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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

どすけべ駅

「なぁ、知っているか?金平かねひら。深夜の○○駅に行くととんでもない出来事に遭遇するっていうあの噂!」


 いつもの通り職場を出てコンビニに昼食を買いに行こうとした矢先に、背後から先輩に恥ずかしい事に名前を大声で呼ばれながら、そのように話しかけられた。


 昼休み入ってすぐに、開口一番そんな噂話ではしゃぐとか子供かよ……と思わないでもなかったが、先輩のテンションを見るに、どうやらただ事ではないようだ。


 私はコンビニに向かいながら、渋々といった表情で先輩へと噂とやらを訊ねる事にした。


「それで先輩、○○駅の噂とやらって一体何なんです?」


 明らかに面倒くさがっているのが丸わかりの私の態度にも関わらず、先輩はそれに気づいた様子もなく、それどころか嬉しそうに語り続ける。


「あぁ、実はな……丑三つ時に○○駅に行くと、アレ・・が出るんだとよ」


「……アレ、って何ですか?お化けとか、幽霊みたいな奴ですか?」


 その両者の存在にどのような違いがあるのかは分からない。


 ただ不気味なほどにこちらの反応を楽しもうとしている先輩に対して、得体の知れないものを感じて少し困惑しながら聞き返すと、先輩は「そんな訳ないだろ!」と笑い飛ばすかのように答えを返した。


 そうだよな……この令和の時代にそんな非科学的な存在なんているわけないよな。


 安堵する私だったが、先輩から返ってきたのは思いもよらぬ答えだった。


「出てくるのは、お化けなんてチャチなもんじゃねぇ。――深夜の駅に行くと、“集団痴漢電車”が走ってやがるんだとよ……!!」


「えっ!?しゅ、集団痴漢電車ですか!?」


 ――“集団痴漢電車”。


 それは、スケベなビデオなんかではお馴染みの、電車内において隠蔽とかお構いなしに乗客全員が一丸となって痴漢行為が繰り広げられているというシチュエーションの一つである。


 そんなものが、終電も終わったはずの駅の線路を走っているだなんて……。


 にわかには信じがたい。


 私は警戒心を露わにしながら、先輩に否定的な意見を述べた。


「でも先輩、そんな時間帯に電車が走っているわけなんかないじゃないですか。仮にその集団痴漢電車とやらが走っていたとしても、そんな深夜に得体の知れない電車に乗り込むのなんて、絶対酔っ払いやら頭のネジが数本ぶっ飛んだような奴等だけで、マトモな人間だったら近づきもしないはずですよ」


「おっ?金平なんだお前!ビビってんのか!深夜にお化けに出会う事と、いざそのときになったら女を相手にどうしたら良いのか分からない童貞だから、ダブルの意味でブルってビビっちゃってんのか!?」


 ……よく外でそんな事を恥ずかしげもなく大声で口に出来るな。


 とりあえず、私はこの馬鹿を黙らせるために、さっきとは比較にならない苛立ちの表情を露骨に浮かべながら「俺、童貞とかじゃないんで!そんなもんにビビるとかマジないんで!!」と答える。





 ――こうして私は、ウザい職場の先輩とともに今日の深夜に○○駅へ行くことになった。









 仕事が終わった私は、先輩と合流する前にネットで『集団痴漢電車』の噂を確認する事にした私。


 明日が休みとはいえ、私が自分の時間を使う以上、変に『ドッキリでした~!!』などと担がれてはたまったものではない。


 それだけにあれが単なる先輩によるでまかせのデマなどではなく、本当にそんな噂があるのかだけでも確認する必要があると私は判断していた。


 そうして調べた結果――そんな頭の悪そうな怪談とも呼べる与太話でありながら、なんと数多くの情報がネット内に書き込まれていた。


 ネットの情報曰く、



・丑三つ時に◇◇区間を走る駅構内の掲示板に『らばすて行き希望』という文言を書き込む。


・すると、線路沿いに集団痴漢電車が走行してくるので、そこに乗り込むと乱痴気騒ぎを楽しむことが出来る。



 と書かれていた。


 驚くべきことに、この集団痴漢電車は特に曜日の指定もなく、毎日走行しているらしい。


 もしもこれが本当なら、連日満員御礼でも確かにおかしくないかもしれない――。


 そう考えていた私だったが、ふと見ると気になる一文を目にした。



・ただし、あまりにも車内の光景に夢中になり過ぎて終着駅まで行ってしまうと、二度とこちら側・・・・に戻ってくることが出来なくなる――。



 怪談によくある禁止事項と言ってしまえばそれまでかもしれない。


 だが、この時の私は得体の知れない恐怖のようなものを感じていた――。


「……いかんいかん、つい夢中になっていたけど、そろそろ先輩との約束の時間だ。早く待ち合わせ場所に行かないとな……」


 そう言いながら私は、準備を整えて先輩との待ち合わせ場所に行くことにした――。









 就職氷河期を突破して何とか就職出来ても、馬鹿丸出しのウザいテンションの先輩に捕まった挙句に、プライベートな時間を使って一文の得にもならない事に付き合わされる。


 私は先輩と夜の街を歩きながら、赤ら顔でゲラゲラ笑いながらすれ違うおっさんサラリーマン達を見て、自分もそんなダサい大人達へと片足を突っ込んだのだとため息をついていた。


 自分はあんな大人達とは違う存在になると思っていたはずなのに……気がつくと、自分はそんな大人達よりも自分の人生を楽しめないつまらない奴になっていた。


 もういっそのこと、どんな怪異のような突拍子のない存在でも構わないから、本当に集団痴漢電車のような存在が現れて自分をこのくだらない現実から連れ出して欲しいと切に願う。


 そんなとりとめもない事を考えてため息をついているうちに、気が付くと私と先輩は目的地である○○駅へとたどり着いていた。


 時間もちょうど良い具合に、そろそろ深夜の二時に差し掛かろうとしている。


 私達はさっそく、駅構内に入ることにした……。









 先輩とともに深夜の駅構内に入った私は、ネットに書かれていた掲示板に『らばすて行き希望』と記入した。


 先輩はワクワクしているが、私は書き終えてから内心で『こんなところで待っていたところで、そんなホラーなんだか都合の良いエロなんだか分からないものが出てくるはずなんてないだろうに……』と現実的な冷めた感覚が戻ってくるのを感じていた。


 深夜に駅構内に忍び込んでまで、一体私達は何をしているんだ――そう考えていた矢先だった。


「オイ、見ろよ金平!……アレだ、アレ!!」


 横にいた先輩に大声で呼びかけられて、眠たげながらも前方に視線を凝らすと、そこには信じられない光景が見えていた。


 なんと、あろうことか先輩の口にした通り、線路沿いからこちら側に向けて走ってくる電車が見えていきたのだ!


「嘘だろ……!?」


 そう口にしながらも、一気に興奮してくる気持ちを隠し切れずに、ニヤけそうになる口元を隠すように無意識ながらに右手で覆う私。


 そんな私を「早く、早く!」と促してくる先輩とともに、二人で眼前で停車した噂の集団痴漢電車とやらへと乗り込んでいく――。









「うっひょー!こいつぁ、すげぇべ!!まさにここは、夢の破廉恥乱痴気!大フィーバー様だ~~~ッ!!」


 先輩が深夜にも変わらず、横でいつも通りのウザったいテンションで声を上げる。


 だが、彼がそのように声を上げるのも無理はないかもしれない。


 なんと、驚くべきことに、車内では深夜にも関わらずチャラ男や体育教師、アニメ調の女の子のイラストがプリントされたシャツを身に着けたデブのオタクといった面子が、文学少女や部活帰りのスパッツ姿の女子校生、気真面目そうな黒髪堅物委員長らしきうら若き女性達を相手に、堂々と猥雑な行為を繰り広げていたのだ――!!


 あまりの事態を前に、驚愕する私。


 だが周囲はそんな私にお構いなしで――それどころか、女性たちはみなスケベな男性達を誘惑するかの如くヘコヘコ♡ガニ股媚売りダンスまでおっぱじめる始末。


 周囲がそのような状況に沸き立つ中、女性経験が全くない私は、どうすれば良いのか分からずにその場で立ちすくむことになっていた。


「先輩、ここやっぱり何かおかしいですよ!今からでも何とか出ましょう、って……先輩?」


 ふと横を向くと、あれほど騒がしかった先輩の姿がどこにも見当たらなくなっていた。


 いつの間に、移動したんだろうか。


 深夜とは思えない周囲の喧騒とは裏腹に、一人心細くなった私がふと窓を見つめると、そこには今の私と同じように所在なさげな表情をした見慣れぬ中年男性がこちら側を見つめていた。


 見るからに冴えない人物であり、おまけにこちら側をマジマジと凝視してくるとは実に失礼極まりない奴である。


 自分は、あんな情けない大人にはなりたくない――。


 ここに来る前にサラリーマンのおっさん達を見たときに感じたのと同じ感情がふつふつと自分の中に沸きあがってくるのを私は感じていた。


 そうだ、ここは私が願っていた通りのこれまでのくだらない日常から連れ出してくれる夢のような存在のはずじゃないか。


 ならば、ここでハジけられずしてどうするんだ――!!


 気が付くと、私は財布からなけなしの五千円を取り出して、この乱痴気騒ぎに参加している茶髪の女の子へと金を差し出した。


 最初彼女はきょとんとした表情をしていたが、すぐに私が何をしたいのかを理解すると口元に笑みを浮かべ、妖艶な眼差しとともに金を握った私の右手をスッ……と押しやる。


 明確な拒否を示す意思表示。


 ……こんな非日常的な光景に足を踏み入れても、私は浮いた存在のままなのか。


 そう諦めかけていた――そのときだった。


 ふと掌に柔らかい感触が広がっていくのを感じる。


 顔を上げて見てみると、なんと!私の左手が彼女の胸元に優しく置かれていたのだ。


 彼女は怒るでもなく、優し気かつ怪し気に笑みを私に向けている……。


 気が付くと私は、貴重な財産である五千円をそこいらにほっぽり投げて、彼女へと飛び掛かっていた。









「次は~、××駅、××駅~」


 アナウンスが何か言っているが、私も周囲の者達も皆無我夢中で獣性を剥き出しに、この一夜限りの饗宴に身を任せる。





「次は~、△△駅、△△駅~」


 眼前で突如ズルリ……!!と、女子高生達が服ごと皮が剥がれていく。


 そして中から姿を現したのは、粘液に覆われたぶよぶよとしたピンク色の肉塊であり、それらがいくつも地面へと転がり落ちていく。


 それらの肉塊には、バラバラに2つの目玉がついており、ビクン、ビクン……と脈打っている事からもどうやらしっかりと生きているようだ。


 私も含めて、車内の男性はみな茫然とした表情を浮かべながら、その光景をただ黙って見つめていた。





「次は~、□□駅、□□駅~」


 数多の肉塊達の表面に膜のようなものが出来始めたかと思うと、蠢きながら徐々にその膜から抜け出していく。


 まさに、“脱皮”そのものといえる行為であり、肉塊達はそれを繰り返す事によって、徐々に先程までとは異なる人の姿を取り始めていた。


 いや、厳密にいえば先程までの女子高生の姿と違って、“彼女”達は肉食獣のような身体つきや下半身が蛇のようになったり、全身から鱗を生やすなどの人に非ざる異質な美女の姿になっていた。


 変わったのは姿形だけでなく、先ほどまでとは比べ物にならない屈強な力で男性客を押さえつけてそういう行為を強要する者や、全身で絡みつきながら深く交わろうとする者、車内の床や壁を水面のように潜り込んで移動する者など、新たに生まれ変わった彼女達によって幻想的な光景が車内で繰り広げられていた。


 そう、まさに生まれ変わった・・・・・・・という他ないだろう。


 この光景を見ながら私は、これらの姿が彼女達の本来の姿……とは思えず、『これらの姿すら彼女達にとっては、先程のピチピチの女子高生達の姿同様に、我々のようなスケベな男性客を喜ばせるための“擬態”なのではないか……』と、判断していた。


 そんな風に何の根拠もない愚にもつかない考えが浮かんだのは直感か、はたまた、私も彼女達と似たような存在だからなのか……。


「ん?いや……私はくだらん偽装なんぞしていないぞ。まったく、馬鹿馬鹿しい……!!」


 どうやら、私も現実離れした不可思議な光景を目の当たりにして、大分疲れているようだ。


 それでも、今この時を楽しもうと幻想的な“彼女達”の魅力に溺れていく……。









「次は~、終点“らばすて”駅。終点“らばすて”駅……」


 アナウンスを聞いてハッとする私。


 奇怪かつ幻惑的な肉欲の宴に夢中になっている間に、どうやら終着駅にまで乗り続けてしまっていたようだ。


 ここに来て私は、ネットで見たこの集団痴漢電車にまつわる噂を思い出す。


・ただし、あまりにも車内の光景に夢中になり過ぎて終着駅まで行ってしまうと、二度とこちら側・・・・に戻ってくることが出来なくなる――。


 あの時は、怪談にありがちな単なる典型例だと思っていたが、今の私なら分かる。


 ――あの話は本物に違いない……!!


 慌てて出ようと周囲のドアをこじ開けようとするが、依然走行中であり、当然開くことはなかった。


 そんな私達の方を見ながら、周囲のドロドロに全身が溶けている男性客達や、異形の女性達、そして、何度目かの新生を行おうとしている肉塊が、ゲラゲラと嘲笑していた。


「――何がおかしいんだ、お前等ッ!!」


 そんな私の怒鳴り声を受けて、ピタッと乗客たちの笑い声が鳴りやむ。


 そして、そう怒鳴りつけるのとほぼ同時に、電車の動きが止まった。――止まってしまった。


 どうやら、この電車はとうとう終電の“らばすて”駅に到着してしまったらしい。


 電車内の車内案内表示装置には、漢字で『嵐婆捨駅』と書かれている……。


 先ほどまでの淫蕩に浮かされた頭から一転して冷静になった私は、なおも車内で乱痴気騒ぎにふける乗客達を無視して、一人でこの『嵐婆捨駅』へと逃げるように降りていった……。









「ハァ、ハァ……クソッ!!ここは一体どこなんだ!?」


 『嵐婆捨駅』を降りた私は、一目散に構内を離れて電灯が全くついていない夜道を一人で奔走していた。


 駅構内もこんな暗がりの道ですらも、いくつもの動物の特徴を乱雑に取り込んだ化生じみた女達が瞳に怪しく鈍い輝きを宿しながら、私に向かって誘うように微笑みかけてくる。


 その中には、こんな時間帯にいるのが明らかに不審である女子高生やOLらしき女性の姿もあったが、化生達と同じ表情をしている事からも分かる通り、どうせ彼女達も電車内にいたもの達と同じ存在に違いない。


 幸いにも今のところ、彼女達は力づくでこちらに襲い掛かってくるような真似はしてこなかったが、こちらの存在をはっきりと認識している以上、このまま時間が経過していけばどうなるかは私にも分からない。


 そのため、私は彼女達に見つからないように、草むらへと足を踏み入れる――次の瞬間!!


「うわっ!?」


 足の裏に、何かぶにゅっ……!!とした柔らかくも気色の悪い感覚を私は感じていた。


 ……まさか、と思って足の裏を見てみると、そこにはあの目玉のついた肉塊の姿があった。


 どうやら、踏みつけたことによって目玉の一つを潰してしまったらしい。


 残った方の目玉で、肉塊が私の事を恨みがましそうに睨みつける。


「~~~~~~~~ッ!?」


 思わず叫びそうになった私だが、慌てて右手で口をふさいで必死に自身を抑制する。


 見れば、ここには今私が踏んだ以外にもいくつもの肉塊が転がっており、それらのうちのいくつかは脱皮をしようとしているようだった。


 ――このままだとマズイ。


 肉塊が人型のナニカになるよりも先に、私はこの場から一刻も早く少しでも遠いところに逃げ出そうと駆け出していく――。









 どれだけあのナニカを踏みつけたのかは分からない。


 ただそれでも私は無我夢中で、アイツ等に見つからないように茂みを移動していた。


 ――朝だ、朝が来て、始発が出る時間になったら、こんなおぞましい田舎からさっさと抜け出してみせる!!


 そのために、どこかで朝が来るまで隠れられる場所を見つけなければ……!!


 そう思いながら、誰もいない事を確認し私が茂みに身を隠していた――そのときだった。


 突如、ポンと右肩が叩かれる。


 今度こそ駄目か……!!?


 そんな想いのもと腹の底から悲鳴を上げようとした矢先、私はその何者かの掌によって口をふさがれる。


 死を覚悟した矢先に、その何者かが語り掛けてくる。



「アンタ、見たところ他所から来た方だね?……ここにいたままだと、アイツ等・・・・に見つかっちまうよ」



 それは、しわがれた老人の声だった。


 電車内にいた一言も発しなかった女怪達とは違う確かな人間の声。


 それにホッとした私は、思わず涙ぐんでいたかもしれない。


 そんな私を見て、


「ハッ、ハッ!怖い想いをしたことは分かるが、何も泣くことはないじゃないか!――ほれ、ここにいたままだと危ないし、さっさと儂の家に避難するぞい!」


 そう口にする老人に無言で力強く何度も頷きながら、私は彼についていく形でその場を後にした。









 私に声をかけた老人――源蔵さんの家は、この辺鄙な片田舎のさらに片隅ともいえる外れの場所にポツンと佇むボロい一軒家だった。


 お邪魔しますと、中に入った私は、源蔵さんが入れてくれた茶を飲みながら、彼にこれまでの経緯とあの駅から遭遇した奇怪な怪異の事について話し、終着駅であるこの場所で何が起きているのかを訊ねた。


 うんうんと頷いていた源蔵さんは、私の質問に対しておもむろに話をし始める。


「この村はの、もともと儂のような老人しか住んでおらぬ俗にいう“限界集落”と呼ばれる場所だったんじゃよ……」


 源蔵さん曰く、ここは数十年前までは普通に多くの人々が暮らしていたらしいのだが、近代化の波により、若い人達は稼ぐために村を出て外で暮らすようになり、都会の生活に馴染めず戻ってきたかつての住民やスローライフを求めてこの田舎に来た新住人に対しても「村を捨てた裏切り者!」とか「村の掟をロクに守ろうとしない余所者!」と村八分で差別した結果、とうとう老人しかいない限界集落になってしまったというのだ。


 その段階になってからようやく、このままだと自分達の介護や税収だの生活が成り立たなくなる……と、慌てたこの村の老人達は、渋々ながらに外部から定住者を招くためのコンサルタントを雇うことにした。


「……じゃが、それがすべての間違いだったんじゃ。あやつのせいで、この村はとんでもない事に……!!」


 村人達が雇った男は、表ではコンサルタントの顔をしながら、裏では手頃な場所で自身の外法を試す事を目論む“邪教”に属する存在だった。


 彼は、この限界過疎集落となったこの村でなら、当分の間騒ぎになることなく自身の術式を試せると判断し、村の老人達を説き伏せてこの村を丸ごと自身の実験場にしてしまったのだという。


「あの男は、『大層ご利益のある神様をこの地に招くことが出来れば、この村も今の過疎化が嘘のように多くの人々でいっぱいになる』と言っていたんじゃ。……じゃが、実際にこの地に呼び寄せられたのは、神とも呼べぬおぞましい化生の類じゃったんじゃよッ!!」


「おぞましい化生……ソレ・・がこの村を現在のように変貌させた元凶だって言うんですか?」


 そんな私の問いかけに、源蔵さんが力強く頷きながら答える。


「その化生の名前は――“あるばすた”。この化物に引き寄せられた者達がたどり着く“嵐婆捨らばすて”というあの駅名も、此奴の別名をもとに付け直した……と、あの外法使いの男は嬉しそうに言っておったわい……!!」


「あるばすた、ですか?……なんだか横文字のような名前ですが、それは一体どんな妖怪なんですか?」


「……“あるばすた”は、もともと日本におったものではないらしい。外法使いが、この村を活性化させるために禁呪で異国から呼び寄せたおっとろしい化物なんだそうな……」


 “あるばすた”。


 なんでも、この怪異は男女の淫蕩を司る能力を持ち、あるばすたは彼ら彼女らに死ぬまで性行為を行わせるのだという。


「……本来なら、あるばすたに魅入られた者達は、激しいまぐわい・・・・をし続けて、精も根も尽きて力尽きた状態で絶命するのみ。まかり間違っても、神様扱いされるようなもんでもないし、そんな強い力など持ちようのない木っ端のはずじゃった……」


 そこまで口にしてから、源蔵さんは「じゃが」と言葉を続ける。


「――あの外法使いはこの日本に辿り着くまでに、“あるばすた”に何体かの魔獣やら化生やらを取り込ませておったらしい。その結果、“あるばすた”は自身に魅入られた者達を本人が望んだように生まれ変わらせる力を身に着けたそうなんじゃ……!!」


「本人が、望んだように生まれ変わらせる力……?」


「然り。どのような姿や年つき、ついには性別まで思いのまま脱皮を繰り返すことによって、望んだ姿へと近づいていく。その姿に飽きたら、皮をズルリと脱いで、また一から肉塊としてやり直していけば良い。――そんな風に、この村の住民とここに引き寄せられて捕らわれた者達は、何度も“変生”を繰り返しておるんじゃよ」


 その言葉を聞いて、あの車内の光景を思い出す。


 あの溶けながらも、死ぬことなく笑い声を上げていた男性客達は、あるばすたに魅入られた者達同様の化生に変化している最中だったのか……。


 源蔵さんは、なおも話を続ける。


「“あるばすた”によって、変化させられた者達は確かにそういう行為を朝も夜も問わずにやり続ける。儂等も当初は異様な光景ながらも、これで子供がわんさか増えて村も安泰となるかと思ったが、そうはいかなかったんじゃ……」


 どういう事だろうか?


 そんな私の無言の疑問に答えるかのように、源蔵さんがワナワナと震えながら答える。


「“あるばすた”に魅入られた者達は、ひたすらに快楽を求めるようになった結果、自身の更なる法悦のために、一日経つごとに姿を――果てには性別すらをも気軽に服を着せ替えするかのように、身体の内側から丸ごと変生しよる。そんなもとの肉体が安定せん有り様では、新たな命など肉体に定着するはずもなく、この村は淫蕩ぶりとは裏腹に全く赤子が生まれない地になってしまったんじゃよ……」


 おまけに、と源蔵さんは告げる。


「どれだけ、身体が惨たらしく傷ついたとしても、再び肉塊になって脱皮していけば何の傷も残すことなく望んだ姿に生まれ変わっていくんじゃ……これがどういう事か分かるかの?『死ぬまで性欲に夢中にさせる』力を持った“あるばすた”に魅入られた者達は、自身が望まぬ限り死ななくなる身体を手に入れるという事を……!!」


 ……それは、半永久的にあるばすたの支配下のもとで、終わりの見えない淫蕩の宴を繰り広げていくという事に他ならない。


 新たな命が生まれることのない代わりに、今ある命が死ぬ事もない世界。


 それは緩やかながらも、紛れもなく命の流れが停滞した滅びの具現ともいえる存在に違いなかった。


 それでも、と私は絞り出すように言葉を紡ぐ。


「……こ、ここに来るまでに、私は足で肉塊を踏み潰したんだ。そのときに、確かに目玉が一つ潰れて……!!」


 だが、そんな私の呟きすらも、源蔵さんは一蹴する。


「そんなもん、一回脱皮をしたらすぐに元通りになりおる。それでも、まだその姿であり続けるっちゅうなら――その時は、そういう姿でことに及びたいという気分なだけじゃろうな……」


 有無を言わさぬ様子で告げられた源蔵さんの発言を聞いて、思わず絶句する私。


 こんな絶望的な光景が、あの電車の噂を通じて私のようなこの村と何の関係もない外部の人間にまで広がっていく――。


 自身が巻き込まれた事態が、どれほどとんでもない事かと言う事に今更になって気づかされる。


 そんな現実に打ちひしがれている私に対して、源蔵さんがこれまでの様子から一転して、きょとんとした表情で訪ねてくる。





「ところでお主、何故、まだ姿を保ったままでいられるんじゃ?」





「…………………………は?」


 思わず間抜けな声が出てしまう。


 そんな私に構うことなく、源蔵さんは「いやの」と何でもない事のように話を続ける。


「本来なら、この村に辿り着くまでの時点で、どんな人間もドロドロに溶けて、あの方・・・の眷属に生まれ変わるはずなんじゃよ。じゃから、この村には普通の人間なぞ、おるはずがないんじゃが……さてはお主、普段から強固な皮を被って生きておったのじゃな?」


 そう言いながら、不気味なほどにニンマリした笑みで悪戯を見破ったかのようにこちらへと問いかけてくる。


 ……普段から、強固な皮を被っている?


 何を言っているんだ、私は何も嘘なんかついていない、それよりも今の源蔵さんの態度と言葉は一体なんだ……。


 心臓がドッ、ドッ、と早鐘を告げ始める。


 いや、そんなはずがない。そんな事に構っている場合じゃない。化物なんか関係なしに一刻も早くこの場を逃げ出さないと。



 ――でないと、“アレ”を直視する事になる。



 そう思って老人から目を背けて逃げようとした瞬間、私の視界に信じられないものが飛び込んできた。



 ――それは、一人の男だった。


 私と電車のドア越しに目が合った、あの不躾で冴えない中年の男。


 『あぁは絶対になりたくない』と侮蔑交じりに思っていた大人の姿が、そこにはあった。


 彼は私と同じように四つん這いになりながら、同じように驚いたような表情でこちらを見ていた。


 奴のそんな姿を見て、今度こそ私は思いっきり悲鳴を上げていた。


「な、なんでコイツがここにいるんだ!?いつの間に、この家の中に入ってきたんだよぉッ!!」


 そう声を上げながら、私は尻もちをついた形で後ずさる。


 対する相手は、そんな怯えた私を見て得意げに嘲りの笑みを浮かべる――こともなく、私と同じように尻もちをついた姿で怯えた表情を浮かべながら、後ずさっていた。


「……え?」


 まじまじと相手の姿を凝視する私。


 彼は――いや、それはなんてことはない大きな姿見用の鏡だった。


 その事実を見た瞬間、私の脳裏を膨大な思考がよぎっていく――!!





 嘘だ嘘だアレが私のはずがない私は数年前に大学を卒業して就職氷河期を突破して今の会社に入ったばかりの若造のはずなんだいやでも就職氷河期っていつの頃の話だ?私は何の仕事をしているんだ?職場って一体どんな場所なんだ?違う違う!私は今までどこかで何かの仕事を一生懸命働き続けた若手社員であんな冴えない中年とは違う!!それに、俺にはウザい職場の先輩がいたはずで先輩、先輩ッ!!





 疑問と否定が渦巻く中、私の背中がドンッ!と何かにぶつかる。


 額から汗を流しながらも恐る恐る後ろを見上げてみれば、満面の笑みをニンマリと浮かべた源蔵――と名乗るナニカがこちらを見つめていた。


「……もう儂は、自分が本当にこの村にもともと住んでいた老人なのか、それともただ単に、年老いた義父が息子の嫁を寝盗るシチュエーションが好きなだけの人間なのか、自分で自分が分からない。……まぁ、こんな考えごと明日の朝には別のもんにまた・・変わるのじゃろうて……!!」


 哄笑を上げるナニカから、怯えながら四つん這いで逃げ出す私。


 そんな私を追おうともせぬままに、背後からナニカは言葉を浴びせてくる。


「お前さんは、心に大層分厚い皮を纏っていたようじゃが、この淫蕩が支配する地にまでたどり着いちまった以上は、もはや丸裸になるのは時間の問題じゃよ!ガハハハハッ!!」


 そんな声を最後に、私は勢いよく外へと飛び出す――!!









 無我夢中でナニカが巣くう縄張りから、命からがら逃げだす事が出来た私。


 外には案の定、女怪達や肉塊がひしめき合い、皆一様に私の方を見ていたが、そんな事に構ってられない。


 このまま逃げ延びて、朝が来るのを待って、そして――。


「……そして、そこからどうするんだ俺は……?」


 それで、もとの居場所のない現実に戻って、そこからどうするんだ……?


 そんな思考に気を取られたのか、盛大に前のめりにすっころぶ私。


 ぞろぞろ、と何かがこちらに近づいてくるのを感じていたが、私はここに来て恐怖よりも笑い出したくなるような心境になっていた。



「――あぁ、なんだ。今の俺には、最初から戻る場所なんてどこにもなかったんだ……!!」



 言葉にしてしまえば、これほど簡単なこともない。


 私は立ち上がる気力すら全く起きず、そのまま地面へとごろんと仰向けに寝転がる。


 そんな私を四方から、多種多様な女達や肉塊が愉快気に覗き込み、そして――。









 あれから、どのくらいの時間が経っただろうか。


 結局私という存在が、就職氷河期すらをも乗り越えたやり手の若手社員なのか、冴えない中年の無職なのか、肉感的な身体を制服の下に隠し持った女子高生なのか、知的ながらも妖艶さに満ちたOLなのかは全く分からない。


 まぁ、こんな思考ごと明日には容姿も何もかも私が望んだように変わるのだろうけども。


 ただ、どんな明日を迎えたとしても私達には変わらない事がある。


 それは、こんな素敵な気持ちになれるのだという事を、まだ味わっていない外の人々に――それも、かつての私のように、心に寂しい気持ちを抱えた人達に教えていくという事である。


 だから、私達は名残惜しいあの村を出て、少しでも多くの人にこの素晴らしさを分け与えるために、今日も様々な姿に自身を変えて、外へと繰り出していく――。


 そうこう考えているうちに、おあつらえ向きの人が見つかった。


 私は、軽やかかつ愛らしさを意識して、相手に声をかけていく。





「ねぇねぇ、お兄さん?今ってヒマかな?もし良かったらさ――」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「エッチなおじさん」を読んでから「どすけべ駅」を読む自分、いったい何を期待して……という気がしなくもないですが大変面白かったです(๑˃̵ᴗ˂̵)
[良い点] 題名に釣られた自分はこの電車に乗ったら戻って来れなそう(汗) エロとホラー……八尺様の同人誌を思い出してしまいました。 [気になる点] どこで乗れますかね? [一言] 次作を楽しみにして…
[良い点] 最後まで読むと今読んでいる現実も妄想に過ぎないのではないかと不安になった。 [気になる点] 電車のルールは書いた誰かが居たのか主人公の設定(先輩の馬鹿話に付き合わされる社会に幻滅した新社会…
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