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4.イリーナちょっと待ってて、先にこいつをのすから

 剣技の試験において、使用する武器は自由に選択することができる。

 短剣、剣、ダガー、槍など、それぞれの武器に決まった(かた)がいくつかある。

 形とは、闘いにおいて重要な動きを凝縮し、一連の動作としたものである。


 私の学年の試験の担当はクルーグ先生だった。

 剣技命、情に厚く公明正大を掲げたような先生も、私が試験を受けたいと申し出た時は勿論目が点だった。


「一部から、剣技の試験を受けていないのに総合成績優秀者とされるのは納得がいかないという声がありました。ですから私はここでその声をつぶさねばならないのです」


 そう告げると、周囲にいた人々がドン引いていくのがわかった。

 だが私の決意は揺るがない。


 本当は、いくらでもごたくを並べることはできた。


「不平の声に対し、令嬢なんてこんなものだという姿を見せ、せいぜい溜飲を下げてもらう一助となればと、甘んじて人身御供の役目を果たそうと思います」

 他にも、そもそも不平の声には触れずに済ます弁だってある。

「今も戦地で闘っておられる方がいます。まもなく出兵を控えている方もいます。その方たちへのせめてものエールになればと」

「町に残された我々女性も家族を守れるのだということを示し、安心して戦いに励めるように――云々」


 試験会場に着くまでに思いついたのはこれくらい。

 けれど結局、正直に本音を語った。

 何故なら、腹が立っていたから。昨日からのヤケクソが止まらない。

 それでも最後の理性で、大事なことは付け加えておく。


「性別は抜きに公平な審査をお願いします。そしてどんな結果であれ、総合成績に加えてください。でなければ反感を抑えることはできないでしょうから」


 クルーグ先生は身を引きながらもしばらく考え、私の肩を力強く叩き、「わかった!」と了承してくれた。

 その時私の肩に触れた先生の手が、ぴくりと反応した。


「ほう……。授業は受けておらずとも、練習はしているんだな」


 肩の筋肉の付き方がおよそ令嬢らしくなかったのだろう。

 私はここ一番の令嬢スマイルを捧げ、「ではよろしくお願いします」とその場を辞した。

 あとはダーンの出番を待ち、最後に私の形を披露するだけである。


 公平にと言っても、私の順番は最後に回してもらった。途中から参加を申し出たので、他の受験者に迷惑がかからないようにというのが建前だが、単に悪目立ちしたくなかっただけである。

 終わった者から順に帰っていくので、最後はほとんどギャラリーも残っていないはずだ。

 私の剣技はダーンと評価をするクルーグ先生にだけ示せればいい。


 試験は学年の低い順から行われる。

 観客席には令嬢たちに紛れて、こっそりとルーイの姿もあった。

 保健室で休んでいると言っていたと思うのだが、私が気になり見に来たのかもしれない。

 遠くから目が合ったので、大丈夫だというように頷いて見せるが、そのきれいな蒼い目から不安そうな色は消えなかった。


 ダーンの番になり、私はどれどれと観客席から見学させてもらった。

 ダーンもやはり武器は剣を選び、形は中くらいの難度、「(タカ)」を披露した。

 この形は力強い技を連続して繰り出すもので、力と他者への攻撃性を有り余らせたダーンらしい選択だと思う。

 結果は後程張り出されるが、私が見た感じでは、「無難」だった。だがおそらく、五段階評価のうち四は確実だろう。彼は中肉中背であったが、技に体が振り回されずうまくついていっていた。

 だが、決められた通りの動きは正確にこなしたものの、そこに彼の「どうだ」「俺は強い」という思いが乗りすぎてしまい、精度を欠いている。

 審査のポイントとなるのは、姿勢、間、刀筋、そして想定した相手の急所を正しく攻め、繰り出す技ごとにそのブレがないか、である。

 そのために最も必要なのが集中なのだが、「見せる」ことにばかり気を取られていた彼にはそれが欠けていた。


 その後続いて行われた模擬試合でもダーンが勝ったが、ようやく決着のついた泥仕合といった体で、こちらも「四」といったところだろう。

 模擬試合では勝てばよいのではない。負けたものが高評価になることもある。

 審査ポイントは、技の軌道、急所を正しく攻めているか、なのだ。

 そのことを理解していても、形のように架空の相手ではないから思うように技を決めることはできない。当然相手も打って出るのだから防御しなければならず、その中で隙を探り「正しく」技を決めなければならない。


 しかし、まだ正式な結果は出ていないものの、自信満々だった彼がどちらも「五」を取れないような出来とは考えてもいなかった。

 形でも模擬試合でも、ダーンは時々こちらを気にしていたから、それがなければもっと良い結果が出せたことだろう。

 どうやら彼は自分が見られる側であることに慣れていないようだ。

 私に勝負を吹っかけておきながら自滅しているようでは失笑を免れない。


 ダーンの剣技を見終わった後、私は会場から離れ、一人ウォーミングアップを始めた。

 形を全て通せるほどの広さはないから、動きの再確認とイメージトレーニングが主で、集中が必要になる。

 そこに、思わぬ人影が現れた。


「試験に出るんですってね」


 まさかの、ずっと話したいと待ち望んでいたイリーナだ。

 だが私は同時に二つのことを進められるほど器用ではなかった。


「イリーナ! 私、あなたに訊きたいことがあるの。後で時間もらえないかしら。本当は隙あらば拉致しようと待ってたんだけど」


 イリーナは「拉致……?」と口の中で呟いたが、聞こえなかったことにしたらしい。


「いいわ。私もあなたと話したいと思っていたの。()()()()()()試験に出るとは思っていなかったから」


 私だって思っていなかった。

 だけどどこかイリーナの口ぶりが気にかかった。でも今は試験前の集中に入っていたから全て後回しだ。


「じゃあ放課後、私の家に来て」

「わかったわ。それじゃあ、試験頑張って。応援しているわ」


 話が済むと、イリーナはすっと姿を消した。

 私は既に集中していて、見送ることもしなかった。




 三年生の試験が始まり、半ばになったところでウォーミングアップを切り上げた。

 あとは自分の番までひたすら集中する。

 最後に私の名が呼ばれ会場に足を踏み出すと、観客席に思ったよりも人が残っているのがわかった。

 思えばイリーナも私が試験に出ることを知っていたし、クルーグ先生とのやり取りを聞いていた人たちから話が広まったのだろう。

 観客席にいたのは令嬢だけではなく、フリードリヒ殿下や剣技一筋脳筋のカイル、他にも試験を終えたはずの男子生徒も何人かいた。勿論ダーンは最前列で腕組みしてこちらを見ており、近くにルーイもいた。


 これほどギャラリーがいるとは予想していなかった。

 仕方がない。

 これは戦略を変えざるを得ないだろう。

 観客席を眺めながら、私は悟られぬよう静かにため息を吐いた。

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