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5.アレクの掌

 観客席に予想より多くのギャラリーがいるのを目にし、私は方針転換せざるを得なくなった。いや、正しくはここでようやく冷静になったというべきか。

 つい、ダーンを精神的に捻り潰すことしか考えられなくなっていたが、一時の感情に呑まれて、鬱憤を晴らすためだけに己の才と努力をひけらかし高評価を取り、ダーン一人に勝ち誇って見せたところで解決にはならないのだ。

 それに何より、己の得意なことで優位をひけらかし黙らせるなど、ダーンがしようとしていたことと同じだ。

 敵と同じ舞台に立てども、己の格まで敵と同じに下げてはならない。


 だから、演じる(かた)を先ほどまでイメージトレーニングしていた「(はな)」ではなく、ダーンと同じ「(たか)」にした。

 「華」は流麗な動きで技を魅せる。力技ではなく、手数も多くない。一つ一つの技を丁寧に見せるから、女である私でも高評価を狙え、ダーンを黙らせるには最適だった。


 けれど、多くの生徒が残るこの場で高評価を取ってしまえば、令嬢でもやればできるのだから今後は平等に試験を受けるべきだという第二、第三のダーンが現れかねない。ダーンを黙らせるどころか増長させては本末転倒だ。


 ここはいらぬ火種を潰すために、ダーンに宣言してみせた通り『必死に頑張るも低評価をいただく無様な令嬢』の姿を人々の前に(さら)すしかない。悔しいことだが「やっぱり令嬢が剣技なんか無理だよ」と思っていてもらう方が平和だ。他の令嬢たちのためにも。


 「鷹」は先ほども述べた通り、力が必要な攻撃を連続して繰り出すため、力と体力が物を言う。

 それでもやってやろうという気概は勿論ある。

 でも、毎日練習してきたからこそわかる。

 結果は――。


「それでは、始め!」


 心を決め、私は位置につくと試験官と観客に対し一礼した。

 そこからは意識的に視界を遮断する。

 世界は自分と、剣と、見えぬ相手だけになる。


 模擬刀の切っ先にまで神経を渡らせるように、意識を研ぎ澄ませ、集中した。

 そして、一挙手一投足にその集中を張り巡らせ、剣を振るった。

 けれど筋肉の少ない私の体では、繰り返される技の重みに振り回されるばかりで、一つ一つを正確に決めていくことは難しかった。

 絶えず繰り出さなければならない技の多さに疲労が蓄積し、後半は息が荒くなりさらに技の精度が下がって行った。

 それでも私は日頃の練習の成果全てを出し尽くさんと、最後まで全身全霊をもって「鷹」を成した。




 それからほどなくして、広間に試験結果が張り出された。

 私は五段階評価の「二」であった。

 結果を見守っていた令嬢たちは、わざわざ試験を受けておいてその程度か、と白けたように去って行った。

 近くで自分の成績を確認していた男子生徒は、慰めのような言葉をかけてくれた。


「女の子があれだけの頑張りを見せたんだ、『二』以上の価値はあるよ。先生も評価を見直すべきだね」

「ユニカは兵士志望なのかい? 女性なら弓や槍を選んだ方がよかったんじゃないかな。短剣ならまだしも、両手剣は女性が戦うのに向いていないよ」


 私は剣が好きだっただけ。

 本音が喉から出かかったけれど、ここで無駄なことを言う必要はない。

 まだ人身御供(ひとみごくう)としての私の役目は終わっていないのだから。


「たまたま幼馴染が剣を習っていたので、一緒に教えてもらっていたんです。でも、毎日の練習の成果を精一杯ぶつけてみてもやはりダメね。一度先生に公正な目で見ていただきたかったんだけれど、自分の実力の程がよくわかったわ。皆様のお目汚し、申し訳ありませんでした」


 私が『令嬢らしく』服の裾をつまみ一礼すると、「仕方がないよ」という慰めの空気が流れた。

 さっさとこの場を辞そうと顔を上げたとき、その人垣の中から一歩進み出た人がいた。


「いや、見事だったぞ」


 剣一筋脳筋のカイルだ。

 中肉中背ながら、外目にはそれとわからないような筋肉を幾重にも身に着けている。

 彼の剣技は見事なもので、私が今日見た中でも一番だった。

 カイルは最も自分の体を把握しており、うまく使っている。そして彼の形は勇壮なだけではなく同時に優美でもあった。剣技がわからない者が見ても惚れ惚れするほどだ。

 だから彼はモテるのだが、剣技のことしか頭にないから令嬢たちのあしらいがうまくない。そのためカイルは令嬢たちとは関わらぬよう一線を引いているようで、私も話しかけられたのは初めてだった。

 彼は言葉が不器用だったから、考えるようにしながらまっすぐに私を見つめ、再度口を開いた。


「あの時お前は、お前が持てるものを全て剣に捧げた。その姿勢だけでも立派だったと、俺は思う。騎士を目指すわけでもない者たちは、剣技をただカリキュラム上消化しなければならないものと捉え、こなしているだけだから。俺が見た中で、お前が一番剣にひたむきに向き合っていた。その点で、お前は俺が見た中で誰よりも素晴らしかった」


 剣一筋脳筋に同じ目線から精神論で称えられても嬉しくはない。

 というのは、少しだけ嘘だ。

 彼が認めてくれたことは、群衆の表面的な声かけよりもずっと慰めになった。


「ありがとうございます、カイル」


 本当なら、技巧的な面で評価されたかった。


 ちらりと結果表に再度視線をやれば、(くだん)のダーンが黙って私の低評価を見つめていた。

 ルーイも、私の惨憺たる結果に何も言えずに遠巻きに私を見ていた。

 これで「試験に挑むも無様な結果に終わる令嬢」の姿を見せるという役目は終えた。これ以上この場にいる理由はない。

 私は周囲にぺこりと頭を下げ、張り出された結果に背を向けた。


     ◇


 私が最も得意とする形「華」は、間が大切になる。

 相手をじっと観察し、隙を見出し、攻める。

 また己の動きによって相手を翻弄し、隙を作りだす。

 力だけではない。技巧だけでもない。

 架空の相手をリアルにその目に映し出し、その急所を正確に突く。

 それを突き詰めるところに面白みがあり、私は何度もこの形を繰り返し練習していた。

 だからこそ、誰かに評価してもらうならこの形を演じたかった。


 私は誰もいなくなった試験会場で「華」を何度も何度も通し、今日晴らし損ねた鬱憤と無念を撒き散らした。

 せっかくの舞台で最も得意な形ができなかった悔しさに向かって、鋭く突く。

 「女だから」を脱ぎ捨てたいと思っていたのに結局それを女性たちの武器として手元に残さざるを得なかった悔しさを、舞うように凪ぐ。


 けれど悔しさは後から後から腹の底に沸いてくる。

 私はもう一度、最初から「華」を通す。

 何度でも、何度でも。

 全て、全力で。


 やがて私は力尽き、肩で息をしながらその場に尻餅をついた。

 悔しさは、消えなかった。

 苦しい息にあえぎながら、汗が流れるままに天を見上げた。

 そこに、見知った顔がにょっきりと生えていた。


「やあ、ユニカ」

「アレク!?」


 驚きで思わず上半身を支えていた腕が床を滑り、ずるりとアレクの足にもたれかかる格好になった。


「ふふふ。見事だったよ、ユニカの『華』。試験での『鷹』もね。とても格好よかったよ」


 にこにこと満面の笑みに迎えられ、私は言葉が継げなくなった。


「あ、何でここにいるかって顔してるね。出兵が決まったでしょ? だから恩師であるクルーグ先生に挨拶をね。経験者に聞いておきたいこともいろいろとあったし」


 出兵、という言葉に胸に昏いものが降りる。

 だけど理由には頷けた。アレクもこの学園の出身だ。けれど私は三歳差のアレクとは入れ違いで入学したから、この学園で一緒に過ごしたことはない。

 だからこうして一緒にいることがなんだか不思議だった。


「まさかユニカが、本当に剣技の試験を受けるとは思わなかったよ。どんな心境の変化?」

 まだ突然現れたアレクに心臓をバクバクさせながらも、私は口をもごもごと動かした。

「昨日言われた時は受ける気なんて全くなかったわよ。けど――」


 言いかけて、言い訳のようで格好悪いなと口を噤む。


「どうしたの? 話してごらん」


 アレクは倒れかかった私の体を「よいしょ」と前に戻すと隣に座り込んだ。

 いつものアレクは飄々としながらも優しいけど、一歩踏み込ませないところがある。

 でも今日は、その一歩を許してくれているような、そんな雰囲気があった。

 アレクの優しいアメジストの瞳に、胸が詰まる。

 柔らかな光を湛えたその瞳が、優しく私を見ている。

 私のつまらない見栄は、あっという間にほぐされていき、気づけば堰を切ったように話し出していた。




 聞き終えたアレクは、納得したように「なるほどねー」と頷いた。


「ユニカはルーイ君を見過ごせなかったんだね。少し前のユニカなら素通りしてたかもしれないけど、今はちゃんと友達を大切にしてる。たまたまだったけど、本当に今日ここへ来てよかった。ユニカがどんな風にここで過ごしているのか、知ることができたからね」

「よくないわ。こんな格好悪い姿、見られたくなかった」


 拗ねるように言ってしまったのが子供みたいで恥ずかしい。

 けれど私の顔をひょいっと覗き込んだアレクは、ただ優しい瞳を向けていた。


「でも、ルーイが馬鹿にされてるのが悔しかったんでしょう? 自分と重ねてしまったから。だから、力がないっていう不利を、乗り越えたかったんでしょ? 本当は『鷹』を選んだのも、無様な姿を見せるためじゃなくて、その男子生徒君とどれくらい張り合えるか、自分でもやってみたかったんじゃないのかな」


 その言葉に、涙が一気にぶわりと盛り上がり、限界まで湛え零れ落ちそうに瞼の淵に揺らめく。


 なんで、いつもアレクは私を理解してくれるのだろう。理解しようとしてくれるのだろう。

 いつもは距離を取ろうとするのに、どうして今はこうして傍にいてくれるんだろう。


「力いっぱいに舞うユニカ、格好よかったよ」


 アレクの大きな掌が、私の頭をぽんぽんと優しく撫でる。

 その掌の重みに、ぽろぽろと涙が零れ落ちていった。


「綺麗だった。ずっと見ていたいくらいに」


 アレクの低く優しい声が、掌を通して頭全体に響く。

 頭から、耳から、全身にその熱が染み渡り、私は首を支える力を失って、抱えた膝に顔を埋めた。


 ずるい。

 こんなところで泣きたくなかった私の涙を零し、ずっと欲しかったのに拒んでいた距離が、いますぐそこにある。

 アレクは意地悪だ。せっかくの私の決心をこうして一瞬で台無しにして、なかったことにしてしまう。私はいつも簡単にアレクに心を搔き乱され、そして優しくほぐされてしまう。

 そんなアレクから、離れられるわけがない。

 

 私は試験で身に刻んだ悔しさと一緒に、ままならない想いにまで胸が苦しくなり、滔々と流れる涙をどうすることもできなかった。

 だけどその想いを口にすることは許されない。

 だから私は、試験の悔しさだけを言葉にして昇華した。


「悔しい。体が全然ついていかなかった」

「全ての形を完璧に習得するのは、まだまだ時間がかかることだよ。僕だって『道』とか姿勢を一定時間保たなきゃいけない形は苦手だしね」


 ここで「女の子なんだから」と言わないのがアレクの優しいところだ。

 立ち憚る不利な壁に対し、練習量で突破しようとする私を、理解し、さりげなく後押ししてくれる。

 だから私は、泣いてなんていなかったようにさりげなく膝で涙をぐいっと拭うと、がばりと顔を上げた。


「力と体力が圧倒的に足りてないわ。私、明日から走り込む」


 そう言うと、アレクはさも楽しそうに笑った。


「あっはっは! ユニカのそういうめげずにどこまでも突き進むところ、好きだよ。そんなひたむきなところがユニカのいいところでもあるんだけど、心と体の怪我がちょっとだけ心配だなあ」


 アレクは笑いすぎて目の端に滲んだ涙を拭った。


「だけど、ユニカが真っすぐに突き進む姿は元気がでるよ。いつまでも見ていたい」


 その言葉に、私の胸は打たれたように痛んだ。

 何も言えずにいると、アレクはふっと笑みを浮かべた。


「大丈夫。ユニカはもっと強くなれるよ。僕はいつでも応援してるから」


 アレクは立ち上がり、「じゃあ、またね」と手を振った。

 アレクは優しい。

 けれど、近づいたと思えばまた離れていく。

 決して踏み込ませてはくれない。


「ユニカの女剣士姿、似合うと思うよ」


 本気か冗談か、最後にそんなことを言って、アレクは去っていった。


     ◇


 家に帰ると既にイリーナがティールームに通されていた。

 扉を開け、遅れてごめんなさい、と口を開く前に彼女が先に口火を切った。


「何故急に試験を受けたの? しかも何故得意な形を選ばなかったの? ――あなたの目的は何?」


 突然のことに呆気に取られていると、イリーナは眉を(ひそ)め、何かを推し量るように私を見た。


「あなた、もしかして転生者なの?」

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