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24.卒業

「フリードリヒ……。イリーナは?」

「もう役目は終えたよ。しっかりと周囲に王子と婚約者らしく振る舞ってきた」


 そうしてゲーム上での聖剣の乙女としてヒロインの役目を果たしたイリーナは、この後、生家を出て森に行くのだ。

 想い合った木こりと暮らすために。


 つかつかと歩み寄ってきながら、フリードリヒはダーンにもう一度「もういい?」と訊く。


「しょうがねえな、まあ俺は諦めねえし。あいつが帰ってこなきゃまだ望みはあるしな。マイナスからのスタートだった俺が一番不利だってこともわかってるし、長期戦でいくわ」


 そう言って手をひらひらと振りながら去っていった。

 ダーンの言葉の一部が、私の胸にチクリと刺さった。

 アレク。

 本当に、帰ってくるだろうか。


 私が沈んだ理由がわかったのだろう。

 フリードリヒは隣に立つと、優しい笑みを向けてくれた。


「アレクのことを考えてるね? 彼が帰ってくるかどうかはわからない。だけどそのこととは関係なく、やっぱり僕も言っておきたい」

「ごめんなさい」


 私が深く頭を下げると、フリードリヒは「ははは!」と笑った。


「わかってるよ。だけどそれでも、言わせてほしい。僕はユニカが好きだ。僕に恥をかかせないために、言わせる前にとそうして頭を下げてしまうところも、好きだよ」


 違う。フリードリヒのためじゃない。

 みんながアレクを待つ私を慰めるように告白してくれることが、申し訳なくて。聞いていられなくなってしまったのだ。


 フリードリヒは、ふふ、と笑った。


「本当にユニカは顔に出るよね。あのね。言っておくけど、近頃みんながユニカにあれこれ言ったり、好きだと言っているのは、別にユニカを慰めるためでもなんでもないからね? アレクがいない今のうちにと隙を狙ってるだけさ。僕も同じ。だから気に病むことなんてないんだよ。ユニカはいつだって、ユニカの思う通りに振る舞ってればいい。みんなそう思ってる。そんなユニカが好きなんだから」


 私は乙女ゲームとしてのポイント稼ぎをしていなかった。

 好かれる努力をしていなかった。

 だからどうしてみんなが私を好きだと言ってくれるのかわからなかった。

 だけどフリードリヒにそう言われると、気恥ずかしいような。嬉しいような。後ろめたいような。複雑な気持ちになった。


 フリードリヒは私の翡翠の瞳を見つめ、柔らかく笑った。


「ユニカが無事で帰ってきてくれて本当によかったと思ってる。だからアレクには感謝してる。僕は傍に居ることができなかったから。本当は一緒に行けるプランをずっと模索してたんだ。僕がユニカを助けたかった。だけどアレクに言われたんだ。ユニカを殺したくないなら行くなと。何故アレクがそんなことを言うのかはわからなかったけど、彼がユニカのことを心から案じて言ってるのはわかった。だから大人しく引き下がったんだよ。だけどすべてを譲るつもりまではない」


 そう言ってフリードリヒは真剣な顔でユニカに向き合った。


「このダンスパーティが終わったら、僕とイリーナの婚約は正式に解消される。そうしたらユニカ。僕と婚約してくれないか」


 私は言葉を失った。

 そこまで、言われるとは思ってもいなかった。


「こん……やく」


 呆然と繰り返すと、私の戸惑う顔がおかしいように、フリードリヒは頬を緩めた。


「そうは言っても、まずは僕を見て、僕を好きになるところからでいい。結婚はそのずっと先にあるものだと思ってくれればいいよ。ここまで言わないと、勝てない気がしたから」


 ちょっと卑怯だったかな?

 そう言ってフリードリヒは少しだけ笑った。


 だけど。

 どういわれても、私の答えが変わるわけじゃない。

 

「ごめんなさい……。ごめんなさい」


 苦しかった。

 皆の想いを無碍にしなければならないことが。

 人に好かれるのなんて、そんなにいいことじゃない。

 返せるものなんて何もないのに。

 ただただ心苦しかった。


「わかってる。ユニカの答えはわかってたよ。それでも、言わずにいられないんだ。そうでなければ次に進むこともできないから。苦しめることもわかっていた。だから、ごめんね」


 そう言って、フリードリヒは私の頬に手を伸ばした。

 フリードリヒの手が触れる、その瞬間。


 会場のドアがバタンと大きく開かれ、一同の視線が注がれた。


 そこに立っていたのは。


「アレク……」


 呆然と呟く私に、アレクは極上の笑顔を浮かべて言った。


「迎えに来たよ、ユニカ」


 私は笑って、駆けだした。


 周りも見ずに。


 後ろも振り返らずに。


 ただアレクだけを見て、アレクの胸に飛び込んだ。


「おかえり、アレク」


 そうしてアレクの声が応えた。


「ただいま、ユニカ。僕の大好きなユニカ」


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