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23.ダンスパーティ

 形式通りの卒業式が終わり、夜はゲームのエンディングであるダンスパーティが開かれる。


「あーあ、これでやっと解放されるわ。ヒロインなんてロクなもんじゃないわね。肩が凝って仕方ないこと……。みんな、私を『型通り』に嵌めようとしてくるんだもの。いい加減にしてほしいわ」


 イリーナがどんなにぼやいても、悪態をついても、彼女の美しさは損なわれない。

 白をベースとしたフリルがふんだんに使われたドレスは、シンプルですっきりとした印象だったが、彼女のふわりとした金の巻髪が華やかに引き立てていた。


「イリーナ、綺麗よ」

「あなたに言われても嬉しくないわよ」


 心底げんなりしたように言われて、私は笑った。


 イリーナはフリードリヒにエスコートされて会場に入った。


 フリードリヒ、カイル、ルーイ、ダーンがエスコートを申し出てくれた。

 けれど私は断った。

 だから私は一人で、会場に入る。

 一人で入ると、周囲の視線が刺さった。それでも私は堂々と胸を張る。

 私は一人じゃないから。


 ざわつく中に、華やかな音楽が流れ始めた。

 ダンスパーティの始まりだ。


 卒業生たちはそれぞれにパートナーと手を取り合い、踊り始めた。

 イリーナはフリードリヒと踊った。

 どこからどうみてもお似合いのカップルだった。

 けれど二人とも、顔に浮かべている笑みは堅く空々しかった。

 そんなことに気づきもしない周囲は、うっとりと見とれるような視線を送った。


 壁際にもたれる私に、カイルが歩み寄った。


「俺と踊らないか?」

「ありがとう。いいのよ、私は今日は誰とも踊らないわ」

「アレクを待っているのか」


 その言葉に、私は静かな笑みを浮かべるしかなかった。


「帰ってくるかもわからないのに? ユニカに応えてくれるかもわからない。それでも待つのか」


 答えは一つに決まっている。


「ええ」


 そう答えると、カイルはわかっていたことのように、微笑した。


「ユニカ。好きだ」


 唐突なその告白に、私は目を見開いた。

 まさかカイルが。

 それも私の人生で初めての告白をしてくれるとは、思ってもいなかった。

 驚きにしばらく口をぽかりと開けたあと、今度は大きなうしろめたさが襲ってきて、私は少しだけ笑った。


「ありがとう。でもごめんなさい」


 カイルはさっぱりとした笑顔を浮かべて言った。


「わかってた。だけど言いたかった。聞いてくれてありがとう。よい夜を」


 そう言って去っていった。

 私が何とも言えず複雑な思いを抱き再び壁にもたれていると、ルーイが隣に並んだ。


「ユニカ。僕、やっと君に追いつけたよ」

「スキップして卒業したんだから、とうに追い越してるわよ。お互い卒業おめでとう」

「ありがとう」


 ルーイははにかむように笑った。


「ユニカ。前も言ったけど、ユニカの隣に並べたら言いたいと思ってたんだ。僕はユニカが好きだよ。強くて、だけど弱くて、そんなユニカだから僕は隣にいたい。とはいっても、今回も一緒に敵陣に乗り込むことはできなかった。それでも、僕は僕なりのやり方で、ユニカを助けて行きたい。これからも一緒にいてくれないかな」


 笑みを消したルーイが、真っすぐに私を見た。

 私は戸惑い、結局静かな笑みを浮かべた。


「ありがとう、嬉しい。だけど私も、好きな人を助けて生きたいの。ごめんなさい」

「アレク、のこと?」


 頷くと、ルーイは小さく笑った。


「わかった。だけどさっき言った僕の気持ちは変わらない。何があっても、僕は必ずユニカを助けるよ。だから、頼ってほしい。僕はいつでもユニカを想ってるから」


 その言葉に、涙が浮かびそうになった。

 嬉しかった。心の底から。

 でも応えることができないのが歯がゆかった。


 ルーイは笑って手を振り去って行った。

 私の胸はいつまでも苦しかった。


「おい、ユニカ」


 そこに乱暴な声がかけられ、私はげんなりと顔を上げた。


「何よダーン」


 こんなときくらい放っておいてほしい。


「お前、何やってんだよ。次から次へとポイポイ人を投げ捨てやがって」


 見てたのかとツッコミたくなる。見てるのもどうなのか。


「不誠実に来るもの拒まずで受け入れた方がいい人間だって言うなら、そんなのクソくらえよ」


 ダーンは腹から笑って、涙を拭うようにして私を見て、笑った。


「お前はそんな奴だよな。知ってたよ。だから俺も言っとくわ。好きだぜ、ユニカ」

「は???」

「この期に及んで『は???』じゃねええよ。疑問符多すぎなんだよ。何で俺だけそんなリアクションなんだよ。誠実に応えろや」

「いやいやいや。だってあんたに好意の欠片も見えたことないわ」

「だからお前は鈍いぽんこつなんだよこのトンコツ」

「そういうところよ。そういうところがマトモに応えさせない理由よ」

「わかってるよ! だけどしょうがねえだろ、真正面からぶつかったって、おまえ、受け入れねえんだから。ルーイも、カイル先輩ですらダメなのに、俺なんか……」


 私はダーンの肩をポンと叩いた。


「ダーンにもダーンのいいところがあるわよ。きっと」

「きっとじゃねえよ、一個くらい言っとけよ」


 私は思い切り笑って、やっと涙をおさめてから言った。


「知ってるわよ。なんだかんだ言って、よく周りのこと見てるし、よく考えてる。不器用すぎるけど、いつも誰かのためにまっすぐに突き進んでる。ちゃんと知ってるわよ」


 もう一度言うと、ダーンは唇を噛みしめるようにして私を真っ直ぐに見た。


「そうやって……。なんだかんだでちゃんと見てんだよな。なんも考えてなさそうなのに」

「だからあんたはケンカ売りにきたの? なんなの?」

「勝ち目のねえ戦い挑みにきたんだよ」


 その言葉に私は口を閉ざした。


「わかってるよ。アレクが好きなんだろ。あいつには勝てねえのはわかってるよ。あんな裏で暗躍しまくってる奴を敵に回して勝ち目があるとも思ってねえ。よしんばここでユニカが受け止めてくれたとしても、ぜってぇあいつに後ろから刺される。いや、刺されるよりよっぽど……」


 ダーンの言葉に、私は「ちょ、ちょっと!」と止めた。


「ちょっと待って。ダーン、アレクに会ったことあるの? なんかすごくよく知ってるみたいだけど」


 そう聞くと、ダーンがはたと動きを止めた。

 それから「あー……」とあらぬ方に目をやる。


「なに? 言ってよ!」

「いや、実はさ」


 ダーンは口をもごもごとさせたあと、諦めたように私に向き直った。


「ルーダスさんの邸で、会ったんだよ。夜にな。ユニカが一人で抜け出そうとしてんじゃねえかって、カイル先輩と見張ってようぜって話してたときに、いきなり部屋に入ってきてな」

「は? ルーダスさんの邸って……」

「決戦前夜だよ。あいつ、ユニカのことはお見通しってくらいに、あれこれ口うるさく指示していきやがって。いつ出し抜こうとするかわかんねえから、夜じゅう壁に張り付いてろって。でも乙女の部屋の前で待つのは紳士のやることじゃねえ無神経だとか自分の部屋の前で待ってろとか、本当いちいちこまけぇことこの上なくな」


 私は思い出す。

 出し抜こうとしたのに見抜かれていたとき、会話に違和感を覚えたことを。

 あれはこういうことだったのか。


 やっぱりアレクは全て知っていたのだ。

 私が何のために剣技クラブに通っていたのかも。

 全て。

 一体いつから?

 そう思ったけどわからなかった。


 そしてもう一つ、はた、と思い当たった。


「あれ? ルーダス邸? 決戦前夜にアレクがいた?」


 ということは。

 あれは?

 あの夜夢に見たのは。


「夢じゃ、なかった……」


 あれもまた、現実だったのか。

 都合のいい夢だと思っていた。

 穴を掘って埋まりたいほど願望に満ち溢れた夢だと思っていた。

 俄かに混乱する。


「まあ、だからよお、ユニカ。俺はあいつには勝てる気はしねえ。だけどよ、ユニカのことを好きだって気持ちは別にあいつには負けるとは」

「あ、ごめん。やっぱり私アレクが好き」

「……おい。なんで俺だけ雑だよ」

「自分の胸に手を当ててて考えてみて。答えは、日頃の行いの中にある」


 ちっ、と舌打ちするようにため息を吐き、ダーンはがしがしと頭をかいた。


「ダーン、もういいかい? そろそろ変わってほしいんだけど」


 現れたのはフリードリヒだった。

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