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20.アレクのいない町

「おかえり」


 生きて帰ってきた私を、イリーナは泣き笑いのような顔で出迎えてくれた。


     ◇


 あれから、ギスモーダ国王はすっかり元の好々爺に戻ったそうで、即座に終戦の申し入れがあったそうだ。

 だから帰りは闇に乗じたりせずに、堂々と国境を跨ぐことができた。

 両国の間で情報を集めて的確に連絡するという、実は最も神経の磨り減る役割を担ってくれたルーイと合流し、私たちは私たちの町へと帰ってきた。




 私は以前のように学園に戻ったけれど、イリーナの取り巻き達から意地悪をされることはなくなった。

 イリーナが聖剣の乙女として舞踏会に出たことで、もはや他の追随は許さない状況になったとほくそ笑んでいるのだろう。

 だけど私はそんなことはどうでもよく、ただひたすらにアレクを待っていた。

 けれど手紙の一つも来ない。

 イリーナはそれでいいのだと言った。それから家族にアレクの様子を聞いてもダメだと言われた。

 音沙汰なく突然帰ってくるパターンが王道なんだそうだ。

 手紙が来たり、もうすぐ帰ると知ると、その後急に容態が悪くなったり物盗りに襲われたりして帰って来ず、悲劇の終わりを迎えるパターンが数々存在するらしい。

 だから私は、ただひたすらにアレクを待っていた。


          ◇


 命がけの作戦を共にしたカイルとダーン、それから参謀役を務めてくれたフリードリヒとルーイとは仲が深まった。以前よりもよく話すようになったけれど、みんなどこか遠慮がちだった。

 私を気遣ってくれているのはわかっていた。アレクの話題に触れないように、腫れ物に触るように。


 それを最初に破ったのは、ダーンだった。

 イリーナに聞いたゲームの攻略対象にはいない、少し前まで私の人生において最もモブだった、ダーンだ。


「おいユニカ。いつまでぼけっとしてるつもりだよ。そんなしけたツラして限りある学生時代を終わらせるつもりか? もっとよお、時間を有効に使えよ。青春しろよ」

「ダーンから『青春』っていう言葉を聞く衝撃」

「うるせえよ! そういうところだけ相変わらずかよ、ったく……。あのよお、ユニカ。男はアレクだけじゃないんだぜ。もっと周り見ろよ。いい男いっぱいいるだろうが。俺とか」

「まず、いい男の定義を教えて」

「だからうるせえよ! もういいよ、バカヤロー、出直してくるわ! ……くそー、勝てる気がしねえ」


 そんな軽妙な会話も久しぶりだった。

 ダーンなりに私を元気づけようとしてくれたんだと思う。

 確かに少し気持ちが明るくなった。

 彼は旅の間も何かとよく喋り、場を明るくさせてくれた。突っ込まざるをえないようなことばかり言ってたから。カイルは相変わらず口数が多くなかったから、それが助かっていたのは事実だ。


「ダーン、ありがとう」


 そう言うと、何故か「うるせー! 慰めはいらねえんだよ!」と怒られた。

 やっぱりダーンは時々腹が立つ。


     ◇


 図書委員の時、ルーイも色々と気にかけてくれた。


「今はまだ僕は頼りないけど。でもいつか、頼れる大人になるから。それまで待っててとは言わない。必ず追いつくよ」


 ルーイは未来への希望に満ち溢れた目で、そう言ってくれた。


「ルーイのことは今でも頼ってるわ」


 ギスモーダ国へ乗り込んだ時だって、ルーイはずっと中間地点である国境付近で、双方の情報を集め、駆けまわってくれていたのだ。

 ユラシーン国の舞踏会で聖剣の乙女が現れたという噂がちゃんと国の中枢まで届くように。

 ルーダス邸とユラシーン国の中枢との間で正確な情報が交換できるように。

 おかげで早く終戦を迎えることができたのだから。


「そう言ってくれて、ありがとう。でも、後輩じゃなく、一人の大人として頼ってもらえるようになりたいから。だから、卒業したら言うね」


 ルーイはなんと、学年の半ばで飛び級が認められ、私と一緒に卒業することになっていた。

 十分頼もしいと思うのに、ルーイの向上心は尽きることがない。心から尊敬する。


     ◇


 剣技クラブにはもう通っていない。

 帰ってきてからクルーグ先生にこれまでの事情を話し、退部する旨を伝えた。

 あれからも家の庭で一人、練習はしている。今も剣技は好きだ。『華』も、誰かのためじゃなく、自分の鍛錬のために舞っている。

 だけど、騎士になるため修練を積んでいる人たちの中に混じって、私まで稽古させてもらうのはお荷物になってしまうから、元のように一人で練習を続けることにした。

 そんな私を、カイルは引き留めてくれた。


「邪魔になんてならない。むしろ、皆張り合いが出る。辞めることはない」


 女には負けない、と思う者がいれば張り合いにもなるかもしれない。だけど、今の時点でも皆、私よりもずっとずっと上の腕前だ。


「ありがとう。でもレベルが違いすぎるもの。十年以上もちゃんとした師をもって練習してきた人たちの中では、やっぱり、ね」


 曖昧に笑って稽古場から出て行こうとした私の腕を、カイルが掴んだ。


「だったら俺が教える。これまでみたいに」

「ありがとう。でもそれこそ、今までだってカイルの大切な時間を私に割いてもらったもの。これからの私には剣が必要になることはない。趣味でしかないの。それなのに、国王を、いずれはフリードリヒを守るために必要な剣を、私が鈍らせるわけにはいかないわ」

「だったら……!」

 

 カイルは手を離さないまま、言葉を探すように口を閉じた。

 それからいつもの真っ直ぐな目で私を射抜くように見つめた。


「だったら、剣がなくても、俺と会ってくれるか? 指導者としてじゃなく。ただの、俺として」


 その言葉に、私は嬉しくて破顔した。


「勿論よ! ダーンもルーイもフリードリヒも、私にとってはもうかけがえのない仲間だわ。これからも是非仲良くしてほしい」

「ちが……う……」


 早とちりしてしまったか。

 恥ずかしさに顔が赤くなる。


「ごめんなさい、勝手に盛り上がっちゃって。実は私、ロクに友達いないの」

「それは知ってた。いや、そうじゃない。いや、そうなんだけど、そうじゃなくて……だから、その、俺が言いたいのは、だから」


 永遠にループが続きそうだった。

 カイルは結局うまく言葉を探せずに、どんよりと首を垂れてしまった。


「カイル? あの、ごめんなさい、私……」


 言いかけた私に、ぐっと顔を上げたカイルが言った。


「友達で、いい。友達でいいから、これからも話そう。これからも、会ってほしい」 

「ありがとう。これからもよろしくね!」


 もう一度笑って言って、私はしばらくの間通った稽古場を後にした。

 帰りながら、ふと思った。

 そう言えば、私に魔が取り憑くことはなく、結局アレクが刺されたのは何故だろう。アレクが強引に刺されに向かってきたことで、私の死亡フラグを折ってくれたのか。いやそうじゃない。わざと刺されたようには見えなかった。それしか私を守る術がなくギリギリで身を飛び込ませたように見えた。

 どうあっても、ゲームの通りになってしまうのだろうか。


 だが、だとしたら、今はどのストーリー上にいるのだろうか。

 まだ生死は定かではないものの、どちらかというと私のバッドエンドではなく、メインストーリーの方に寄っていると言える。

 だとしたら、この先のエンディングは?

 フリードリヒとは戦場に立っていないし、誰のフラグも立てていないけど、このエンディングはどこに向かっているのだろうか。

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