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6.乙女ゲームって何

「転生者って何?」


 まず出た第一声がそれだった。

 いきなり戦闘モードオンになっているイリーナに、私は全くついていけなかった。ただただ疑問だった。

 けどそれはイリーナも同じだったようで。

 同じく疑問ばかりが返ってくる。


「だって、どう考えてもおかしいわ。あなたはいつも筋書き通りに動かない。かと言って大きく逸脱するでもない。そのはずだったのに、今日の試験はなんなの? 周囲を煽るだけ煽って、結果は惨敗。何にも面白くない、カタルシスも感じない展開を誰が喜ぶと思ってるのよ。一体何故あんなことをしたの」

「そんなの私の都合よ。何でイリーナの筋書き通りに動かなきゃいけないわけ? 私の人生は私のものよ。っていうかだから転生者って何なのよ!」


 全く埒が明かない。

 イリーナもそのことを悟ったらしい。

 椅子の背もたれに背を預け、自らを落ち着けるように大きく息を吐いた。


「やっぱりこちらの手の内を明かさないことには、あなたも本当のことは語らないわよね。いいわ。先に私が話すから、あなたもそれに見合う情報を話しなさい。でないと、あなたが知りたいことは何も話さないわよ」


 そう言えば先に訊きたいことがあると持ち掛けたのは私の方だった。なのに何故立場が逆転しているのかと思うが、私は素直に「わかったわ」と請け負った。

 だって、イリーナが持つ情報の方が圧倒的に膨大だと思えたから。イリーナが先に話してくれるというのならこれ以上のことはない。先に話が尽きるのは私の方なのはわかりきっているし、イリーナは確実に私の知らない何かを知っている。一つでもそれを知ることができるなら断る理由はない。


「私は、『イリーナ』ではない別の記憶を持っているわ」

「二重人格っていうこと?」


 情報を差し出しながらも、イリーナは私の出方を窺うように観察するような視線を緩めなかった。


「違う。私は私よ。二年前、ある夢を見たの。それは走馬灯のような、風景が流れていくようなものだったけど。朝起きたら、その夢の記憶があったの。まるでついさっきまで自分が体験していたことのように、最近の事ほどはっきりと、幼い頃の事はぼんやりとね。まるで他人の記憶を追加されたみたいだった。その記憶の中の『私』は苗佳(なえか)


 そこまで話すと、イリーナは呆気にとられて口を開けたままになっている私に促すように顎をしゃくった。


「あなたは?」


 聞かれ、慌ててぶんぶんと首を振る。


「私は違う、そういう記憶はないから『転生者』じゃない」

「私も私のことを転生したとは思っていないわ。私の場合は記憶が追加されただけだと思ってる。人格は苗佳とは違う。苗佳の世界では転生すると人格ごと変わっていたわ。確かに人格っていうのはそれまで生きてきた過去から生まれるものだと思うから、記憶が追加されて影響がなかったとは言わないけれど、でもやっぱりその言葉には抵抗があるの。だって、架空の世界の人間に生まれ変わるって事象がどう起きるわけ? どう考えても納得いかないんだもの。ゲームの世界に入り込んじゃった、とかいう『転移』までは、まあ、わからなくもないけど。だから私にとってはデータの追加……あっ」


 イリーナの小さな「あっ」が、私の抜け落ちたような表情を見て引き起こされたものだということはわかる。

 イリーナは話の途中から私の反応を観察するのを忘れ、どんどん自分の思考に嵌まりこんでいくのが見ていてもわかった。イリーナの中でもまだ整理ができていないことを話していたからだろう。

 だがそれが余計に、リアルに「言うつもりがなかったことまで言ってしまった」感を倍増させており、それがより言葉に真実味を与えていた。


「架空の世界って、何? ゲームの世界って、何……?」


 私の言葉に、イリーナは口に手を当て、呆然となってしまった。

 いや、呆然としたいのはこっちだ。


「その話を詳しく聞かないことには、こちらからは何も話はできないわ。わかるわよね?」


 私は脅しではなく、事実としてそう言った。

 攻守は交代したが、全く勝っている気はしなかった。

 イリーナも己の失態が招いたことだけに、「順に明かす」というルールは諦めたようだ。腹をくくったように、イリーナが口を開いた。


「説明が難しいんだけど。ゲームっていうのは、動く絵本みたいなものよ」

「絵本が歩くの?! 足生えてるの気持ちわる」

「違う! ええと。機械の中で動く絵が見られて、物語が見られるんだけど、イベントがある時は主人公が何を言うか、とか、何をするかとかを、選択できるのよ。それによって、その先の物語が変わってくの。誰と仲良くなって、誰とハッピーエンドを迎えるか」

「運任せじゃないすごろくみたいな感じ? 自分でコマを進めるのね」

「まあ、そうかな」


 じゃあ、ゴールに辿り着いたら? 終わり?

 その疑問は、今は呑み込んだ。何より足元から世界が崩れるようで聞くのが怖い。


「苗佳の兄の暖人(はると)がそのゲームを創っていてね。この世界はそのゲームの世界と同じなの」


 イリーナは、そのゲームについて噛み砕いて説明してくれた。



 曰く、


 一、そのゲームは主に乙女ゲームと呼ばれるものであり、様々な男子と交流する中でポイントを稼ぎ、誰かと結ばれることが目的である。

 二、『ユニカ』はその乙女ゲームの世界のヒロインである。

 三、『イリーナ』は『ユニカ』に様々な意地悪を仕掛ける令嬢であるが、最後は社交界から追放され去る。

 四、イリーナは自分が本当に好きな人と結ばれるため、その結末通りになるようにこれまで動いてきた。

 五、『公式』が用意したメインストーリーは『ユニカ』と『フリードリヒ』が結ばれるエンディングである。


 そこまで聞いて私は、この世界についてとか自分の存在が揺らぐ危機感とか生きるって何? とか様々な疑問を全て隅に追いやり、ただ一つ重大なことをイリーナに確認した。


「そのゲームの中で選ぶ『様々な男子』って、誰? いや、答えるのは一つでいい。そこに『アレク』は入ってる?」

「アレク? アレクって、『ユニカ』の幼馴染よね。彼のルートはないわよ。だって彼は他の人との婚約が決まってるし、何より『アレク』を好きな『ユニカ』に、他の男子たちが『俺を見ろ!』『俺を好きになれ!』って熱く盛り上がるのに必要な人だもの。『アレク』とくっついたら嫉妬も争いも生まれず、それでおしまいじゃないのよ。ゲームとして成り立たないわ」


 そこまで聞いて、私は先程隅に追いやった他のいくつもの疑問や憂いが完全にどうでもよくなった。


「アレクと結ばれないですって? だから、私がこんなにもアレクが好きでひたすらにそこに向かって走っても、受け入れてはもらえなかったのね」

「は?? あなた、アレクが好きだったの!? だからか……。だから、私がテコ入れ要員になったんだわ。『ユニカ』が正規ルートの誰とも恋に落ちようとしないから、ゲームとして成り立たなくなったのよ」

「そんなことはどうでもいい」


 私は、たった一つを心に誓った。


「どうやっても好きな人とは結ばれないこんな世界なら、ぶっ壊してやるわ!」

「いやいやいやいや、待って、早まらないで! 第一、ぶっ壊すって、どうやって?」

「旅に出る」

「いや……、ヒロインを殺すとか言うかと思ったら」


 完全に拍子抜けした顔をしていたので、私は髪をさらりと肩から流し、キリッとイリーナを見た。


「この若さで自決する勇気はないわ!」

「……その判断は賢明だと思うわ。あなたが短絡的な人でなくてよかった。だけどね、例えヒロインが失われても、たぶんこの世界は回るのよ」

「どういうこと?」


 問いに、イリーナはわずかに困ったような顔を見せた。


「さっきも言ったでしょ。あなたがアレクにばかりかまけて他の誰とも恋が発展しないから、たぶん今は私がヒロインになったのよ」

「『私がヒロイン』って、よく恥ずかしげもなく言えるわよね……」


 嫌味ではない。

 ただ引いていた。


「わかってる……!! 自分がどれほど恐ろしく恥ずかしい台詞を言わされたかは!! だから言いたくなかったのよ。だけどね、苗佳の世界では、『悪役令嬢が転生』する物語は、悪役令嬢がヒロインなのよ。そこではヒロインぶってあれこれやらかす『元ヒロイン』に、つい『ざまあ!』って言いたくなるような展開が用意してあって、悪役令嬢は自らの道を開拓して生きるのよ。これが一部ではかなり熱い支持を得てるの。だからこのゲームもゲームとしての存在意義が脅かされて、私に苗佳の記憶を植え付けて、物語を動かそうとしたんじゃないかなって」

「それなら、あとはイリーナが頑張ってくれたらいいわけね! 私は『ざまあ』されたら、あとはアレクと自由に恋愛できるってことじゃない」


 ぱあっと光が差してきた気分だった。

 だがイリーナは、これまでになく熱を帯びて「ちょっと待って!」と再度制止した。


「それじゃ私が好きな人と結ばれないじゃないのよ!」

「何でよ。イリーナの恋愛がゲームとして盛り上がればそれでいいんでしょ?」

「盛り上がらないのよ……」

「どうして」

「相手が森で静かに暮らす木こりだから」


 木こり……?

 と私は口を動かしたが声にならなかった。

 だがイリーナは、こくりと深く頷く。


 木こり。

 木こりかあ。


「木こりと令嬢の恋ね。小説ではありそうよね。でも見せ場とかハイライトがわかんないわね」

「そうでしょう。森の小鳥の声を聞きながら生活するだけなのよ。しかも、もう両想いなのよ。卒業したら家を出て、森で一緒に暮らすの」

「え、ええー? 展開早くない?」

「だから言ったでしょ? ゲームにはない世界がここにはあるんだって。『ユニカ(プレイヤー)』が把握してない世界だってしっかり存在してるのよ」


 その話を聞いて、私はふと思い当たった。


「ねえ。いろいろわかんないこともまだたくさんあるけど、結局さ、私たちが想い人と結ばれるには、なんかみんなが『キャー』とか『これこれ待ってましたー!』みたいな展開があればいいわけよね」

「そうそう。だから、最初の話に戻るけど、ゲームではユニカが試験を受けた場合は得意な形を披露して優秀な成績を収めて周囲の耳目を集めてちょっとしたイベントが発生して、それからフリードリヒとルーイとカイルの好感度が一気に爆上がりして盛り上がる見せ場なのよ。だけど誰とも恋愛する気も、興味すらもなさそうなあなたはルーイが絡まれてたって放っておくんだろうなと思ったのに、急に試験を受けるっていうし、しかも敢えて低評価になるような形を選んだから、どういうことのなのかってちょっとパニックになって私はこの場に来たわけ」

「何よそれ! 私はいろいろ考えて皆が平和になるような苦渋の決断をしたっていうのに」


 私の選択の理由を話すと、イリーナは「ああ、なるほどね……」と呟いたが、首を振った。


「確かに現実世界に生きる私たちにはそこに生きてる人たちの背景までリアルに見えるから、そう行動するのもわかるわ。だけど、ゲームではそんな展開は何にも面白くないのよ。逆にストレス溜まるわ」


 残念そうに私を見るイリーナに、私はさらに確信を深めた。


「そう言われると辛いものがあるけど、だけど、ということは、よ? 私たちにはある程度行動の選択が許されているということよね。ゲームには存在しない行動だったけど、結果としてカイルは私を認めてくれたわ。それが恋愛に発展する性質のものかはわからないけど……。つまりは、ルートを外れても結果として面白くなっていけば許されるんじゃない?」


 イリーナも何度も言っていたことだ。

 「ゲームとして面白くない」ことがこの世界にとって致命的であり、それを保とうと何らかの補正が働いてしまうのであれば、積極的に盛り上げる方に行動していけばいい。

 たとえルートにはない相手との恋愛であっても。


「そう、ね……。いける……のかしら。いや、どうなんだろう、わからない……」


 イリーナはこめかみに手を当て、じっと床を見つめながらぶつぶつと考えだした。

 そこにふと、何か気配を感じて私は部屋の扉を振り返った。

 なんとなく、扉を開けて外を見る。

 だが廊下には誰もいなかった。

 気のせいだったのだろうかと扉を閉めようとして、ふと足元に紙が落ちているのに気が付いた。

 私はそれを拾い上げ、すぐさま部屋の中に戻った。


「イリーナ……!」


 考え込むイリーナの眼前にその紙を差し出すと、その動きが止まった。


「これ……」


 その紙にはこう書かれていた。


『それならいいよ』


 誰が書いたのかわからない。

 家族、邸の人々みんなに聞いて回ったけど、誰の筆跡でもなかった。

 だがそれが、この世界の創造主からの答えだと信じて、私とイリーナは動き始めた。

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