女の子なら、こんな生活素敵だわよね?
「フローラ・フォルダン公爵令嬢、フィリップ・マディニア第二王子の名において、婚約破棄させてもらう。」
卒業パーティでも、皆の前でもない。学園の中庭に突然呼ばれて、婚約者のマディニア王国、第二王子、フィリップからフローラ・フォルダンは婚約破棄を申し渡された。
金髪を後ろに三つ編み一つで縛り、すみれ色の瞳を大きく見開き、フローラは驚いてフィリップを見つめた。そしてため息をつく。
「お父様や国王陛下はご存知なのかしら。」
「勿論、陛下とフォルダン公爵には話は通した。君に今夜にでもフォルダン公爵から話があるだろう。その前に私から言いたかった。」
「どうして?やはりソフィア・アルバイン嬢が原因なの?」
フローラ・フォルダンがフィリップ第二王子と婚約をしたのは、ちょうど一年前。
国王陛下と父、フォルダン公爵の取り決めで、好きでもない人と婚約させられたのだ。
フォルダン公爵と言えば、国王陛下の側近中の側近。政治的にも発言権があり、この国で一目置かれている人物だった。
当然、娘、フローラと第二王子フィリップとの婚約は誰しも納得する婚約だったのである。
しかし、フローラにとっては時折、デートという名で食事をしたりすることは、苦痛以外でもなかった。何故ならフィリップの話が難しすぎてつまらなかったからである。
フィリップはこの貴族学園でソフィア・アルバイン伯爵令嬢と仲良くしていた。ソフィアは学問も出来、この学園のトップと言う成績である。眼鏡をかけて、髪を一つに縛り、いかにも地味な生徒だった。
しかし、フィリップとは話があうらしく、二人して、この国の民の暮らしはとか、政治がどうこうとか、隣国や世界がどうとか。フローラが聞いてもつまらないようは話を真剣にしていた。
そして、その話をソフィアとしているフィリップはいかにも楽しそうだったからである。
しかし、この婚約は政略。フローラは諦めていた。
それが、いきなりの婚約破棄である。ほっとすると同時に何故だか無性に頭にきた。
「私のどこがいけないというの?」
フィリップに詰め寄る。
「君は金使いが荒いだろう?良く学園の帰りにマギー・エスタル伯爵令嬢と高価な物を買いあさっていると聞いている。それに、食事は一流の所で豪華な物を食べているとか。何よりも許せないのはソフィアに暴言を吐いていることだ。」
フローラは眉を寄せて。
「ソフィアが私の婚約者、あなたと仲良くしているから、分をわきまえたらどうかしら、と言って差しあげたまでよ。私の方が余程、美しいのに、そんなさえない顔をしてよくフィリップ殿下と仲良くしていらっしゃることと言いましたわ。
買い物は、お父様が良いものを見て買いなさい。食事も良い物を食べなさいというから、公爵令嬢として当たり前の事をしたまでです。」
フィリップは不機嫌に。
「ソフィアはこの国の事を考えている。親のいない孤児を休日は面倒を見に行ったり、どうしたら寒さに強い農作物が出来るのだろうと、
私と一緒に専門家の話を聞いたり、諸外国の情勢を憂いたり。
私はソフィアとこの国の力になりたいのだ。だから、父上にもフォルダン公爵にも納得してもらい、君と婚約破棄をすることにした。」
一気にそこまで言うとフィリップは。
「ソフィアへの暴言は許せないが、婚約破棄をした事に対しては申し訳なく思っている。」
フィリップは頭を下げる。
フローラはチラリとフィリップを見やり。
「謝って当然ですわ。解りました。もともと、貴方をつまらないと思っておりましたの。丁度良かったですわ。」
そう言うとフローラはフィリップに背を向けてその場を去った。
まぁそんな感じで人から見ても、フローラ・フォルダンという女は、どうしよもないわがままで高飛車な公爵令嬢ある。
だから、学園での友達はマギー・エスタル伯爵令嬢しかいなかった。
マギー・エスタル伯爵令嬢、赤毛でふわふわの髪の長い、地味な少女である。
今日も学園の帰りに、マギー・エスタルとお気に入りのお店によって買い物をするために学園を後にした。
迎えの専用の馬車にマギーと共に乗りこめば、護衛のルシアと、メイドのサラ・ハイルが馬車で控えている。
二人はフローラに向かって。まず、ルシアが。
「おかえりなさいませ。今日はどちらの店に参りますか。」
サラが情報の書いてある紙をフローラに渡す。
「今日のお勧めは、スルーニャ洋服店で新しい冬物のコートが売り出します。エメラル洋服店では新作のドレスが。オーダーしてもよろしいですし…。にゃーにゃー雑貨店では、新作のにゃーにゃ―のぬいぐるみが。タダカツぬいぐるみ店では新作のタダカツベアが発売されます。」
フローラは話を聞きながら。
「タダカツベアをまず、買いにいこうかしら。でも今日発売の新作は売り切れているのではなくて?」
マギーがフローラに。
「人気ありますから…タダカツベア。タダカツ様が精魂込めて作り上げるタダカツベア。私も好きですわ。」
サラが頷いて。
「そう、言われると思いまして、フォルダン公爵権限で5つ予約しておきました。」
フローラが目をキラキラさせて。
「さすがサラ、ぬかりはないわね。それじゃにゃーにゃーのぬいぐるみも?」
「はい。5つ予約してあります。」
「では、まずはタダカツぬいぐるみ店にいきましょう。」
馬車をまず、タダカツぬいぐるみ店に向かわせる。
店に着けば、紙がドアに貼ってあり、売り出した50体は売り切れましたと書いてあった。
扉を開ければ、広い店には新作以外のタダカツベアを買いに来た客が沢山いた。
タダカツ本人が作ったタダカツベアは希少で高いが、他の職人が真似て作ったタダカツベアは安くて大量にこの店に売っている。ただ他の職人といっても全てタダカツの弟子であるが。だからタダカツベアはこの店しか扱っていないのだ。
フローラとマギーはカウンターに向かい、店員に話しかける。
「フローラ・フォルダンです。」
公爵家の紋章の入った身分証を見せる。
「これはフローラ様、お取り置きしてあります。」
金色のふわふわしたタダカツベア5体が一つ一つ別々に包まれていて透明の袋に可愛いリボンをつけて渡される。他の客たちが。
「あれ、売り切れたタダカツベア新作だわ。」
「私、早朝から並んで買えなかったのにっ。5個も。」
「一人、1個までじゃなかったのかよ。」
フローラはマギーに2つ持たせて、自分は3つを抱え、店の外に出る。
外ではサラが待っていて、タダカツベアを受け取り、馬車に運び込む。
馬車に乗り込むと、フローラはマギーに。
「貴方にも一つあげるわ。」
マギーは目を見開いて。
「いいんですか???」
「貴方は私の大切なお友達ですもの。」
「私なぞにそのお言葉、もったいないです。フローラ様。」
「後の一つは、サラに…一つはお姉様に。二つは私が貰っていいわよね。」
サラが頭を下げて。
「私にまで。有難うございます。お嬢様。」
「サラのお嬢さんに差し上げて。きっと喜ぶわ。」
次に向かったのはにゃーにゃー雑貨店である。同じように羨望のまなざしの中、今、大人気のにゃーにゃーのぬいぐるみを受け取り、フローラはその5つのうち、2つを同じようにマギーとサラにあげる事にした。
スルーニャ洋服店に向かえば、店員がフローラの顔を見て、頭を下げて迎える。
「これはフォルダン公爵家のフローラお嬢様。冬物の新作コートが入っております。」
「見せて頂くわ。」
美しい薄ピンク色のふわりとした素材でできている。それでいて暖かいコートを羽織ると、金髪髪での色白のフローラに良く似合った。
鏡を見て。一回りする。うっとりと目を細めて鏡の中の自分を見る。
「素敵ね。このコート。頂くわ。他にお勧めないかしら。」
「こちらの花柄のスカーフは如何でしょう。このコートにお似合いですわ。」
華やかな黄色系の色とりどりの花が描いてあるスカーフを巻けば、確かに気持ちが高揚する。
「これもいただくわ。このスカーフの色違いはないのかしら。」
「こちらの青系の花を配色したスカーフもお勧めです。」
差し出したスカーフを巻いて。
「これも素敵。これもいただくわ。」
近くで見ていたマギーが。
「フローラ様、本当に素敵です。」
「有難う。マギー。」
フローラは黄色系のスカーフを一枚、余分に買って、マギーの首に巻いてやり。
「お揃いよ。」
「えええっ。もったいない。」
「貴方は大切なお友達だから。」
「これは頂けませんっ。私はフローラ様をお守りする為の…我がエスタル家は…」
マギーを抱きしめて。
「いいの…。貴方は私のお友達なのだから。」
「有難うございます。」
マギーは涙ぐむ。
フローラは近くに控えていたサラに。
「サラ。喉乾いたわ。素敵なカフェで一休みしたいんだけど。」
「では、カフェ春の花へ参りましょう。」
カフェ春の花はフローラお気に入りのカフェだ。
自家製ケーキとこだわりの珈琲が美味しくて、いつも満席で、外は行列ができている。
しかし、フローラとマギーが店にいけば、マスターが。
「これはフローラ様、どうぞ。」
並ばずに2階のテラスの特別席に案内される。フォルダン公爵はそれだけ、特別な力を持っているのだ。
紅葉が始まっていて、ちょっと肌寒いが、テラスは気持ちいい。
そこで、あったかい香り高い珈琲を飲み、自家製のフルーツがたっぷり乗ったケーキを食べる。マギーが空を見上げて。
「鱗雲ですよーー。フローラ様。もう秋なんですね。」
「本当だわ。とても綺麗。」
二人して空を眺める。
フローラが立ち上がって。
「あんな空を飛べたら気持ちいいでしょうね。」
マギーが慌てて。
「ここで飛んだら、大騒ぎになっちゃいますけどね。」
「私ね…」
フローラが空を見上げながら。
「ほっとしているの。フィリップ殿下から婚約破棄されて。だって…合わなかったんですもの。」
マギーが頷いて。
「あの方は、頭の良い方です。この国の事を思っておいでです。でも、勇気が足りなかったのですかね…。」
フローラがため息をついて。
「まだまだ道は遠いいのでしょうね。魔族と人間が相容れるのは。」
今回の婚約は、このマディニア王国が人間と魔族が手に手を取り合っている事を公に公表する第一歩となるはずだった。
特に30年前。隣国のアマルゼ王国を中心とした諸国を暴れまわり、壊滅状態に
追い込んだ魔王。空に黒龍が舞い、魔物達が街を襲った。
その頃からマディニア王国は魔王の配下の魔族達と深くつながっていた。
魔族たちは人間の世界征服をたくらむ魔王に嫌気がさしていた。
だから魔王以外の魔族たちは魔王を既に見捨てていた。
魔族達はマディニア王国と繋がり、互いに助け合う関係にいたので、この国だけ戦火を避ける事が出来たのである。戦火を免れる事は出来たとしても、アマルゼ王国の惨状は伝わってくる。その恐怖により、人々はいまだ魔族を恐れている。
ちなみに、その時に若くして魔王を倒したという勇者、ユリシーズは今や伝説となっているそうだ。
フローラは美味しい珈琲をゆっくりと飲み干しながら。
「まぁいいわ。私は贅沢に暮らせれば、それでいいの。」
まだまだこの我儘令嬢が、大人のレディになるには時が必要であった。