召使一同が並んで控えて待っていた。
「おかえりなさいませ。ローゼンシュリハルト様。」
執事が代表して挨拶すれば、ローゼンは執事に。
「フォルダン公爵令嬢を部屋に案内してやってくれ。」
「かしこまりました。」
二人を執事に任せると、自分は両親の部屋へ顔を出す。
部屋では父のアスティリオが、机で書き物をしており、母のシュリアーゼがこれまた、難しい顔でソファに座って書類を読んでいた。
ローゼンが挨拶をする。
「お久しぶりです。父上、母上。」
白髪の混じる歳になった元騎士団長、アスティリオは顔を上げず、書き物をしながら。
「久しぶりだな。ローゼンシュリハルト。」
母のシュリアーゼも、白髪の混じる髪を一つに纏め、薄水色のドレスを着て、そちらは書類から顔を上げ。
「お帰りなさい。ローゼン。婚約者は連れて来たの?」
「ええ、母上。今、客間にいます。昼食は一緒に取れますが。」
シュリアーゼはほほ笑んで。
「どんな子かしら。楽しみだわ。」
かつての英雄、女剣士のシュリアーゼもすっかり、中年の貴婦人になっていた。
ローゼンは自分以上に手厳しい両親に、フローラが耐えられるか心配になる。
ん?心配?何で私は心配しているんだ?あの娘の事を。
部屋を辞してから昼食の準備の為に自室で着替えをする。両親とフローラの初めての顔合わせだ。きちっとした格好で行かないとまずい。
メイド達に手伝わせ支度をする。
金と銀のあしらった上着に黒のズボンにブーツ姿で金の髪を肩まで垂らして。
鏡を見る。
「お坊ちゃま。今日もお美しいですわ。」
長年仕えてきた、歳をとったメイドが褒めてくれる。
他のメイド達も、ほうっとため息をついて見とれてくれた。
自分は美しいと思う。
それはローゼンの自信だ。なんせ、マディニア王国の美男の一人に数えられているのだから。
丁度、昼食の支度も出来たので、フローラを呼びに行く。
扉をノックして中に入れば、フローラはいなかった。
大きな鏡が客間の中央に設置してある。
「フローラ?」
名を呼ぶと、はい、今、行きます。
と、鏡の中から声がした。
鏡の中から現れたのは、薄橙のドレスを着て、髪を結い上げたフローラだった。
キラキラ光った橙の宝石をあしらった髪留めが綺麗である。
「自分の部屋に、転移して着替えてまいりました。どうかしら。ああ、ローゼン様、とても素敵ですね。」
ローゼンはまぶしそうにフローラを見つめて。
「とても綺麗だ。フローラ。」
本当に綺麗だと思う。
フローラはほほ笑んで。
「でも、やはり本当の姿を見て頂いた方が、よいかもしれませんね。」
髪留めを外すと、長い金髪がさらりと流れて。
羊のような魔族の角が頭に現れる。耳も尖ってさながら魔族そのものだ。
フローラは首を傾げながら。
「アスティリオ様とシュリアーゼ様はどう思うかしら。ねぇ。ローゼン様はどう思いますの?私の本当の姿。」
フローラはくるりと一回転する。金の髪と、橙のドレスがふわりと舞い。
それと同時にフローラの周りに花びらが舞った。
そう、あの婚約を決めた昼下がりは花びらが舞っていた。
あの時のように。
魔族姿のフローラは、雰囲気が変わる。
大人っぽくなるのだ。
16歳の少女なのに、政略結婚の相手なのに。
ローゼンはフローラを抱き寄せて、思わずそのサクランボのような唇に口づけをした。
そっと顔を離せば、顔を真っ赤にしたフローラがローゼンを見上げていた。
「ロ、ローゼン様っ、いきなりは反則すぎますっ。きゃあああっ。どうしましょう。どうしましょう。」
ローゼンが。おろおろと焦りまくるフローラを慌てて落ち着かせるように。
「いや…父上や母上が待っている。さぁ、フローラ、食堂へ行こう。」
フローラに手を差し出す。その手をそっと握り締めるフローラ。
二人は食堂へ向かった。
食堂では気難しそうな顔をしたアスティリオ・フォバッツアと、こちらもまた、気難しそうな雰囲気のシュリアーゼが席についていた。
フローラは二人を見ると、優雅にドレスの両端を指先で持ち、おじぎをし。
「フローラ・フォルダン公爵令嬢です。初めまして。お会い出来て光栄ですわ。」
アスティリオはフローラをしみじみと見やり。
「私がアスティリオ・フォバッツアだ。公爵の位は息子に譲り、隠居の身だがね。これは魔族と伺っていたが、なかなか美しいお嬢さんだ。」
シュリアーゼもフローラに向かって。
「私がシュリアーゼ・フォバッツアですわ。これはまた、可愛らしいお嬢さんですわね。こちらこそ、お会い出来て光栄だわ。さぁ座って下さいな。」
ローゼンとフローラは二人の目の前に座る。
アスティリオが、運ばれてくる前菜の魚と野菜の料理を食べながら。
「二人の結婚は、フローラが学園を卒業してからになるのかね?ローゼン。」
ローゼンは赤ワインを優雅に飲み。
「ええ、そのつもりです。」
シュリアーゼがナプキンで口を拭いてから。
「出来るだけ早く、領地経営を教えたいわ。それから茶会の事も…。慈善活動までやれとは言わない。我がフォバッツア家の嫁として、しっかりとしてもらわなくては。」
フローラはにっこり笑って。
「勿論、心得ております。これからは週に1回、こちらへ伺い、シュリアーゼ様の教えを請いますわ。魔族の転移鏡を使えば、すぐに来れます。ああ、わたくし、人付き合いが苦手で。学園ではお友達が少ないんですの。シュリアーゼ様に色々と教わって、フォバッツア家に恥ずかしくない位の嫁になりたいですわ。」
シュリアーゼは満足げに頷いて。
「いい心がけだわ。ローゼン。良いお嬢さんを貰えそうね。」
和やかに食事は進む。
そして食後の珈琲を飲み、フローラが王都から持ってきた、焼き菓子を食べながら。
ふとフローラが。
「そういえば、わたくし聖剣を賜りましたの。ディオン皇太子殿下から。」
アスティリオとシュリアーゼが驚いたように。
「それは凄い。」
「素晴らしい事だわ。」
ローゼン自身はディオン皇太子殿下から聞いていたから、驚きはしないが…。
金の聖剣を賜り、特別感が強かった自分としては、ちょっと面白くない。
フローラはローゼンの顔を見つめながら。
「わたくしが聖剣を賜った事が、何か意味があるのなら、ローゼン様のお力になりたいと思います。」
見つめるフローラの周りに再び、あでやかな花びらが舞った、そんな幻を見た。
今回は実際に舞ってはいなかったが。
アスティリオが満足そうに。
「良い令嬢と縁があってよかったな。ローゼンシュリハルト。」
シュリアーゼもほほ笑んで。
「本当に。良かったわ。」
両親の反応も上々である。
昼食が終わり、廊下に出ると、フローラがふぅと息を吐いた。
「緊張したわーー。私、ボロ出さなかったかしら。」
ローゼンはフローラの顔を見つめながら。
「上出来だ。まぁ勝負はこれからという事もあるが。毎週の母上の教育に耐えられるかな?フローラ。」
「私、一応、公爵令嬢ですから。フォルダン公爵家はいずれ、お姉様とクロードの物になるから、帰る所ないのよね…。貴族の令嬢の宿命だわ。ここは頑張らないと…」
ふとフローラが寂し気な顔をして。
「でも、どうして大人にならなければならないのかしら…。私、本当はずっと子供でいて贅沢して、美味しい物を食べて…お友達と買い物して…。後、2年で終わってしまうのね。ちょっと寂しいですわ。」
ローゼンはそんなフローラにふと愛しさを感じて、背後から抱きしめて。
「結婚すれば、新たな楽しい事も出てくるはずだ。確かに大変な事も沢山あるが…
一緒に乗り越えていかないか。フローラ。」
フローラは真っ赤になった。
そして頷いて。
「有難うございます。ローゼン様。私、頑張りますわ。」
午後になって、フローラを葡萄畑に連れだした。
幼い頃に大好きだった葡萄畑…
そんな景色を見て貰いたいとローゼンは思ったからだ。
丘の上から、二人きりで葡萄畑を眺める。
何でこの少女に愛しさを感じるのであろう。理由は解らなかった。
ただ、触れていたい。
ローゼンはフローラの手を握り締めた。
赤くなってフローラが手を握り返す。
「私、この領地が好きになりましたわ。ローゼン様。」
見上げたフローラの顔が美しかった。
なんともいえぬ幸せを感じるローゼンであった。
よかった。なんとなく両想いになってくれた。ほっとしてます。




