22.フリードリヒがもたらした報せ
「ユニカ、少しいいかな」
声を掛けられ、私は振り返る。フリードリヒだった。
「久しぶり、フリードリヒ」
フリードリヒはずっと多忙で、学園にもなかなか来られないでいた。
終戦の後処理があったからだ。
また、改めて国の内部にも事情説明が必要だった。国王を始めとした中心の一部にしか、本当の聖剣の乙女も戦を収めたのも私だとは知らせていなかった。だがイリーナは学園に通っているのにギスモーダ国王が正気に戻ったとあっては、イリーナが嘘をついたのかと疑われてしまう。だから改めて事情の説明と、国民を混乱させないようそのことは知らせないことなど言い含めてくれていた。
「今日はユニカが喜びそうな話を持ってきたよ」
なんだろう。
これまでだって私のためにいろいろと動いてくれていたのに。
「アレクのこと。婚約が解消されたようだよ」
その言葉に、私は動きを止めた。
その名一つで顔色を変えた私を面白がるように、だけどどこか複雑そうに見て、フリードリヒは続けた。
「元々幼い頃に親同士が決めた仮の婚約だったんだってね。相手の令嬢も、いずれ解消する前提でいろんな人と付き合いがあったようでね。巷にもいろいろと噂は飛び交っていたんだけど、とうとうアレクと婚約中のまま、他の人との子を妊娠してしまったそうだ」
婚約が解消された。
それは私が望んでいたことだ。
だけどアレクのことを考えると、喜べはしなかった。
以前アレクもお互い自由にしようと決めていると言っていたけれど、アレク自身の気持ちがどうだったかはわからない。傷ついたりしないだろうか。全く何とも思っていないならいいけれど、それは私にはわからないから。
それに、ここがゲームの世界ならこれが何かのフラグになってはいまいか懸念が浮かぶ。アレクの生死が定まっていない今、アレク関連で何かが起こると関連性を考えてしまい不安になった。
今や未知のルートを歩いているだけに、これから何が起きるのかわからない。
未知の人生を歩きたがっていたのに、あれほど自由を渇望していたのに、アレクの生死がかかっていると臆病になる。
アレクが生きていることが私の世界の最優先事項だから。
私の翡翠の瞳を覗き込んでいたフリードリヒが、不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの? あまり嬉しそうじゃないね」
「うん……。なんか、複雑で」
俯き答えると、フリードリヒは苦笑した。
「難しいね。せめて何か喜ばせてあげたいと思っても、ユニカは思う通りにはならない。一つも。好きな人のことほど、うまくいかないものなんだね」
「え?」
フリードリヒの声は小さくて、よく聞こえなかった。訊き返すと、フリードリヒはどこか諦めたように笑った。
「今はいいんだ。それでユニカ。もう一つの話だけど、卒業式の後のダンスパーティ、僕にエスコートさせてくれないかな」
「え? でも、イリーナと」
「そう。でもイリーナとの役目を果たした後、改めてユニカをエスコートしたい。ユニカはまだ誰とも約束してないんでしょう? それなら」
私は笑って首を振った。
「そんな二股王子の姿なんて、誰も見たくないわよ」
そう言うと、フリードリヒも笑って頷いた。
「はは。やっぱりそう言うとは思ってた。でもそれなら、イリーナとの役目を果たした後、時間をくれないか。きちんと話がしたい」
「わかったわ。フリードリヒには本当にいろいろと助けてもらったわ。改めて、ありがとう」
そう言うとフリードリヒは、「いいえ、僕の姫」と言って王子らしく礼をしてみせた。
私は笑って、フリードリヒに淑女の礼を返した。
フリードリヒは私をここまで導いてくれた。私がアレクを死なせないために敵陣に乗り込むと決めた勢いだけの案を軌道修正し、協力者を集め、現実的なものにしてくれた。結果として私もアレクも今、こうして生きている。
彼の力がなければ実現しえないことだった。
彼は私とアレクの命の恩人でもあるのだ。
フリードリヒは立派な王になるだろう。
一人一人にこうして心を砕いてくれる人だから。
彼が王になれば、この国の未来は明るいだろう。
ゲームの世界にはないその先を、私は明るい面持ちで見つめることができた。
それは紛れもなくフリードリヒの力だった。




