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3.で、拉致ってどうやってやるの?

 私は登校してからというもの、ずっと人気のない場所をうろうろとしていた。

 何故そんなことをしているかというと、たまたまイリーナが通りかかったらすぐさま拉致しようという目論見と、そんな偶然に通りかかるわけもないからどうやってイリーナを拉致するかということを考えていたのである。

 取り巻き達に邪魔されず、二人だけで話したかった。

 けれど放課後になればイリーナは馬車に乗ってさっさと帰ってしまう。

 机の中に呼び出しの手紙を入れておこうかとも思ったけど、それこそあの取り巻き達が黙っていないだろう。


 結局いい案も浮かばず拉致もできないまま、剣技の技術試験が始まろうとしている。

 そろそろ観客席に戻らなければ。

 歩き出してから、少し離れたところから聞こえる怒声に気が付いた。

 スルーしようと思ったけれど、次いで聞こえた悲鳴に聞き覚えがあったので、仕方なくそちらに方向転換した。


「やめて、やめてよ!」

「うるせえ! いいから来いって言ってんだよ!」


 試験会場である闘技場の壁を回って覗いてみれば、尻餅をつき涙目で抵抗しているのは、ふわふわの銀髪に青い瞳のルーイだった。学年は一つ下だが、同じ図書委員でそれなりに親しく話す仲だった。ここで見過ごすわけにはいかない。


「何をしているの」

 質問ではない。詰問だ。

「なんだよ、ユニカか。お前には関係ねえだろ、ご令嬢はさっさと観客席に行けよ」

 舌打ちをしたのは、ルーイと同い年のダーン。こんなにもガラは悪いが彼も一応貴族である。

「ユニカ、僕にかまわなくていいよ」

 助けに飛び込んだつもりだったが、ルーイにしてみれば情けない姿を見られるのも恥ずかしいのだろう。ルーイはわずかに顔を俯けていたが、何が起きようとしているのかもわからないのに、ここで(きびす)を返すわけにはいかない。

「何をしているのかと聞いてるのよ」

「こいつが剣技の試験を仮病で休もうとしてるから、連れてこうとしてるだけだ」 

 ルーイの顔を見ると、唇を噛みしめたまま反論しなかった。

「学科試験なら余裕で満点取るのに、実技の試験だけ仮病でパスするなんてズルいだろ。学科で俺たちが仮病使ったら当然怒られる。それと同じだろ」

「学科試験は誰も怪我をしない。けれど実技試験で模擬試合すれば怪我人がでるだろ。どうせ僕は出ても出なくてもビリなんだから、休んだっていいじゃないか」


 そう言ってルーイは、細い指を守るように手を重ね握りこんだ。

 その指には細かな細工の指輪が嵌められている。

 確かにルーイのこの細い手足では、どう頑張っても怪我をする確率の方が高いかもしれない。時に成績より大事な物というのもある。


「なるほど。どちらも一理あるわね。けど試験を受けるかどうかは本人の自由よ。それが不名誉なことだろうと、情けなかろうと、先生でもないダーンに無理強いする権利はないと思うわ」

 私の言葉に、ダーンは押し黙った。ついでにルーイも押し黙った。フォローのつもりが、諸刃の剣だった。

 けれどダーンの顔から悔しそうな色は引かない。

 ルーイを掴む手も緩めていない。

 反論が来るのだろうと待ち構えていると、ダーンは開き直ったように、へっと口を歪めて笑った。いちいち貴族っぽくない言動が気にかかる。


「じゃあユニカ、お前が試験に出るか? お前も成績優秀だが令嬢だからといって剣技の試験は免除されている。それで総合成績トップクラスとか言われてるのも、考えてみればズルイよなあ」


 おいおい女子を舐めんなよ。


 ――はっ。

 うっかり口の悪いダーンに感化されて言葉が乱れるところだった。

 だが私は額に青筋が浮くほど、しっかりと腹を立てていた。

 令嬢だとか女だとかそんな枠に嵌められやりたいことも自由にできなかった鬱憤が、今ここで急激に弾けた。


「いいわよ。試験を受けるわ」


 昨日のアレクとの会話を思い出す。

 この場にアレクがいないことはわかっている。

 それでも私は私が持てる最高の剣技をお披露目しよう。

 呆気にとられて何も言えないでいるダーンに向けて、私は邪悪に笑った。


「くくくっ。ちょうど鬱屈としていたところだったのよ。いいわ。令嬢の私が剣技の試験を受けるところを高みから眺めていなさいよ。そうして思う存分コケにしたらいいわ」


 ダーンが思わずルーイを離す。

 全身で引いたのがわかった。

 ルーイもさっきより青ざめている。完全に怖がられてしまった。私は正義の振りかざし方を大幅に間違えたせいでかわいい後輩を一人失くしたようだ。


 だがいい。

 私は昨夜、これまで超えられない壁をがむしゃらに上り続けてきた私の頭の上に突然蓋がされた鬱屈感でいっぱいになっていたから、今まで私が築き上げたものも全部ぶっ壊してやりたいような、そんな気持ちで体の底からふつふつとしていた。

 簡潔に言えば、ヤケクソだった。


「いや、そんなん急に令嬢がしゃしゃり出たって、それこそ怪我するだけだろ」

「模擬試合は出ないわ。だって、令嬢相手に誰が本気を出すというの? 茶番になるのは目に見えてるわ。だから(かた)の演武だけ出させていただくわ。今から先生に掛け合ってきます」


 そう言って令嬢らしくもなくずかずかと歩き出すと、背後にはぽかんとした空気が残されているのがわかった。


 私は今日の一番の目的であるイリーナのことなどすっかり忘れ去っていた。

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